May 2010
2010.05.31
2010.05.30
「グリーン・ゾーン」
前政権に騙されて大義のない戦争に向かわされたと思っている米国人の溜飲を多少下げてくれそうな映画。俺たちは騙された。悪いのは奴らだ。だがそのままで終わらせはしない、というエンディングが米国らしい。手ぶれ映像多用なので、観終わった後気分が悪くなるのには、少々閉口する。以下ネタバレ。
「ジェイソン・ボーン」シリーズの「ボーン・アルティメイタム」のキャストとスタッフを揃えて、同様のスピード感のある戦闘と情報戦を見せてくれる。この作品が「ボーン」シリーズと違うところは、主人公が何の特殊能力ももたない一介の兵士だということだ。その彼が、追い求める真実のために、行動力だけを頼りに軍の統制を離れ、CIAの力を借り、ジャーナリストと交渉しながら、真相に迫っていく。米国型民主主義の真骨頂ここにあり。途中、主人公のやり方についていけないと異議申し立てをする部下を、あっさり解放して別の道を行かせるところで、その誠実さと正当性を醸し出している。決まったことには従うのが民主主義なのだが、権利章典修正第二条の国。自分で信じた道を武器を持って進むのは正しい姿勢なのだ。
イラクの民間人を絡ませているのも、この映画のミソ。彼は決定的場面である行動をとるのだが、主人公はそれを咎めはしない。目的は頓挫したように見えても、まだ手はある。その辺りの転進の速さ、目標のブレのなさが小気味よい。
手ぶれ映像による不快を除けば、適度な緊迫感を途切れなく味わえる、マッチョデイモンな作品。
雑記100530
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「平和ボケの普天間問題。」
普天間問題は、戦後以来続いてきた日米関係を方向転換をするのかどうかという政治的な問題であり、日本が米国の属国的立ち位置をこのまま続けるべきか、見直すべきかという国家主権のあり方の問題に収斂される。そうですよね。
この間のマスコミ、評論家的言辞は、自らの立ち位置に関しては不問に附しておきながら、他者の立ち位置を批判するという、まさに戦後の日米関係を引き写したような主体喪失の心理的立ち位置をとり、そのことの矛盾に自ら無自覚であるといわざるを得まい。まったくそのとおりです。
日経がこの問題で「万死に値す」とかあさっての方向で発言せざるを得ないのは、日米関係の方向転換なんてことは扱う用意ができていないからだろうと思う。
この用意があるのは、イデオロギー的な立場から親米反米を言ってきたメディアだけだけれど、それらの意見はイデオロギー的であるがゆえに時代にマッチしない。
この問題について正しく物を言うことができる、もう少し俯瞰的な立場はないものかと思う。
ほんまか。「オリオン」は少し綺麗すぎるのが難だなー。
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「ユニクロのTwitter連動キャンペーンサイトで脆弱性騒ぎ発生」
あんれまあ。ずいぶんずさんな実装だったらしい。
ところで、
TwitpicはOAuthに対応しています。てことで、UNIQLOとは無関係だけど、とりあえずよかった。
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「NTT ドコモ回線網を利用できる無線 LAN モバイルルータ、バッファローから登場」
ここのところ妙に忙しくて、コメントできなかったけど、これも気になるところ。それから、なぜかNTT東がはじめたやつも。あれが一番よさげな気もしないでもない。
e-mobileは2年縛りと引き換えにPocketWiFiルータが1円くらいになるのが魅力。回線も大都市圏ではdocomoと遜色ないし。
ああ、でもiPad買わないことにしたおいらには当分縁がないのか。orz
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「「ネット全履歴もとに広告」総務省容認 課題は流出対策」
『利用者の合意があれば良いのでは』という意見に反対する法的根拠が見つからなかった」と話している。あれ? 通信の秘密に関する条項は電気通信事業法にはないのだっけ?
少なくとも私にはtwitterは弱者の味方とも、少数派*8の味方とも思えない。この記事は鋭い指摘。そうであるので、おいらは、仕事では多数派形成の道具として使い(笑)、私用ではブログを中心にしている。
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「中華街のオススメ店 覚書」
うまそう。今日は自分で特製焼きそばでもつくるかと思ったけど、雨も降らないみたいだし、行ってみようかなあ・・
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2010.05.29
雑記100529
街中でコーヒー飲みながら聞こえてきた若奥様がたの会話の断片。
息子がドラゴンボールっていうから見てみたら、それあたしが知ってるドラゴンボールと一緒なの?ドラゴンボールはもはや歴史遺産。
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「iPad出荷記念に、ガッツリと無線WiFi最強装備を整えた」
「イーモバイルのPocket WiFi」+「eneloop stick booster」。おお。そんないいものが。
あーiPadどうするかなー。まあ、いまからじたばたしても品薄でどうせ手に入らないだろうけど。
それより、これわ困った情報。
しかし、僕の周囲の経済に詳しい友人たち曰く、イーモバはなかなか経営が厳しく、このままこのサービスを続けていけるかはわからない状況なのだとか……え゛ー。ほんとですか。風評じゃないんか。
イーモバイルになくなられると正直困る。なんとかがんばってほしい。
あれまあ。お悔やみ申し上げます。早過ぎる。
今朝は久しぶりに日経買って朝御パン食いながら読み始めたら、いきなりこれで吹いた。どうかしちゃったのか>日経。
宇宙人を地球人の感覚であれこれ言うのはせんないことだけど、それにしてもちと過激すぎるような。よっぽど何か期待してたか、歯がゆかったのかなあ。
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ビックカメラでiPadお触り会をやっていたので、10分ほど行列して触ってみた。
最初の印象は、「片手で持つとずっしり重い」。確かにカバンに入れれば今のネットパソコンより軽いだろうけど、左手で持って右手で操作では、かなり辛いことになりそう。
キーボードの反応は悪くない。それどころか、敏感過ぎるので、意図しなくても触った判定されて余計な文字が入ってしまう。機械式のキーは、多少触っただけでは入力と看做されないため、キートップに指の先を乗せて休ませることができる。それがとても快適なことなのだということがわかった。
変換候補が常に上に出るのが良し悪しは別としてパソコンとは違う感覚。ケータイは上下操作で候補欄に移動するけど、それとも違う。というか、カーソルキーって何?がデフォルト。
YouTubeは、ダウンロードが追い付かずに待ち状態になると、再生が勝手に止まってしまう。いちいち再生ボタンを押し直さないといけない。
ブラウザ(safari)でGoogle検索して、「アバター」のティザーを再生してやろうと思って公式サイトを呼び出したら、Flashは表示できませんエラー。映画の予告編を電車の中で見てやろうとおもっていたおいらは、ちょっとショック。そりゃFlashはだめという知識はあったが、具体的に身近で見られないものがあると、結構腰が引ける。
コピペは、結構お洒落。範囲指定のカーソルの端を掴んでぐいっと広げる感じがいい。
20分ほど触ってみた感想は、なかなかいいけど、重くて手が疲れるし、1日触ったら飽きそう。ということで、急いで買わなくてもいいかな。
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「プリンス・オブ・ペルシャ/時間の砂」
