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2010.08.11

草津志賀行記100811

山か海かで迷った。やはり暑いので高度のある方ということで、関越で北へ。沼田ICで降りて考える。台風が来ているそうで天気はここ数日悪そう。東へ向かって山でキャンプしても、景色は期待できない。西へ向かって温泉をぶらつくのがよさそう、ということで、生まれて初めて、温泉保養地として名高い草津へ行くことにした。ICで降りてから決まるところが、テント持ったバイク旅の利点。

日光から草津を経由して軽井沢へ至る道は、「日本ロマンチック街道」と名前が付いて、本家欧州のそれとなにか提携でもしようかということらしいけれど、見ればごく普通の道。きっとこれから整備されるのだろう。名分があれば予算も付きやすいだろうし。でも日本で「ロマンチック」というと、江戸時代の宿場町風なのだろうか。花いっぱいロードではどこでもやっているし。まさかローマ時代の遺跡風とかではないはずだけど・・。

と思ったら、なにやら妖しいものがあった。その名も「大理石村ロックハート城」。ちょうど雨がぱらついてきたこともあり、寄ってみる。
俳優の津川雅彦氏が絡んで、テレビ番組の撮影などに使われたりもしたらしい。一体何の秘宝館かと思って寄ってみると、ぱっと見では案外まとも。もちろん、日本で組積造は原則建てられないから、隠れRC造だろうとは思うけど、石材も本物っぽい。中に入ると、きちんとした由緒来歴のある有り難い建物らしい。騎士ロックハートの功績と家名の由来などが展示されている。

(本画像やや大(1296×776)につき注意)
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帰ってからネットで調べたら、紛れもなく本物を移築したようだ。元はグラスゴー近郊に建っていたものらしい。このページに建築の紹介があり、

Milton Lockhart House was dismantled and rebuilt in Japan in 1987
とだけ、簡潔に記されている。

1314年、時のイングランド・エドワード征服王との闘いで、スコットランドの独立を勝ち取った英雄、ロバート・ブルース王。信心深かったこのスコットランド王の死後、遺言によりその心臓を聖地に埋葬するべくエルサレムへ赴く途上で、ムーア人に阻まれ闘いに倒れた将軍に代わり、王の心臓を無事故郷まで送り戻したる功により、家名をLoccardからLockhartに改め紋章を授かりたる騎士ロックハート。

ロマンですな!

そんな国際情勢の元で無茶な遺言残すとは迷惑千万な王様と、今なら非難轟々なところだが、そこは十字軍と騎士道の御代だから。リアリストみたいなこと言わない。

さて、「大理石村」の名前から期待した、各種大理石の展示はなく、代わりに鉱石と石のペインティングの展示があり、この辺は微妙に秘宝館のにほいがするのがやや残念。本館がそれだけの本物ならば、十字軍時代の英国騎士の生活と精神・物質両面の背景など再現した展示にすれば、たいへん興味深いものになったろうに。惜しい気がする。

雨も止んだので再び道を行き、中之条という町に入る。走りすがりに目に止まった面白い建物に惹かれて、道を戻り見学。「つむじ」という名前どおり、平面形がつむじを巻いている。

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今日は写真と藁のお面たちの展示。お面は割といい。
君を真っ直ぐにすると、この扉が開いて秘密の鍵が手に入るの?
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敷地の奥へ行くと、廃校をリノベーションで歴史資料館にしたものがあり、富岡の製糸業の展示がある。中之条の製糸業との関わりは、風穴にあるそうな。冷気を蓄えた風穴に蚕を一定期間入れた後、温かい外に出すと繭を作り始める性質を利用して、年2回の収穫を安定的に可能にしたとか。この技術革新で、生糸の生産量は飛躍的に増えたそうな。ほかにも、蛾の卵を産み付けさせる紙の展示などがあり、たいへん勉強になる。生糸の生産工程なんて全然知らなかった。こうやってあの輝くような絹糸が出来上がるのか。

ロマンですな!
さすが日本ロマンチック街道。

資料館には他にも、吾妻郡一帯の歴史展示もあり、縄文土器の時代から、このあたりは気候温暖で土地が豊か、近隣の中では一番大きな国だったそうな。

つむじ館は一帯の芸術活動の拠点になっているようで、今の時期は、ここから北に行った四万温泉と連携して、様々な作品展示を行っているらしい。ということで、ここからはロマンチック街道を離れて四万温泉へ。

奥四万湖から下って4つほどの区域に別れて温泉街がある。まずはこの温泉地の発祥と言われる最奥の「御夢想の湯」という外湯へ入る。
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小さな湯船だが、温度もほどよい。年配の先客があり、声を掛けてみると話好きらしく、昔話をいろいろ教えてもらった。温泉には、仕事を引退した人もたくさん来るのだが、その話振りから、現役時の人柄や、仕事の様子なども窺えて面白い。手柄話やゴルフの話ばかりする人には適当に調子を合わせて聞き流しておくのだが、このおじさんは人好きのするよい人だった。狭い湯船に気さくで子供好きそうな人と同道できて楽しい時間が過ごせた。

続いて、一番大きそうな区域に行ってみると、風情のある温泉旅館を発見。積善館という。

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写真の建物一階部分に見える洋風の層が「元禄の湯」と呼ばれていて、大正モダンなつくりの浴槽が5つ。国の登録文化財だそうな。ビジターに開放されているのはこれだけだが、これでも十分。

湯につかっているうちに、外は時ならぬ豪雨。しばらく動けそうにない。館内をぶらついてみると、かなり古い木造。表にあった説明書きによれば、建造年代は1800年以前と思われ、古くから湯屋であったらしい。当初木造二階だったものを明治時代に三階に増築。玄関の式台などから推して、それなりの格式であるようだ。もっとも、上り框のところで靴を脱がずに板の間に上がれるのは、便利だがやめたほうがよい。格式を言うならなおのことだろう。

この温泉街には、他にもなんだか凄そうな佇まいの宿があった。
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これで温泉宿なのだ。見ていると、割と高そうな車で客が次々乗り付けてきて、従業員が車の鍵を預かり手際よく移動させている。もと庄屋様の屋敷とかだろうか。残念ながら、正面の大破風こそ立派な茅葺きだが、その向こうは金属板葺きになっていた。維持の苦労が偲ばれる。

激しい雨もおさまったので、今日の本当の目的地、20キロほどの林道へ向かう。温泉街の外周の道から西へ分け入っていく。比較的締りのいい砂利道で、楽しい小一時間の走りの後、国道406号へ出て北上、キャンプ地の野反湖に到着。

Imag0075 Imag0074

湖上は一面の霧。ほかに何の観光施設もなく、釣り客が主な客だが、この霧の風景だけで来てみたかいがあった。2008年版のツーリングマップには、野趣あふれると書かれていたが、キャンプ場は綺麗に整備されており快適。小高いところに設営して、星も見ずに(曇っていて見られない)眠る。


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