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2012.05.05

120429山陰行記

尾張一宮の駅前には、小さなロータリーがある。三叉路を処理するためにこうした工夫がなされたと思うのだが、面白さが出ている。正面が改装中の駅舎。ロータリーの影響で、道や建物が見え隠れする風景になっている。
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この小ロータリーに、そこそこ大きな商店街が接続している。ちょうど端午の節句で、鯉のぼりが盛大に飾られて、町の活気を窺わせる。シャッターがどのくらい上がるのかは、休日の朝早くなのでわからない。
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この町には、美化意識があちこちに感じられる。
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駅前ビルはこういう風になるらしい。うわお。
尾張一宮駅前ビル 建設工事を開始

郊外に公共施設を作ってきた結果、中心市街地が空洞化し問題になっている。駅前ビルに公共の機能を多く集めて、市街地を再度活性化する方向とのこと。高齢化社会を迎えて、大筋それが今のトレンドではあるか。

今日の最初の目的地は、養老天命反転地。下道をずんどこ行くと、途中に異様な建造物が。
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建築系の雑誌でみたときは、ああまた変わった研究棟でも作ったのね程度に思っていたが、建物ではなく、流行りの太陽電池パネルであるらしい。その異様さ、ミスマッチ感は、近くの民家との比較でわかる。
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でもなんだかこういうのも好き。

* * *

さて、本日のメーンエベント、養老天命反転地だ。この施設・・というか、建造物は、養老公園の一角にある。建設当時、業界の話題になりそれ系の雑誌などにも載った。これを言葉で説明するのは難しいが、遊んでみてわかったことを言えば、これは山歩きと同じだ。道なき道。斜面や断崖。深い茂みや林。泉・川・滝、そして洞窟。頂上の岩棚と深いクリフ。一本道。転落を誘う尾根筋。そういった山歩きの楽しさを全部持っちながら、そして、山の中で自分というものの小ささとかけがえなさを知るのと同じ体験を含みながら、しかし人工物なのだ。すごい。

この見方は、あるいは作者の意図とは異なるかもしれない。売店に置いてある記録本には、理屈や詩でこれを説明、あるいは理解しようとする言葉の羅列がある。だが、どれもぴんとこない。それもそのはず。これが造られたのは平成7年。文章が書かれたのも同じ頃だ。往時の写真を見ると、ここはまだ裸の人工物で、樹木に覆われてはいなかった。それから20年弱が経った今、これら文筆家たち(谷川俊太郎や辻井喬の名もみえる)が再びこの地を訪れれば、違ったことを書くかもしれない。作家は現在の状態を予測して造ったそうだが、評者にはそこまで見えてはいなかったろう。
記録本の中で、工藤順一という人が書いた文が、私には比較的わかりやすい。

なにしろ、荒川修作は世界で最も難解な作家であるとする評者すらいるのだから。むしろ岐阜県民の良識の方こそ信じたいと思うよ。少なくとも税金を使用して作られる公共の建造物にそのような難解で特殊なものがきて良いなずがないだろう。私たちみんなに関係があるから公共というのだね。(そこに個人的で趣味的なものを持ってきて、たとえばパブリック・アートなんて言うのは本当におかしいね)
・・・
なんでもことばや知識にしないと分からないと思うのは私たちの時代の非常によくない習慣だ。それが芸術をますます衰退させている。
・・・
今はどんなものでも必ずだれか他の人が考えた古い意味とか解答がきちんと付いていて、それを暗記している人間が偉いという物語になっているね。時間をかけて解答のない問いを自分で考える機会なんてほとんどないような仕組みだ。
・・・
私たちは今あるこの世界の意味を実は運動を通して作り上げたのだ。こころとか社会とかことばはみんなそこから作り上げている。
・・・
学校や両親や友達や慣れ親しんだ環境は、君はこんな人だという物語を君に与え、君の上に書いてしまうだろう。でもそんな一方的な物語の登場人物に君は満足しているだろうか。本当の私はこうじゃないと思うところがないだろうか。君は君の永遠の(36億年の)ソフィー(知恵)に気付くことができるだろうか。
難しいことは、とりあえず措いて、遊ぶ。


