« September 2011 | Main | November 2011 »

October 2011

2011.10.29

「三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船」

三銃士というと、これまで何度も映画化されているそうで、もともと映像化に向いている冒険活劇だ。21世紀になってまたまた映画化された今回は、たぶん予想よりあっさりした出来。飛行船という、元のお話にはなかった要素を取り入れる一方で、複雑な人間関係の細部は省略して、シンプルなアクション映画になっている。

監督はミラ・ジョヴォヴィッチの旦那だそうだから、もちろんミラ様全開。他がやや霞んで見えるとは言い過ぎか。薄味の人間の俳優に比べると、面白いのはむしろ飛行船の方。浮力と重量のバランスに目をつぶって、かっこいい乗り物に仕上がっている。これが一番の見所かも。

ルイ13世とアンヌ王妃については、かなり好意的な描き方で微笑ましい。敵役のリシュリュー枢機卿やロシュフォールの悪役としての出来はいまひとつ。もっとも、ダルタニヤンとこの二人とは、原作では決定的な対立にまでは至っていないそうだから、これくらいで丁度いいのか。

ちょっと暇な時間ができたなら、見てもいいかもしれない。
ミラ様命の人には、何も言うことはない映画。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2011.10.25

SNSはインターネットの変革? その2

スティーブ・ジョブズ:「マーク・ザッカーバーグが会社を売らなかったことには感心している」

後になってゲイツはアイザクソンにこう言った、「スティーブには言わなかったのは、うまくいくのはスティーブ・ジョブズがいる場合だけだ、ということ」。アイザクソンがジョブズに、本当にMicrosoftのモデルがうまくいっていると思うのか尋ねた時、ジョブズはこう答えた、「もちろんうまくいく、ただし、くだらない製品を作ることを厭わなければね」。
これには、二人のスタンスが端的に現れている。

ビル・ゲイツは、極論すれば、自分の引退後のことを見通しながら行動しているのに対して、スティーブ・ジョブスは、自分がくだらない製品を作りたくないという気持ちの方が強い。


好き嫌いは別として、ビル・ゲイツの洞察の正しさは否定しづらい。同じことがSNSについても言えるかもしれない。ザッカーバーグさんの目の黒いうちはいいけど、その先のことがよくわからない。

例えば、ブログの記事は、XMLでEXPORTしてほかのブログシステムへ移すことができる。けれども、SNSにアップした記事や写真は、それができない。

これに不安を感じるかどうかは、世代によって違うのかどうか。SNSが水道や電気と同じ公共財だと思えればいいのだけど・・・

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2011.10.24

SNSはインターネットの変革?

先週号の日経ビジネスに、facebookのCOOという女性のインタビュー記事が載っていた。さすがに要点を短く話すのが上手いようで、それをまとめた記事も質が高い。

ところで、その記事の中で、気になったことがある。彼女が言うには、facebookはインターネットの変革らしいのだ。記事中の言葉を借りれば、「集合知」から「友人知」への進化ということらしい。あるいは、「情報のウェブ」から「ソーシャルウェブ」へ、ともいえる。いずれも進行中の事態を的確に表していると思う。

しかしながら、それを、「ザ・インターネット」と並べて語るのはどうなのか。SNSは、インターネット上のひとつのアプリケーションに過ぎず、その意味で、”ニフティ”や”ゆびとま”と同列に置くべきなのではないか。

* * *

SNSがこれだけ広まってくると、そのプロトコルはRFCにしなくていいのか、ということが気になる。ソーシャルウェブというものが、本当にインターネットの変革であるなら、プロトコルとデータベースは公開ということであってほしい。(もうなっていたらごめんなさい)

SNSはいまのところ、プロプライエタリなものばかりという印象だが、それはインターネットの基本にやや反している気がする。個人情報を差し出す対価として、利用者はプロトコルとデータベースの公開を求めてもいいのではないか。


あ。ちと過激?w
でも、本物のインターネットって、そういうものだと思うんだよね。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2011.10.23