少しインディ・ジョーンズを彷彿とさせる面白冒険活劇。はらはらどきどき具合と、優男のヒーローとおきゃんなヒロインの掛け合い漫才が魅力。シリーズ化されればそれなりに観に行ってもよさそう。以下ネタバレ。
それにしても、ペルシャ帝国というから、もっとアーリア系の顔をたくさん見られるのかと思ったのだけど・・王の息子たちはどこのグレートブリテンかローマ人かみたいな風貌だし、市井の庶民はなんとなくアラブ風だし。おまけにみんな英語喋くって英語風のジョーク飛ばしたり。
まあ、それはそれ。
主人公はマッチョなヒーローとは違う、身の軽さと庶民臭さに隠れた王の気骨が持ち味、ジェイク・ギレンホールがそつなく演じている。ヒロイン役の人は・・・東洋人の顔だと思うんだけど。。。
まあ、それはそれ。
そんなごった煮のキャストが、西洋人とそれに感化された日本人観客のオリエンタリズムを刺激して、それなりに面白い。ストーリーも、時間の巻き戻しを随所に取り入れた展開で珍しさがある。クライマックス直前では、おまいたちこの一刻を争う緊迫した状況でながながとちゅーしてるんぢゃないよ、世界が滅びたらどうすんだ的お約束もしっかり盛り込まれている。
結びは大方の予想通り、主人公だけが記憶を持ったまま物語のはじめに戻り、死んだ人たちも全部生き返って、悪人だけが制裁を受けるハッピーエンドなのもよい。主人公ひとりが、この経験を通して大きく成長しているのだが、その違いをジェイク・ギレンホールは雰囲気と台詞できっちり演じている。
疲れた頭で息抜きに観るには、なかなかよい映画でした。
2010.05.28
雑記100528
3DiMaxは、「アリス・イン・ワンダーランド」は適当に切り上げて、「アバター」を再度かけてくれないかなー。その方が客が入ると思うけど。
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「「それ」の抑止力」
私と同じように推論して、その上で何も言わずに黙っている人は日本国内に30万人くらいはいるはずである。本当のことなんてわからないけど、少なくとも、あの宇宙人がわしら一般人より馬鹿であるように書きたてているマスコミのみんなは、わしらより馬鹿である可能性が高いと思う。
それにしても、これから国内は荒れそう。
政府対処方針というのに対して、各党の党首さんたちが批判を展開しているけど、誰も、一言も、では普天間の米軍をどうすべきなのか、言う人はいない。
その無責任ぶりを咎めるマスコミなど、もちろんいない。
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2010.05.27
雑記100527
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「なるほど。RT @karl_r_popper: 書籍のセット割引販売」
電子出版なら簡単かもしれない。うはははは。
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「私は東浩紀に負けた」
敗戦の弁
いくらデリダやポストモダンが学問的詐欺でも、東が留学もしたことがなくても、人気のある者が勝ちなのであります。学者さんの世界もたいへんなんだなあ。
・・・
もう今や、漫画やアニメ評論をやっていれば、大学院なんか行ってなくても大学教授になれるご時世です。
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「素敵な共鳴を小さく共有できる場」
みんなでつながって、どこかの小さな素敵な店をリスペクトし合うような。それでそのお店のビジネスが成り立てば、もうそれでオーケーじゃないかと思う。いいなあ、このイメージ。
サステナビリティの問題はどうだろう。時たま炎上したあとでも生き延びられるかどうか・・
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2010.05.26
外務大臣が自らブログに寄稿し、マスコミ報道のずれを指摘するの巻
今回の報道は、正確でない部分がかなりあるということも申し上げておきたいと思います。だそうです。
・・・
沖縄の負担軽減のために、日米間で様々議論したことが、最終的な合意にもいろいろ書かれることになるかと思いますが、ほとんど触れられていない。そしてもう1つは、いまの環境影響評価を前提にする、つまり、変えないという報道がかなりなされましたが、これは全く事実に反しています。
この人はいかにも真面目そうだし。
マスコミの言うことなんて、てけとーにスルーしておくくらいで丁度いい。
雑記100526
株価がぐんぐん下がっても大して話題にならないのは、これが当然と多くの人が思っているからだろうか。
日本のテレビなども見られる環境にしているため親以外の日本語もよく覚える。吹いた。
(クレヨンしんちゃん以外で「おら」っていう日本人には会うこともないだろうし)
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「グーグル、AdSense顧客との収益分配率を明らかに」
率は公開されたものの、個々の広告のクリック単価がわかんなきゃ68%と言われてもそれが正しく支払われているのかどうかわかんないよね。とりあえず、数字はメモ。
公表するGoogleの意図は、当然ながら競合にダメージを与えること。
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「アップルがiPadを5月28日午前8時から販売――直営店で1人2台まで」
予約ということを基本的にしないおいらは、買うのは触ってみてからなんだけど、行列は嫌なんだよなあ。
いいなーこれ。
2010.05.25
雑記100525
京都へやってきた。
駅から烏丸御池まで、裏路地を歩いてみる。
烏丸通りというのは一応大きな通りなのだが、駅にまだ近い(御所から遠い)六条、七条あたりでは、大通りに接続する枝道がいきなり細い。そこを、袈裟に笠の僧形が、朝のお勤めなのだろうか、何人も歩いている。東京では考えにくい光景。
豆腐屋、呉服卸、刷毛屋、染物屋、組紐屋、揮毫屋?というのか、書の店までがある。
さすがに四条あたりまで来ると、そうした光景も店も姿を消して、普通の都市の雑然さが増してくる。櫛の歯のように7,8階建てのペンシルマンションが目に付く。
まるで、御所から駅まで、時代の地層ができているかのようで、たいへん面白い。
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「犬ロボット」
学習してる。
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2010.05.24
巡航ミサイルもユビキタスでビジネスライクに
「ペンタゴンをも震え上がらせた、どんな船でも戦艦に変えられる巡航ミサイルキット!(動画あり)」
そりゃまあ、世の中これだけモバイルだユビキタスだと言っているのだから、巡航ミサイルだって当然そうなるよね。そのうち、フリーな巡航ミサイルもできるんじゃないかな。炸裂したとき、ドクロベエみたいに広告が空いっぱいに広がるっていう、広告モデルで。
おまけに衛星からのサポートで着実にターゲットへと打ち込める、Club-Kの4発セットのミサイルあ、GPSもついててFoursquareに登録できるのね。みんなの次のターゲットはこのぼったくりなお店だぁ、みたいな。
本当なら、しゃれにならん。
あまりにも完成度が高く、十分に国家レベルでの戦略的配備にも適しているとの評判まで獲得しちゃってますよ。1セットの価格は1650万ドルとなっており、この値段さえ出せるなら、どの国にでも即販売しちゃいますよなんて売り込んじゃったものだから、すでにイランやベネズエラ、アラブ首長国連邦などなど、そう簡単には巡航ミサイルを搭載する艦船なんて大量配備できない国々が、続々とコンテナ船を戦艦に変えて防衛ラインに導入しようとの思惑などから、購入の問い合わせに殺到しているんだとかこれはもう武器というより新製品と呼ぶ方がいい。「ガイアの夜明け」で取り上げるべき。
わしらも、シーレーンを行き交うコンテナ船に積んどけばいいんでね?
