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2011.06.12

「X-MEN: ファースト・ジェネレーション」

期待通り、いや、期待を超えるすばらしい出来栄え。本作を見ずしてX-MENを語るなかれ、という感じ。以下ネタバレ。

なぜこのシリーズが毎回見ごたえがあるかというと、ミュータントという形で人の理想と現実を外部化して、その葛藤を描いて見せてくれるからだ。シリーズのこれまでの作品もそうだったが、本作はとりわけその特徴がよく出ている。

老境に近づいたプロフェッサXとマグニートーが、自分たちの若い頃をふと思い返せば、チャールズは己のナイーブさに赤面し、エリックは能力の開花に他人の助力があったことを腹立たしく思うだろう。

そういう甘酸っぱさを底流に潜めながら、彼らと意志を異にするミュータントグループとの緊張をはらみつつ、話は米ソ対決のキューバ危機という大舞台になだれ込み、当然のごとくスペクタクルの醍醐味も見せてくれる。エリックが能力を振り絞って海の底から引きずり上げる潜水艦と、彼らが搭乗するVTOLが大画面上でゆっくり交錯するシーンの劇画的かっこよさといったら! これだけでも見る価値がある。これぞX-MEN。

作中で、二人の間にたいへん印象的なやりとりがある。米ソの衝突をかろうじて防ぐことに成功したが、そのために人間たちにその能力と存在を知られた直後、米ソの艦隊がそろってミュータントたちを一斉攻撃してきたときのことだ。

飛来する無数のミサイルを逆転させて人間の乗る軍艦に撃ち返そうとするエリック。それを止めようとしてチャールズは言う。あそこには、ただ命令に従っているだけの、なんの罪もない無数の兵士がいるのだと。理想が掲げる代表的かつ普遍的な台詞だ。

応じてエリックは何と言ったか。これが、本作の最大の価値、X-MENの真骨頂だ。映画館で直接確かめたい。

もちろん、チャールズも最後に懐の深さを見せる。妹同然に暮らしてきたミスティークが、マグニートーについていこうとするのを止めもせず、君の心の声に従えといって見送るのだ。この二人の短いやり取りもいい。


プロフェッサーXにしろ、マグニートーにしろ、ありきたりの理想主義者・現実主義者ではない。重傷のチャールズを励ますことに気をとられ、ミサイルを人間の軍艦に撃ち返す非情さをつい忘れたエリック。そのエリックの腕の中で、僕らの理想は一つだろうと誘われて、即座に、二人の理想は異なると無情に答えたチャールズ。理想主義のナイーブさと現実主義の非情さは、不思議なことに、ここでは立場を入れ替えているようですらある。チャールズの岩盤のように揺るがない信念の強さが、エリックの経験主義を、にこやかに押し返す。

このときのジェームズ・マガヴォイの演技がまた絶品。エリックが離れていってしまう無念さを押し殺して、しかし隠し切れずに、多少の取り乱した感じと、状況を笑い飛ばさずにはおかないという矜持とが入り混じった、実にいい空気を出している。

漫画が原作などと侮れない奥の深さを、きっちり見せてくれる、満足度最高の一本。


そうそう、今回、ウルヴァリンが、自然な形でちらりとゲスト出演しているのも見逃せない。

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