「スマグラー」

えぐい。超えぐい。それで、最後はすっきりカタルシス。でも妻夫木聡をアイドルと見ているなら、この映画はやめておいたほうがいいかもしれない。原作の漫画があるらしい。以下ネタバレ。

妻夫木聡をwikipediaで引くと、こんな記述がある。

「自分が何もできなくて、悔しくて、恥ずかしくて、最悪な自分がいた。自分の無力さを感じた」と述懐し、俳優の勉強については「誰にも習わずひとりで勉強した」と語る。
この映画は、まるでその話を地で行くようなストーリー。

何もできないその主人公が、流されるままにたどり着いたある仕事場で、切羽詰まった状況に追い込まれてはじめて、隠れた能力を発揮するという話は、多くのストーリーテリングのテンプレートだ。だから作品として質を高めようとするなら、そこに絡ませる要素をよく練る必要がある。この映画は、そこは普通によくできている。

その上で、主人公の切羽詰まり方が、えぐい。超えぐい。正真正銘の極限状態。それをつくりだす相方(と呼ぶのも変なのだが)の高嶋政宏が、またすごい。最初から飛ばしているのだが、この部分は・・この人大丈夫なのかと一瞬、我に返って疑いを持つくらいに。それだけ、優れているということなのだろう。

もちろん、妻夫木も負けてはいない。メイクやCGの出来は文句ないから、あとは目だが、彼はその演技がいい。「悪人」のときもそうだった。よどんだ感じとピュアな感じの落差を出すのがうまいのだ。それが、クライマックスのカタルシスを大きなものにしている。

そのカタルシスに織り交ぜた作り手のメッセージについては、あえて触れないでおこう。言い尽くされていることでもあり、それに乗ってどんな結果が待っているかは、それこそ自己責任なのだし。

と考える日本人一般の今の有り様がよろしくないと、うっちーはおっしゃるわけだけれど。


少々アクが強いが、見て損はない一本。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2011.10.22

「カンパニー・メン」

先週観ていたのだが、何を書けばいいのか迷った。映画は大筋で、豊かな中間層の目線で描かれている。しかし終わりを見ると実に複雑な気持ちになる。以下ネタバレ。

勤続十何年というベテラン社員のリストラ。それに続く仕事探しを通じて知る、世間というもののありがたみ。これまでの自分の恵まれた生活の贅沢と不遜。といえば、それはどこの日本の結構な企業の勤め人の話かと思うけれども、さにあらず。これは、世界一豊かなはずの国の話。映画だけど。

海を越えて聞こえてくる米国の話といえば、経済学者さんや企業家さん達が称揚する自由と競争の輝ける国のイメージだが、現実はたぶん、そうでもないのだろう。物言わぬ大多数は、海のこちら側と何の違いもなく、普通に雇われとして働き、解雇されたり失業の苦しみを味わったり、しかしそのお陰で新たな価値観を見出したりして、なんとかかんとか生きている。そういう中間層に支えられた資本主義の衰えゆく姿を、この映画は指し示しているかのようだ。

それにしても、主人公の、よくできた奥さんに惚れる。失業当初は事態を受け入れられず、相変わらずの生活水準を押し通そうとする夫を、事実は指摘しながらも、なじる様子もなく、むしろ励ましながら、夫には黙って必要な手を打っておく。こどもたちの心理もしっかり把握して、夫に適切なアドバイスをする。良妻賢母という言葉はこの奥さんのためにあるような。少々出来過ぎでかえって現実感がないくらい。

子どもも健気だし、義理の兄は酸いも甘いも噛み分けた苦労人だし、言うことない恵まれた家族と親類縁者。これならいっぺん失業くらいしてみるのもいいのではないかと思えてくる。

現実には、家族のサポートもなく、年齢的にも再就職の望みはないケースもあるだろう。作中では、そうしたケースの残念な結末も描いている。比較してみれば、主人公の恵まれぶりがわかる。

その一方で、BSやPLだけ見て事業を売り買いし、最終的には会社そのものを売り払ってしまうことで、数百億円の個人資産を手にする企業家も描くことで、1%が24%の富を手にする社会の一面をも描いている。


