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September 2009

2009.09.30

雑記090930

モラトリアムのお話しは、いろいろ考えさせられることがある。過去に実行された金融機関の救済の話しとの相違点を考えると、うそ寒い気分になるけれど、それを言う人は少ない。大手の自動車会社や電機会社へのあからさまな政策的支援も、根は同じ。


中小零細企業の地獄。

銀行側が、「皆さんからお預かりしているお金を運用しているので
モラトリアムのような一方の利益に与するわけにはいかない」などといった
反対の理由を述べているのを聴くと、では俺たちが預けた金をいままで
どんなふうに運用してきたんだといいたくなる。
銀行の重要な存在理由の一つが信用創造であることをもう一度噛み締めてもらいたい。
もっとも、この記事は後半の方がずっと重要だけど。


亀井大臣の「モラトリアム」は実はあんまり使われないんじゃないか?

銀行員にいくら聞いても「制度を利用したからといって不利な扱いを受けるということはないです(が)」と言うに決まってます。
「(が)」の一文字が肝心なところ(笑)。上の記事のコメントにも興味深いものがいくつもある。

一方で、背に腹はとも言うし。猶予期間内に立ち直ってしまえば、それはそれで金貸し業にとっては立派なお客さんではある(はずだ)し。


迷走するモラトリアム論議

中小企業金融というのは、基本的にハイリスク融資であり、かなりハイリターンでない限り、事業としては成り立たない。
・・・・・
ノンバンクをサラ金と一緒ににつぶしたことによって、金利の期間構造(短期と長期の金利の相関)にゆがみが生じて、ローリスク・ローリターンの大企業金融と超ハイリスクの闇金融しかなくなり、まんなかの年利15~30%のミドルリターンのビジネスが成り立たなくなってしまいました。
一貫した主張の予測どおりというところでしょか。


結局、ほどほどの線に収める方向だそうで。



「亀井モラトリアム」の行き着く先

左を挙げたら右も挙げておかないと。というか、この辺りが主流の意見と思ってよさそう。

信用保証協会は知っていたけど、「企業金融支援特別オペ(モンスターオペ)」というのは不勉強で知りませんでした。これ、金融機関で滞留したりしないのかな。

こうした支援策が講じられていても苦しい中小企業というのは、資金繰りというより、構造上の問題を抱えている可能性が高い。

因みに、銀行の救済と今回のモラトリアムとの違いもはっきり書かれている。

中小企業の資金繰り支援は所得再分配を目的とする財政の仕事であり、資本の効率的利用を目指す金融業の役目ではないためだ。手許に中小企業を助ける資金(=税金)がないから、それを民間資金で行うというのは明らかに「政府の都合」でしかない。
銀行も中小企業も、それぞれ国負担で支援する施策は使うけれど、民間金融に支払猶予を強制するのは、筋が違うと。


さて、それを読んだ上でなお、「中小企業が抱える構造的問題」という言葉が、やや曲者だと思う。なぜなら、産業の二重構造と関わりがありそうだから。

再び、このエントリの最初の引用記事に戻る。
中小零細企業の地獄。

俺は、ひとりの経営者として、経営の不振を景気のせいだと
いうことを潔しとしない。それはあくまでも、経営者の問題であり、
その経営者に率いられた会社の問題である。
しかし、この間の中小企業の経営状況の悪化に関しては、経営環境の変化を
問題にしないわけにはいかない。
問題は仕事が回るシステムが崩壊してしまっているということである。
このことの意味は、ビジネスの現場の生態系が壊れつつあるということである。

「構造的な問題」という言葉は、より具体的に言えば、「ある程度継続的に利益を上げられる構造を持っていない」、あるいは「ある程度の環境変化に対応して自身を変化させる機能を内在させていない」といったことを指すのだろう。

それが、中小零細企業自身だけの問題なのかどうか、私はよくわからなくなっている。
大多数が乗り切れる「ある程度」を越えてしまっているらしい状況が問題なのかもしれないが。

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2009.09.29

雑記090929


他殺による死亡者数の推移

自殺者が高水準で推移しているのに対して、「他殺率が世界の中でも最も低い水準」なのだそうな。
これってメンタリティの表れなのかな。


資産運用業界:高コストなうえに失敗ばかり

今日の資本主義の根底には、自由市場――そしてその導管である資産運用業界――は社会の貯蓄を、それが最も必要とされているところに供給してくれるはずだという考え方がある。
・・・・
 しかし、この機械はちゃんと仕事をしているのだろうか。それとも、多くの人が疑っているように、社会全体ではなく自分自身に奉仕しているだけではないのだろうか。
・・・・
資産運用業界は非効率な中間業者を次々と誕生させてきた
・・・・
仕組みを複雑にすればするほど手数料収入が増える

・・・・
個人投資家が業者の歯止め役になれないことは、この業界特有の問題だ
・・・・
企業や自治体、公的機関も運用に関して実は素人同然
・・・・
監督当局は、業界と消費者の利益をより適切に調和させるにはどのように介入すればよいのかという難問に、頭を悩ませている。
・・・・
過剰サービスと手数料で投資家の利回りは年3%も低くなっている
・・・・
中間コストの削減を規制で減らすのは「不可能」であり、「(年金を)民間のシステムからごっそり取り出してしまうのがベストなやり方」
・・・・
だがターナー卿本人は、そのように大々的な改革が近いうちに実行されることなど、ほとんど期待していない。英国を含むいくつかの国では、金融セクターが重要な税収源になっているのだ。

最後の一文が悩ましい。
金融業は「産業」なのか、それとも何か違うものなんだろうか。


GoogleVoiceにおける「おまえのかーちゃんデベソ」論議

そういうこなのか。
やっぱり餅屋さんの解説はわかりやすい。

それにしても、デベソのフレーズは今でも使われているのだろか。
とかつまらないことが気になった(笑)。


常識破りの番組購入方法でヤフーの動画配信が黒字化へ

事前に巨額の費用をかけるこの構造が、買収した時点で、GyaOを赤字にしている大きな原因となっていた。
 そこで、ヤフーはこの商慣習にメスを入れた。事前に一括ではなく、動画が見られた回数によって、権利を持つ会社に、事後に利用料を支払う方法に変更したのだ。
リスク負担者を変更しましたと。
それはむしろ常識。

とかいっているうちに咳きこんだように解説が。
ヤフー動画(GyaO)が黒字化とか言っちゃってさあ

確かに優秀な経営陣を迎えて商品内容の見直しをしたというのは非常に重要だけど、USENが先に払っていたからゲフンゲフンというのは割り引いて考えるべきだろうと思います。
すると次年度はまた赤字に逆戻りなんだろうか。
よくわからん。


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2009.09.28

雑記090928


通信産業:モバイルマネーの威力

受取人が田舎に住んでいる場合、一番近い銀行までのバス往復で丸一日つぶすより、生産的な活動に時間を使える。最近の調査によると、ケニアではM-PESAを利用している世帯の所得は、モバイルバンキングを使い始めて以降、5~30%増えているという。
日本の地方の郵便局を思い出した。郵便局に金融がくっついている理由は、地方には他に窓口インフラがなかったからに過ぎない。今はモバイルという信頼性の高い窓口があるのだから、そちらにくっつけてもよいはず。
モバイルマネーの成長を妨げているのは銀行と規制当局だ。銀行は携帯電話事業者に市場を浸食されることを恐れ、規制当局はモバイルマネーが詐欺や資金洗浄に悪用されることを懸念しているのだ。
課題はもちろんある。


「安心」が投資に与える困った影響

安心でも不安でも、物事を決めるときには「それで、確率でいうといくらなのだ?」と自問自答することが有効なのだが、筆者も含めて、生身の人間は、そこまでいかずに安心・不安の印象で物事を決めてしまうことが多い。
確率に基づく意志決定が有効なのは、対象の数が多くて結果が平準化される場合に限られる。
機関投資家と個人の本質的な違いはそこなのではないかと、最近思ってみたり。


「シドニーの赤い朝」を宇宙から撮影

これわすごい。サハラあたりでは砂嵐というものがあるそうだけど・・
リンク先のYouTubeの動画を見ると、本体が来ると真っ暗になるのね。


政権交代でも思考停止の日本メディア

フランス人は辛辣な物言いが多いけど、これはその通りかも。


Is Acer going to give us the Android A1?

Acerが出すのか・・・

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2009.09.27

雑記090927

"Google"のロゴが"GoogⅡe"なんだけど、これって何の日なんだろ。
と思ったら、Google自身の11周年だそうで。

もうそんなに経つのか、というより、たった11年で凄いな。


「逗デニ」閉店へ、海望む“老舗ファミレス”惜しむ声/逗子

運営するセブン&アイ・フードシステムズ(東京都)によると、逗子店は全国に約500店舗あるデニーズで1日当たりの売上高がトップになったこともある「優良店」。約100店舗ある県内でも年間売上高は常に上位という。
続ければいいのに。


「竹中懇談会」ふたたび?

周波数オークションより重要なのは、UHF帯のホワイトスペースだ。ここでFTTHに匹敵する広帯域の公衆無線が実現すれば、NTTを規制する必要もなくなるかもしれないが、日本は標準化作業に参加もしていない。
えええ。そうなの?

ここで日本の電機メーカーが世界で活躍できるように環境整備してやれば、それだけで、立派な成長戦略その1になるのになあ。

「これが「成長戦略」って言うやつだよ、うまく使ってポイント稼ぐよろし」って宇宙人の人に誰か囁いてあげて。


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「男と女の不都合な真実」

真面目な観客には言い回しや小道具など少々お聞き苦しいところもあろうかという作品だけど、真実を突いていると思えるところもあって、単なる下ネタ映画でもないところが微妙。簡単に言ってしまえば、低俗と教養のいずれも人には必要だけれど、男と女では入口が異なるというお話し。「この順番あってる?」という宣伝文句は、そこをぴたり言い当てていて秀逸。違う入口から入って、出会うことで、お互いにバランスを得ていく、という「真実」はちっとも不都合ではない(笑)。作中の人物像は極端に劇画化されているから、そう思って観れば十分鑑賞に堪え得る。

今回、特にネタバレはなし。体面を重んじる向きにはお勧めしないけれど、見ても損ではない一本。

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2009.09.26

雑記090926

なんかこー。
げんなり。

気候は良い季節なのに。


川辺川ダムについて

これはよい演説。知事が代わっても載せ続けて欲しい。


沢尻エリカが人身御供になって事務所契約解除のお知らせ

あれまあ。
縁遠い世界の話しだけど。


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2009.09.25

雑記090925

パンひとかけらとか果物ばかり食べて山歩きしていたら、自然に痩せた。
都会に戻ってきたらたちまち食べすぎで、すぐもとの体重にもどった。
自然の中では、必要以上に食べたいと思わなかったのに、街中ではなぜか余計なものを食べたくなる。

都市は欲望を刺激する装置なんだな。


Google、IEを“Chrome並みに”改良するプラグイン「Chrome Frame」リリース

他社のブラウザでもかまわずプラグインを作って、ともかく利用者に最新Web技術を提供しよう、という前向き発想がいい。なんとか自社製品に誘導しようと小賢しいトラップをあちこちに作りこんでおくマイケロソフトのやり方に慣らされた目には、新鮮に映る。

Yahoo!動画はじめ動画サイトはIEのみ対応が多いのだけど、それも何とかならないかなあ。


利益責任者レベルの業務の標準化

参考になる。企画側における3つの失敗パターンが上げてあって、心当たりもある。
1.成果を上げている人に「特別な人」のレッテルを貼って、忘れる(笑)。
2.成果を上げている人と似た適性診断結果を示す人をポストにつけるが、業務手法については放置。
3.成果が上がらない原因がわからないままに、とりあえず”研修”と称するものをやってお茶を濁す。

一方現場側の課題として、そのまま引用すると

(1)○拠点の所長は営業利益を意識、×拠点の所長は売上を意識
(2)○拠点では少数精鋭を志向、×拠点は(より多くの)人員数確保を志向
(3)○拠点では毎月の重点販売商品を設定、×拠点では顧客のニーズに合った提案を推奨
(4)○拠点では個々人との面談重視、×拠点では全体会議優先

×拠点の所長は、今までの自分の意識と行動で何も間違っていないと信じていたわけですが、このようなカタチで並べて比較することで、大きな違いを自ら認識することができたようです。

自覚することは改善の第一歩。
ここで重要なのは、個々の業務マニュアルではなくて取組み姿勢に注目すること。記事はうまい一言でまとめている。
「拠点長がとるべきスタンスと行動」の“標準化”

