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2008.10.04

「トウキョウソナタ」

いわゆる「リストラ」は、国内の話題としてはやや旬を過ぎている。この十数年の間に、多くの業種で既に対処が済んでいて、護送船団のまま取り残されて来た産業群でもなければ、これはもう過去のトピック、というよりはむしろ、日常の風景だ。一方、海外に対しては、不思議の国でどんな変化が起きているかを伝える多少の役には立つのかもしれない。

そういう眼で見ると退屈な映画。ただし、崩壊する家族像の中で、子供を含む家族のそれぞれに均等に光をあてて、次の道を示しているようなところは評価できる。以下ネタバレ。


「あなたができることは何ですか?」「あなたがこの企業で貢献できることは何?」。これは人事屋の決まり文句だ。これに対して、客観的な物差しに基づくフリをしつつヌケヌケと(笑)自分自身をプレゼンできないと、転職にあたって人事の関門を抜くのは難しくなる。長年、そこそこいいとこ企業の総務屋だったこの家族の父は、それが出来ずに苦しむ。根が良い人であるだけになおさら。

では逆に、人事屋の一人一人に向かって「お前が出来ることを言ってみろ」と返してみたらどうだろう。おそらく、人を評価選別し教育する能力とノウハウとかなんとか返ってくるのだろうけれど、笑止。そんなものは誰かに貰った評価軸と手法に基づく単なる定型業務の一部に過ぎず、人間の評価という玄妙な行為とは別ものだ。

機械じゃないんだから。

この映画は、その辺りの理不尽さの描写にかなり力を割いているように見える。「やり直したい。どうしたらいい?」という彼の、短く苦渋に満ちた台詞は、理不尽な現実に直面しても投げ出さずに、彼の信じる価値-家族を守ること-に誠実に生きようとする不器用な人間を、正確に表した。

対して、子供たちはもう少し現実適応力が高い。親世代のように、模範的で標準的な生き方という幻想に縛られていないので、かなり自由に自分の未来を思い描いて、実行に移す。このあたりは希望というべきなのだろうけれど、それを作り手は「不協和音」と言いたいのだろうか。

専業主婦の描き方は、私にはよくわからなかった。せっかく作ったドーナツを、だれにも食べてもらえない侘しさについては、母を思い出してひたすら謝るばかり。家出するところは、かなり現実離れした感じがするが、そういうものなのかどうか。


さて、不協和音に満ち満ちたそれぞれが、しかし、子供の成長を願うという点でひとつになるエンディングは、いかにも標準的な幻想の続きを見るようだ。映画の終わり方としては定型なのかもしれないが、見ている方は少しフラストレーションが残った。「ピアノの天才」などと現実離れしたお話しよりも、小さくて日常的だが、確かな成長を感じさせるありふれたエピソードを持ってきた方がよかったかもしれない。

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