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2009.06.20

「愛を読むひと」

泣ける。そぎ落とされた展開と演出の中に過不足なく全てを詰めたストイックなつくり。わずかな仕草や台詞の後ろに、言葉で説明できない多くを感じさせる。今年の五指におそらくは入る名作。邦題もすばらしい。以下ネタバレは読まずに、まず観たい。


タイトルから推して、これは愛の物語だ。実際にそうだが、もうひとつ、貧しさ故の罪と悲しみを描いている悲劇でもある。単純なロマンスでもなく単純な社会派映画でもなく、両方の視点がお互いを引き立てて、深い味わいを出している。

第二次大戦の前、おそらくは身寄りもなく、貧しさゆえに文盲であり、優れたテクストに触れることもなく育ち、それゆえ表現の仕方を知らず、結果、表面的に非情で無感動に見えてしまうような、それでいて、その無学無教養を強く恥じる、人としての姿を色濃く持った女がいる。一方、恵まれた家庭で普通に健やかに育つ、多少世間知らずの青年がいる。

映画は、二人の愛の過程に、青年から女への教養の伝達を織り交ぜた、心温まるお話として進む。青年が読み聞かせる数々の物語によって、女はもともと持っている人間らしさに目覚めていくように見える。しかしある日、女は青年の前から突然姿を消す。育ちのよい青年の未来における、自分という者の存在が空恐ろしくなったのかどうか。うぶな青年の手をすり抜けて女は行ってしまう。

時間は飛んで、戦後。法律家の卵となった青年が、法廷で、女がナチ親衛隊の看守としての罪を問われる場面に偶然居合わせることから、お話しは再開する。全体主義の罪について、それを糾弾する側の浅薄さ、罪を問われる側の醜さ、そうしたものがひととおり展開する。この中で強調されるのは、女の貧しさゆえの悲劇だ。自分が文盲であることを示しさえすれば、罪ははるかに軽くなるのだが、女はそれがどうしても出来ず、終身刑に甘んじることになる。多少でも教養ある人間であれば、損得を考えるだろう。けれども、この貧しく、しかし懸命に生きてきた女にとって、自身の無学は、人生の損得を越えて耐え難いことなのだ。そうして女は、再び刑務所の住人となった。かつては看守として、いまは囚人として。

再び時間は飛ぶ。法律家として、ぱっとしないが一応の生計は立っている、老年期のとばくちに立つ元青年は、監獄の中の女に、物語を録音して送ることを始める。無感動にただ時間を消費するだけだった女にとって干天の慈雨だったかどうか。読み聞かせる懐かしい声を、図書室の本と突き合わせながら、女は独力で文字を学びはじめ、同時に生気を徐々に取り戻していく。交流への希求と男への愛情とが絡み合って強い力を生む。ようやく書いたたった2行ほどの手紙を男の元へ送る。返事が欲しい。だが男は手紙を返す勇気まではなく、ただ録音だけは送り続ける。

20年が経ち、女の放免の日が近づく。男は惑いつつも、仕事と住処のあたりをつけて、面会に行く。この場面はこの作品の最も優れた部分だ。刑務所の中で無為に流れた貧しくひたむきな女の時間と、外の世界の男の時間との間にできたあまりにも大きな溝を、二人は感じることになる。女が牢屋の中から送った、「もっとロマンスを送って」の短い文面が、そして返事を返すことのなかった男の惑いが、痛いほどに効いてくる。
女はどう感じたのだろう。自分はこの男の世話になることはできない。貧しく懸命に生きてきた者の分を弁えねばならない。そうだろうか?

出所の日、女は、迎えに来た男を残して、またもやひとり逝ってしまう。二度と戻らないところへ。


粗筋はざっとこんなところだけれど、とても書ききれない様々な場面があって、改めて密度の高さに驚く。収容所の生き残りの少女が、女の遺品を受け取って置いた、その横にあった写真で、少女を慈しむように写っていたのは誰だったろうか。それひとつとっても、またいくらでも書くことがありそうだが、それは別の機会にしたい。

何年か経ったらまた観てみたい、心に残る名作でした。


[追記]
その後、この主人公が字が読めない理由は、難読症という先天的な障害であるらしいと知った。貧困が原因ということではないらしい。欧米にはこの障害を持つ人は以外に多いそうなので、映画を見るときは頭に入れておきたい。
試みに、上の感想文の貧困のところを難読症と置き換えてみても、この映画に感動したことに変わりはないけれど、難読症が身近にある欧米人には、より深みのある作品と受け止められるのだろう。

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