「スタンスと行動の標準化」だそうで、むろん、「マニュアル化」ではない点が肝。


天上の響き。

この頃を境にして、工場の二階でのプロレス観戦はなくなっていった。一つの地縁的な共同体が、一台の自動車に収まる家族というもうひとつの共同体単位に細分化された。
わしらは教科書のモータリゼーションの節で抽象的に読むだけだけど、具体的にはそういうことだったんだ。

時間の過ごし方が、特定の商品によって、意識しないうちに変化する。
いまで言うならモバイルデバイスがそれか。


八ッ場ダム問題、雑感

コメントの中にいい意見があった。

ここでの教訓は、利権構造云々ではなく、長期プロジェクトは無駄になりうるという国民のコンセンサスをどのようにつくるか、この無駄のリスクを誰が負担するかを議論することではないでしょうか。
それで、これをモデルケースにしたいと国交相は言っているのだと受け止めたい。


金持ちをたくさん働かせる仕組み

より正確には、「金持ちにより多くリスクを負わせる仕組み」ということだと思うけど、

JALの再建問題の中で、OBが年金を減らされることに大抵抗しているという話があるようだが、例えば「年金ちゃんとあげるけど、その○割は『JAL再建OBファンド』に投資してね、もし見事再建成ったら倍返しだけど、失敗したら全部パーね。で、この話に乗らない人は年金一律カットね。」みたいにしたらどうなんだろう。
おお! すばらしいアイデア。

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2009.09.23

「女の子物語」

最初は、この種の展開を延々と見せられたあとにどんなドラマが待っているのだろうと、少し焦れるけれど、じきに、これを延々と見ることそのものが、この作品なのだと気づく。そうなれば、タイトルにも納得がいくし、リラックスして観ることができる。早くそれに気づくのが上手な鑑賞のしかた。以下ネタバレ。

ロールモデルの有無は人の人生をかなり左右すると思う。想像だけで無鉄砲に行動できる男の子と違って、女の子にとっては尚更、モデルの存在は重要かもしれない。この作品に登場する女の子たちに提示されるロールモデルと、彼女らのその後を見れば、そこには得心がいく。それを哀れと思うかどうかは、実はこの映画の関心事ではない。

西原理恵子は、自分自身の中の何かの力をもってそこから飛び出したという点で、やはり普通の人ではないのだろうと思う。だから、女の子時代の彼女を主人公に据えたことで、この映画が描いているものの普遍性は見えにくくなったかというと、そうではなさそうだ。

ロールモデルや各自の現実の成長がどうであれ、女の子達の友情のようなものは、確かにあるということを、この作品は、長く具体的な描写の末に、最後にきちんと描けていた。子供の頃の友情は確かにあって、世の普通の見方からすれば貧乏でかわいそうで救いの無いように見えても、それと友情の存在とは無関係だ。そのことが、観る側に確かに伝わってきた。この作品の優れている点を挙げるならば、そこだろう。
そういう可哀想な境遇も淡々と描くことで、一層、普遍的なもの引き立てているところは、西原の作風というべきなのか。

それでも最後にちょっとだけ、サプライズというか、淡いドラマが仕掛けられているが、原作にはこれはあっただろうか。もう少し諸行無常な締め方だったような気もするが、映画としてはこの方が納まりがよいことは確か。

鑑賞の仕方を飲み込めば、味のあるいい作品に思えた。

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2009.09.22

「リミッツ・オブ・コントロール」

最後まで見て、かろうじて言いたいことがわかった気にさせられる、という分かりにくい映画。途中、スペインの風景や普通の建物などみながら退屈を紛らわすことはできる。以下ネタバレ。

本来、最も言いたいことは言わずに伝えるのがアートというものだろうけれど、この作品もその部類。だから作品を見た後一言で評してしまうのは少しルールから外れるかもしれない。が、あえて言ってみれば、反米、というか米国一極世界に対する反発、もっと穿って言えば、anti-Powerということになるだろうか。それを、現実感を排除して、夢うつつのような話しの運びで見せるのが、この作品。

一応殺し屋らしい男が、依頼主の指示であちこち移動させられながら、味方と思しき数多くの連絡係との邂逅を通じて、味方は何で敵は何かを発見していく、という趣向だろうか。途中、工藤静香扮する東洋人が、「仲間でないものが居る」と警告する。その謎を抱えたままお話しは終局へ。自分が誰よりも偉大だと思っている男が、灰に返される間際に時間稼ぎのために語った世界観の中で、彼に敵対する仲間たちが逐一挙げられる。その中に、これまでの連絡係と一致しないものがひとつあった。それがつまり、「仲間でないもの」ということになるだろうか。
この最後の場面に至る直前の宿のシーンで、死んだように横たわる連絡係の一人の意味が、ここで合点がいく。

という具合に、かなり分かりにくい構成になっており、最後まで見るには多少辛抱強さが要求される。わかってみればなんということもない。

とはいえ、最後の、殺し屋が絵画を見るシーンは、よくわからなかった。世界はいまや白紙に戻った、とでも言いたいのだろうか。いろいろ謎の多い一本でした。

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「火天の城」

幻の城安土城の築城を描いた作品。権力に翻弄されながらも城を建てるという明確な目標に向かって一途に進む番匠の棟梁の人心掌握と職人魂を描く。お涙頂戴場面は好みが分かれそうだが、ヤマの作り方に工夫があって楽しめる。全体に丁寧な仕上がりの作品。以下超ネタバレなので読まずに観たい。


安土城の構造がどうなっていたか本当のところはわからないらしい。以前TVで、内部に数層の吹き抜けを想定した3DCGを見たことがあるけれど、この映画では、その吹き抜けをうまくストーリーの一部に取り入れている。指図争い、今風に言えば設計コンペの中で、吹き抜けを巡るエピソードは、施主が指示した設計条件をあえて否定する設計者の職能意識を浮き彫りにして、映画にひとつのヤマを作っている。

敵地にある天下一の檜を求め、命懸けの買付けに赴く姿は、材料に対する妥協を許さない姿勢を表す。番匠のその姿勢に共感した敵方の大庄屋は、最後に折れ、最高のご神木を伐り出すことを約して、そのために主の不興を買って命を落とす。

昼夜の別なく仕事に打ち込む番匠は、影のように支える妻の笑みの下に、自分が見過ごしていた複雑な思いがあることを知る。その妻も病に斃れ他界するが、番匠は一日たりとも休まず仕事を続ける。

職人たちが動かしてはならぬと恐れ敬う蛇石を、施主の命で動かすことになった職人たちたが、敵方の乱破の妨害で失敗し多数の犠牲者を出してしまう。妻の死にも休まなかった番匠が、このときばかりは全員に休みを命じる。ところが、職人達の方が休みなどいらないと言い出し、集まったところで、不同沈下の危機が発覚。力を合わせてこの最大の危機に立ち向かう。

といった具合に、お話しのヤマがいくつもあり、逐一感動させられる。少し感動疲れするくらい。大きなヤマの繋ぎ方も上手い。より小さなエピソードのアヤを同期させて一層盛り上げる。少々古臭い感覚もあるかもしれないが、古い人間である私はいちいち素直に感動した。

岡部又右衛門役の西田敏行と、その妻役大竹しのぶが、主役にふさわしく味のある演技をしている。この又右衛門と心を通じる大庄屋甚兵衛役の緒方直人も好演。脇役陣もぴったりはまって作品を盛りたてている。番匠の娘役の福田沙紀の無駄なアップは、少しわざとらしいヒロイン像づくりだがご愛敬。

しっかりしたつくりで2時間きっちり楽しめるよい作品でした。

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2009.09.21

雑記090921

道東へ行ったときは、こんな広いところを廻るには2週間は最低必要と思ったけど、今回のように大雪山周辺と的を絞れば、10日程度で案外廻れることがわかった。東京から往復で2日取られるのはいたいけど、以前のように、遥か遠い地という感じではなくなってきた。今回寄れなかったところなど、また行きたい。

携帯のカメラは、やはりおまけだ。発色がだめで、大雪の紅葉や美瑛の丘の色彩がまるで出ない。次の携帯をどうするか、悩みが増えた。


核家族という「ぜいたく」
一箇所に集まって水周りを共有して生活上のリスクを分散負担するのが効率的、というお話し。
このうち、設備共有はうなづけるとして、家族ではない者どうしが集住しても、必ずしもリスク分散になるのかどうか。グループで住んでいたうちのひとりが無収入になったとき、他の人が短期間、家賃を肩代わりするのだろうか。もし、そうしたコンセンサスがあれば、確かに公的なセーフティーネットと補完し合うものになりそう。
そういえば、昔はトイレ玄関共同の共同住宅に住んで銭湯へ行くという生活様式があったと思うけど、あの場合も家賃の貸し借りはあったのだろうか。

一方で、核家族化の進行を利用して、製造業はずいぶん市場を拡げてきたと思うのだけど、それも撒き戻すのであれば、内需拡大にとってはマイナスに作用する。そもそも効率化というのは、その部分だけを見れば需要減なわけだから。


増子化対策

「金の全能性のイデオロギー」を内面化したせいで成熟を止めてしまった「標準的な個体数」があまりに増えたことが「増子化」(すなわち行政のいう「少子化」)の実態だということに人々はいつ気がつくのであろうか。
標準と違う個体にとっては、子供の頃からずっと生き辛い世の中だ。

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2009.09.19

北海道行記090919

朝4時に目覚める。今日は苫小牧へ直行してもいいのだが、時間が余るので、小樽へ寄り道してみることにする。空は黒から濃紺に変わり始めているくらいだが雲が垂れこめており、朝方の冷え込みはなく空気が温い。テントを畳んで出発。すぐに高速に乗って札幌Jct経由で小樽へ向かう。途中、少し降られるも、まだ店も開いていない時間に小樽駅に到着。

◇◇◇◇

ここの駅舎の内装はちょっといい。改札の吹き抜けホールの上部と上の階を走るプラットホームの間を、ランプを格子状に吊るしたガラス壁で仕切っている。ノスタルジックだがいい雰囲気。
駅で入手したガイドマップを見ると、どうもガラス屋さんが盛んなようで、今日は古い建物とガラス屋さんあたりを見て回ることになりそう。

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港の運河沿いの通りへ向けて歩く。元銀行の社屋をはじめ、明治期の建築物が多く残っている。大正ガラス店などはこれでやっと百年と少し経ったものになる。巷では200年住宅などという動きがあるそうだが、実際に百年を経てきた現物を目の前にすると、あの施策はどうみても無理に思える。稀に愛着があって使い続けられる幸運な建物を除いて、ほとんどは途中で取り壊されるのではないか。200年保つなどとは補助金を付けるための一種のフィクションだろう。

◇◇◇◇

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ガラス屋さんの本店らしきところに入ってみる。これが滅多にない面白い店。ちょうど開店したばかりで、古い倉庫を改造したと思しき2層吹き抜けの喫茶室の無数のランプに、ひとつひとつ火を灯す作業をしているところを見せてもらえた。シャンデリア3基と卓上とあわせて167のランプが順に灯されていくにつれて、次第に明るく暖かくなっていく。同時に灯油の燃える匂いも強くなっていく。20分ほどですべて点灯し、シャンデリアを吊り上げて作業は終了。コーヒーを頼んで新聞を読む。
明るさは、ランプだからそれなりに薄暗いのだが、新聞は一応読めた。小一時間ほど雰囲気に浸りながら記事を読みふける。
店の人に聞いたところでは、閉店時はまたひとつづつ消灯して、ガラスを磨くのだそうな。たいへんな手間だが、そのおかげでこの雰囲気が作られている。プラスチック製のカップは少々残念だが陶器のものに換えるともっと良くなると思う。

◇◇◇◇

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港の東側から西側へ移動。運河沿いの古い倉庫群を見る。突然驟雨がやってきた。今日は降ったり止んだりの日のようだ。歴史的遺産には紫色の案内板が付いているが、日本語のほかに、中国語、韓国語、ロシア語で併記されているようだ。日本はやはりアジアの国だとわかる。

◇◇◇◇

昼食は海鮮丼を食う。値段なりに美味いが、東京でもこれと同じ値段でこれくらいのネタは食べられる気がする。やはり観光地価格だろうか。

小樽市街から少し離れたところにも、昔の網元の豪邸や水族館などがあるようだが、時間も考えて今回はパス。一路苫小牧へ。


帰りのフェリーで酒絡みのちょっとしたトラブルがあったようだ。船会社は酒の持ち込みを禁止にするか、あるいは船内を定期的に巡回して危なそうな客は制止するのがよいのではないか。トラックの運転手さん達は仕事で使っているから弁えているが、遊びで来ている土建屋などは始末が悪い。
取り巻き連中が飲み散らかしたままで逃げた缶やゴミなどをひとりで掃除した分くらいは、言わせてもらっても罰はあたるまい。