この映画のうまいところは、その両極端をつなぐ位置にも、重要なキャラクタを配置して、じっくり描いているところ。階級対立などといった単純なモデルでは括れない実相が表れている。

失業者たちを結局救うのは、この中間に位置する男。会社の株で多少の資産も築いたが、現場労働者を人間として扱う心も持っていて葛藤を覚える男。上流階級風の浪費癖がある正妻のほかに、有能なビジネスパーソンである愛人も持つ旦那でありながら、工員たちからも尊敬されているこの男が、自分のちょっとした資産で会社を起こし、一応、解雇された元従業員たちの雇用を確保する。

で、問題は、その彼が起こした新しい仕事だ。
以前の会社でやっていたのと同じ、造船業。すべての費用が割高な先進国で、なおかつ過剰な設備投資で競争力を失い、構造不況業種として長らく斜陽のレッテルを貼られているカテゴリだ。この選択はどうなのか。

戦略眼や工夫のなさに顔をしかめることもできるし、質実剛健な気風を取り戻し一丸となって邁進すれば、コストの低い新興国に対してもまだまだやれるのデス、という見方もできる。

誰しも、自分がうまくやれることに集中するのが一番いい結果を生むものだ。そうして没頭しているうちに寿命を迎え、何か別の得意なことを身に付けた次の世代に場を譲っていくのが、人の幸せというものだが、世の中がそれにペースを合わせて動いてくれるとは限らない。得意なことをやっていても食べていけない不幸が来る。

映画は、うらぶれた様子の造船所跡を映して終わる。戦略なきこの一団に、彼らの苦労に見合う程度には、幸福が訪れればいいのだが。


(※今現在の造船業は、設備の淘汰が進み、新興国需要などで盛り上がっているのかもしれないので、上の話はあくまでも映画の中のこと、ということで。)

| | Comments (0) | TrackBack (1)

「カウボーイ&エイリアン」

なぜ "V.S."でなくて"&"なのか、それを知りたくて見てみた。それはまあ、そういうことなら"&"ではありますわね確かに。以下ネタバレ。

これを固有名詞の「エイリアン」と思い違えると、たぶんがっかりしてしまう。もちろん、そうではない。
最初は定石どおり、謎で引っ張っていって、いったいこれはどういうことになるのか不安になってきたあたりで、驚きの展開があって、いやもう、それかい、どうせならこっち向いてくれというくらいに。

それ以降は、驚きに少しアテられたかもしれない、普通のアツい男たちの闘いのお話。アツいところはそれなりによい。エイリアンだからもちろん巨大宇宙船も出てきて、最後は想像どおり大爆発なのだけど、映像がチャレンジャーの事故に似過ぎていてちょっとつらい。

この映画の特徴は、いろいろなジャンルの定形パターンを、パズルのように嵌めあわせているところ。それで一応、一枚の絵になっているのは、豪腕というべきなのか。

ダニエル・クレイグは、相変わらずスリムでタフでかっこいい。
ハリソン・フォードは・・歳をとった。Occupy Wallstreet なんてものを見るにつけ、不甲斐ない若者世代に内心は失望しているかもしれないが、それでも血を分けた息子の世代に、この豊かさを継がせるしかない。そんな気分を代弁しているかのようだ。

その辺りを見に行く映画ということにして、一応納得しておく。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2011.10.19

プラットフォームが差別化の源


Steve Yegge の Google とプラットフォームに関するぶっちゃけ話を訳した

一昔前はソフトウエア資産というような呼び方をされていたと思うけど、今はプラットフォームという言葉でもっと明確に意識されている。”黄昏のマイクロソフトが、言われるほどには黄昏れていかないのは、巨大なプラットフォームを持っているから”、という見方は的を射ている。

IT関係に限らず、いろいろな(例えば社会インフラなど)分野で、産業の高度化の先にはプラットフォーム化がある。小さい例でいえばゲーム機がそうだったし、最近では電力のスマートグリッドがすごくわかりやすい例。先進国が次の飯の種を見つけるべきところ。

