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2011.05.03

東北海側行記110503

キャンプ場は昨日シーズンが始まったそうだが、私のほかにも早くも一組利用者があった。朝、その家族連れの年配の人の話を聞くと、小本の港の親類の家の後片付けに、家族でボランティアで来た帰りだそうな。そのお宅は、台所部分だけが流されたので、そこだけ早く修繕して元通り住みたいのだが、行政から、新築や修繕は禁止のお達しが出ていて取り掛かれないと憤慨しているとのこと。それでも、みんな、やり直そうという機運が出てきているそうだ。

どの程度の被害だと、やり直そうという感じになるのか見ておきたくて、今日は海岸側へ戻ることにする。テントを畳んでまっすぐ東へ。

港付近は確かに洗い流されているが、奥の方はそうでもない。漁船も一部残っている。
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大きな防潮堤が効き目があったのだろうか。三陸海岸でも北へいくにつれて津波高さは低くなり、被害は総体的に少ないとも聞いた。その堤防の効能書きが参考になる。
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被災地といっても千差万別だ。

ここからは、海岸沿いに北へ、八戸を目指す。
途中、思惟大橋という、かなりの大きさの陸橋があり。産直品を売ったりうどんを食わせたりする店があって、元気のよい高齢の女性達が切り盛りしている。田野畑レディースというらしい。客あしらいのうまさにのせられてうどんを食いあんドーナッツを食いでちっとも痩せない。うどんの薬味に勧められた辛味味噌がうまかったので一瓶買う。試食で金とってさらに土産を買わせる、見上げた商魂。それで嫌味がないのがよい。年の功か。
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海岸をはしる県道は、途中で切れて復旧していないようなので、やむなく陸側の道を行く。それでも、譜代というところから景勝地の黒崎までは行けるというので、行ってみる。

途中に太田名部という集落があり、城壁のようなコンクリートと鉄扉に守られていた。内部は特に被害を受けた様子はない。かろうじて住宅は無事。
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城壁の外側の漁港はやられたようだ。城壁の上から外側を撮影したビデオがYoutubeで見られる。

正面奥が赤い鉄扉。そこまでは全部津波に押し流された。巨大な堤防も一部ひっくり返され、移動している。
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黒崎の展望台から、最前の集落の堤防を見る。近くでは巨大に思えたコンクリート塊が、海の前ではこれくらいの大きさ。それでも計算どおり、集落の中は守った。
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ここ黒崎は北緯40度ということで、モニュメント。
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幸せを呼ぶなんとかの鐘があったので、思いっきり鳴らしておいた。

さて、再び北上。野田は比較的大きな町だが、例によって低地は壊滅。
少し高い敷地にあった駅舎前が、チャリティバザールのようなことになっている。地元のばあちゃんたちが、ついそこまで津波が来たとか、よもやま話に花を咲かせている。

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さらに移動して、久慈。漁港を完全に堤防と鉄扉で囲っているが、あふれだして、周辺の工場を破壊。
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このあとは、ひたすら走って、八戸に到着。シティホテルに泊まる。
繁華街が駅とあまり関連しておらず、把握するのにこつがいる。三日町通りと六日町通りの二本から構成されているようだ。道は一方通行が多く、広くない道を有効に使っている。

新幹線の駅は市街中心からかなり離れたところにある。雪対策だろうか。ホーム全体が覆われている。
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コインランドリーで洗濯して飯食ってシャワー浴びて寝る。普通にお湯が蛇口から出る幸せ。

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