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2009.09.18

北海道行記090918

朝5時。地図を見ると、ここは十勝岳の麓にあたる。少し上がれば、吹上温泉があるはずだ。テントはそのままで手拭だけ持ってバイクを走らせる。朝焼けの中に霧に沈む平野と遮るものとてない十勝岳の雄大な景色が広がる。霧の下は美瑛・富良野の丘陵だろうか。今日も快晴だ。

吹上の湯へ来るのは二度目になる。露天とはいえ手入れの行き届いた綺麗な湯だ。湯量も湯温も申し分ない。地元の人が先に入っていたので、いろいろ話しを聞く。ここは旭川在住の温泉好きの人達が、週末ボランティアで掃除をしてくれているそうだ。なるほどそういうわけでいつも綺麗なのか。富良野から来ているというその先客は、農業をやっているらしい。冬のことなど聞くと、農作業もできないので特に仕事はしないのだそうな。冬ごもりする熊と同じ生活リズムで、羨ましい。仕事があれば、本当にこの辺りに住みたい気分になる。野心というものに縁遠い私のような人間には、これくらいの生活リズムが本当は向いているのだが。

宮城から来たというツーリストとひとしきりバイク談義に花を咲かせる。東北の人は、最初は寡黙なのだが、一旦話し始めると意外に饒舌で、いろいろ聞くことができた。一緒に走りたそうだったが、こちらはキャンプ場へ戻らなければならないこともあって、温泉を出たところで別の道に分かれる。

戻ってみると、芝刈の職人さんたちが入っている。明日からは普通の連休なので、その準備なのだろう。あわただしくテントを畳んで出発。今日は美瑛の丘の風景をたっぷり楽しむ予定。

◇◇◇◇

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まずは駅の観光案内所へ行き地図を入手。キャンプ場から駅へ来る間も、少しまわり道して新栄の岡という名所へ寄ってみる。名所らしく撮影用の台があって、上って見ると日本とは全く思えない眺望が広がる。こうした有名どころ以外にも、100M行くごとに立ち止まりたくなるファンタジックな風景が連続している。

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美瑛を美瑛たらしめているのが丘であることは言うまでもないのだが、なぜ丘かといえば、それがキャンバスになるからだ。平坦な土地では、いくら植生が面白くても、その美を見ることは難しいが、丘の斜面であれば、地上の視点からも、作物や土がつくる絵柄を存分に楽しむことができる。さらに丘がうねっていることで、視点の移動につれて作付けの境界線が刻々と変化する。その形態の変化がダイナミックだ。

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そして、丘を下から見上げるとき、それは彼方の空へと続く未来を感じさせ、単なる風光明媚を超えて、高揚感を見る者にもたらす。少し理屈っぽく言えば、そんなところだろうか。

◇◇◇◇

ケンメリの木のような名所では、東南アジアや中国からの観光客も多い。自分のために押したシャッターは1回だけなのに、中国語やベトナム語など操る複数カップルのために押したのは4~5回に及ぶ。こういうとき女の方が遠慮がなくて、平気で"One More!"とか厳しく要求してくる。"Please"くらいはせめて付けてもらいたいものだと思いつつも日本人らしくにこやかに対応。それにしても、すごい高機能でいかついレンズ交換式のデジカメ。高いんだろうなこれ。海外旅行で高価なカメラを首からぶら下げているのは、日本人旅行者の専売特許ではなくなったようだ。

丘の余韻を楽しみつつゆっくり富良野方面へ走る。南へ移動するにつれて東西の山塊が近づいてきて雄大な感じは薄れる。富良野駅付近で昼食。カレーのおかわりの時は決められた呪文を言え、みたいな変な店で食べる。ここは妙な店で、客の帰りがけに微妙に挑発的な会話を仕掛けてくる。つまらない遊びを考える暇があったら、カレー自体の味とサフランライスの炊き方をもう少し向上させる努力をするのがよかろう。豚肉だけは普通に美味かった。そういえば今朝吹上温泉で話した富良野の人も、豚の腸が珍味とか話していたが、このあたりは養豚が盛んなのか。

西へ折れて、桂沢湖経由で一気に岩見沢まで走る。ここの駅は建築家がデザインした風の駅舎だと思ったら、デザインコンペをやったらしい。今年の3月にオープン記念の催しがあったというから、まだ新しいのも頷ける。対照的に、市街地のアーケードは古びて活気はあまり感じられない。ここも郊外大規模店舗に押されているのだろうか。道路が碁盤目状で幅も造作もほぼ同じなので、目抜き通りがどこなのかわかりにくい。駅反対側は住宅地で人口は万を数えるというから、街としては小さくはないはずだが。
市街地の淵には遊園地もあり、それに隣接したキャンプ場で野営。

今回は大雪山周遊が一応の目的だから、これで旅程の実は終了。明日は移動日ということになる。

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2009.09.17

北海道行記090917

P1000004よく晴れている。天気予報では曇りときどき晴れ。まず天人狭へ向かう。昨日通った旭岳行きの道を途中から南に折れる。終着点は山あいのこじんまりした温泉街で、幸い空いている駐車場脇にバイクを停めさせてもらう。宿の人の親切に感謝。渓流沿いのなだらかな道を徒歩で羽衣の滝へ。これがなかなかの滝。
 
 
 
Hagoromo7段に分かれていて、おまけに途中で2沢が合流している。いわば川の合流点が滝の途中という珍しい滝。見る方向によって、この7段が見え隠れする。プロポーションがとてもいい。上の方は短く、下るにつれて長くなって、聳え立つ感じがいや増す。
Wikipediaによると、以前NHKの放送で何度やってもカメラにその全容が収まらない光景が放映された、のだそうだが、なるほど一番上の段を入れると右から合流してくる段が見えない。右を入れると上が隠れる。天女のチラリズムか。ということで羽衣の滝と名付けられたのだろうかと、勝手な想像をめぐらす。本当は違うお話しがあるらしい。

あちこち移動しながら、その奥ゆかしさを楽しむ。規模も270Mと国内第二位だそうな。雄大さと奥ゆかしさが居合わせた、稀有な滝というべきか。

この奥に敷島の滝というのもあって、こちらはごく普通の滝だが水量が多く豊かさを感じさせる。先客がいて、のっそりとその横に立つと驚かれた。熊かと思ったとか。失敬な。とはいえ、登山者のドレスコードを見事に無視した服装なので、何者かと思われていることは確か。バイク乗りが8割、山歩きが2割だから、バイク優先なのは仕方がない。バイクで風を切る環境は案外過酷なので、それに対応できる服装は、機能的には登山者のそれと比べて全く遜色はないのだが。

その先客はといえば、結構金のかかっていそうな、しかし上品できちんとした登山者のなりをした、年配のすらりとした女性。アンチエイジングというのだろうか、年寄りくささを排した出で立ちで、話す口ぶりも落ち着いてしかも声に艶がある。最近、こういう年寄りが多い。ぱっと見には若い女性とみまがうのだが、よく見れば肌の張りや輝きは若者のそれではないので、それとわかる。話してみれば、若者とは比較にならない豊かな含蓄があり、楽しいのが困る。こういう人達が増えていくと、だんだん若者の居場所というものが減ってしまうのではないか。といって個々の人を目の敵にするのも気が引けるのだが。


温泉街まで戻って見ると、気温もあがって空は快晴。次の目的地は美瑛なのだが、今日は予定を変えてもう一度、旭岳にチャレンジしてみることにする。道を少し戻って、ロープウエイ駅へ。すでに10時を回っているので人が多い。ゴンドラは朝の山手線並み。”駆け込み乗車はおやめ下さい”とかアナウンスが流れそうな。

◇◇◇◇

P1000025上の駅を出て、昨日とは別方向へ歩き出す。姿見の池を過ぎると人がめっきり減る。とはいえ前後200Mくらいに人影が見えている程度。案外多い。
6合目あたりまではまだ雲はかかっておらず、見降ろせば雄大な風景が広がる。しかしそこから上は、だんだんガスがかかってきて、8合目から上はまったくの視界不良。山頂から姿見の池まで一直線に下る地獄谷という谷筋がガスで充満して、そこから霧があふれ出しているようだ。下から見上げていると、ときどき山頂のガスが吹き払われたりしていたのだが、あれは早朝だけの現象なのか。
 
 
P1000027P1000035_2P1000032

◇◇◇◇

P1000041_2昼ごろに山頂に到着。一面霧で気温も低い。視界はゼロ。予想はしていたので、霧が晴れるのを期待して、15時まで待つことにする。座って昼ごはんを食べてしまうと、人も居らず暇だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
P1000051_2地獄谷の45度程の傾斜を見降ろしても霧でなにも見えない。すぐ近くの岩を凝視していると、横に動いて岩と岩の隙間が狭まるような錯覚に陥る。そういえば、ギリシャ神話でイアソンが金の羊毛を取りに行く話しがあって、その道中で、動く岩が行きかう船を挟んで砕く海峡のシーンが出てきたけれど、あれはアルゴー船の船員達が、海峡の両側に迫る断崖を霧の中で見て、動いていると錯覚したのではないかと思ってみたり。しばらくイアソンになりきってセイレーンと戦ってみる。

イアソンごっこにも飽きたので、次は交通量調査員になってみる。地面に座って人が来るのを待つ。この山頂へは、黒岳方面からと姿見の池方面からの2通りの登頂路がある。ものの数分もしないうちに、黒岳方面から賑やかな人声が聞こえてくる。

霧の中から現れたのは、ガイドに前後を挟まれた10名ほどの高齢者の団体。みな意気軒昂で、冗談など交わしながら楽しげだ。突然誰かの携帯が鳴って、聞いていると仕事の話らしく、山上の清浄な空気がみるみる俗世にまみれる。この異界にまで電波を届かせるdocomoはさすがだが、ちとやり過ぎではないかとも思う。当たり前のように圏外になっているsoftbankは偉いのかどうなのか。

しばらく休んでから、ご一行はゆるゆると出立。降りは筋力が衰えてきた高齢者には少しきついかもしれない。事故のないように祈る。

また一人になったと思う間もなく、今度は姿見池方面から若者1名。しばらく置いて黒岳方面から中年1名。山頂交通量調査は大忙しだ。

若者の方は、シュラフまで持った重装備で、それとなく聞いてみると今日は山中で泊まるつもりだという。”氷点下ですけどね”と笑いながら言う。友達にいい装備を譲り受けたので、そのテストも兼ねているそうだ。ここから左へ下っていった中岳温泉あたりで野営とのこと。世の中には凄い人がいるものだと感心。中年1名の方もこれまたすごい。今日は朝5時出発で黒岳側から登ってきて10時間ほど歩き詰めだという。写真はもう200枚くらい撮ったとか。早朝は晴れ間が多かったから、きっと雄大な風景が堪能できたのだろう。しばらくして、二人も出発して、また一人になる。

この間、地面にぺったりと座っているのだが、意外なことに暖かい。霧で気温が下がっているが、お尻と脚がぬくいのでそれほど辛くもない。大雪山の地面の下は永久凍土だそうだが、それとは別に、やはり夏の熱が残っているのだろうか。それとも地熱か何かがあるのだろうか。

霧の中から再び熊よけの鈴の音が聞こえてくる。黒岳方面から、細身の男性1名。少し遅れて女性1名。挨拶しても、二人とも言葉を交わそうともしない。まあ、そういう人もいる。こちらも特に居心地が悪いわけでもなく飄々とやり過ごす。

P1000054P1000057_2そろそろ刻限の15時が近づいてきた。微妙に明るくなったりしているので、最後まで期待を捨てずに待つこと残り20分。さすがにもうだめかと思った14時59分、突然、ガスがさあっと晴れて、ほんの15秒程だが、地獄谷の全貌と姿見の池、さらにケーブルの駅まで見通せた。横を見ると熊岳の山頂も現れている。こんな映画のクライマックスのようなタイミングで、期待どおりのことが起こるものだろうか。


忽然と晴れたと同じように、あっという間にまたガスが掛かって、再び山頂は白一色に戻る。何時間も待ったが、最後の一瞬で報われた。快晴とはいかず、360度の絶景までは見えなかったが、これは、また晴れた日に遊びにおいでという神様のご招待だと思っておこう。

満たされた気持ちで下山にかかる。下の駅の案内所に荷物を預けてあるので、そこが閉まる17時までに戻らなければならない。少し急いで、途中、先ほどのガイド付きの一行を追い越しながら、40分ほどでロープウェイ駅に到着。リズムに乗った降りは楽しいので疲れも時間も感じない。着いてみるともうおしまいか、という感じ。

