「ライフ・オブ・パイ」
予告編を見て飛びつくような作品ではない。実際、観るかどうか迷ったが、観てよかった。好みは分かれるだろうけれど、単なる漂流記にこれだけの奥行きを持たせる物語の構成の妙に、うっかり感動してしまいました。以下ネタバレ。
現在のパイ本人とインタビュアーの作家の会話を、はじめとおわりにかなり長く入れて、漂流記を間に挟む形式をとっている。その前後の、はじめは冗長かと思えた部分に、この物語を立体的に立ち上がらせる重要な要素が仕組まれている。特に最後の部分。
漂流の末に九死に一生を得て陸地にたどりついた主人公と、生死をともにした虎。その別れの余韻に浸っている観客を、現実に引き戻すような、一見無粋に思えたエピローグが、実はこの物語に、苛烈な意味を与えるのだ。謎解きとは少し違うのだが、お話の中にもうひつの可能性を見せられて、ぎょっとする。
何が事実だったのかは、誰にもわからないが、虎と共存しながら漂流したというだけ(それだけでも凄いことだが)の物語から、もう一段、人間の物語としてずっと陰影が濃くなったことは確かだ。主人公は最後にそれを一言で締めくくる。好みが分かれるというのは、このあたり。
3D映像が効果的に使われている点も特に挙げておきたい。この作品に登場するのは、SF作品のような架空のものではなく、実在の動植物だが、3D技術を、やり過ぎず、控え過ぎずに使う事で、現実感をよく出している。
[追記] 本当のネタバレはここから。観た後で読むのが吉。
船が沈んで、動物達の生き残りが救命ボートに4匹も乗り合わせたことに、違和感を感じなかっただろうか。船底で鍵のかかった檻に入れられていたはずの動物が、あれほどたくさん逃げ出しているのはおかしいと、スクリーンを見ながらふと思った。けれども、長い前置きで動物園の生活をしっかり見せられていたおかげで、その疑問はとりあえず棚上げして、目の前のファンタジックな物語を追うことができた。
漂流が終わって療養中の主人公のもとへ、保険の調査員が訪れて事情聴取する段になって、現実的な彼らの要求に対して主人公が棒読みで語ったもうひとつの手短なストーリーは、動物が出てこない点で、漂流記としてはむしろリアリティがあった。はじめに感じた檻の鍵の疑問が蘇る。
観客をここまで誘導して不安にさせておいた上で、最後に、保険会社の報告書に記録された物語がどちらであったかを、インタビュアーに読ませる形で示す。彼も懐疑的な気持ちでいっぱいだったはずだが、報告書の結論を読んで、人が信じたい物語は、時代も国も超えて共通だということを知り、嬉しい気持ちになる。たとえ事実は別にあったとしても。私たちが感情移入するとすれば、まさにこのときの彼、インタビュアーの嬉しそうな笑顔に、だろう。そして、事実と物語との陰陽を知った上での、その気持ちを、主人公が一言で締めくくる。
構成の妙、ここに極まる。
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