「私たちはロシア政府の許可を得ながら、合法的に事業を営んでいます。ですから、他国から、当社の貴重な製品ラインナップに横槍を入れられる筋合いなどはありません。これわ・・・完全にビジネスの論理。すべてはお客様のために。規制には断固反対。なんか予想もつかない時代がいきなり来てしまいましたよ。どの国家でも巨額の防衛予算を組めるわけではなく、戦艦を大量配備できる環境が整っていない国だって数多くあります。しかしながら、Club-Kは、こうした国々にも新たな道を開く画期的な発明であり、どの国家にも、望むところには平等に提供していく方針です」
2010.05.23
オープンモバイルという運動の主旨に賛同します。
オープンモバイル。公式や一般といった区別のないオープンな状態を目指そうという運動。パソコンのネットで行われていることをモバイルでもできるようにせよ、という運動。キャリアになんでもかんでも握らせるのは、あんまりよろしくない。 特に近頃、個人情報を私物のように扱って自社の儲けに繋げるような感覚が、キャリアに蔓延しているようだし。
キャリアは土管屋さんで儲けるのが本業であって、マーケティング情報料とか決済手数料とかで儲けるのはおかしい。法律で禁止してもいいくらい。
もし、土管業以外で儲けるなら、その分は通信料値下げで利用者に還元すべき。
雑記100523
たまに南青山なんかへ行ってみると、有名ブランドと結びついた、無理っぽいビルがたくさん建っている。あれらは、もしそのブランドが日本を見限って撤退するとなったら、どうするのだろう。誰か代わりに入居するのだろうか。喜んでお下がりを貰うところもあるかな。
それにしても、これはなー。
日影と天空率の影響なんだろうか。
ワタクシにはわかりません。
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「「自己」という幻想」
人間の脳の重さはチンパンジーの4倍なのに血流量は2倍しかないので、エネルギー供給はぎりぎりだ。したがって脳はなるべく新しい行動を起こさないで、習慣に従って認知コストを節約しようとする。人々が互いにこのような保守的行動をとると、規範ができて行動パターンが決まる。すると個々人が勝手な行動をとりがちなアメリカ人は、アメ車と同じ低燃費構造てことでしょうか。
食う量が異常に多いのも、脳の血流大=基礎代謝大、のせいなのかな。
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「吉祥寺の中心で、紙がないと叫ぶ」
まるでMASTERキートンみたいです。みごとぢゃ。
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上みたいな面白いのは、ついったーでは無理なんだよなあ。
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「運命のボタン」
先週見て、あれこれ取り紛れたままできてしまった。なので、観た直後にどうしても書こうと思ったこと以外は忘れてしまった。以下ネタバレ。
これを書くと、非難されるかもしれないのだが、この作品は女の罪深さを描いたものだ。旧約聖書にある、有名な知恵の林檎のエピソードを思い出す。男はどちらかといえば傍観者であり巻き添えであるのに対して、女は主犯として描かれている。この映画の描くところも同じだ。それどころか、男に後始末の役割を負わせることで、その悲惨さをより強調している。
ひとつ引っ掛かる点は、女に障害を負わせ、不完全者として描くことで、赦しの余地を残しているところだ。主なる者の代理人に、同じ不完全性の刻印を押しておくことで、作り手は何を言いたかったのだろうか。
そうしておきながら、結局、結末には影響しない。手が込んでいる。救済など無いと言いたいのだろうか。”他人より自分”の罪深さを描くなら、「スペル("Drag Me To Hell")」のように面白可笑しく描いてくれた方がよかった。
見終わってもよくわからない映画、という印象。秘密めかして深刻さを装っているが、実は底の浅さを隠しているだけかもしれない。
2010.05.22
雑記100522
香港で不思議な選挙が終わったらしい。
いろいろあるのね。
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GoogleのTopでパックマンが遊べますよ。
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「スピード感が出てきた欧州」
5月10日に巨大な救済パッケージを発表して以来、欧州連合がやっていることはアメリカがリーマン・ショック以降に実施したドル安誘導による「V字型カムバック作戦」の周到な焼き直しに過ぎません。そうなのか。
一方で、TV(BiZスポ)で榊原という人が、欧州の没落について語っている。
前提にしているタイムスパンの違いか。
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「新機能てんこ盛り、会場も盛り上がったAndroid 2.2の発表」
3G接続でAndroid端末をWiFiアクセスポイントとするテザリング機能に標準で対応おおう。
ただし、この機能が、キャリアが採用する端末で有効となったまま出荷されるかどうかは別の話。当面は望みが薄そうだ。んがっくし。orz
こういうこともできるそうな。
PCやほかのデバイス上で行っている操作の結果や情報を、異なるデバイスに送りたいことはよくある。このとき、従来ならデバイス間をP2Pでつなぐのが自然な発想だったが、クラウドを仲介させるというアプローチは興味深い。こうすることで、物理的なネットワークインターフェイスに関わらず確実にデバイス間の連携ができる開発者は少し楽になるのか。もちろんネットワークがダウンしないのが前提。
iPodが過渡期のデバイスとして抱える欠点も、そろそろ解消したい時期。
iTunes上のDRMフリーの音楽コンテンツをストリーミングでAndroidデバイスで受け取って再生するデモを披露した
iPadはともかく、6月頃出るというiPhoneを買おうかという気分だったけど・・・
80年代、アップルはパソコンの分野で最初に一歩リードし、それから自己中心的になった。すべてを支配したがることで悪名高いアップルのスティーブ・ジョブズは、ほかの人たちからただただ受けが悪かった。ニューズウィークは煽りが多いから好きではないけど、この記事には頷かざるを得ないところがある。
アップル製品かっこいいなーと思いつつ、いつも結局は他のライバル社の製品をおいらが買ってしまうのには、応分の理由がある。
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「「紙か電子かと幼稚な議論する場合ではない」――京極夏彦氏が電子書籍を語る」
私は元々「InDesign」(アドビシステムズのDTPソフト)で書籍を作っており、データの移行などの手間が省け、短い時間で準備できた。そうなんだ。いまどきの作家さんてそういうものなのかな。
音楽に例えれば、テキストは楽譜に過ぎない。うまいことを言う。
書籍は日本の文化が、木で版を彫っていた時代から何百年もかけて積み重ね、読みやすいツールとして大成してきたもの。装丁もフォントも、それが電子書籍になったらいらない、ということにはならない。そうした文化的な価値を捨ててしまっても自分の作品が感動を呼び起こせる、という過信のある人だけがそういうことを言う。たぶん、しばらくの間はそのとおりだろう。
著作権をめぐっては、ここ10年くらいの間に非常に大きな転換をせざるを得ない状況が来るはず。今は現行制度の中で権利を主張しているが、それが通らなくなる状況が訪れる可能性があるし、その可能性が高いと私は思っている。旧態依然とした主張をしていたのでは、我々は何か大きなものを捨てざるを得なくなるのではないか。そうした問題に対応するためには、今から電子書籍について考える必要があり、そのために講談社に全権を委託した。それで何か損害を被るかもしれないが、実験台だから仕方ない。* * *
本来の意味で作家がクリエイティブなものを作ろうとすると、それは小説なのかという問題もある。電子書籍ならではの楽しみ方、楽しませ方を、音楽業界などと連携して考える時代になるかもしれないが、現段階ではおまけ、付録の域であろうと思う。そのうち、食玩のように主従逆転した電子書籍が出てくるかもしれないが、そのときはそのときで、エンドユーザーが喜んでくれるものを出すのが、我々作家としての立場だと考えている。こういう人が具体的に名乗りをあげてくれたのは、とてもありがたいこと。
さすが京極堂。
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2010.05.21
雑記100521
読むべきブログがめっきり減ってきている。
