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2010.02.27

「ニューヨーク アイラブユー」

お洒落でありながらも、じんわりと来るところがある、味わいのある映画。3年ほど前に日本でも公開された「パリ・ジュテーム」の続編ということだが、複数の監督がそれぞれ撮影したものを、最後の一人の監督がつなぎ合わせるところがユニーク。各エピソードから切り出した短いカットが、お互いを微妙に侵食していたりする。日本語公式サイトでは、オムニバスとは呼ばず、”アンサンブルムービー”と呼んでいるようだ。確かに、「日本昔ばなし」各話をオムニバスと呼ぶとすれば、この作品を同じ言葉で呼ぶわけにはいかないか。以下ネタバレ。

最初の一遍、ユダヤ人の女とジャイナ教徒のインド人のエピソードで、「ニューヨークにはアメリカ人がほとんどいない。全部他所から来た人だ。」というセリフがあるけれど、それがこの映画の肝になっている。うろ覚えだが、「パリ・ジュテーム」にはフランス人あるいはパリジャンという、土地に根差した核があったと思った。この作品からは、そうした核となる人々を特定できない、極めて多彩な印象を受ける。

代わりに、ニューヨークらしさは別に用意されている。プロムをめぐる奇矯なエピソードで、「俳優が人口の2%」と紹介されるように、この街は、金融と商業の集積がもたらす富に支えられて、エンタテイメントやアートが世界中から集結している特異点なのだ。職場と家を往復する大多数の人生の大部分の時間と異なる物語を紡ぐのに、うってつけの舞台。

私が気に入ったいくつかは、例えば小説家くずれの男の口説きのエピソード。最後にうまいオチがあって、星新一のベストセレクションにでも入りそうだ。

売れない画家の遺作の話もいい。小説家くずれもそうだが、世界中から集まった才能が、挫折して朽ちていくのも、この街の彩りなのだ。そして、それを包み込み呑み込んでいく大多数の普通の人々が、ちらりと見える。

もちろん、それに抗うように日々を生きる姿もある。男性ダンサーはまだ挫けてはいないし、支える小さな声援もある。車椅子の少女のエピソードには、生き馬の目を抜くこの街の横顔が見える。「パリ・ジュテーム」にはたぶん合わない、ニューヨークにこそ似つかわしいお話。

日本からは、岩井俊二監督が一編。エンドロールで確認しなかったけれど、楽曲制作で食いつないでいるナード君のエピソードで間違いないだろう。はっきりと日本の匂いがする。ニューヨークのアパートメントでなく、東京の木賃アパートを舞台にやっても違和感がない。これに、オーランド・ブルームがぴったりとはまっていて、怖いくらいというか情けないくらいと言おうか。君、日本人になりなさい。と言いたくなって、思わずにんまりする。

それに比べて、シャイア・ラブーフが演じている、老女優とのエピソードは、渋い。過剰なほど渋い。少々残念だったのは、ラブーフ君の上半身の体格が良すぎたこと。彼がこなさなければならなかったこの役では、違和感を感じてしまった。あるいはそれが作り手の意図だったのか。

などなど、思い出しながら書いているうちに、またじんわりとした感動が思い返されるような、良い作品でした。昨年秋公開予定が、配給会社の破綻で公開が伸びたそうだけれど、観られてよかった。制作はエマニュエル・ベンビイという人。

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