「英国王のスピーチ」
あるVIPの吃音を直すという、たったそれだけのストーリーなのに、これだけじっくり魅せるのだから、映画ってやっぱりすごい。客席が最前列まで満員なのも頷ける。できあいのアクションやファンタジーに食傷気味になっている観客の気持ちを捉えた快作。以下ネタバレ。
第二次大戦前夜の時代、吃音が直らないヨーク公が国王に就任する。ヒトラーとの戦争を控えて、重要なラジオ演説をしなければならない。国民が固唾を呑んで耳をそばだてている。単なる下世話な興味や好奇心ではない。自分たちの平穏な日々の生活が危機に晒されて、これからどうするか誰もが不安に苛まれ、真剣だ。
そこに投じるスピーチが、戦争に立ち向かう国民の士気にどれほど大きな影響を及ぼすか、退位した自堕落な兄と違って責任感のある男、ヨーク公自身が、一番よく知っている。
どうするヨーク公いやさジョージ6世陛下。
という種類の重圧を、幼少の頃から受け続けるのだから、王族というのはたいへんだ。おまけに友達もいない。左利きやX脚のことで、父からも厳しくあたられる。長じれば、みなが彼をまじぇすてぃとかはいねすとか他人行儀な呼び方で接する。彼の吃音は、それゆえの心理的な障害が主因であり、言葉の遅れによる筋力の衰えなどの物理的な要因も加わる。
口でリラックスと言うのはたやすいが、言って直せる程度ならとうに直っている。それを、ときにはあやすように、ときには喧嘩をしながら、正しい方向へ導いていくのが治療者の役目だ。肩書きや免許などは関係ない。
大英帝国本国から見れば遠い一植民地にすぎないオーストラリア出身の俳優くずれの男が、この任にあたる。権威をなんとも思わない彼のフランクな姿勢、生活態度そのものが、最初はヨーク公の癇に触れながらも、次第に患者の心の壁を取り除いていく。それがそのまま、心理的な要因を取り除くことに繋がることを、治療者は知っているのだ。
物理的な要因の治療も惰りない。天下のヨーク公が、端からは滑稽に見えるが実は効果的なトレーニングメニューを真剣にこなしている様子は、この映画に微笑ましさとヒューマニティを加えている。
お互い譲れない線を探りあいながらの、患者と治療者のやりとりは、緊迫感と和やかさが交互に訪れ、いいリズムを生み出している。どうしても折り合えない線で、一度は破局を迎える二人だが、しばらくの冷却期間と、患者側の切羽詰った事情で、それも乗り越える。
こうして、開戦のスピーチの日を迎えた英国王。治療者と二人だけで入ったスタジオで、最初はオーストラリア人の指揮に引っ張られるように始まった一世一代の演説だったが、次第に自分の言葉として語りだす。国王としての声を彼が発し始めるに従って、治療者の身振り手振りが次第に少なくなり、一人の聞き手として、じっと耳を澄ませていく様子が、この映画の白眉だろう。ヨーク公はやっと、自分という壁を乗り越えて、大英帝国国王という役者になる端緒を掴んだのだ。
まじめで堅物を絵に描いたような役柄のコリン・ファースが、難しい吃音の演技も含めてすばらしい。治療者を演じるジェフリー・ラッシュの、礼節を知りながらもフランクな感じと、ヨーク公の妻役のヘレナ・ボナム・カーターの家庭的でおおらかなバランス感覚が良く出ていた。
王室の本当の姿など知るべくもないが、それでも、このジョージ6世陛下という英国王に親しみを感じる、そんな映画。
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