書くべきことが減ったわけではないのだけど。
iPadの最初の話題作が「氏ねばいいのに」とは・・・
でも読んでみたい希ガス。
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「父親のかなしみ」
一読してからタイトルを再度見て、わびさびを味わう。
娘さんが結婚でもなさるのだろうか。
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「「自炊」でできる電子書籍」
アメリカの出版社や著者はグーグルと協定を結び、200万点以上の本が電子出版サイト、Google Editionで利用可能になるという。絶好のお手本があるのに・・・この背景には、Google Booksの著作権についての和解で、権利関係が基本的にクリアされたことが大きい。著者がopt outしないかぎり、グーグルが本をスキャンし、そこから得る収入を著者に還元するしくみができたからだ。しかし文芸家協会が「文化の冒涜だ」などと騒いだおかげで、グーグルの和解の効力は日本には及ばない。
これは音楽と同じような経過を辿りそうな気がしてきた。
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「ネットに未来はないかも」
恐らく、各プロバイダ・サービスが契約しているスパム判定ソフト(恐らく数社の寡占)の一つで、突然しきい値が変更されて、・・・メールの未来には確かに暗雲が垂れ込めてはいる。
・・・
自分で自分宛に、昨日のメルマガを送信して見て、届かずにスパムフォルダに直行することを、確認しました。
でも一度慣れてしまうと、なかなか他のものに移れないのが、わしら一般人。
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「モバイル・ネイティブの若者たち」
ケータイが身体の一部になり、コミュニティのコアになりつつあるのだろう。だから重要なのはビットレートや画質ではなく、自分の一部としていつでもどこでも安くつながる自由度である。この点では日本は世界の最先端を行っているので、iPadのアプリケーションでも欧米より進んだものが出てくるかもしれない。自由度が最も重要という指摘は正しいと思うけど、iPadはよくわからない。あんなかさばるものを、ケータイに慣れた若者が持ち歩くのだろうか。
2010.05.16
雑記100516
久しぶりにお台場へ行った。DECKSの寂れ具合が物悲しかったが、都心で再開発が進めば、致し方ないところだろう。ここが原っぱで、レインボーブリッジも無かった頃を思い出して、むしろ懐かしい匂いが少しだけした。
今日は、何かレースをやっているようだった。
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「【口蹄疫】 宮崎の種牛を一元管理している家畜改良事業団の肥育牛から口蹄疫感染例が」
しゃれにならんことになってきたみたい。
和牛なんて、指折り数えるくらいしか食べたことないけんども。
と言いつつ上の写真は、DECKSに新しくできたステーキ屋さんから撮ったもの。
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お馴染みJMM-MLの冷泉彰彦さんの寄稿。「勝間=ひろゆき対談をアメリから見ると」は、面白い視点の提示。
日本語というのは、余程注意しておかないと、会話によってどうしても上下関係を規定してしまうのです。この、「上下がないフラットな関係」は、BBSの頃は盛んに言われてきた。久しぶりに思い出して、新鮮な気分がした。
・・・・
仮にネットの世界で実名による初対面の出会いが頻発されたとすると、その出会いの度に「上下関係」を規定するかしないか、非常にコミュニケーションが難しくなってしまうのです。
・・・・
非常に単純化して言えば、集団主義という行動様式から抜けきっていないのに、集団への帰属のメリットは失われ、バラバラになった個がお互いの差異にガチンコで直面させられている、そこに幸福感の低下や閉塞感が生まれている、社会がそのような段階にあることが関係しているように思うのです。
そのほか、チェーン化による効率化が異様に発達した日本での、スモールビジネス起業の難しさなど。
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「情報メディア学科iPad無償配布」
「日本初、全学部を対象とした教育ツールとして「iPad」採用を決定」
だそうです。いずれも名古屋の学校。
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2010.05.15
雑記100515
口蹄疫とかけて、ゾンビととく。
死ぬわけでもなし、単に罹患するとだるいとか、どんどん感染が広がるとか。
でも感染したからには速やかに殺処分、てとこまで一緒。
違いは、反撃してこないので、ホラーにはならず、代わりに悲劇になること。
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「おまいら先進国の格付けが、どうしてそんなに高いんだよ!」
時代の大きな変わり目が徐々にわしら一般人の目にも見えるようになってきたのかも。
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「リンガ・フランカのすすめ」
これはよい案。蒙を啓かれる感じ。
げげ。よさげだが・・・
おまけに、ブックマーク機能まであります。iPadとiPhoneとネットパソコンで、共有できる・・・
でもクラウドに置いとけば済みそうだが。
最大の問題は、HSDPAに自動接続されたときの料金体系かな・・・
もし取られホーダイプランとかだったら、厭ですけど。
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「上海に移住する日本人」
明らかに、今までの中国訪問者と違う匂いのする人々が殺到しているのである。それは、エース級のビジネスマンがこの街に移住してきていることを感じるのである。一度や二度の失敗にめげずに、再チャレンジしてもいいのかもしれないある。
万博で、その近さが広く知られるようになれば、なおのこと。
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2010.05.13
雑記100513
口蹄疫にかかったのか、だるい。と思ったら風邪。
日本に関しては「WHETHER(破綻するかどうか)」ではなく「WHEN(いつ破綻するか)」の問題だけだ、という言い方に変わってきている。やばいよなー。
お金持ちさんは、資産の半分くらいはもう海外に移して備えているらしいし。
呑気なのは、わしら半端な貧乏人たちだけ。
やっぱり、たとえ少しでも海外に移しておいた方がいいのだろうか。預金封鎖は外銀の国内支店に対しても掛かるそうだから引き出せないとはいえ、円のまま国内で持っていればハイパーインフレか新円発行でゼロ同然になるわけだし。
鬱だのう。
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2010.05.12
雑記100512
iPadの3:4のポテッとした縦横比を見ているうちに、まあこれはすぐ買わなくてもいいか、ていう気分になってきた。
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「ガラパゴス化する日本の開発環境」
現状が効率的で競争力のあるものなら何も問題ないが、若手エンジニアの怒涛の残業、休出によって成り立っているのであれば、そこに未来は無いように思う。もちろん、そうじゃない開発現場も少数あるとは思うのだけど。
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その一方でこういうよく出来た日本製ソフトもあるそうだし。
「iBunko HD」
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「KDDIの固体バカが言う「EZ番号はプライバシーに関する情報ではない」」
EZ番号はお客さまがURLにアクセスした際にサイト提供元のサーバに通知され、会員のアクセス管理などに利用されますが携帯電話番号やメールアドレス、氏名などのプライバシーに関する情報は含まれておりませんのでご安心ください。
これは、お客さまが受信した迷惑メール内のURLに、お客さまの携帯電話の情報 (電話番号、メールアドレス、EZ番号 (注 1)) とくくりつけられる識別番号が含まれており、そのURLへのアクセス者の情報が判別できるという手口です。うーむ。
ご安心くださいと言うそばから、安心じゃないです危険ですと言っているような。
au、もしかしてだめだめなんじゃ・・?
