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2012.03.18

「ヒューゴの不思議な発明」

冒頭の、直線を突き進むシーンの技法がちょっと驚き。どうやって撮ったのだろう。2Dで見たのだが、これは3Dで見るのがよかったかもしれない。お話の意外な展開も、実はそれと少し関連がある。以下ネタバレ。

終盤に近くなるまで、これが一体どういうお話になるのか全く見当がつかない。そこを、機械人形の謎、第一次大戦後のパリの風物、曰くありげなおもちゃ屋の親父と、その可愛らしい娘などで引っ張る。見る方はあまり深く考えずに、引っ張られるままについていくと、作り手が言いたかったことににたどり着く。こういう展開は我慢が求められるけれど、クロエ・グレース・モリッツの表情の豊かさに免じて許します。

映画興行のような夢売り商売は、確かに悲惨な現実の前では影が薄くなりがちだ。特に大戦や大恐慌のような未曾有の「現実」を経た後では、人は心を固くして生きる。戦争で負傷し、歩くのも不自由な駅の公安官が、その象徴だ。公安官に追われる浮浪者の主人公の少年も、父を亡くすという不幸な現実にやはり打ちひしがれながら、しかし、父が残した機械人形を修理することで、希望を見出そうとしている。公安官が自らの不幸を再生産するような生き方をしているのと違って、少年は、不幸を「修理」して何かを生み出そうとしている。

その少年の行動が、少しづつ周囲を動かし、やがてある人物の意外な過去が明らかになる。それは長く忘れられていた夢の復活であり、現実の苦しみを乗り越え未来に目を向けさせる力となる。この映画は、現実の悲惨さを生活の前面に出して毎日刺々しながら泣き暮らすのがいいか。それとも、夢を持ち知恵を働かせながらヴィヴィッドに生きるのがいいかを、観る側に問うている。

アカデミー賞やゴールデングローブ賞という賞の性格はよく知らないのだが、小難しく考えればそんなところがきっと選ばれた理由なのだろう。初期の映画のフィルムを作中の取り入れている点なども、評価されたのかもしれない。
私の正直な感想としては、テーマは良いが、果たしてそこまでの作品かどうかは、やや疑問が残った。

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