ゴンドラは混んでいて、一台目には乗れず二台目の満員電車に乗って下まで降りる。定員は101名だそうだから、かなりの人数がこの時間帯に集中しているのだろう。

荷物を頼んで預けていた案内所の女性がこちらの顔を覚えていてくれて、嬉しそうに迎えてくれた。ありがたい。荷をバイクに積んで出発。

もう迷わずに美瑛を目指す。白金温泉というところのキャンプ場へ真っ直ぐ向かう。途中で日が暮れるが、どうにか到着。ここも国設ということで手入れは行き届いて料金は格安だ。すぐに設営して寝に就く。

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2009.09.16

北海道行記090916

朝5時に目が覚めるのはもはや旅の習慣。しばらく街をぶらついてみる。

駅前を見ると、駅舎中央(改札)から真っ直ぐ伸びる道は、歩行者専用モールになっている。歩いて利用できる街としては、これは有力な手法かもしれない。考えてみると、駅から線路に直角方向に伸びる正面大通りは、車が通らなければならない理由は全くない、駅へ車でくるときは、線路と並行する道路でアクセスすれば十分なわけだから、線路と直交する道を歩行者道路として、賑わいを演出するのは理にかなっている。歩行者軸線の起点になる駅舎をランドマークとして作れば、街の景観もよくなるだろう。これは旭川に限らず、もっと大きな街の駅でもあてはまるのではないか。
など考えつつ新聞を買うも、読みながらコーヒーを飲む店がない。ファーストフードのチェーンも数軒あるが、どこも開いていない。駅の中に喫茶店の類はない。早朝のコーヒーという需要がないということか。

チェックアウトして旭岳に向けて出発。天気は一応晴れ。例によって嫌になるほど真っ直ぐな道をどんどんいく。山裾からは高速ターンの快適な上り道。途中、忠別湖の重力ダムの景色が美しい。ロープウエイの下の駅の無料駐車場に停めて赤いゴンドラに乗る。朝一番だからか、空いている。

ゴンドラからは早くもあちこちに紅葉が見られる。銀泉台と同じく、常緑樹の緑と混在したコントラストがよい。10分ほどで上の駅に到着。曇っている。案内所で天候を聞くと、山頂は晴れるかどうか難しいとのことなのでPLAN-Bに変更、中岳温泉を目指すことにする。

◇◇◇◇

第一、第三展望台あたりまでは、周遊路ということで軽装の観光客で賑わっている。それを過ぎると一応登山ということで、人はめっきり減る。

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高原に特有の涼しい風の中を歩いていくと、住人のお出迎え。キタキツネだ。人を恐れる様子は全くない。登山道に沿って行きつ戻りつしているところをみると、誰か食べ物をやってしまってその味を覚えたのかもしれない。

◇◇◇◇

起伏のある道を小一時間ほど歩いて、裾合平という分岐点に到着。各種ガイドに載っている所要時間よりだいぶ速い。高齢の登山者も多いようだから、ガイドには余裕を持たせた時間が書いてあるようだ。登山道とはいえ、かなり整備されていて歩きやすい。

P1000214この裾合平付近から眺める沼の平・当麻岳方向の風景は絶景。緑の絨毯にちりばめたような紅葉の鮮やかなコントラストと、奥行き横幅の拡がりは、写真では到底捉えきれない。因みにパノラマの様子は旭岳ロープウエイの公式サイトhttp://wakasaresort.com/asahidakeropeway/course/aut001.htmでも一応見ることはできる。それでも、空間の拡がる感じと紅葉の鮮やかさは、実際に行って360度の風景の中に立ってみて、はじめて感じることができる。この山をカムイミンタラ(神の遊ぶ庭)と呼んだ古人と同じ感動を、登山者は今も共有することができる。

◇◇◇◇

P1000190分岐を右に折れて中岳方向を目指す。このあたりは国内有数の高山植物の大群落だそうで、なるほど種類が多い。それが混在していたり、密生していたり、帯のように棲み分けていたり、刻々と変化する様子を見せる。500M行く毎に思わず足を止めさせられる。赤と黄色、えんじ色に白い花が星のよう。
 
 

◇◇◇◇

P1000175P1000177ほぼ平らな道をしばらく行ってから、谷筋を上ること10分ほどで、硫黄の匂いがしてくる。中岳温泉だ。ややエメラルド色がかった透明な湯で。そこは砂だ。思ったより綺麗な印象。底の砂を掘り返して入るのだそうだが、寝姿勢で入れるのでそのまま入る。湯は底から湧いており、渓流の水が少し流れ込んで湯温は快適。天候があまりよくないのが残念だが、そのため人通りも無いのがよかったかもしれない。もっとも、下山した後で聞くと、この数十分前には雑誌の取材とかでカメラマン付きの若い女性客が入浴していったそうだから、ニアミスだったのかもしれない。くやしいやらほっとするやら。

少し雨がぱらついてきたので、あがって服を着る。上の道から、登山者の一団が降りてきて、ひとしきり温泉談義などしていく。さすがに大勢居る中で湯に入ろうという者はいないようだ。
その際中にもどんどん雨脚は強くなり、すぐに氷の粒に変わる。山の天気は変わりやすいというけれど、この間わずか数分。身支度を整えて踵を返すと、前方に黒雲。しばらく降られながら急ぎ足で歩く。

禍々しい雲が行き過ぎると、また普通の曇り空。距離と時間がおおよそわかったので、気楽に歩いてロープウエイ駅着。途中、見上げると旭岳山頂がしばらくの間雲が取れていた。

帰りのゴンドラはかなり混んでいる。待ち行列を見ると高齢者率95%。やはり平日はこうなのだろう。来週からのシルバーウィークは家族連れが増えるのだろうか。

下へ降りれば雨。キャンプ場を探すつもりだったが、少し疲れもあって、珍しくビジネスホテルにもう一泊することにする。今日はTVで新閣僚の会見放映もあるはずなのだ。

宿で明日はどうするか考えているうちに寝てしまう。

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2009.09.15

北海道行記090915

朝。ガソリン残量が少ないのでGSが開くまで鹿追町の中をクルーズ。地図で見ると碁盤目状の街区だが、実は大部分が農場。本州のうねうねとした畦道とは全く違う。
ちょうど登校時間で、高校生が校門に吸い込まれていく。こちらは休みだが、世の中は普通に平日なのだ。

燃料を入れて出発。今日は大雪山系の東麓を北上しながら温泉と紅葉を楽しむ目論見。明後日以降は山系を西周りで周りながら主峰旭岳を狙ってみる。その後、美瑛・富良野の丘の風景を巡る。今回の旅程の輪郭が見えてきた。

まずは然別湖を目指す。その少し手前に、地図には名前も乗っていない駒止湖という小さな湖があった。急峻な斜面に四方を囲まれて、湖面まで降りることはできないが、この斜面が実に絵になる景色。ほかより日当たりが悪いのだろうか。白樺は既に落葉して、白い枝振りを見せる。紅葉も早い一方でまだ緑を残す木々も半数くらいあり、黄色から赤までの数多くの色調と、濃く沈む緑から明るい黄緑までのこれも豊かな色合いが、コントラストを見せている。その中に白い枝々が浮かび上がって、えもいわれぬ美しさ。色調が全体に抑え目なところもよい。バイクを止めて、しばらく逍遥しつつ、一幅の絵のような山の色と形を楽しんだ。

然別湖は、土産物屋が二軒と宿が何軒か並ぶだけの、鄙びた観光地。変な土産も売っている。店の主人が新し物好きなのだろう。

湖を過ぎてしばらくして、脇道の林道へ入る。目的地は鹿の湯。以前も来たことがある渓流沿いの露天温泉だ。前回来たときの山奥深い印象は今回は無かった。道は一応舗装されており迷うこともない。季節が1ヶ月ほど早いので、寒いとはいえそれほどでもない。確か前は雪が降っていた。

P1000073湯船は岩と樹木と川の流れに囲まれて変わらぬたたずまい。大阪から来たという中年男女の一行が談笑しているのを聞くともなしに聞く。大阪の人は楽しく話すのが本当に上手い。風に笑い声が流れて鳥の声が間に入って、まるで音楽のようだ。寛ぐというのはこういうことを言うのだと思った。

近くに菅野温泉という、こちらは温泉宿の体裁の湯があった。いまでは閉鎖されてコンクリートの薄汚れたピンクの塗装を晒している。自転車で道東から来たという人から、鹿の湯で聞いた話しでは、かつては道内一とも言われた多彩な泉質で客も多かったのだが、経営者が変わってから、なにかにつけて金をとるようになり、客も減って閉鎖した由。自転車の彼は菅野温泉が好きで通っていたのだがと残念がっていた。強欲はここでも歓迎されないようだ。

◇◇◇◇

鹿の湯を出て次の目的地は、岩間温泉。ここは今回の秘湯巡りの中でもかなりの秘湯ぶり。道は東北あたりの荒道ほどではないが、浮石の多いダート。温泉の少し手前で、川渡りがある。川底の石は踏めば転がる上に、光の加減で水面の上からは見えにくいのがやっかいだ。幸い浅いようなので、見えないままにトルクをかけて少し力任せに乗り切った。片足を突いてしまったが。

P1000088P1000089

無事渡って少し行くと対岸に温泉がある。こちら岸に停めて木橋を歩いて渡る。

温泉と川の水はいずれもホースで引いてある。これを適宜注いだりはずしたりして湯加減調節する。先に来ていた男性客と協力して入れる温度まで薄めて入る。相客は道内の人で、九州出身だが10年程前に越してきたのだという。北海道のらしさについていろいろ教わる。聞いているうちに、無性に住みたくなってきた。基本的にオフィスワーカーである自分にもやれる仕事がないだろうか。

もうのぼせてきたかと思う頃に、さらに客が2人ほど来る。さほど広い湯船でもないので、それを汐に出発。川を今度は逆方向に渡って、国道まで戻っていく。

◇◇◇◇

湯につかりながら聞いた話しでは、この先の大雪高原と銀泉台は紅葉の名所で、マイカー規制が既に始まっているからもう見頃ではないかということだった。それで、銀泉台へ行ってみることにする。シャトルバスの午後の便には間があるので、少し先の大函まで行き過ぎて一軒屋の食堂で蕎麦を食う。層雲峡という奇岩の名所のとばくちだが、トンネルが整備された層雲峡の中では、奇岩がよく見える場所だ。いわゆる柱状節理という種類の岩。確か九州の高千穂渓谷でも見た。火山の近くに生成するものらしい。
食堂は若い女性が一人で切り盛りしている。平日で客も少ないので、そうなのだろう。この近所に住んでいるそうだ。買い物や遊びにいくときは、旭川まで出るらしい。結構な距離があるから、たいへんだ。

バス乗り場まで戻って、シャトルバスに乗る。銀泉台までの道は、一部舗装はあるものの多くは砂利道で、バスはいまにも分解しそうなほどがたがたと振動しながら走る。


P1000096P1000107P1000114

上の駐車場に着くと、入山記録を付けさせられる。一応、登山という扱いになるようだ。コースがいろいろあるが、午後も遅くなっているので、一番近い第一花園という目的地を記入して出発。登ること40分ほどで到着。花園と呼ばれる理由がわかった。

眼下には山の斜面から平地へと森林が果てしなく広がる。その斜面の下のほうが、紅葉真っ盛り。確かに花園のようだ。20分ほど、道を登ったり降りたり視点を変えながら存分に堪能した。
 
◇◇◇◇

帰りは降りの最終便。下の発着場に付くと17時。既に日は暮れ始めている。このまま山系を回り込む予定は変わらないが、問題はどこまで今日中に行くかだ。キャンプ場もあまりない。野宿でもいいが、観光地であまりやるのもよろしくない。迷いながら走っていると、天気が崩れてきてあっというまに雨に。これで決まった。大雪山へ登る前に消耗するのは避けたいので、今日は旭川まで行ってビジネスホテルに泊まることにする。

雨具に換装して躊躇なく高速に乗る。こういうときETCの手軽さは嬉しい。雨具を着るような天気のときは、寒いは濡れるは小銭ポケットは使いにくいわで、バイク乗りが手動で支払うのはかなり面倒なのだ。ETCなら通り過ぎるだけでOK。使い方を間違わなければ素晴らしい。まあ、本来無料にしてしまえば、面倒な手間も精緻なシステムも全く不要で、作られた需要・利便性に過ぎないのだが。

ずぶ濡れになってビジネスホテルに到着。こ汚い格好だと満室を理由に断られることがあるホテルチェーンだが、景気も良くないらしく部屋はあったようだ。洗濯してシャワーを浴びて人心地が付く。

久しぶりにTVを点けると、新内閣誕生前夜ということで賑わっている。これまでと違う原理原則に基づいて全てを組み替えていくということだから、当面は静観するのがよいのだろう。批判的な意見なるものを聞くと、原理原則に対する批判は皆無で、この部分を変えると既存の部分にこういう悪影響がある、といったものがほとんどだ。原則を変えるのだからあちこち変わってくるのは当然、という骨太な認識が、批判者達には薄いようで、相変わらず既得権がどう変わるのかにばかり目が行っている。それが保守というものだといえばそれまでだが、それを「大人」の態度と勘違いしている向きがあるのはいただけない。