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2010.05.09
雑記100509-2
野菜がやっと安く、というか元の値段になった。きゅうりとキャベツとほうれん草を買い込んできた。
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「秋葉で iPad 売ってる店は多かったが、ほとんど wifi 版だった。一部では値下げされてたし、これから値崩れしそう。」
ほんとですか。
しばらく待ちかなー。
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「2ちゃんねるが日本のインターネット終了の引き金を引くか」
年齢認証の他にも、ケータイIDの変更を不可能にしてほしいと要求している人たちがいるらしい。人間は、自分で檻をつくって自らその中に入るという、クレイジーな生き物だというし。
そういうのに巻き込まれたくはないけんど。
「不快な入力」が多い環境にいると、人間は鈍感になる。それで不安なのが、これ。「もんじゅ警報相次ぐ 再開後9回、公表遅れも」
鈍感になる以外に選択肢がないのだからしかたがない。
けれども、それによって危機対応能力は劇的に劣化する。
大丈夫なのかなあ・・
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官房機密費の使い道と評論家への不信
このニュースは、連休直前というタイミングで流されて、休みとともに早くも風化しようとしているので、記憶のためにメモ。
税金が情報操作に使われていること自体は、それほど非難することでもないけれど、それとは別に、大マスコミさんはこの件をほとんど取り上げようとしないことを、わしらは記憶しておく必要がある。
小渕内閣で官房長官を務めた自民党の野中広務元幹事長(84)は30日、長官在任中に内閣官房機密費を「1カ月当たり、多い時で7千万円、少なくとも5千万円くらい使っていた」と明らかにした。共同通信の取材に答えた。このところ政権が評論家さんやマスコミさんから叩かれているのは、あるいは、この金を止めたからではないかという邪推さえできそう。内訳については月々、首相に1千万円、国会で野党工作などに当たる自民党国対委員長や参院幹事長に各500万円程度のほか、政治評論家や野党議員らにも配っていたと説明した。官房機密費は毎年十数億円計上されているが、官房長官経験者が使途を明らかにしたのは極めて異例だ。
野中氏によると、評論家に転身した元政治家が小渕恵三首相に電話し「自宅を新築したから3千万円ほどお祝いをほしい」と要求したことや、野党議員から「北朝鮮に行くから官邸にあいさつにうかがいたい」と暗に機密費を要求されたこともあったという。
野中氏は「前任の官房長官からの引き継ぎ簿に評論家らの名前が記載され『ここにはこれだけ持っていけ』と書いてあった。持っていって返してきたのはジャーナリストの田原総一朗氏だけだった」と証言。「政権交代が起きた今、悪癖を直してもらいたいと思い、告白した」と強調した。
「9〈ナイン〉~9番目の奇妙な人形~」
こう言ってはなんだが、同時期日本公開で、同じティム・バートンが関わっている「アリス・イン・ワンダーランド」に比べて、この「9」の方が断然面白い。ティム・バートンの入れ込み具合が違うのかもしれないが、むしろ、この作品のもとになったシェーン・アッカー監督のショートフィルム『9』が、おそらく優れていたのだというべきなのだろう。
原作の美点そのままに、この映画も世界観とキャラクタ造形を楽しむ作品に仕上がっている。お話はもちろん、ディズニーのストーリーアーティスト達が腕によりを掛けて仕上げている。アクション・シークエンスというのだろうか、これもハリウッドのノウハウを過不足なく使っている。更に言うと、色調や声のトーンが私好みだ。
文句なく上質な、おとぎ話。ネタバレをするようなところは何もない。作り手の優れたイマジネーションを、ただ、観て、楽しめる。
雑記100509
TLで流して見るより、GoogleReaderについ登録して読みたくなるおいらはネアンデルタール人のハーフですの。
もう多すぎてパンクですの。orz
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「ケータイコミックの存在のでかさ」
勉強不足でスマソ。
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「ネットユーザの6%程度しか情報発信していない。そしてユーザが見ているのは個人発の情報より企業発の情報」
出所はこちら。
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RainbowAppsていうところでiPadのプログラミング教えてくれるのか。趣味で勉強しようかな。
電子書籍の人達は手ぐすね引いてそうだけど、いつごろ日本語の本が出るのかなあ・・
iPhone4.0も気になる・・・
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2010.05.08
電子ブックリーダーのページめくりで片面印刷風に白い裏が見えるのはデリカシーに欠けると思われる件
すんごく違和感がある。本なら両面印刷だしょ普通。
慣れの問題かもしれないけど、片面印刷だと、仕事の書類に目を通しているような殺風景な感触があって、いやんな感じ。本というものはもっと艶めかしくないと。
変にめくって見せて、白い空虚を見せてしまうより、単純に切り替わるかスライドする方がよい。
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「iBunkoHD ver1.01 book reader for iPad」
このビデオはよさげな電子ブックリーダーの紹介。このリーダーだけのことではないけど、漫画を縦置きで読んだ部分で紙の白い裏側に、はっとした。
雑記100508
もーねー。
「米国の株価急落、「m」と「b」のタイプミスによる誤発注が原因?」
連れ立ってお化け屋敷に行って、暗闇の中を列になってびくびく進んでいたら、仲間の一人がいきなり”ぎゃー!”とか叫んで、お化けよりそっちの方に撃発されて蜘蛛の子ちらすように逃げ散りました、みたいな。(笑)
「マル! ナスダックとNYSEの約定取り消し措置は正しい」
必ずしもミスとは限らないという見方もあるみたい。考えてみると、アルゴリズムが取引していれば、ものすごい勢いで売り買いのバランスが崩れることはありそうな話だし。そういえばコンピュータ取引に制限を設ける話ていうのはなかったのだっけ。
ともあれ、おかしすぎる取引に対して事後的な措置をとるのは、あり、というお話。
売買がいびつな値段で成立してしまった場合、成立したという事実に拘るのではなく、「こんな出鱈目なトレード結果は、誰もが求めなかったものだ」というフェアネスの精神の方が尊いという考え方です。米国はこういうところがやっぱり筋金入りだ。形式重視で責任回避のわしらとは大違い。
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「iPad購入者予定者の44パーセントがノートブックのかわりにiPadを選ぶそうです」
悩む。でも残り56%、半数以上の人はiPadを選ばないんだよね。
もちろん、読み方が間違っている。疲れてるかな。
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おいらの使い方からすると、ネットブックは捨てがたいところもある。発信量が多いと、iPadだとストレスたまりそう。iPadで本を読んでみたい気はする。ゲームとかは時間を喰われそうで避けたい。あとは動画か・・・
ソフトバンクが予約開始。
おいらは、買うなら単品で買って、通信業者はやっぱりイーモバイルかな。SBもイーモバイルのPocketWiFiをOEMか何かで出しているみたい。
iPad/ネットブックどちらを選ぶにしても、通信デバイスの方はPocketWiFiが良さげ。ほぼどんな端末でも繋がって、軽く小さくて、かつ5台まで接続OKて、相変わらず客をよく見ている。おまけに都市部は20Mbpsに移行しつつあるみたいだし。サービスに手を抜かず着々と進化してる感じ。
バッテリが課題といえば課題。無線LANのセキュリティはもうOKなのかな?
