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2012.03.25

「第9軍団のワシ」

原作は、ローマン・ブリテン三部作として知られる、ローズマリ・サトクリフ(アーサー王と円卓の騎士!)の作品の第1部。といわれても知らなくて、アマゾンで注文した。映画を見て小説も読んでみたくなる、そういう作品。

映画の方の筋書きは、ローマの元百人隊長とブリトン人の奴隷という二人の若者が、蛮族の地深く旅して、名誉と自由を取り戻すというもの。同時に、ローマ化・文明化とは何であり、古代ローマの版図拡大にいかなる正当性を見出せるかをも読みとることができる。こんな正統的なお話を、ローマ式の軍装に身を固めた男たちの肉弾戦を交えながら見ることができるなんて、胸熱だ。以下ネタバレ。

胸熱とは言ったものの、肉弾戦はこの映画の華であって本領ではない。むしろ、それ以外の部分に大切な含意がある。

お話の前半で、ブリトン人族長の息子だった同行者エスカが、鷲の旗印はただの金属の塊ではないかと主人公マーカスに問う場面がある。ローマ人は、そうではない、お前にはわからない、と応える。実はこの時、見ているこちらもよくわからない。というか迷う。主人公が果たして何にこだわりをもっているのか、不明だからだ。

物語の進行とともに、蛮族の風習とローマ的なものの考え方の違いが要所で描かれていくことで、ローマ人のマーカス、そして蛮族出身のエスカの中にも、ローマ化・文明化の意義に対する自覚が生まれるのを、観客は見ることができる。

最初の兆しは、エスカが母の最期を語る場面。母が死ぬことになった経緯は、若者たちの心に、ローマ的・文明的な考え方を広めることの意義について考えさせるに十分だ。この経緯と同じ背景を持つ悲劇が、物語終盤のクライマックス直前で、今度は蛮族の父子の間で繰り返される。マーカスとエスカ、そして第9軍団の生き残り達の心に、このときはっきりと、自分たちが武器を取って闘う理由が自覚される。鷲の旗印はその象徴だ。

面白いのは、ローマ人の中でも、こうした自覚は薄いらしいということ。それは、マーカスがエスカの命を救った闘技場でのローマ一般市民の態度や、マーカスとローマの政治家との間の齟齬などに表れている。

地中海世界の広範囲にわたって文明化を成し遂げた当のローマの内部でさえ、その精神の真髄は忘れられがちなのだ。

獰猛な蛮族として描かれたスコットランドの土着の部族は、デフォルメしすぎな感じはあるけれど、太平洋戦争末期の日本人の異常心理を思い起こさせるところもあって、笑えない。

マーカスを演じたチャニング・テイタムと、エスカを演じたジェイミー・ベル、それぞれの風貌のあかげで、結構真に迫るところがあった。現代の覇権国と同盟国に引き写すのは、無粋なのでやめておく。上映館が少ないのが少々残念だが、胸熱な物語が好きな向きには、間違いなくお薦めの一本。

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