旭川の市街地は、想像よりはこじんまりしている印象。夜だからだろうか。宿のレストランでほっけを焼いてもらう。脂が乗って旨い。時々スーパーで買うのとはものが違う。倍くらいの値段だからまあ当然か。

あとは暖かい布団でゆっくり寝るだけ。

そうそう、旭川市街の中心付近で、e-mobaileは繋がるのに、softbankは圏外だった。街中にも、docomoショップはあったが他の携帯ショップは見かけなかった。道北への交通の要所だから、もう少し繁栄していてもいいとは思うけど、道北の経済活動自体がそれほど大きくはないのかもしれない。
スキーシーズンになれば様子も変わるのかもしれない。

など、勝手な想像をしてみる。

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2009.09.14

北海道行記090914

朝5時半。少し寒いので目が覚める。夜半の冷え込みはそれほどでもなく、よく眠れたが、朝方はやはり寒い。10℃くらいだろうか。スリーシーズン用のシュラフの性能ぎりぎり。外を見るとキャンプ場は一面の霧。

白い怪物を眺めながら朝飯。昨日コンビニで買っておいた豆腐と納豆と葡萄とチーズとパンひとかけ。最近肉をやめて大豆と魚にしたら体調がよい。とはいえ、豆腐一丁一人は多くて閉口する。食事を終えてテントを畳んでいるうちに、朝日が射してくる。霧がみるみる払われて、今日は快晴だ。急に暖かくなってきた。

P1000031全景が見えるようになったので、キャンプ場内を散歩してみる。シーズンオフの平日なので、ほとんど人はいない。改めて見ると、ここはすばらしく整った大規模なサイトだということがわかる。さすが北海道。さすが国設。本州でこんな広くて綺麗なサイトは多くはない。これで利用料はたったの500円。よいなあ北海道。

荷物をまとめて出発。昨夜買い物をしたコンビニへごみを持っていってみる。この辺りのコンビニは、外にゴミ箱が出ていなくて、店の人に渡して室内のゴミ入れに分別してもらうのだ。外だと熊があさりにでも来るのだろうか。あまりにもシュールな想像を巡らせていて聞きそびれた。

◇◇◇◇

P1000033占冠へ向かう。突然濃霧に包まれる。天気は晴れのなずだが急激に気温が下がって道路も10M先が見えない。そういえば「ミスト」という映画があった。霧は恐ろしい魔物が潜んでいるものなのだ。くわばらくわばら。

てなことを思い出していたら、道端に黒い塊が。近づくと鹿が寝ている。わけではなくて、ししし死んでいますよ警部殿。傍にプラスチックの破片が。車に轢かれるのは猫と相場が決まっていたはずだが・・。ゴミを漁るのはカラスではなくて熊。車にときどき轢かれるのは猫ではなくて鹿。なんという異世界。ひょっとして霧に包まれた時点から時空が歪んだのかもしれん。恐るべし(違)。

◇◇◇◇

P1000035霧を抜けて、リゾートのアルファトマムへ。陽光輝く草原に建つ超高層ホテルがシュール。一時経営が苦しかったそうだけど、今は星野リゾートがテコ入れしていると聞いたことがある。朝まだ8時だが駐車場は泊り客の車で満杯。繁盛しているようだ。車種とナンバープレートを見ると、運営側がターゲットにイメージしている対象が如実にわかる。なるほどうまいところを狙っている。

トマムからサホロへ抜ける峠が狩勝峠。これが絶景。横3倍の法則はもちろんだが、遠方の山並みと囲まれた平野、その中に突き出たような丘が、あたかも遠大なカルデラのように見える。もちろん噴火の痕ではないのだが、そのスケールに圧倒される。

◇◇◇◇

アルファトマムが、ややハイソ*指向*の客相手なのに対して、次に寄ったサホロリゾートは、真っ向ファミリー向け。BearMt.という施設があって、これが面白い。広い森林園地の中にヒグマを放し飼いにして、人間の方が車で移動しつつ観察するのだ。言わばサファリパークの熊版。出入口は「ジュラシックパーク」のような頑丈な二重ケージ。安保闘争の学生を鎮圧しにいく機動隊という趣のバスで、園地へ乗り入れていく。バスの運転手さんがガイドを兼ねており、いろいろ説明してくれる。

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ヒグマは朝と夕に活発に活動するそうで、朝一番の巡回バスに乗れたのはラッキーだった。10M置きくらいで、何頭ものヒグマを見られた。職員さんも、あらかじめ決まった場所に餌を撒いて、ヒグマの出現確率を上げているみたい。

園地内の中継点にある施設がバスの終点。ここからは、空中回廊を歩いて出発点に戻る。もちろん、途中で上から熊を探して観察できる。

熊のしぐさは人間くさい。2本の後足で立てることがその理由だろうか。水につかって涼んでいるところなど、頭に手拭いを載せてやれば、銭湯で見かけるおっさんそのものだが、これも前足を地面に付かずお尻で座っているからだろう。たとえば、こんな座り方は決してしないカバと比べてみれば、熊のこの姿勢が人間くささを強調していることに気づく。

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園内には文才のある人がいるらしく、案内の文章がまた面白い。あちこちで思わずにんまりさせられた。

この施設で、重要なことをいくつか知った。
熊は臆病なので、通常、人間を襲うことはなく、鈴などで人の存在を知らせてやれば、薮の中に隠れて人をやり過ごすのが普通。もし、ばったり道で合ってしまったら、騒がず、ゆっくり後ずさりながら逃げる。熊は視力がよくないので、動くものに反応しやすく、急に走って逃げ出したりすると、過剰反応して追いかけてくる。最高で時速40キロくらいで走るそうだから、人の足では逃げ切れない。因みに鼻は犬よりも効くそうな。

餌は決して与えてはいけない。人を避けるのが熊の本能だが、人間の食物の味を覚えてしまうと、それを目当てに人に向かってくるようになる。最近、人里に熊がよく現れるのは、それが一因でもあるそうな。

◇◇◇◇

平野へ降りてきて新得の町をかすめるように、再び山道へ向かう。目的地はトムラウシ温泉。国民宿舎東大雪荘の内湯だが日帰り温泉利用OK。広くて綺麗で気持ちがよい。温まって、ついでに豆腐と納豆の昼飯も食っていく。

P1000066続いて向かったのは、ヌプントムラウシ温泉。道を少し戻って、別の分岐に入る。こちらはずっと砂利ダートでやや荒れ気味。到着してみると、川辺の斜面の根元に源泉がぼこぼこ音を立てて吹き上げている。その傍に湯船が作られていて、一応掘っ立て小屋のような脱衣所もある。湯は源泉から、水は川からそれぞれ引いてあって、自分でバルブを回して流量を調節できる。

しばし湯に浸る。川辺の木々や風や鳥の声だけが流れる。さきほどのトムラウシ温泉の綺麗に手入れされた快適さとは全く違って、こちらは野趣満点。”熊に注意”とされているが嘘や脅しではなさそう。

日も暮れてきた。ここで野宿すれば星を見るには最高だが、熊が出たら洒落にならないので、名残惜しいが出発。携帯の電池が切れて、湯船の写真を撮り損なった。

◇◇◇◇

瓜幕というところまで戻って、食堂が小さなキャンプを併設している店で設営。どこへ行っても綺麗な芝で嬉しい。店の人もキャンパーに慣れているのがありがたい。

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2009.09.13

北海道行記090913

日の出は5時半。波静かな海上で見る淡い黄金の光は、とても写真では表現できない。
八戸沖で陸地はかなり近くだが電波は届いていない。

ひと眠りしたあと船内を探検してみると、運賃に見合ってつくりも悪くない。エスカレータやエレベーターも、乗船人員数からすると一般客の方がトラックより多いようだから、必ずしも不要というわけでもなさそう。日本人が住生活において重視する風呂やトイレも綺麗で広くて十分な水準。なにより、エコノミーでさえ、エンジンの振動がそれほど伝わってこないのが嬉しい。外甲板に出てみればエンジンに直結している排気塔はそれなりの轟音と振動を立てているので、客室の防音防振性能が良いということなのだろう。

映画もやっていて、なんと「オーシャンズ13」が掛かっていたので見る。失敗。映画館で金払って見なくて正解だった。

13時半、苫小牧着。電波は十分。時を移さず、日高方面を目指して移動開始。
来るなりやはり北海道だと思うのは、広さと道路の真っ直ぐさ。いやになるくらいに真っ直ぐ。風景は、本州の田舎のそれを、横に3~5倍に引き伸ばしたような感じ。なだらかで癒される景色がどこまでも続く。ここは本当に日本なのか。

◇◇◇◇

夕張というところを通りかかる。日高へはそのまま東進すればいいのだが、ちと北へ折れて寄り道。財政再建団体ということで、ニュースに時々出てきたけど、実際のところ町の様子はどうなのか。

P1000024P1000029

道すがら気づくのは、真新しい公営住宅らしいものがいくつも建っていること。規模も3~5階建て程度と大きい。全部埋まっているわけではなさそうだ。

JR石勝線(夕張線)の終点、夕張駅に着く。まず驚くのは、巨大なホテルの存在。この建物だけ何かの間違いではないかと思うくらい。その前に建っているJRの小さな駅舎が、まるでバトルシップに覆いかぶさられたミレニアムファルコンのよう。あのホテルはシーズンには客でいっぱいになることがあるのだろうか。そもそもシーズンて何だろう。観光といっても、それらしい観光資源はなさそうだが。

丁度日曜ということもあって、商店はみなシャッターが下りている。営業日はどうなのかはわからない。住宅は、北海道にしては数が多くて密度は高いように感じる。

ほんの通りすがりの目で見ただけでは何ともわからないが、最盛期に建てたいろいろなものがまだ残っていて、それでアンバランスな感じがするのかもしれない。町のホームページあたりで、財政の資料を見れば見当がつきそうだけど、これを書いている時点では電波の圏外でネットは見られない。

前向きな点を見るとすれば、駅舎の横にできた、こじんまりした屋台村だろうか。9日に開店したばかりとのことで綺麗なのと、開いている店が少ないこともあって、旅行客が吸い寄せられるように入っている。私も醤油ラーメンを食べてみたけど、悪くない。汁が美味いし、麺は大豆粉を練りこんだとかで、喉越しはともかく栄養満点で健康という売りもある。都会でやればそれなりの繁盛店になれる水準ではありそう。内装も結構洒落ている。

願わくは、あの屋台村がそれなりに繁盛してくれんことを。変な箱物と杜撰な営業プランに投資したこげつきを切り離せばどうにかなるのではないかという、外野の勝手な希望的観測を書いておく。(この数日後、財政再生団体というものにレベルアップしたらしい・・・)

そうそう、この道をさらに北へ数キロいくと、TVで有名な花畑牧場があるそうな。観光ということなら、そのあたりを狙うのだろうか。

◇◇◇◇

さて道を戻って東へ。だいぶ日も傾いてきた。北海道はとにかく移動に時間がかかる。流れに合わせて相当な速度が出ているのだが、それでもあっという間に時間が過ぎていく。
日高町営沙流川キャンプ場というところに、受付時間ぎりぎりで辿り着く。すぐに申し込んで、気持ちのいい芝生に設営した頃には、もう真っ暗。近くの温泉宿泊施設で日帰り湯をもらって、直ぐに寝る。

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2009.09.12

北海道行記090912

そゆわけで、大洗に夕方5時に到着して無事乗船。e-mobileの電波は届いている。行程は今日12日から23日までの11日間。計画はなし。(笑)
ひょっとして帰ってきたら身辺に変化があるかもしれないが、それはまあそのときのこと。

乗船前にコンビニで食料を買い込んでいると、年配の男が話しかけてきて、ツーリングだというと、「何が釣れる?」とのご質問。釣りではなくてツーリングです。
もっとも、おいら服装は普通の街着でバイク乗りには全然見えないし、荷物はいかにも釣り人が使いそうなバックル留めのケースにいれて後ろに積んでるから、釣りに行くようにも見えるかも。

さて、船は豪華なさんふらわあ丸。関東から苫小牧行きのフェリーは以前は複数社あったのだけど、安いほうは撤退して残ったのはそれなりにお高い商船三井のみ。船なのに階段と並行してエスカレータが付いているのが無駄に豪華。主要顧客はトラックの運ちゃん運転手さんかと思ったけど、違うのかも。