入口をはいると、まずは足慣らしの迷路と岩山。岩山のてっぺんには井戸がある。子供らすでに全開(笑)。やはりというべきか、迷路より岩山の方が子ども達の反応がいい。手足をフルに使えば頭も活性化されることを、子どもは素直に体現している。
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その次は住宅。岐阜県の地図が投射されていたりするのは大人向け。こどもはそんなことにはおかまいなく、走り回ってはへんてこな家具達を発見している。床が波打つように傾いでいるのが楽しい。ところどころ床が透明になっていて、地下には別世界らしきものが見える。狭い隙間はこどもだけの世界。
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あとはもう好きなように。別の迷路の中には梯子などがあって、最初だれも気付かないか無視していたようだが、私が上って写真を撮っていると、子どもたちがわらわらと登りに集まってくる。人がやるまで気付かないかな。あるいはチャレンジしないのか。それに気付かせて、本来の人間に戻すのも、この施設の作用。
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斜面に刻まれたクリフと遠景の山。谷筋を歩いていて時折見える峰のようだ。
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このクリフは斜面に無造作に刻まれてある。子どもが落ちれば骨折くらいはするだろう。だが普通は落ちない。落ちても、頭や首がやられないような体勢を自然にとる。なにより、体はまだ軽い。ジャングルジムで鬼ごっこの王者だった私は何度か落ちて手の骨を折ったり、脛を打ちつけて痛い思いをしたりしたが、どうやらまだ生きている。代えがたい幸運を振り返って感謝。
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あやしい洞窟発見。中は簡単な迷路になっていて、突当りの部屋の天井に日本列島が穿たれていて陽光が入っている。ひと一人が立てる狭く深い空間の底で手を打ち合わせると、鳴き竜と同じ効果が何倍もの強さで、ビューンという音。作家がそこまで意図していたかどうかは知らない。
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すり鉢状の地形の縁に登って底を見ると、ジャングルの中に遺跡様のものが見える。小さな子が母親を探しながら迷路を出たり入ったりしている。年長の女の子が見つけて保護に駆け寄る。すり鉢の右手の斜面から、「○雄どこーっ?」という母親の声。左手の中腹あたりで、「こっちーっ」と応える男の子の声。まるで鹿や猿が森の中で互いに鳴き交わしているようだ。
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さきほどの小さな子の家族はめでたく集結。これは活動的な一群で縁から観察していると興味深い。一方、写真右上、向こう側の斜面では、別の群れが集まったり散ったり、まったく別の宇宙を形成している。この濃密なジャングルの中で、互いの群れの間に接触はない。樹木の間に隠れて、ほかにも多くの群れがいる模様が音と声でわかる。
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縁を降りて、すり鉢底の遺跡に行ってみる。そこからさきほどの縁を見上げると、別の群れが占領している。今度はこちらが観察される番らしい。
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遺跡を離れて斜面をうろついていると、またまた洞窟発見。しばらく観察していると、入口で様子を窺いながらも入らない群れ、思い切りよくどんどん入っていってしまう母親に困惑して正常な警戒心を露にする子どもなど、いろいろある。
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中に入ってみると、真っ暗。
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中の方で声がするのだが、足元は傾斜しているし、進みにくい。スマホのカメラでフラッシュを焚いて道を探す。やや反則気味だが、財布同様に持ち歩くデバイスに高機能カメラが普通についている今の世の中を、17年前に予想できようはずもない。暗闇を突き進む野蛮な突破力と引き換えに、私たちは闇を照らす文明の利器を手にしたわけだ。(笑) ところがこれも、使おうという人はあまり居ない。ひょっとして相変わらず野蛮なのだろうか。
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この暗闇の迷路の奥に、隠された円筒型の小部屋があり、天井にはどこかで見たことのあるような穴が穿たれている。迷路は傾斜やわずかな光などに反応する人の習性を利用して、足がここから遠ざかるように巧妙につくられている。この時間帯でここを発見したのは、たぶん私だけだろう。ほとんどの群れは、迷路の中を一周したと思い込まされて、そのまま出口へ向かう。

この目的地を発見するための慣らしとして、最初に黄色い洞窟を見せており、それを文章で注意喚起もしているのだが、思い出す人はいない。ここは作者の読み違えだろうか。
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再びすり鉢の縁へ登ると、最高所の展望台まで続く壁が立っていて、施設の結界を成している。この壁の上を猫のように歩いて行っていけないとはどこにも書いていない。だから展望台までよじ登っていっても構わないわけだ。行けるならば。しばらく考えてやめておくことにした。いまの疲れ具合だと立ち往生する可能性がある。それにも増して、子どもが見て真似をすると、かなりまずいことになりそうだ。20代の頃なら、登ってしまうところだが、いまは微妙に抑制を利かす。
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その展望台へは一本道が通っている。狭い道だ。先に何があるのかは、行ってみた人だけの体験。
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昼過ぎまで遊んで、大満足。出口は普通の公園の広場につながっていて、出るとなぜかほっとする。
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ちなみに、荒川修作による三鷹のRC造賃貸住宅の方は、残念ながらというか予想通りというか、借り手探しに苦労していると風の噂で聞いた。
三鷹天命反転住宅

芸術は、日常生活とは少し離れた位置にあるのが、ちょうどよいのだ。

* * *

ここからは琵琶湖を目指して走る。山陰行のはずが、二日目にしてまだ岐阜・滋賀の県境に居るのもどうかと思うのだが、養老天命反転地は大いに楽しめたので、これでもう帰ってもいいくらいの気分。とはいえ、この先にもまだ面白いことが待っているはずだ。連休はまだまだ続く。

琵琶湖到着。あいにくの曇り空。北回りでいく。
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途中、「酢」という名前の交差点がある。信号待ちで気付いて急いで撮影。あとで検索してみると、虎姫町というところらしい。
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コンビニに、関西にしかないだろうというものがあった。別のコンビニには日田天領水ミニサイズもある。
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木之本という町は賤ヶ岳七本槍を町おこしのテーマにしているようだ。甲冑姿の若武者が駅で記念撮影に応じている。写真は設定ミスでモノクロだが本物は赤い。訊けば糟屋武則のものだという。
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市街地では長浜戦国大河ふるさと博というものをやっていて、こちらにも武者が。賤ヶ岳の戦いの資料展示などがある。長槍の実物があって、持ってみると長くて重い。主に馬上で使うのだとか。歩兵はもう少し扱いやすい短槍を使う。こちらはなるほど振り回しやすそう。
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おなじ町の並びには、450年続くという酒屋もある。奈良京都ほどでなくても、このあたりの歴史は古いのだ。
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日も傾いてきたので、駅で教えてもらったキャンプ場へ。京都あたりからバンガローを利用しに来るくらいの距離感のようだ。家族連れの話では、子どもが喜ぶし設備が綺麗なのがいいとのこと。

昨日今日と夏日が続いて堪えたが、山の中は涼しい。
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