臆面もなく言えば、参入障壁はそこにしか作れない。
先に作ってしまった者の勝ち。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2011.10.16

「ファイナル・デッドブリッジ」

スリラーということになっているが、謎に深みはなく、どちらかというと、グロい死に方をこれでもかと工夫して見せるという、見世物映画。日頃殺してやりたいと思っている相手が複数いる向きには、残酷な殺しのバリエーションを教えてくれる教育映画でもある(違)。

という以上のものは特にない。

他人の死と引換えに自分が死の運命から逃れるために、自ら手を血で染めるという話なら、題名は忘れたが、いいのがあった。あの映画では、銀行勤めの女性総合職が、代わりに死んでくれる奴の墓を掘るときの活き活きとした様子の描写が印象に残っている。汗を飛び散らせながら半ば恍惚の表情で墓を掘るのだ。

  [追記]そうそう思い出した。"Drag Me To Hell"邦題は「スペル」だった。

そういった、印象深く示唆に富んだシーンが、この「ファイナル・デッド・・」には皆無。それ故、見世物映画と感じる次第。


米国人はこういうの好きなのね。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

2011.10.11

雑記111011

日本HP、中国に負けないパソコン生産 利益率10%の秘密

ノートPCは中国のODM(相手先ブランドによる設計・生産)メーカーで集中生産したほうが量産効果が出るというのが常識とされ、米本社もそう考えていた。しかし、日本の顧客は他地域と違って納期と仕様変更への対応力がカギを握るので、国内生産に移行したほうが競争力があがると訴え続けてきた
新興国では単一機種大量生産低価格が強烈に求められている、と、わしらは今は思い込んでいる。

でもそういうものは、栄枯盛衰の輪の中だ。もう5年もして、新興国の人たちの懐も多少豊かになってくれば、隣の人とはちょっと違うものが欲しくなるだろう。

金は天下の回りもの。
わしらの夜明けは案外近いかもしれない。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

2011.10.10

雑記111010

野毛なう。朝方の霧は晴れて、いい天気になってきた。バイクで来て正解。

赤レンガに移動。ドイツビール祭りみたいなのをやっている。バイクで来て不正解。
まあ、飲む。
Imag1520

大テント内は超満員大盛り上がり。曲ごとに手拍子、一曲終わるごとに割れんばかりの拍手。こうして見ると日本人もずいぶんノリが良くなった。
Imag1524

ていうか、おまいら昼から酔っ払っってますね。完全に。
しばらく酔い覚まし。

ビールが妙に高いと思ったら、グラスデポジット制というものらしい。グラス代として千円が上乗せされていて、持ち帰ってもいいけど、空のグラスを返却すれば上乗せ分は返ってくる。なるほどこういうお祭りの場では理に適っている。



iPhoneやMacで使える超素晴らしい『iCloud』サービスが、日本では利権関係が問題で使えないらしい 但し楽曲や動画のみ

ありそうな話。

コンテンツを買ったときに、自分所有のデバイスにダウンロードせず、クラウドに置きっぱなしにしておいて、必要に応じてストリームで視聴、ということで、回避できないかな。

Googleがそういうサービスやってなかったか・・


「ツレうつ」に触発されたわけではないけど。

達成主義ではなく

目標が先にありますので、どうしても教育は訓練的、注入的になります。
・・・
学びは、雨の音に聞き入ることの中にあります。自転車に乗れるようになる身体の動きの一つ一つの中にあります。言葉にならないたくさんの感情に、静かに浸ることにあります。
ある程度、両立できると思う。
人によってこの二つの割合は異なっていてよい。


Broad WiMax」というのが、月額3千円使い放題端末0円というから、乗り換えようかと思ったら、中身不明の初期費用と事務手数料で2万3千円も取られる。24ヶ月に均等割しても毎月約千円余計に取られる計算。。。

高いでわないか。orz


| | Comments (0) | TrackBack (0)

「ツレがうつになりまして」

お友達夫婦が、夫のうつという困難を乗り越えることで、本物の夫婦になるお話。毎日仕事に時間を取られて幅のない人生を送っている大多数の人に、ゆとりと寛ぎを教えてくれる。以下ネタバレ。

