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2010.08.16

「ヤギと男と男と壁と」

これが実話とか、笑かしてくれます。どうみても半分コメディ。各シーンにあれこれ屁理屈を当てはめて楽しもうとする姿勢があれば、最後まで見られるけれど、そうでないなら、お金は別のことに使いたい。以下ネタバレ。

米国人にとって、スターウォーズがどれほど大切なものか、なんとなくわかった気になる。日本人には役行者も安倍晴明も菅原道真も平将門も猿飛佐助も百地三太夫も助さん角さんもいるのに、彼らにはジェダイしかいないのだ。いや他にもいるだろうって、それは高々200年かそこらの中に団子になっているだけで、神話の中には居ないのだ。あるいはスーパーマンのような単なるつくりものくらいか。

だから、稀代のコメディアンである(笑)ジョージ・クルーニーが、オビ・ワンのユアン・マクレガーに向かって、厳かにジェダイを名乗ったとしても、笑ってはいけない。彼らは真剣なのだから。笑っちゃうけど。

真面目な面をそれでも語ろうとするなら、私はここに、ナザレのイエスの影を見てみたい。砂漠、ヤギ(羊)、エバンジェリスト、俗物的で頭の切れる裏切り者と破壊活動、救い、はここでは開放だろうか。奇跡、は例えばコイン投げを連続して当てるシーン。こういう細かい芸で半信半疑の相手を信用させる。気の迷いであっても、信じたくなる瞬間は訪れるもの。

それが一時の着の迷いで終わらないのは、信仰を説く側の覚悟が見えたときだ。使途たる新聞記者に「伝えよ」とだけ言い残して教祖達が天に召されたらしいあたりは、出来の悪い暗喩にも見える。

斯くの如く、人間イエスの布教にもきっと様々な苦労がついてまわったことだろう。

それで、何なのか。よくわからない。
ここに、諦念のようなある気分が横溢していることは、なんとなく感じるのだが、かといって、諦めているにしては妙に真剣さもある。最後にユアン・マクレガーがやってしまうあのシーンは、最初にスティーブン・ラングが笑いを取ったシーンと対を成していて、「求めよさらば与えられん」と言っていることはわかった。

なんだかよくわからない映画だったが、久しぶりにケビン・スペイシーの独特の声が聞けてよかった。
米国で公開された年がわかれば、もう少し意図が見えるかもしれないのだが。

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