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2011.02.20

「ヒア アフター」

クリント・イーストウッドがますます好きになる映画。穏やかで何のてらいも見得もないが、味わいがある。以下ネタバレは読まずに、先入観なしに映画館で観たい。

この作品の感想を書くのは、とても難しい。変に分析的なことや知った風なことを吹くと、この映画の良さが、ろうそくの炎のようにかき消されてしまいそうな気がするのだ。死者との交わりは、はかなく、幽かになされなければならない。


霊媒師の男は、自身の能力を呪いだと感じていた。死者の声を聞くことができる彼にとって、その声は、現世の醜さを顕わにしてしまうからか。黙って墓の中まで持っていく話を、誰でもひとつやふたつは持っているものだが、それが彼には、死者からの声として聞こえてしまう。普通の生活をとりもどそうと通った料理教室で出会った美しい女性と、互いに好意を持ち、手を触れたその瞬間に、彼女の過去に隠された醜い秘密を、亡くなった父親から聞かされてしまうのだ。その上、期待と好奇心に満ちた依頼者にそれを告げることで、相手をも深く傷つけてしまう。これが呪いでなくて何だというのだろう。

ところが、ひとりの子どもに頼まれて聞いてやった双子の兄の声には、現世の醜さを引きずる様子がまるでなかった。映画を観る側の想像でしかないが、霊媒師にとっても、それは初めての体験だったのではないか。快活によくしゃべるあの世の子どもの声。”ここは素晴らしいところだ”とさえずる彼の声は、それまで、死者の声を呪いとしか考えられなかった霊媒師にとって、天使の声のように響いたかもしれない。

死ぬことで解放された魂の喜びを聞いて、霊媒師は初めて、小さくではあるが心の底から、笑うことができたのだ。それは、依頼者の子どもの心にも大いなる癒しとなった。

そして霊媒師は、臨死体験を経たことで同じように死者の世界に触れられるようになった女性に出会う。その手に触れても、呪われた声は聞こえない。ようやく彼は、互いを理解できる相手と出会い、心の平安を得るのだ。

映画はシンプルに、ここで終わる。エンディングは穏やかな音楽。これも、エンドロールを見るとクリント・イーストウッド自身の手になるもののようだ。選曲ということだろうか。


最後に彼と出会う女性も、幼い双子も、作品の中では、主人公である霊媒師と同じ程度に多くの時間を割いて描かれている。それがこの作品のユニークなところであり、それぞれの苦しみを深く描くことで、互いのそれが出会って雪のように解ける瞬間の、安らかな空気を醸し出すことに成功している。

死生観についても、独特の捉え方が感じられる。天国や地獄ということを人はよく考えたがるが、この映画にはそんな賑々しいものは出てこない。ただ、生きていた間の出来事に対するその人自身の偽りのない感情があるだけだ。それが、死後の彼を苦しめたり喜ばせたりする。ただそれだけのこと。

クリント・イーストウッドは、またも、独特の世界を描き出してくれた。
ぜひ映画館で観たい。

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