庭付き平屋の広い一戸建てという舞台に、妻はセミプロの漫画描き、という設定は、普通の都市生活者から見ると、さざえさんと同程度に現実離れしている。けれどもそれによって、描きたいことに集中するための場、雑音が入ってこない下地を作っている。

そうしたうえで、うつという病をじっくり時間をかけて描く。妻が大雑把でゆるい性格だったのは、夫にとって救いだった。作中には、妻が原因でうつになったという男が登場して、そうした不幸もあることを暗に示している。

うつの描写に時間を掛けながらも、この作品の力点はそこにはない。治癒の過程で交わされる、まだお友達感覚の抜けない夫婦のやりとりが眼目だ。妻に対して申し訳ないと思い詰める誠実な、しかし本当は遠慮がちで他人行儀な夫。その苦渋を、手を変え品を変え描き出す。繰り返しなのだが、うつ治療の様々な段階を材料に使って飽きさせない。

半年、一年に及ぶプロセスの末に、夫も妻もそれぞれに、素の自分を世間の前に置いてみることができるようになる。そして何よりも、互いに対して、そうできるようになる。お友達夫婦からの卒業。健康なときは意識しないが、病にかかって自分ではどうにもならない状況ではじめて、他者に頼ること、自分を飾らないことを知る。


作り手は、結婚式場の同窓会という仕掛けを使って、妻がそれを言葉にする機会を設けている。しかも、誰もが知っているあの言葉を使って。このあたりの巧さにぐっとくるものがある。
夫についても、隠していた闘病日記を妻に渡す、それも、妻が書くといって張り切っている本の材料に、と言わせることで、妻だけでなく世間に対して、飾らない姿勢を覚えた夫の成長を表している。


ツレの情けなさを存分に見せた堺雅人、過不足なく味のある晴子さん役を務めた宮崎あおい、いずれも毎度期待を裏切らない好演でした。

これ、実話に基づく原作本があるのね。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2011.10.08

「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」

もともと「猿の惑星」は、サプライズに最大の価値があった。冒頭で宇宙の漂流物に封印された物語を読んだ人物が、ラストシーンで映しだされたときの衝撃といったら。。。それに比べると、この「創世記」(原題は"Rise")は、予測範囲内というか、極めて常識的な組み立て。安心して楽しめる。以下ネタバレ。

そうはいっても、知性を得たシーザーの、決然と起つ様子は、結構かっこいいと言うべきだろう。猿だけど。

彼の一群は、ただ自分たちのHomeが欲しくて行動を起こしただけだと思うのだが、それで終わってしまうと、十億単位の数と火器で武装している人間にいずれ巻き返され圧倒されるのは目にみえている。そこを、この映画は最後に、うまい理屈をつけて納得感を出した。どんなエンディングかは見てのお楽しみ。

チンパンジー、ゴリラ、オランウータン、それぞれの個性も出して、猿たちを人間の一段と錯覚させる手法も健在。あまりえぐい映像もなく、あっさり面白い一本でした。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2011.10.06

雑記111006

iPhone4S開封の儀をしていたら彼の霊がスクリーンに現れた。
最初の一回限りで二度と見られない。
その4Sは神棚に祀ってある。
毎朝手を合わせていればいつか再びラティーナディスプレイの闇の中に彼が現れると信じている。

といった都市伝説がきっと流れると思う。


んで、やっぱりおいらは、実際にはiPadよりKindleFireが欲しい人間なんだなこれが。(笑)

Jobsのすごさとは、べつの話。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

Steve Jobs 安らかに

Steve Jobs が亡くなった。

ちょっと涙が出た。


Apple信者ではないし、これまで買った製品といえば、iPod3機種だけだけど、AppleⅡでは6502という風変わりなチップのコードに触れ、取材になで行ったLisaが結局発売されなかったのにがっかりし、MacSE30ではグラフィカルになったRogueに違和感と感動がないまぜになった気持ちを持った。Newtonは目にする間もなく消えていったが、NeXTSTEPには意味もなく憧れたし、なにより、PIXERの作品は本当に楽しかった。そして、iPodとiTunesの生態系。

本当にすごいよ、Steve Jobs.

