« 「MIB3」 | Main | 「ワン・デイ」 »

2012.06.16

「スノーホワイト」

何という金の掛かった大掛かりな学芸会! 父兄を代表して感涙に咽び泣きました。王子様のキスは、そんなのじゃだめ。効かない。本物のキスはこう。というお手本も見せてもらえて、勉強にもなる(笑)。女王の敗北の本当の理由をいろいろ考えてみると楽しめそう。原作のことは考えないのが吉。以下ネタバレ。

前半は、シャーリーズ・セロン演じる女王が圧巻。独壇場といっていい。成り上がりで孤独な権力者の貌、話法を、短い時間の中で存分に見せてくれる。

お話が移っていくにつれて、クリステン・スチュワート扮する姫が徐々に存在感を増していく演出もうまい。人によっては、この映画ではシャーリーズ・セロンが断然勝っているという意見もあるようだが、ベラも負けていません。この人は苦悩の表情が少し過剰で、媚に見える時があるけど、この映画ではそこをうまく使っている感じ。アメリカーンな若者達にはあの媚がたまらんのだろうなあ。(笑)

これだけ実力十分の俳優さんを揃えたにもかかわらず、微妙に学芸会に見えてしまうのは、たぶん、後半から終盤のテンポが良すぎるから。もう少し間が欲しいところで、はいはいお約束という進行係の声が聞こえてきてしまいそうな淡白さは、ちょっと残念。終盤の対決の場面で女王はもう少し悪あがきしてもよさそうだが、案外あっさりやられてしまう。

とはいえ、直接対決のアクションシーンでの淡白さは、考えてみると当然だった。なぜなら、それより遡ること数日前の、毒林檎の場面で、本当の勝敗は既についてしまっていたからだ。その後は、敗北が決定した女王の一直線の凋落のお話に過ぎない。さて、女王は何を間違えたのか。

白雪姫に毒林檎を食べさせるのは、原作では林檎売りということだが、この映画では、王子に化けた女王になっている。恋する相手に勧められれば、すんなり林檎を口にするだろう。女王はそう考えたに違いない。

この映画では、姫の周囲に二人の若い男が登場する。姫の心を本当に掴む妻と死に別れた猟師と、単に幼馴染で身分も近いというだけの王子だ。姫はどちらに恋してもよいシチュエーションだが、本心がわかるのは闘いが全て終わった後になる。

女王が、白雪姫に林檎を食べさせるために変身したのは、王子の方だった。考えてみれば当然だ。身分も経緯も彼の方がふさわしい、と思える。それが、権力者である女王が見通せずに犯した決定的な誤りだった。

本心から望む相手ではない者に勧められた毒林檎を、一時の気の迷いで口にして、倒れる姫。おっとり刀で駆けつけた王子の付け焼刃の接吻などで、生き返るはずもない。遺骸として城に運ばれ広間に安置されて、周囲に誰もいなくなった夜、猟師が一人で現れ、はじめて自分の物語を打ち明ける。苦悩と悔恨に満ちたひとり語りの最後に、「別れの」接吻を姫に施して立ち去る。

ひとり広間に遺された姫の遺骸。じゃじゃーん。姫どっきり。お目覚めです。

命の源であり、癒しの化身である姫には、森に暮らす猟師の溢れる生命力と死すべき生き物の哀しみとが、ぴったりマッチするのだ。身分とか献身とか世俗の制度に乗っかった王子とでは勝負にならない。女王はそこを見誤った故に敗北したのだった。本当の相手を見出して復活した姫に敵うわけがない。

というわけで、このお話は、純真な姫君と意地悪な継母の確執とか、若さに敵するものなしという真実とかの教訓ではなくて、姫の恋の成就のお話なのでした。観客の好みに合わせて、うまく主題を差し替えた脚本に敬意を表したい。

大団円ラストシーンなどは、ほんとに学芸会の雰囲気で、好感が持てます。これはクリステン・スチュワートの「わざとらしい」演技と、おなじくそれとわかるようなマット絵(たぶん)の賜物。気楽に見るのにたいへんお薦めの一本。

|

« 「MIB3」 | Main | 「ワン・デイ」 »

映画・テレビ」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 「スノーホワイト」:

« 「MIB3」 | Main | 「ワン・デイ」 »