アナウンスでは時速40キロだそうな。明日昼の苫小牧は気温18℃曇り。まあまあかな。
今回、服装は難しいチョイスだった。大雪山がもし気温4℃とかだと完全冬装備が必要だが、それでこの季節、旭川の市街地を歩くのもつらい。冬用の外套からダウンの中綿をはずして、代わりにフリースを1枚持った。あとは普通の初秋ツーリング仕様。

大部屋エコノミーの場所だけ確保して、展望窓際のコンセント近くの席に荷物ごと移動。おにぎり食ってポテチつまんで梅酒飲んで幸せ。これで映画でも見られれば言うことないのだけど。
代わりに持ってきた本を読む。

そういえば、昨日立ち読みした「北欧教育の秘密」は、驚きの内容だった。わしらと全然違うのね。これは敵わないわけだ。
中で印象に残ったのは、こんな話し。

とにかく、「考えろー、調べろー、発表しろー」の繰り返し。
それは確かに自主性と積極性が育つわけだ。

てなことを酔っ払った頭で考えているうちに出航。
電波も届かなくなるだろうし、寝る。

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雑記090912

本当は昨日の夜半出立のはずだったのだが、さる団体のセミナーが申込者不足だというので駆り出されて午後遅くまで都心に足止め。トレッキングシューズにヘルメット小脇に抱えてああいうセミナーに出席して許されるのかどうかよく知らない。

終了後直ちに常磐道を爆走してフェリーが居る大洗まで2時間で行けるか、それとも夜を徹して東北道を遮二無二走るか、難しい選択を迫られている。8時間ぶっ通しで八戸まで走ったら、途中でどっかに激突して死ぬかもな。

そう考えると、寝てる間に北海道まで運んでくれるフェリーは、1000円高速に比べてやっぱり楽だわ。値段は20倍だが、ホテル一泊と比較すれば特に高くもない。海が荒れれば波乗りプールみたいな風呂にも入れるし(笑)。

1000円高速は実は、中距離ドライブに最適で、長距離ではあまりメリットがないのかも。


日本の家電メーカーが出す商品はなぜ”もっさい”のか

失敗したときの言い訳をどうしても織り込んでしまうのよね。わしらは。これはそもそも人の採用時点から始まっている根の深い問題だから、直すのは難しいと思う。最終組み立てやマーケティングはもう尖がった人たちに任せて、表には見えない地道な部品供給の世界で覇権の実を握る方へ舵を切るのが賢いのかも。あんまり大儲けはできなそうだけど。

と、一消費者の分際でわかったようなことを言ってみる。

店の作り付けの棚の取っ手のデザインが気に入らんからといって、視察に来るなり激怒して棚全部即刻作り直させるような真似が、一般採用から堅実に昇進してきた優秀な社員さんたちにできるとは到底思えない。
なにしろJobsは、優等生一族のスカリーに一度追放の憂き目にあわされてるわけだし。


How Web-Savvy Edupunks Are Transforming American Higher Education

実はこのところ、日本でもWebLearning再びな感じが出てきてはいる希ガス。これまでの失敗をいろいろ聞いているおいらとしては、なます吹き加減だけど。

Universitas doesn't mean campus, or class, or a particular body of knowledge; it means the guild, the group of people united in scholarship.
学会で活動している学者さんたちにはこの感覚は普通にあると思うけど、お役所にはどうだろうか。
It's only natural that these new, rapidly evolving information technologies would convene new communities of scholars
あとは評価の体系とその可視化ツールがオンラインで揃えばいいのかな。違うか。

もっちーこっそり復帰。


「目標未達」を挽回できるちょっとした工夫

自分で考え、決めたことこそが納得感を生み出し、次の行動をもたらす。
うぶな新人相手ならこれでいいと思うけど。
老獪になってくると、うまくいかない原因もちゃんとわかっていて、単にやる気がないとかのケースもあったり。質問も適当にはぐらかして、「理由は不明」とか「経営が悪い」とかの結論にもっていこうとしたり。

それでも、前向きな姿勢が大切という記事の趣旨には賛成。


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「ウルヴァリン X-MEN ZERO」

ウルヴァリン誕生の秘密を描いた、X-MENの外伝風の作品。本編におけるマグニートのような圧倒的な敵キャラはいないので、ストーリーの迫力はもうひとつだけど、相変わらず個性的なミュータントたちが盛り上げてくれる。そうはいってもあまり大上段に振りかぶらず、外伝らしくあっさりとニヒルにやり過ごしている感じがいい。以下ネタバレ。

曲者揃いのミュータント達の中で、今回とてもよかったのが、ウルヴァリンの兄ビクターと友人のガンビット。ビクターの方は確か本編にも出てきたような気がするが、ガンビットはこれが初お目見え。ウルヴァリンの圧倒的な強さと拮抗するこの二人のおかげで、戦いは緊張感のあるものに。

それにしても、こうもよくできた特殊効果を見せられていると、これが当たり前の感覚になってしまって、少し怖い気もする。もう素朴なアクション映画には戻れない。

ウルヴァリンの束の間の平安を共に過ごしたケイラはには悲しい運命が待っているのだが、それだけで終わらないのが嬉しい。この使い回しのうまさは見てのお楽しみ。演じるリン・コリンズはどこかで見たと思ったら、「ヴェニスの商人」のポーシャ役の人だった。何を考えているのか計り知れない感じは、ケイラ役にもぴったり。

ウルヴァリン達ミュータントを野望のために利用する軍人ストライカーは、何かというと国のためという大義名分を口にするのだが、相手にしているウルヴァリンとビクターが、その合衆国と同じくらいの長さの歴史を背負っていて、ストライカーの狂信的な愛国心など歯牙にもかけない辺りが、彼の滑稽さを感じさせる。これは作り手の意図だろうか。

そのストライカーが生み出した最終兵器ウエポンⅩⅠが、エンドロールの後でお約束を見せてくれる。やっぱりそうくるか。

個々のシーンはそれなりに迫力があって、なにより出ずっぱりのウルヴァリンが堪能できる、X-MENの一本でした。

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2009.09.11

雑記090911

アイデアはあるけど実行する能力がない。
という課題。

外から連れてくる、というのが一般解だけど・・・


雑誌社サイトのコンテンツにも有料化の波が

基本的にはいいことだと思う。
以下の2点には配慮してもらえると嬉しい。

1.有料の中身であっても、タイトルや、キーワード前後の文が検索でヒットするようにしてほしい。それで情報の在り処がわかることで有料購読を促すだろうから、コンテンツプロバイダにとっても利があるはず。

2.引用には寛容な姿勢で臨んでほしい。ネット上での引用はたいていリンクが付くから、それによって有料購読者を惹きつけられれば、1と同様にメリットがあるはず。


ちと、つまらないアナロジーを書いてみる。

北欧神話の主神にオーディンという神様がいて、世界中を見通す知恵ある神様なんだけど、その知恵は始めから持っていたわけではない。知恵の泉の水をたった一口飲むために、自分の片目を抉って泉に投げ入れたのだそうな。朧な記憶だとそうだった。

ふと思うのだけど、わしらお馬鹿な市民さんの卵は、このオーディンと同じだ。知らしむべからずの空気を吸って、これまで幸せな幻想の中で生きてきたけど、どうも不満が積もりつもってその綻びに気づくようになった。だから多少の知恵を手に入れて、もっと賢く生きたいと思うのだけど、ただでは手に入らない。何を捧げるか。
ここで、オーディンが切って捨てたものが、内臓でもなく手足でもなく、知性を織りなす神経網の先端ともいうべき「目」だというのが引っかかる。

もしかすると、幻想の周辺で、中心に向かって批判を浴びせることで知性を装いつつ、その実は幻想の果実を糧に生きてきた類のものを、全部とは言わないまでも、片目半分程度は捨て去るのかもしれない。

わしらも結構辛いことになるのかもね。

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2009.09.10

雑記090910

素晴らしい秋晴れ。
涼しい風とまだ温かい日差し。


郊外から中心市街地重視へ都市政策を転換、国交省

国土交通省都市・地域整備局が8月31日に提出した2010年度予算の概算要求で、郊外で市街地開発する際の新たな土地区画整理事業に原則として補助金を交付しない方針を示した。今後は、中心市街地に都市機能を集約させる「エコ・コンパクトシティ」の推進に政策を転換する。
つーことのようです。
一方、民主党はマニフェスト(政権公約)で、国が地方に使途を特定した「ひもつき補助金」を、社会保障・義務教育関係を除いて廃止すると主張している。地方の自主財源に転換する方針だ。
つーことだそうです。

国の仕事としては、個別の事案に補助金つけるより、仕組みに付ける方がいいんだろと思う。たとえばこんな感じか。
「住宅政策を大転換する」、民主党・前田武志座長

今すぐやらなければならないのは、個々のサラリーマンの持ち家を、いつでも安心して貸せる環境をつくることだ。気持ちの上だけでも、ずいぶん豊かになるはずだ。
不動産の流動化が進むのには賛成。なんとかと畳は新しいのがいいという感覚の世代がフェードアウトして、古着に抵抗がない世代が台頭してくれば、多少は動くかも。
持ち家をどのように価値あるものにしていくか。ハード面で重視しているのがリフォームだ。安全な家にする。防災面では耐震改修、低炭素社会への対応では省エネ・断熱改修、高齢化や子育てへの対応ではバリアフリー改修。改修に大義名分が立つのだから、インセンティブをどっと付ける。補助金や税の控除も必要になるだろう。
どっとつけるのかあ。。。これまでの不動産のありかた前提で賃貸派だったわしは、ちょっと複雑な気分。

記事の中で団地再生に言及しているのはいいと思う。戸建オーナーの意識は変わるまで時間がかかりそうだけど、団地なら、という気がする。もっとも、自治体管理の集合住宅が充実すると、民業圧迫という意見も出てくるだろうか。

業界が賃貸やリフォームといった分野に投入している人材はまだ少ないだろう。ただ、業界側には、大きな市場が広がっていると認識してほしい。景気が冷え込むという懸念は逆だ。日本には住宅ストックが約5500万戸あると言われる。我々は住宅ビジョンを公表する際に、少なめに見積もって400万戸以上、30数兆円のリフォームが可能になると試算した。
・・・・・・
 北海道から沖縄まで、あらゆるところが対象になる。地方の中都市になれば必ず住宅団地がある。そこがすべて対象になるわけだ。地元の中小零細関係だけではない。システマチックにやったらいいビジネスになる、全国的にビジネスとして展開できるという企業も出てくるだろう。競争が起きると思うよ。需要はたくさんある。
実際の住宅は、ほとんどが在来工法の木造住宅だ。縛りを加えたら、改築や改修なんかできなくなってしまう。建築基準法をまちづくりの中で位置付けないといけない。いいまちづくりにベクトルが向かうようにすることが大切だ。
・・・・・・
地方経済は、住宅・建設産業がけん引している。大きな公共事業に目が行きがちだが、地域に実際、職種としてあるのは、工務店であり、水道工事であり、電気工事であり、大工の棟梁であり、製材工場である。裾野は広いが、これが動いていない。まずは、そこを動くようにすることが肝心だ。
金を流すターゲットが変わってくると。これはこの分野に限らず、新しい政策全般の傾向になるのだろう。

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2009.09.09

雑記090909

大雪山はもう初雪か。旭川でも気温10度とか。
北海道いくなら冬装備だなあ・・・・しかもなんか、インフルが流行っているとかいないとか。

東北にしておくかなあ・・


データマンとしてのブロガー

ブログから「面白い記事」を発掘し、オンライン媒体へと売り込むなどの仲介作業を専業とするような組織があれば面白いかなぁと思うことがあります。
毎日、愚にも付かない雑記を書いているおいらには、すぐにぴんときた。

もっとも、人手による発掘の手間がたいへんだから、検索エンジンや人力検索システムが発達してきたという事実も一方ではあり。

記事内容の濃さや尖がり具合の問題にも絡むのかも。

ちょうどこれに出てくるビーツとスタバの違いみたいな。
スターバックスの生みの親  ピーツに学ぶ拡大戦略の“質”

ピートニクたちの見守る中で、無理のない展開を続けてきた結果だ。
顧客、というよりファンと呼ぶべきか、それが「見守る中で」という言い回しがうまい。

世の中不況になればなったで、別のモデルが持ち上げられるのもまた、世の常か。


アップサイドとダウンサイド、どちらに注力するか

ダウンサイドの最小化は、多少は金の節約になるかもしれないが、長期的にはアップサイド重視のモデルのような利益が得られることはないだろう。
貧すりゃ鈍すって言うからなあ・・

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2009.09.08

雑記090908

4日ほど前のCNNPodCastを見ていたら、なにやら目の疾患の話しが延々7分間も。
ほとんど聞き取れないなりに聞き飛ばしていたら、医者が涙腺の解説か何かの場面で、"God's designed for tears so complex..."とか言っているのがふと聞こえた。

たぶん聞き間違いではないと思うのだけど、CNNに出演するような医者でもID論者なのかな、と思いそうになって、ふと、これって慣用句なんだろか、とも思った。わしらもよく「自然はよくしたもので・・」とか「天の配材」とか言うことがあるけど、主語に適切なものがないときに、彼らはそれを "God" がやったことにしてる感覚なのかな。

よくわからん。


なぜ?営業パーソンは本当の顧客ニーズをつかめないのか?