店で聞いた話では、パソコンセットで3万円引きを、PocketWiFiでもやり始めたみたい。iPadは?と聞くと、アップルの方からやらないと言ってきているそうな。売れるとわかっているものをわざわざ値引きしてブランド価値を下げることはない。
2年縛りが解けるまであと4ヶ月かぁ。
iPadが米国でWifi版を先行させているのは、もちろんお国事情がいろいろあるのだろうけど、通信事業にまで手を出す気はないからそこの輪は誰か埋めてくれ、のサインと受け止めていいのだろう。それをがっちり受けてまたまたブレークしそうなのが、e-mobileという理解でいいのかな。SBはOEMで時間を買ったのかな。違うかな。
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たぶんiPadの選択でベストなのは、3Gモデルより1万円以上安いWi-Fiモデルを買って、EモバイルのポケットWi-Fiを使うことでしょう。
この人がこのタイミングで言うと、光の道の文脈でSB批判している一環と取られてしまいかねないけれど、普通にユーザとして考えて、おっしゃるとおりだと思います。
2010.05.05
「いばらの王」
いわゆるジャパニメーションに属する映画。普通なら反則の一言で片付くあるネタのはずが、驚きの大技を繰り出して、観る側をねじ伏せてしまう(笑)。これほどの大技は、アニメが持つ独特の虚構感の上でなければ、おそらく実施不可能だろう。その点では、見てみる価値はあるのかもしれない。なお、ジャパニメーション独特の様式に則って作られているので、それが嫌いな向きにはお薦めしない。
それにしても、宮崎駿さんが、プロの声優を使うのを嫌がる気持ちがよくわかる。あまりにも定型的で底の浅い発声なのだ。ジャパニメーションの様式だと言えばそれまでなのだけれど、この作品は意外に面白いお話にも思えるので、見ている方が辟易するような、量産向けの様式を採用してしまったのは、少々惜しい気がする。
雑記100505
なんか、テレビのニュースは基地一色みたい。おいらの考えはひとつだけ。
この問題で、その地の住民以外で、○○は反対と言う人は、それならどこがいいと思うのか、具体的に言うべき。特に政治家さんとマスコミさんは。
おいら、マスコミ批判みたいな文脈は好きではないけど、この件についてはミスリードがひど過ぎる。社会の木鐸などと言っていた気概は自分からとうに捨て去ったようだ。
こちらも参照。
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「豪もいよいよ」
あー。だそうです。
なんかまた、あちこちで、来るぞ来るぞの空気なんだろか。
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「天皇制と2ちゃんねる」
天皇制とタイトルにあるのは単なる釣りで、以下が重要。
資本主義のアイコンである工場の時代が終わり、モバイル・ネットワークがそれに代わる時代が、先進国でも来るかもしれない。そのとき2ちゃんねるに集まる匿名のパワーは弱まり、ケータイで自由に集まる若者がイノベーションの主役になるかもしれない。そういう彼らにちゃんとワークしてもらうために、フラットな組織と情報網が必要なのだけど、工業化社会カラーの中で育ってきた人たちにはウケが悪い、というより、あからさまに非常識だと思われるようだ(笑)。
これは、年齢にはあまり関わりがなくて、むしろ、育った環境が影響しているように見える。むろん、若い人達の方に強く見られる傾向だけれど、それは、彼らの方がそうした環境に接する機会が多かったことのあらわれ。
工業化社会的に適応している業種においては、むしろ従来型の組織が向いているという事情もあって、単純に新しくすればいいというものでもない。
なぜかというとマルチプルがリッチ(fully valued=割高)な市場は多くの投資家がお金や時間をかけて研究し尽くした市場である場合が多く、それだけの労力を投入し、ノウハウを積み上げ、基盤を築いたがために、逆に去りがたいという未練やビジネス上のしがらみが出来るからです。こちらのブログはいつも勉強になる。でもそういう風にその市場が一般の投資家にも知られてくると、新しい発見(ディスカバリー)はなくなります。実はマルチプル・コントラクションの起きる最大の原因がこのディスカバリー機会の喪失なのです。
投資家が守らなければいけないルールは「投資環境の良いところで投資する」ということであり、決してひとつの国やひとつのアセット・クラスと心中することではないと思います
一応こちらも。
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2010.05.04
「ウディ・アレンの夢と犯罪」
原題は、"Cassandra's Dream"。作中の最初の方で、主人公兄弟の弟がドッグレースで大当たりを取ったときの犬の名前。なんともチマい夢なのだ。その夢の雰囲気にうっかり乗せられて、引き返せない悲劇に歩を進めてしまう兄弟を、手堅く描いている。この監督さんは、とにかく上手いためだと思うのだが、どこにも大した引っ掛かりがないのに、なんだか人生を達観させられてしまうようなものをつくる。今回、スカーレット・ヨハンソンのむっちりはないが、代わってヘイリー・アトウェルさんのぼよよんでしっかり目を釘付けにしてくれるところなどは、よくわかってるぢゃないか。以下ネタバレ。
あまりにさりげなく作られているので、時間つぶしも兼ねて深読みをしてしまう。兄弟が道を踏み外す背景には、兄の投資欲と弟のギャンブル熱がある。そして舞台はロンドン。ここで、はた、と考えてしまうのだが、これはもしや、ここ何十年だかの間、金融立国路線を取ってきた英国を、思い切り皮肉っているのだろうか。それとも、監督さんは米国人だから、ロンドンに場を借りて実は米国の同路線を批判しているのか。
お話はシンプルだ。兄弟が欲に目が眩んで道を踏み外し、悔悟の念に押しつぶされるようにして自ら最悪の報いを受けるに至る。その過程には様々な迷いや決断、依存や説得があって場をもたせているのだが、突き詰めればそういうことだ。多少肝がすわっている兄の方が、この試練をくぐり抜けるかに見えて、最後は気の弱い弟に引き摺られるように自滅していくのが悲しい。人間、悪いことはできないようになっているし、やれば罰が下されるのだ。
でも本当にそうだろうか。このお話で、棚ぼた的に得をした人物が一人生き残っていないか。
それが、この映画の謎であり、作り手の意図を読まねばならないところかもしれない。真にevelな人間というものが、数は少ないがこの世には常に存在するし、そういう者は得てして、周囲を生贄にしながら生き残るものなのだ。それを、特に咎めるでもなく淡々と描くところが、ウディ・アレンの達観なのだろうか。
