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2010.05.04

「ウディ・アレンの夢と犯罪」

原題は、"Cassandra's Dream"。作中の最初の方で、主人公兄弟の弟がドッグレースで大当たりを取ったときの犬の名前。なんともチマい夢なのだ。その夢の雰囲気にうっかり乗せられて、引き返せない悲劇に歩を進めてしまう兄弟を、手堅く描いている。この監督さんは、とにかく上手いためだと思うのだが、どこにも大した引っ掛かりがないのに、なんだか人生を達観させられてしまうようなものをつくる。今回、スカーレット・ヨハンソンのむっちりはないが、代わってヘイリー・アトウェルさんのぼよよんでしっかり目を釘付けにしてくれるところなどは、よくわかってるぢゃないか。以下ネタバレ。

あまりにさりげなく作られているので、時間つぶしも兼ねて深読みをしてしまう。兄弟が道を踏み外す背景には、兄の投資欲と弟のギャンブル熱がある。そして舞台はロンドン。ここで、はた、と考えてしまうのだが、これはもしや、ここ何十年だかの間、金融立国路線を取ってきた英国を、思い切り皮肉っているのだろうか。それとも、監督さんは米国人だから、ロンドンに場を借りて実は米国の同路線を批判しているのか。

お話はシンプルだ。兄弟が欲に目が眩んで道を踏み外し、悔悟の念に押しつぶされるようにして自ら最悪の報いを受けるに至る。その過程には様々な迷いや決断、依存や説得があって場をもたせているのだが、突き詰めればそういうことだ。多少肝がすわっている兄の方が、この試練をくぐり抜けるかに見えて、最後は気の弱い弟に引き摺られるように自滅していくのが悲しい。人間、悪いことはできないようになっているし、やれば罰が下されるのだ。

でも本当にそうだろうか。このお話で、棚ぼた的に得をした人物が一人生き残っていないか。

それが、この映画の謎であり、作り手の意図を読まねばならないところかもしれない。真にevelな人間というものが、数は少ないがこの世には常に存在するし、そういう者は得てして、周囲を生贄にしながら生き残るものなのだ。それを、特に咎めるでもなく淡々と描くところが、ウディ・アレンの達観なのだろうか。

胸焼けしない、適度な悲劇。

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