そのような営業パーソンは、顧客との関係づくりに走りがちです。足しげく通って、接待して、こちらに少しでも気を惹かせようと努力して、多くの工数をかけてようやく受注にこぎつけるというスタイルになります。
うっとうしくてかなわない。

とおいらは思うけど、そうでもない向きも結構多いのかも。
考えてみると、広告も同じだ。


エコ補助金の継続、トヨタ社長が希望

トヨタも結局、公共事業屋さんと大した違いはないということなのかな。


和と洋が融合できてるか微妙なケース

確かに、"ipone" 和洋の線上で微妙。


そういえば、今朝の山手線、全面チョコレート色で驚くやら懐かしいやら。
昔むかし、横浜線がまだ単線だったころ、見たような記憶がうっすらと残っている。これで床板が木材だったら完璧だった(笑)。

山手線の緑のラインまで消すのはさすがにやりすぎかと思ったけど、100周年という文字を見て納得。Meijiと広告屋さんは、うまいこと考えたな。楽しませてもらいました。

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2009.09.06

雑記090906

数独(ナンプレ)をときどきやってみる。以前、ある程度手法を開発して、それで middle~hard までは難なく解けるようになったのだけど、very hard は3割止まりで遠のいていた。何かのきっかけで、ふとまたやってみたら、新しい手法とちょっとした新法則を発見して、very hard も普通に解けるようになった。この新法則は、以前も発見直前までいっていたのに、よく検討しなかっただけのものだった。

一度で全部の法則を見つけ出すというわけにはいかないところが、残念な凡人の味わいと思っておこう。


いや、very hard があっさり解けるようになって、単純に嬉しい、というだけのことなのだけど。


積水化学、海外で戸建て住宅事業

第1弾としてユニット住宅の生産・販売会社を10月にタイに設立して参入。周辺国への展開も検討する。2013年度に海外事業で200億円の売り上げを目指す。
・・・・・
 タイの製造業最大手サイアム・セメント・グループ(SCG)との合弁で、生産会社「セキスイ・エスシージー・インダストリィ」を積水化学の51%出資で設立する。
他のハウスメーカーが、施工には地場の工務店を使わざるを得ないのに対して、ユニット住宅は工場で9割方作るそうだから、海外展開もやりやすいのだろか。
ひょっとして、モジュールも日本のをそのまま持ち込むのかな。だとすると、それにくっついて住設部品メーカーも生産拡大できるかも。


民主・藤井氏「再補正で7兆円以上組み替え」

民主党の藤井裕久最高顧問は5日のNHK番組で、2009年度補正予算について「非常に悪い。再補正する」と述べ、秋の臨時国会で予算組み替えが必要との認識を示した。不要な予算として国の施設費や基金などを挙げ、組み替えが可能な規模は「7兆円以上になる」と指摘。子ども手当や高校無償化などに充てるとした。
メモ。
”必要”ではなく”可能”という表現が使われている。

なんとなくの印象だけど、この人は別動隊なのかな。


ダッジ・バイパーのV10、8000cc、500馬力エンジンを搭載したモンスターバイク

曲がりにくそう。ひらり感のないバイクはバイクと呼ぶには抵抗がある。


英国財務省について(最終報告)

日経本紙「けいざい解読」の中に、財務省中堅の人の英国財務省出向時の報告書が紹介されていた。URLまで書かれているのは珍しいので読んでみた。(少々長い)

以下、面白いと感じた部分を適宜抜粋。

第一章 英国財務省の概要
・・・・
Treasuryには設置法のようなものが無く、機構の改変は極めて容易に(それこそ、幹部のアナウンス一つで)行うことができるのである。
普通の私企業と同じ感覚か。法律を改正しなくてもできるのは機動力が高そう。
第二章 英国財務省の構成
・・・・
顧問は事務方と大臣のインターフェイスとして重要な存在である。英国においては日本の省庁と異なり、事務方の政治との接触が極めて少ない(むしろ服務規律上、政治的な中立性を強く求められている)ため、顧問が政治的なインプリケーションについて考慮を払う役割をも果たしている。また、各省の大臣がそれぞれ顧問を有しており、顧問同士で政策の調整を行ったり、大臣の意図をサウンディングしたりすることもある。顧問の発言力は強大であるが、公式な権限を有しているわけではなく、案件について事前に顧問の了解を求めるか、顧問の意見をどの程度尊重するかは、事務方のケースバイケースの判断にも委ねられている。
・・・・
選挙によって選ばれた大臣が名実ともに行政を主導することについては、一点の曇りも無く尊重されている。また、行政官僚は、政治的に中立なプロフェッショナルとして、大臣を補佐する立場にある。しかし、そのどちらでもない、いわば曖昧な存在である顧問が、「助言」を超えて行政の「執行」にまで及ぶ力を行使することについては、懐疑的な見方も多い。
・・・・
他方、こうした顧問達の、官僚の枠にとらわれない発想力が、大臣の指導力と結びついて大胆な政策を可能にしているのも確かで、
・・・・
この部分が、この報告書では一番肝になる興味深い部分。
中立であるべき行政と、政治家とのインターフェースを、政治家が個人的に任用する「顧問」に担わせる。顧問は公的な存在ではないので自由度が高い。責任は大臣がとる。という方式のようだ。
政権が時々交代する環境に対応した、ひとつの仕組みではありそう。
文書課や各局総務課に相当する総合調整部局の欠如は、Treasuryの組織的な弱さであり、おそらくこの点では、日本の方が機能的には勝っているのではないかと考えられる。ただ、こうしたモデルでもそれなりに滞りなく業務を行っているわけであり、日本で文書課・総務課が本当に効率的に機能しているか、単なる阻害要因とはなっていないかを問い直してみることは有益であろう。
コモンローの国だから、万事形式よりも実質でよいということだろうか。

次は仕組みの紹介が中心なので割愛。

第三章 英国財務省の人事制度
人事の実質的な話題は、後の勤務形態・職場文化の章の方が詳しい。
第四章 業務の概観
・・・・
reasuryでは、政策を決定する基本的な手法として、submissionと呼ばれるポリシー・ペーパーを大臣に提出し、その決断を求める。submissionにはある程度一般的な様式があり、まさに日本における局議ペーパーのように、問題の所在(issue)、背景(background)等を説明し、議論を展開した上で、結論として採るべき政策の提案(recommendation)を示すという形が通常である。
・・・・
多忙な大臣がこうしたペーパーを昼間読む時間は無い。専用の赤いアタッシュケースに書類を詰めて家に持ち帰り、夜中に読むのが大臣たる者の責務なのである。
・・・・
大臣への提言こそが政策立案であると一般的に認識されており、大臣に実質的な采配を仰ぐ機会はより多い。
・・・・
日本の審議会が基本的に常設機関であるのに対し、reviewはある特定の案件を調査・検討するためにアドホックに立ち上げられる。
・・・・
形式的な権限を持つ者が実質的に機能することが常に求められる。
予算の過程
・・・・
Budgetの過程で最も重要なのは、前述のように、これにより発表される税制改正の内容の決定である。これは、日本のような、要望を各省庁から募り、党税調で審議するといった過程とは全く異なっている。英国では、政府の政策決定について事前に党が介入するということはなく、税制改正の決定はすべて財務大臣のGordon Brownに委ねられている。
・・・・
それにしても、法律の成立はおろか、法案作成すらしていない段階で税制改正を施行するというのは、我々の租税法律主義の感覚からは驚きに値する。
税制(歳入)を決めるのが主な仕事らしい。歳出は別の時期に別の手法で決めるそうな。
立法作業
・・・・
consultation はは、日本でいうとパブリックコメント手続に相当するが、英国におけるそれは日本よりはるかに広汎に、かつ実質的に行われており、政策形成・立法の重要な過程となっている。consultation documentには、それぞれの法令改正案について、その背景、問題の所在、考えられる選択肢等について詳細に記述し、条文案も添付している。日本におけるパブリックコメントに比べると、consultationの段階での行政の姿勢は一般にはるかにオープンであり、その反応によって政策を決定・変更することも珍しくない。
・・・・
立法作業が日本と決定的に異なるのは、条文は専門のlawyerによって起案され、通常の行政官は政策を決めた上でlawyerに対して指示をするのみである点である。省令の場合であれば、担当者の指示により、その省に所属するlawyerが起案する。
この辺も大陸法の流れを汲むと言われるわしらとはかなり違うのだろうか。
政治家との関係
・・・・
英国においては、公務員の「政治的中立性」が厳格に服務規律として定められている。

下院のHouse of Commonsでは与党が圧倒的多数を占めていることから、通常は政府提出法案が否決されることは無いが、非常にcontroversialな法案(例えば、与党の選挙時のマニフェストに反するものであった場合)については、与党内にも多くの造反議員が出ることがあり、そうした議員への妥協策としての法案修正も行われる。いずれにせよ、こうした議員達との交渉は大臣の仕事であり、官僚が出ていくことはない。

肩書きどおりの仕事をそれぞれがするという姿勢が見える。
第五章 勤務形態・職場文化
・・・・
文書管理

Treasuryでは、文書管理の電子化が徹底的に進められている。全職員共用の電子アーカイブがあり、政策決定の基礎となった文書は基本的にすべてこれに保存することとされている。
・・・・
依然として紙媒体による保存を中心とした日本のあり方では、年々膨大な書類が積み重なり、また知識の散逸が激しく、持続可能性に問題があろう。

NTTデータにあれだけ金を流しているのに、相変わらずのわしらのこの状況は、一体どう説明がつくのかと。
多様性
・・・・
驚かされるのは、職員のバックグラウンドの多様性である。英国財務省においては、私のような特別のアレンジで来た者でなくても、外国人の職員がかなりいる。また、イギリス人の職員にしても、ケンブリッジやオックスフォードといった有名大学を新卒で入ってきた者ももちろんいるが、こうした者はむしろ少数で、英国財務省に入る前に既にどこかで職を持っていた者が多い。また、その職や、あるいは大卒者の出身学部にしても、文学部等、およそ財務省の仕事と一見全く関係がないものも多い。
・・・・
イギリスにおいても、官僚機構のエリート主義、多様性の欠如は以前から問題視されており、これに対する真剣な取り組みの結果としてここ10年程度でようやくかなり状況が変わってきたというのが実情のようである。
変えようと思えば変えられるらしい。
勤務時間
・・・・
日本と英国の官庁において最も異なるのは、その勤務のスタイルである。日本の官庁は、職員が長時間労働することでよく知られており、またこの環境が、女性を遠ざけている一因ともいえる。しかし、英国財務省においては、職員は夜6時前後で退庁するのが通常であり、夜7時を過ぎると閑散としてくる。
・・・・
ペーパーのやり取りは電子メールを使うことが圧倒的に多く、相対で議論するのは特に重要案件の場合のみである。また、この場合も、議論するのはペーパーに書かれた政策の中身、方向性であり、ペーパーの書き方自体についてわざわざ相対で議論することはほとんどない。ある政策について決定したい場合は、通常、電子メールでペーパーを関係者(局長、審議官、課長を含む)に一斉に送付し、期限を切ってコメントを求めるという形をとる。受け取った側は、コメントがあればメールでそれを返す。どうしてもコメントを求めたい相手に対しては当然、別途の対応をとるが、それ以外の関係者は、期限までにコメントを返さなければ、基本的に了解した(あるいは関心がない)ものとみなしてしまう。

そして、大臣にペーパーを上げる際にも、”submission”と呼ばれるポリシーペーパーを秘書室にメールで送付し、秘書官から大臣に上げて大臣のコメントを求めるのが通常である。

より根本的な文化の違いとして、日本の官僚は「無限の時間」「組織の時間」の中で仕事をしているのに対し、英国の官僚は「有限の時間」「個人の時間」の中で仕事をしている。
・・・・
日本の官庁では、職員は自分で時間をコントロールすることが難しく、外部的な要請に常に支配されている。例えば案件を上げるにも、いつ上司や幹部の時間が空くかわからない。幹部の部屋に会議を申し込めば、呼び込まれるまでひたすら待ち続け、また、幹部の部屋に入れば、いつ解放されるかは、極端な話、幹部の気分次第である。その逆に、普通に仕事をしていても、いつ上司や幹部から呼びつけられるかわからないし、そのときは何をおいてもすぐに対応しなければならない。また、「勤務時間」や「残業」という概念がほとんど失われるほど、夜遅くまで職場に残るのが常態化している。