胸焼けしない、適度な悲劇。
2010.05.03
北信行100503
もう少し日程に余裕があれば、東へ出るための標高の低いルートを探すのだが、どの道も怪しそうに見えて、気持ちが萎える。ひょろひょろと北国街道を長野付近まで戻ってみると、松代というところが真田氏の城下町だったとか。で見に行く。
これが案外面白くて、一日使う。国の重文が街中に点在している感じ。まず博物館で真田氏と松代の歴史を勉強のあと、真田邸へ。こちらは工事中で中は見られない。続いてお隣の文武館。
文武館は、複数の日本家屋がほどよく配置されて、建物と建物の間がうまくできている。建物には、座学を学ぶための、天井が低く落ち着いた内部空間をもつものと、武道のための、天井が高い館の2種類ある。
左は座学用の建物のひとつ”東序”。右は武道実技のための建物。

一番大きな建物は、役所と学校を同じ建物のそれぞれ両翼に収めたものだが、中を歩いていると、昔の日本家屋の良さを思い出す。団地で育った世代には、この感触はなかなか伝わらないかもしれない。それは自分の古さでもある。
文武館の次は、重文の横田家住宅。松代藩の中級武士のいわば公邸だという。

北入り玄関で、南面に庭と菜園が続く、この時期の典型的な武家の住まいの配置だという。2階の付き方が面白いが、これは典型とは言い難いような気もする。
あとは、おやきを食ったりおばちゃんと話たりで過ごす。松代城は、むしろ川中島合戦の武田方海津城といった方が知られているだろうか。この辺りの土産物屋は、信玄と謙信のいずれかを贔屓にしているようなところがある。そういえば、博物館の説明員さんや、古戦場跡のガイドさんなども、それぞれ微妙に贔屓がありそうに聞こえた。みなさん、前職は教員などで、定年退職後の仕事でやっているそうだ。
ほかに、佐久間象山の記念館などまわる。旧帝国軍が天皇を移すことを考えたという地下の穴ぐらは見なかった。
北信濃には、文人知識人の交流の輪があったらしいことが、今回あちこちの博物館など見てわかった。昔から長野県は教育熱心な土地柄だと聞いていたけれど、その気風には長い歴史がありそうだ。
時計も3時を回って、ゆるゆると帰途に付く。渋滞にあわないよう、早めに。
と思ったが甘かった。藤岡Jct付近からは断続的な渋滞。バイクにはバイク乗りにしか見えないバイクレーンというものがあるので、特に困らないが、車の人はつくづくたいへんだと思う。
東京に着いてみると、案外涼しい風。信州の今日の昼より、むしろ気温は低い。
5月は標高によっては雪が残っているが、北信をまた訪れるにはよい季節かもしれない。
2010.05.02
北信行100502
夜半まではそれほどでなかったが、明け方の寒さにはまいった。シュラフは3シーズン用なので、この寒さにはあまり役立たない。新聞紙をふんわり丸めて、体とシュラフの間に断熱層を維持してひと落ち着きするものの、今度は新聞紙が行き届かないところの冷輻射で落ち着かない。結局もぞもぞやっているうちに夜明け。眠いぞー。それ以上に寒いっす。
幸い、昨日の山田温泉大湯は朝6時からやっている。テントを畳んで凍える足でシフトレバーを操作しながら下山。湯につかって人心地が着く。風呂って本当にありがたい。
計画では、昨日のキャンプ場からさらに先の峠を越えて志賀草津へ出るはずだったのだが、当然、雪で通行止め。PlanBに変更して、善光寺へ行くことにする。東山魁夷の常設展も目当て。
やまの裾野をゆったりと行くと、この辺りは今が桜の満開期だ。なんでも樹齢何百年だかのものも何本かあるようで、緑の地の中に点景として咲くほの白い姿がたいへんに美しい。
いったん長野市街に出て、表参道側から寺へ進む。今日は「善光寺花回廊」なる催しがあるらしく、道の半分は即席の花壇で埋まっている。ストリートファニチャの類もいろいろ。

おなじみ、善光寺。甲府にあるのも、こんな感じだったかどうか。

善光寺は、長野の本家本元(信州善光寺)のほかに、甲斐善光寺、岐阜善光寺がある。戦国の戦乱の中で、霊験あらたかと言われた善光寺の本尊が、あちこちに拉致された歴史の名残らしい。信州の本堂は、堂々たる撞木づくり。数十回も焼け落ちて、その度に復興したというから、信徒の篤い信仰心の賜物といえる。
近年の群発地震で、一時期山門に登ることができなくなっていたのだが、ワイヤー等で補強して、やっと一昨年から登って良いことになったとのことで、さっそく登ってみる。写真は山門から南側の表参道を見たところ。
今回は、地下の暗闇の中を巡るのはやめておいた。混み過ぎて萎えるし、暗闇で悟りを得たければ、人の来ない山奥でキャンプが一番だ。
お寺を見たら次は隣の敷地にある東山魁夷館へ。この人は、人間のいない高原で自然の変化をひたすら観察するのが好きだったようで、私と趣味が似ている。館ではちょうど”この絵に合うメロディ募集中”のような企画をやっていたが、迷わず "Windham Hill" を推す。
日本画は保存が難しいそうで、常設展といっても有名作品を常に展示することはできないらしい。その代わり、デジタルプリント技術の発達で、絵の具の盛り上がりまで再現したというレプリカがあったりする。
絵を堪能した後は、一路北へ、野尻湖を目指す。道を行くにしたがって、黒姫と妙高がぐんぐん近づいてくる。なにしろ、野尻湖の最寄り駅は、信越本線の黒姫駅だ。
途中、俳句で有名な小林一茶の記念館があったので立ち寄る。一茶はこの辺りの柏原の生まれて、晩年もここで過ごしたらしい。展示の中で、柏原村の生産額と税額の推移がグラフで示されていたのが興味深かった。
江戸初期に新田開発が盛んに行われて、村高(生産高)は飛躍的に高まった一方で、年貢高はさほど変化しなかったことがわかる。こうして生まれた余剰な富が、一茶のような文人を輩出する素地となったことは想像に難くない。一茶の交友関係にも、寺子屋師や俳人が多いが、みな庶民に文化教養を教えることで生計を立てていたようだ。
ナウマンゾウ博物館を見にバイクを走らせる。口ずさむのはもちろん、”はじめ人間ギャートルズ”のテーマソング。着いてみると、建物も展示もいかにも古ぼけた感じの博物館だが、内容はそれなりに面白い。こういうのが好きなので多少贔屓目ということもある。ゴンとドテチンが狩っていたマンモスは、ナウマンゾウとは違う系統らしい。
それにしても、これを狩り尽くして絶滅においやった石器・骨器人、凄すぎる。鉄砲のような圧倒的な火力も無い時代の話。
2010.05.01
北信行100501
今回は短い日程。最長でも5日間だが、東京に戻ってきて1日は余裕が欲しいから、実質はもっと短くなる。前日、断れない宴会で夜更かしして、朝起きたのが5時。あわてて荷造りして6時出発。
