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2011.11.15

「マネーボール」

何か物事を変えようと思っているなら、観ておくといい映画。ベースボールに題材をとっているが、技術的な細部を取り上げるのではなく、変えようとする意志と変わりたくない惰性とがぶつかる様を描き出している。以下ネタバレ。

このお話のたいへん示唆的なところは、”資金がない”という絶対的な制約に直面してはじめて、主人公のチャレンジが始まったということ。もう少しお金に余裕があれば、あるいはここまで徹底的に新しい考え方を貫き通すことは難しかったかもしれない。中途半端に従来の方法に戻ったりして、結果、何も成し得なかっただろう。イノベーションを起こすには、実行する人の意識と、彼を追い込む環境の両方が必要なのだ。

この映画はしかし、環境の制約は軽く描くに留めて、むしろ、人の意識を取り上げる方により重点を置いている。主人公が周囲との軋轢や失職のリスクに負けずに、時には迷いながらも、斬新なコンセプトを貫き通せたのはなぜか。その疑問に答えている点がこの映画の肝であり、作品の深みだ。

作中には、ときどき、ある将来を嘱望された若者のカットが挿入される。お話が進むにつれて、それは、選手としての未来に絶望し球団職員に転身した、主人公の若い頃の挫折の姿であることがわかってくる。挫折の理由はいろいろあるだろうが、奨学金を得て大学へ進学する道を捨てベースボールの世界に入った高校生の彼をいっときでもその気にさせたのは、スカウトの不適切で過大な選手評価だった。身長とかルックスとか筋肉のつき方とか、そうした外見だけで、スカウトは選手の卵を選んでいたのだ。そのせいで、彼は青春も未来も棒に振った。

主人公の補佐役として、データ主体の手法を持ち込んだ男に向かって、彼は問いかける。「もしお前がスカウトだったら、選手の俺を1位指名したか?」。相棒は逡巡して、そしてすまなそうに答える。「9位。契約金はなし」。 それが、選手としての彼に対する、”正当な”評価だった。

このやりとりのあと、主人公の意志は固まったように見える。優れて合理的な理論も、自らの実体験が背景にあってはじめて、リアリティを得ることができるのだ。

そして快進撃。奇跡の20連勝がはじまる。このあたりの感動の盛り上げは、ハリウッドならお手のものだ。実際、このカタストロフで映画としての満足度はぐっと上がった。(カブスの21連勝のことは言わないお約束)

こうして生み出された奇跡のチームは、しかし、地区優勝は果たしたものの、アメリカンリーグ初戦で負けてしまう。評論家は、「やはりそんな理論は嘘っぱちだ。ベースボールは統計じゃない」と冷笑する。
その一方で、彼の実績と理論を買って、破格の条件をオファーする有力球団オーナーもいる。そのセリフがナイスなのだが、これは映画館でのお楽しみ。


主人公の、まだ中学生くらいの娘が、ところどころに登場する。拙い歌とギターが、逆境で心折れそうな父親を励ますのがまたよい。記憶に残るシーズンを終えた後の、主人公の身の振り方を決めさせたのは、破格のオファーでも相棒の言葉でもなく、この娘の歌だったというオチが、泣ける。イノベーションを起こすには、人の意識と環境とが必要だと書いたが、それにも増して、誰かの支えも必要なのだなあ。

いろいろな要素が詰まっていながら、作品としてぎゅっと締まりがある、美味しい一本でした。


そうそう、あと1点付け加えると、この作品は主要キャストのはまり具合がいい。特にアスレチックス監督役のフィリップ・シーモア・ホフマンなんかは、この人確かどっかの本物の野球監督やってたよなと錯覚するくらい。同時代的だからここまでしっくりくるのだろうか。

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