もっとすごいことをやってみせるのが、後に残された者からの供養。


一応、そう言ってカラ元気を出してみる。

彼は示してくれているわけだ。ある種の高みを。

僕らはただその遥かな高みに打たれ、

それゆえに彼の死に対して厳粛な気持ちになる。

そのゼロからのスタートや大きな挫折を思えば尚更に。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2011.10.02

雑記111002



お台場の科学未来館というところで、「メイキング・オブ・東京スカイツリー」展をやっていた。今日までというので、慌てて見に行った。

これでも一番小さいタワークレーンの実物とか。
Imag1496

硬い地盤を地下70M!までがりごり削るカッターとか。きょーあくwktk。
Imag1502 Imag1500

男たちのあつい仕事ぶりがわかって満足しました。

科学館にはGUNTSなんかもあった(違)。
Imag1492

子供の頃、やっぱりこうした何とか館があって、その頃は自動車の内部構造とかが展示の中心だったけど、いまは、脳の仕組みとか、地球の気象なんかが半分くらいを占めていた。インターネットの仕組みと称して、パケット交換をスマートボールを使って体感させるような展示もあった。時代ごとにテーマは移っていくみたい。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

2011.10.01

「僕たちは世界を変えることができない。」

無目的で中途半端に生きている大学生が、最初は些細なきっかけから海外ボランティアに手を出して、次第に志を持つようになる成長物語。実話を自費出版した本が基になっている由。以下ネタバレ。

「一流の野球選手にファインプレーは少ない。動きをあらかじめ予測して、難しいことを簡単にこなしてみせるからだ。ファインプレーが多いのは二流の選手だ」という話を聞いたことがある。

コミュニケーション力や行動力についても、たぶん同じことが言える。この映画の主人公の大学生たちは、その点でかなり幼い。見ていて腹が立つくらいに不甲斐ないので、いやでも、それまで受けてきた教育の欠陥に気付かされる。人のことは言えないのだが。

ところが、見ているうちに、表面的な技術とは別に、彼らの内面の真っ直ぐな気持ちに打たれ、襟を正すことになる。カンボジアという国の過酷な近現代史が、その真っ直ぐな気持をさらに浮き彫りにする。

学生の本分は学業だというのは正論だが、同時に、学業以外の活動を通じて、人の役に立つことの喜びを知ることも大切なことだ。アルバイトでもそれを実感することはできるだろうけれど、金銭的な報酬を求めないどころか、逆に持ち出しになることも多いボランティアという活動様式は、うってつけだといえる。

ここで重要な点は、活動に目的を求めないことだ。目的を言い出せば、必然的に、行動の合目的性がクローズアップされて、本末転倒が起きやすい。活動そのものは手段であって、人の役に立つ体験こそが目的だから、ビジネス的な目的の設定は、ここでは馴染まない。主人公の彼は、サークル仲間の突き上げをくらいながら、そのことに気づいていく。それが、最後の募金活動の、まことにくさいが真摯なスピーチ(?)につながっていく。ここがこの映画の見どころ。


さて、以上のことがわかった上で、やはり、と言わざるを得ない。コミュニケーションやアクションの手法を子どもの頃から考えさせ練習させることは、無視できないほど重要な気がする。そういうものとは違う教育を受けてきて、少し残念に思っている自分が言うのだから、たぶん間違い無い。

見ちゃいられないくらい青臭いお話だが、いいことに気付かされる、そんな一本でした。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

「4デイズ」

このところ、日本に入ってくる米国の映画は、愛とか恋とか青春とか慈愛とかが少なくて、9.11の後遺症のようなものが多い気がする。10周年ということで、企画屋さんたちもそこに力を入れているのだろうか。本作もそのうちの一本。以下ネタバレ。

