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2010.09.05

「オカンの嫁入り」

前半は軽いノリで、おかんこと大竹しのぶのぶっ飛びぶりと、それに困惑する娘こと宮崎あおいの眉間の皺を楽しむ展開。そもそも年若い娘をさしおいて、おかんの方がプロポーズされ、あろうことかそれを受けるなどという展開は、普通、ない。だからこれはお笑いなのかと思っていると、後半は、その裏が次第に語られはじめ、最後は白無垢姿で大竹しのぶが泣かせる台詞を言うという、いかにも京阪が舞台らしい味わいの展開。悲しい苦しいをさらけ出さず内に秘め、表向きは明るく周囲を気遣いながら生きる人々を描いた佳作。以下ネタバレ。

六畳和室が基本単位の日本家屋で、人の距離の近さが色濃く出るように工夫された画面運びがよい。前半でこれをたっぷり見せられるので、後半の人間模様がすんなり腑に落ちる。その場面でその台詞が出てくることが、ごく自然に思える。こうした距離感は、今や東京では失われかけているかもしれない。貴重なものを見せてもらった。

そんな濃ゆいスープのような関係の中でこそ、すっぱりと深い言葉のやりとりが可能になる。後半の病院の待合で、おかんがめずらしく厳しい顔で娘に向かって発する問いは、ナイーブな予想からは想像できない定型外の意外性を持っており、それゆえ娘の、そして観客の、心に刺さる。

これは、簡単には返せない問いだ。大方の作品には、この問いはたぶん出てこない。事件を切っ掛けに人間関係が変化することは定石だが、大竹しのぶのおかんは、それでは嫌だ、そんなのは嫌だと真剣そのものの怖い顔で言う。ただでさえ悔悟の念に打ちひしがれている娘宮崎あおいは、おかんのその反応に、更に打たれる。

それだけの衝撃があってはじめて、娘の方も障害を乗り越えることができるのだが、果たしてこの問いに答えがあったのかどうか。白無垢姿のおかんの泣かせる台詞に対する娘の返答が、その答えだと受け止めておくのが自然だろうとは思う。

おそらくこれは、非情に濃い人間関係の伝統の中で成立するお話なのだ。だからこそ、東京という薄い関係を基調とする地域の観客には、たいへん興味深いものに映る。東京発の情報に染まらない、いいものを見せてもらった気分になれる一本。

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