東北海側行記110429
朝6時出発で9時過ぎに東北道の白石IC着。やはりこちら方面に足が向かう。
泥かきやがれきの片付けボランティアも魅力だけど、今回はひたすら見て歩くことにする。それも、被害がひどいところだけでなく、ごく普通のツーリングの中で、被災地も通る、というスタンス。
東北道では、”災害支援”と書かれた自衛隊の車両にときどきお目にかかる。追い越した後、SAで休んでいると、さきほど抜いた2台のトラックが入ってきて、分乗した10人ほどの自衛隊の人たちも短い休憩。別のSAでは通りすがりに見ると、パトカーと消防車。分散して休憩するように取り決めでもあるのかな。
今回の件で、自衛隊に対するアレルギーのようなものは、間違いなく減ったと思う。
白石ICを降りて給油。津波はこんな陸側までは来なかったから、民家の屋根のブルーシートは地震で屋根瓦が落ちた後の雨漏り対策だろう。1ブロックに数箇所程度。スタンドの人にブルーシートのことを聞いてみたら、この辺りはどうということはないとの返事。海側で家ごとなくした人たちに比べれば、と遠慮がちに言っていた。きっと親戚や知り合いもいるのだろう。
大河原町というところを通過。ここも普通。小さな通りの四つ辻で、手作り風の信号に顔がほころぶ。
道なりに、となりの角田市を経て亘理というところへ。途中、ごく普通の公共の建物の前庭に、テントが並んでいた。避難所だろうか。
海に近づくにつれて、閉店中の商店が増えてくる。水が来たというよりは、インフラや客足の問題かもしれない。町を抜けて水田地帯。
左が今日の写真。右はGoogleStreetViewの被災前の写真。正面に見えているのは常磐自動車道。多少瓦礫が見えるが、特に問題はなかったように見える。水田の様子は普通だ。
しかし、日常はここまで。常磐自動車道をくぐると、そこは別世界。
さらに道なりにいくと、阿武隈川の河口に掛かる橋にさしかかる。
橋自体は、欄干が壊れた程度(左)。正面には、すぐそこに海が見える。白波が立って、一瞬ぎょっとする。
堤防の内側は、倒壊した建物がいくつか残っているが、どれも1階が打ち抜かれて、柱だけが残っている。さもなければ、基礎だけ残して跡形も無い。
自衛隊が、瓦礫撤去作業を終えて帰途につくところ。お疲れ様でした。明日もよろしくお願いします。
さらに海に近づくと、建物はほとんど残っていない。むしろ潔いほど。
しかし、足元を見れば、撤去するまでは使えない諸々が復旧の妨げになっている。これは確かに長期戦になりそう。
涙雨がぱらついてきた。降雨がここ数日続いたそうで、かえって埃は立っていない。異臭もこのあたりにはない。三陸の入り組んだ地形と違って、このあたりは平野だからだろうか。
多くの人の努力が実って、いつかは日が差して、美しい虹が見られますように。
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