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2009.11.08

「スペル」

原題は"Drag Me To Hell"。「スペル」という邦題ではわけが分からない。正しくは字義どおり「私を地獄に引きずってって(笑)」としたくなる、黒い諧謔に彩られた怪作。以下ネタバレ。

とはいうものの、お話しがかなり進行するまでは、はっきり笑える場面はない。原語で聞いていると笑えるのかもしれないが、こちらはそれほど英語圏のニュアンスや背景がわかるわけではない。他の映画からの引用などは言うに及ばず。だから、まずはホラー映画として素直に楽しむのが上手な鑑賞態度。

それでもさすがに、最後近くの、決着つけちゃる!と気合の入った墓堀場面で、この笑いに気づく。そもそも的を外してしまっているのに、それに気づかない主人公の無駄で必死な努力を、デフォルメされた場面が滑稽に見せている。

確かに笑うべき場面なのだが、私はここで考え込んでしまう。この主人公の彼女の様はどうだ。

ちょっと貸し渋りしたからってそこまで逆恨みするなんて!
昇進したいのがそんなに悪いの?!
私なんか(親の七光りのあいつに比べたら)親切な方なんだからね!
人生負け組のジプシーのお前なんかに足引っ張られてたまるもんか!
えげつないけれど真剣な叫びが聞こえてくるようだ。ここは、鬼気迫る形相で取り付かれたように掘るところなのだが、その一方で、妙にこの女の充実感が伝わってくる。仮面を脱ぎ捨ててもうひとりの自分を解放した快感のようなものが交錯する。

インテリとは縁のない農家の出で、アル中の母親を持ち、子供の頃はデブと蔑まれて、自分かわいさに愛猫も殺し、いままた死者の眠りも妨げようとしている。それでもよりよい生活を目指して、”世間の尺度に合わせて”自分を作り変えるべく節制と努力を積み上げてきたのは間違いないこの主人公を、果たして観客は笑えるか。
彼女が信じた虚像を、価値あるものとして強力に刷り込む社会の共犯者でもある我々は、この女を笑えるのか。
案外、これは重い問いであるようだ。

そんな重苦しさを、しかしあざ笑うように、お話しは最後の30秒で恐るべき罠を露わにし、さらに10秒で、全てあるべき形へと転落していく。
合掌(にやり)。

最後にばばーんとタイトルが再出してつくりもの感を盛り上げる。亡き淀川長治が出てきて「おそろしいですねぇこわいですねぇ」とか言いそう。


しかし大丈夫。あの女ならきっと、もうひとりの自分に目覚めて、地獄で魔物の有能な部下にのし上がるに違いない。踏みつけにした他人に心を痛めながら。それはそれでひとつの人生よ。
かんらかんら。

顧客と上司の板ばさみで悩みを抱えるナイーブな嘘つき(失礼)達は、この映画、必見。
地獄も案外、住めば都かもね(笑)。

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