例によって、環八を北上40分、練馬インターから関越に入って、藤岡Jctからは上信越道。途中、横川SAで朝飯。普段は揚げ物か何かを立ち食いしてお茶を濁すのだが、レストランで朝食バイキングというのをやっていたので入ってみると、これが意外に充実。値ごろ感も考えて工夫しているようだ。
最初にして主要な目的地は、長野県小布施町。ここは草の根的なまちづくりが根付いて、それがこれまでのところうまく行っている、日本にしては稀な成功例なのだ。
今年に入ってから、こんな本まで出ている。
小布施PAからETCで直接出ると、すぐに土産物屋など観光施設があるので、とりあえず見物。この千曲川ミュージアムは、十年以上前に一度寄ったことがあって、その時は、地元出身の切り絵画家さんだかの常設展示館にする構想があると聞いたが、残念ながらその計画は実現しなかったようだ。まちづくりは成功したり失敗したりの積み重ね、ということか。
隣接する公園を見ていると、ここが観光客よりはむしろ地元の人たちによく利用されていることがわかる。我々都市の人間には、地方には自然が普通にたくさんあって公園など必要ないと思いがちだが、そうでもないらしい。
鉄道駅に寄ってから、さっそく町の中心部分へ。せいぜい数百メートル四方しかないこの修景を施された地区が、この町らしさが一番よく出ているところ。歩いてみると、普通の他の町の雑然とした感じとは確かに違う。巨大広告板がない、電柱がないか目立たない、木レンガの舗装、建物のちょっとした佇まいが違うのだろうか。
よくある歴史的まちなみ保存地区のような、一種映画のセットのようなものとも違う。きちんと町の住民の生活があった上で、整った感じを与えている。
こうしたものが、どのような取り組みによって出来上がって来たかは、上述の本に詳しいが、その中からいくつかの文章を、順不同だが引用しておきたい。
小布施のまちづくりは、高度経済成長を契機とした近代化・工業化・都市化がもたらす新奇なものに飛びつく風潮への抵抗からはじまった。先祖から受け継いで生活の中で磨き上げられたものの価値を再発見して、将来にわたって大切に使いつづけようという運動だった。 たとえば1980年代、90年代の同じ時期に、次々に大規模施設の建設と経営に手を出して、結局、膨大な累積赤字で財政破綻した北海道夕張市などとは対照的だ。* * *
五者会議が原則としたのは、行政に頼らないことだった。理由は二つあった。
一つは、・・・行政の助成金には必ず限度があって恒久的に続くものではないので、事業の成果を子々孫々にまで残そうとすれば、経済的にも自立すべきだと考えたからである。二つ目は、行政はクレームに弱く、安全策をとろうとして身近なものに手本を求めること。しかし、二番煎じでは苦労も喜びも半分。喜びがなければ、運動は継続しない。・・・横並びの発想では・・アイデンティティが確立できず、さらなる目標も定まらないうちに、運動が迷走して、やがて空中分解してしまう。* * *
まちづくりの観点から構想すれば、核となるエリアに多様な要素を高密度に混在させる必要があった。徹底的に集中させて、むらと対比をなすまちをつくらねば、だらだらと無性格な景観が広がるばかりである。
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敷地境界をこえて建築と建築のあいだまで設計する仕事が建築家に依頼されることは、日本では皆無に近い。小布施の修景地区は例外中の例外なのだ。地権者たちの集まりである五者会議で議論して、望ましい都市空間を創出するために交換、賃借によって敷地境界を動かした。ここまで実行できたからこそ、五者会議の結成が小布施まちづくりの歴史でも特筆すべき出来事だといわれるのである。
* * *
金銭の授受をともなわない交換という方法を採用することで、新たな経済的負担を生じさせない。わざわざ評価手数料を支払って第三者に地価を決めてもらうこともしなかった。地価の差をいいはじめると、敷地の再編成そのものがストップするかもしれない。面子や小さな損得勘定で計画を頓挫させないために、当事者同士が話しあい納得して土地を交換する方法を選んだのである。
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個人ではなく協力しあって実践すれば、日常の生活行為の繰り返しで十分に、外部から評価されるものを生み出すことができる。このシンプルな真理に小布施町民が気づいたのである。いったん弾みがつくと、まちづくり運動は急速に広がっていった。
小布施のまちづくりの歴史は、それなりに長いのだが、2000年に入ってから、またひとつ面白い試みが行われているようだ。"Obuse Open Garden"といって、町の住民のお宅の庭を、来訪者に公開してしまおうというものだ。2010年春のいま、参加者は100軒ほどになっているそうで、入り口に参加者であることを示すプレートが出ているのでそれとわかる。

なんとも豪胆というか。町民にしてみると、自邸は”内”で、自分が自由にしてよいもの。庭や建物の外観は”外”で、公共のもの、という意識らしい。欧州的な公共の考え方に通じるものがある。もちろん100%そう思っているばかりではないだろうけれど、これが試みとして続いており、それなりの参加者があるということが驚きだ。参加者のメッセージを庭の写真付きでまとめたガイドブックまである。

さらに、ネットの利用も進んでいて、ホームページでパンフレットがDLできるのは普通かもしれないが、ツイッターも熱心にやっているようだ。@risaikuri 4日の今日見てみたら、”つぶやくのもつかれるクリ~”と正直なお言葉。
住民が自発的にやると、これくらい熱心にやれる、という見本のようなまちづくり。
写真は例によって携帯で適当に撮ったので、いまいちだが、本物はなかなかよいです。
小布施は、歩いてみたいところもまだたくさんあるが、とりあえず今回はこのくらい。道を東にとって、山田温泉とその先のキャンプ場を目指す。
山田温泉は立派な外観と単純でわかりやすい硫黄泉。熱いのがよい。

中は古色蒼然たる湯船。水道などというものはなく、あがり湯に相当するものは、写真のような仕組みで桶に汲む。普段は、木片が湯を堰き止めている。この上の部分を手前に倒してやると、下の部分は反対側に回転して、湯が流れる。手を離すと流れの力で自然に木片がもとに戻って流れは止まる。
素晴らしい。

体が暖まったところで、キャンプ場へ。地図では気付かなかったが、かなり標高が高いようだ。ぐんぐん上がっていく。標識には1500Mとなっている。到着してみると・・・
雪です。
となりはスキー場です。
なんか、間違えたかも。今夜は凍え死ぬかも。