英国での会議は、日本のようにペーパーを丹念に読み上げて、ひとつひとつ論点をつぶしていき、細部まで皆が合意するまで行う、といったことを行わない。ペーパーは、じっくりと読んでもらいたければ、メールで送信し、会議の外で行うのが通常である。会議自体は、要点について関係者が大まかな合意をすることが目的であり、ペーパー無しで行うことも多い。限られた時間の中で必要な意思決定だけして、細部は担当者の裁量にまかせるという形となるのである。

BPRで「現状の課題」として必ず出てくる話。
結び
・・・・
民間部門の企業と比較して、Treasuryにおいては、①時間的な拘束が比較的短く、かつフレキシブルである、②職場の人間関係、ノルマ等に関して、よりリラックスできる環境である、ということが言えるようである。
・・・・
興味深いのは、良きにつけ悪しきにつけ、日本の官庁の特徴を挙げるたびに、極めて頻繁に、「Treasuryも10年ほど前はそうだった」という返事が返ってくることである。
わしらもそろそろ変えることを本気で考えてみてもいいと思うけど。

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2009.09.05

雑記090905


ストリートビュー、「いまここ撮影中」をウェブで公開

「撮影なう」
いやほんと、Twitterで中継すればいいのに。


ともあれ、撮影スケジュールを予告してくれれば、中には「花いっぱい○○町の日」とかで、クリーン&ビューティホー作戦を真面目に展開しそうなところが出てきそうなものだけど。「アド街」みたいな。

眉間に皺よせてプライバシーがっとか言っているより、そんな車が撮影に来てくれるなら町をPRする絶好のチャンス!と思う方がよほどいいと思うのだけど。

そういう面白市区町村はないものか。


フジテレビと日本テレビ、GyaOへ出資

動画配信は赤字続きと聞いていたけど、映像のプロの参加で黒字になるのかどうか。
TV局側にすれば、DVDと同様、コンテンツ二次利用の選択肢が広がるのかもしれない。
これまでに作り上げた配信網と顧客層がGyaoの価値ということになるのかな。


今日は、少々早いが墓の掃除に行く。

行ってきた。
やはり冷夏だったらしく、雑草はほとんど生えていなくて楽だった。
代わりに地下茎の魔手がまた伸びてきている模様。


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「僕とママの黄色い自転車」

ありふれた展開と、少々大根くさい演技で、決して一流の作品とは呼べないのだけど、時々は思い起こしてみるのもいいテーマ。一途な子供の思いと、手を差し伸べる大人達との関わりを描いた作品。特にネタバレはなし。

記憶を無くす病というのは、どのくらいの患者数なのか知らないのだけれど、物語の素材としては、昔の白血病と同じくらいに重宝されている印象がある。もちろん、そうした患者を身近に抱えている人にとっては、重すぎる現実なのだろうと思うと、少し胸が痛い。

けれども、その痛みを乗り越えて明日へ進む一途な子供の存在を大きく描くことで、この映画は多少救われている。

子役というのは、これくらいの演義力の方がむしろ自然な気もする。妙にうまい子役というのは逆に将来に不安を覚えたり。台詞もとても子供のものとは思えないから、これはあくまでも大人の目から見た物語。

それとも、最近の子供はこんな台詞を口にするのだろうか。TVで覚えて言うのかもしれない。
いずれ大きくなってから、もしそれを覚えていたら、恥ずかしくて悶絶する時期が来るかもしれない。などと思いつつ、微笑ましく観ました。

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2009.09.04

雑記090904

結局、今年は盛夏も残暑もなさそう。
そうなってみるとなんだか物足りなかったりする。

せっかく白熱電球をLED電球に買い替えて待ち構えていたのに。


未来の折りたたみ電動バイク「YikeBike」

いいなーこれ。

バッテリが小さそうだけど・・自転車なら航続距離もそこそこいくのかな。
急ブレーキや段差は、前のめりにこけるかな。


学生やポスドクを政局の犠牲にしないよう民主党にロビイングしよう

民主主義というのはそもそも一種のアマチュアリズムです。

政治家はあらゆる分野の専門家にはなれませんが、官僚やシンクタンクや現場からのロビイングがそれを補います。

それがうまく機能したとき、中央集権を超える「集合知」が発揮されるわけで、日本が中国と異なるのはその点です。

手紙を書くのはいいことかも。


「戦略的に消費者の欲求を刺激する」--電通、新たな消費者分析メソッドを開発

例として電通では、「20代女性は他の層とくらべ、『癒されたい』『好かれたい・愛されたい』『貯めたい・蓄えたい』などの欲求が強い。こうした要素をコンセプトとする新商品を開発したり、上記欲求を刺激するキャンペーンを展開することで、効果的な訴求が期待できる」と説明している。
おいらこういう手練手管に免疫がないから、簡単に乗せられていろいろ買ってしまいそう。
はっ。でもそもそもお金がないから大丈夫か。

え?お金がない人は対象外?

安心しますた。


ドラクエ9、データ改造ソフトとのすれ違い通信に警告--宝の地図の確認を

ドラゴンクエストIXでは「すれちがい通信」という機能によって、ほかの人と宝の地図を交換できる。この際、ゲームデータの改変によって入手された宝の地図を受け取り、その地図を使ってプレイすることで、そのユーザーのゲームデータにも影響がでてしまう恐れがあるのだという。
結果的にウイルスみたいな。
ゲームの世界でも、通信するからにはセキュリティホール(?)を埋めないといけないのだろか。

面倒なことだなあ。


賢明さを増した日本、幻想を抱かず投票

自立(あるいは諦め)の感覚
そういう言い廻しはきらいじゃない。
FinancialTimesの記事だそうな。


新聞のオンライン課金

デモクラット・ガゼットの課金の壁はむしろ、読者(そして、結果的に広告主)が紙媒体から離れていくのを食い止める「収益のダム」の役割を果たしているのだ。デモクラット・ガゼットがオンライン版の有料化を始めた2002年以降、新聞の1日平均発行部数の落ち込みは年間1%足らずにとどまっている。大半の新聞に比べれば、かなりましだ。
おいらは普段は日経を駅買いしているけど、実際に、オンライン記事だけだと不足する感じはある。新聞の方が、同じ見出しの記事でも詳細だし、オンラインでは載っていない記事もある。
その辺り、他の新聞社のことはよく知らないけど、有料と無料の境界をうまく作っていると思う。

その日経でさえ今年は赤字だそうだから、たいへんなことだなあ。

赤字脱却のヒントが記事の中にある。

課金の壁の導入に成功した新聞は、その地域のニュースを実質的に独占している傾向が見られる。そうした中で、およそ10万7000人のウェブ購読者を集めたメキシコの新聞社レフォルマは、貴重な例外と言える。

 同紙はニュースだけでなく、限定された求人情報も提供している。

Craigslistモデル。

ロスワードパズルの攻略法や仮想スポーツゲームは有料にしている。
これは何モデル?
それほど古くなっていないアーカイブの記事に課金している。
再読課金モデル。DBとは少し趣旨が違う。鍵は少し古いけど convenience ということか。
ニッチな手法を取る代表格は、100万人を超えるオンライン購読者を抱える米ウォールストリート・ジャーナルだ。同紙の記事のおよそ半分――一般的には金融関連ニュースとインサイダー的な企業リポート――は、課金の壁に囲われている。といっても、グーグル・ニュース経由で読む場合は無料で読める。
専門情報なら一般的に金を取れそうなものだけど、人気コラムや美術情報ではうまくいかなかったそうな。この手法は、直接金儲けに繋がる情報以外では難しいのだろうか。
ウォールストリート・ジャーナルに追随したいと考える新聞社は、興味の対象が絞られていて、かつ実用的な記事を集めたコピーを作らなければならない。
実用性が鍵なのか。
英フィナンシャル・タイムズ(エコノミストに一部出資している)は読者にいわばメーターをつけ、毎月オンラインで10本以上の記事を読む人に購読を求めている。
おお! キロなんぼの世界。水道料モデル。
記事の質を追い求める記者には噴飯ものかもしれないけど、醒めた目で見ればこれはうまい方法かも。
個々の記事に課金するやり方。これは音楽業界ではうまく機能している。
小口課金の取引コストがまだ高いので議論先行らしい。読者からすると、個々の記事ごとに何銭か払うべきかの判断を求められるのが煩わしい。決済コストの問題ではなく、読者の手間の問題から、有料パッケージか無料の両極端に収斂しそうな気がする。
最後の方法は、記事を集めるグーグル・ニュースなどのオンラインアグリゲーターに広告収入の配分を断固要求することだろう。
それができないのが、不思議というか、当事者にとっては歯がゆいことなのだろう。


水道料モデルは、思いつかなかった。


それにしても、”しゅし”を変換すると「収支」が先頭に出てくるのは、どういうアルゴリズムなんだか。IME。ほかにもこの種の変換が多い。

新しいOS出すよりFEPをまともにする方が、顧客の繋ぎ留めにはよほど効果がありそうだけど。


バフェットと電気自動車の夢またはハッタリ

面白い話をたくさん見ておかないと、面白がる能力がなくなりそうで心配だ。それが細ってしまうと面白いイノベーションができなくなり、日本企業の成長もなくなる。
電気自動車は真面目に推進してもらって構わないと思うけど、全般にこのところ、真面目深刻に考え過ぎなのが、かえってよくないのかも。

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2009.09.02

雑記090902

今朝の日経本紙「経済教室」は御厨貴さんの寄稿。
今回の一件をうまくまとめて読ませてくれている。


数十台の電気自動車の充電を駐車場で実証、経産省

へむへむ。
日産とか三菱は自社で既にやっていてもおかしくなさそうだけど。


ウィンドウズ「7」、企業向け販売開始 163社が導入表明

そういえば仕事用のパソコンが古くて遅くて。まだ3~4年しか経っていないはずなんだけど・・


確信できる日本の継続性

 しかし、日本の国民はもう20年近く厳しい時代を経験しているのに、一度も過激な政治主張に走っていない。

 その理由は、日本がこれまでの困難な経済状況に、外国人が思っているよりもはるかに巧みに対処してきたことにあるのかもしれない。

そう言われるとそうかも。
 日本人はサッカーもうまい。日本代表チームは2004年に北京でアジアカップの決勝戦を戦い、中国を破っている(そして生きて帰ってきた)。
そんなところで笑いをとってどうする。
 笑って読み飛ばさない方がいい。米国も欧州も、バブル経済の後始末や膨らみ続ける公的債務、ベビーブーマーたちの大量退職といった現実と折り合いをつけようとする時には、尊敬の念をもって日本にならうべきだろう。実際、それが欧米の未来かもしれないのだから。
あ。ここは笑うところではないのね。(笑)

実際、わしらは苦しいはずなんだけど・・・何だろうかこの微妙に緩い感じは。
あれこれ補助金が効いているのかな。



巨大地震再現(2)新耐震基準の鉄骨構造が層崩壊

e-ディフェンスの映像。鉄骨の柱脚部が座屈するところをアップで捉えている。耐震設計は、当然ながら想定地震力に対して安全なようにするわけだけど、想定以上の地震が、ある確率で起きることは否定できない。それはもう、「来ちゃったら仕方がない」の世界。無制限に補強ということもできないわけだし。

でもこういう映像を見せられると、免震か制震補強でもしておくのが妥当なような気もしてくる。


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2009.09.01

雑記090901


敗北の理由。

「政権交代」だけを選択するとは、何を意味しているのか。
式年遷宮なりよ。


mediaに中立性を期待する日本人

中立性の反対概念は党派性だと思うが、特定の組織の僕となるということであれば独立性を失うとしても、沿うではなく右翼的、または左翼的な信条をメディアとして採用するという意味での党派性は、言論機関として当然あり得ることである。
-・-・-
問題があるとすれば、党派的なスタンスをとる余り、真実をねじ曲げたり、公平でない見方をしたりすることだが、そしてそれは現実的な危険でもあると思うが、それは別問題であり、中立性とは無関係である。
なるほど。中立性と独立性という言葉の違いと使い分けがよくわかった。

半世紀も続いたことがひっくり返ると、いろいろなことを基本から見直すことができて、それだけでも有意義。


下野する高級官僚は何処へ?

恐らくこれから、大した政策立案能力も無い人々によって高級官僚が一旦は職を奪われる。そうやって政府と民間を行き来する「回転ドア」が無理矢理つくられるなら、霞が関を追われた官僚はどこに滞留するのか。次の政権で政策スタッフ復帰を目指す、あるいは中立的政策分析者として生きていくには、どうしたらよいのだろうか。
記事にはそのひとつの答えが。
なるほど。

前線に居た人たちの卓見をマスメディアで聞けるなら嬉しい。


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