圧倒的な経済力と軍事力で唯一の超大国の地位にあったときの自信は影を潜めて、覇権国としての実力の陰りに対する焦りと不安が表面に出てきている感じがする。その点では、「ロサンゼルス決戦」や「スカイライン」などと同様だが、この映画はとりわけ、米国人が恥部と感じているだろう、テロリストに対する拷問を取り上げている。

もちろん、それを主題にしてしまうと興行的に支障があるだろうから、ソフトにぼやかして、むしろ、尋問する側とされる側の駆け引きの方に焦点を当てている。見る側もそのお膳立てに乗る方がよいかもしれない。

拷問に否定的な人道主義を代表するのが、キャリー・アン・モス演じるFBI捜査官。テロリストにそんな考えは通用しないという現実主義(?)を代表するのが、サミュエル・ジャクソン演じる尋問人。暴力と知力を容赦無く使い分ける尋問人と、それに歯止めをかけようとするFBI捜査官という立場の違いはあれど、緊急で死活的な情報を聞き出すという目的を共有している。

さらに、尋問人の妻を、ボスニア・ヘルツェゴビナの内戦で被害にあった女性として、その口から、内戦の呵責ない現実を語らせたり、アラブ世界の独裁国家を支援する米国のダブルスタンダードを、テロリストの主張に据えたり、いろいろと痛いところを突いている。

理想と現実の葛藤も、ここまでせっぱつまった設定のなかでは、理想はやや分が悪い。結末がどちらにころんだのか明示しないまま映画は終わるが、おそらく、人道主義の敗北を、このラストシーンは暗示しているだろう。

どうにも後味のよろしくない問題作といったところか。


理想をあるレベルで維持するためには、たぶん、こうした決定的な状況に至る前に抑制する、周到でこまめな手当が必要だ。そういえば、太平洋の反対側にそういう国があった。住人はいろいろ不満を口にするし、外国からはナイーブと冷笑されることも多いものの、不思議とテロの不安からは最も遠い平和の国。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

雑記111001

インストールだけして放置していた”Bubble Translate ”の設定をしようと思ってみてみたら、デフォルトが、Spanish to English だった。そういう需要が多いわけか。

で、English to Japanese にしようとして、プルダウンメニューを探していったら、Japanese のすぐ次に "Javanese" なる謎の選択肢が。これわJAVAプログラマのいたずらかと思ったけど一応検索してみたら、インドネシアはジャワ島の東側で使われている言語なんだって。知らなかったヨ。 これを母語にしている人は7千5百万人もいるっていうから、関西弁より多いやん!

てことで、朝っぱらからトリビアが増えました。


なんで全員にリーダーシップを求めるの?

これはとてもいいお話。

何でもそうだが、経験したことがあれば、自分が当事者でなくても、それを実践中の人の立場や気持ちがわかる。それはとても大切。


“leap” 僕が継ぐべきもの または僕たちが5億円を手にした理由

今日はいい話が多いな。


「農業をやりたくない」という難民の言い分

酷い話。何がどう酷いのかは、元記事を呼んでみてくだされい。


↑のような話は、SNSに載せると場違いな感じがしてしまうのだけど、日本だけのことなのかな。利害関係が錯綜する(せざるを得ない)SNSでは、表面的な話の方がよい感触。パーティ会場みたいなものか。

米国人のエバンジェリストみたいな人が、「すべてをさらけ出せ」みたいなことを言っているのは、やっぱり違和感ありまくり。


いよいよ自宅の14ichデスクトップノートがだめになってきた。ディスクアクセスしっぱなし。5年も使えば、上出来か。

それにしても、新しい選択肢がない。持ち歩き用の11ichノートでさえ1366☓768あるというのに、15いchでも同程度の解像度のものばかりって、どういうことなのか。

日本の放送業界に合わせているのだろうけど、迷惑千万。


そのノートも、Google+を使うにはCPUパワーが足りなくなってきた。
一昔前は、Windowsばバージョンアップする度にCPUパワー不足でパソコンを更新するのが、業界の新陳代謝だったけど、まさかGoogleがMSに変わってその役を担うようになるとは。

Kindle Fire でいいよもう。


と言ってもおられず。どうするか。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« September 2011 | Main | November 2011 »