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2008.08.15

「ジャージの二人」

気取らない。人目を気にしない。けど、ださい。ジャージにはそういう属性がある。この映画は、ジャージに着替えるという象徴的な行為を通して、気取らない、人目を気にしない生き方への軌道修正の転換点を切り取って描いている。

転換点を淡々と見せているけれど、否定も肯定もしていないように見えるので、どう捉えていいものか悩む。きっと、自分の切実な問題として離婚というものに接している人なら、何か感じるところがあるかもしれない。幸か不幸か私向きの映画ではなかったみたい。
なので、以下はこの映画の本筋とはあまり関わりなく、感じたことを書くにとどめておきたい。


主人公が妻の不誠実なふるまいをふとした切っ掛けで思い出して、改めて怒りを蘇らせ、足を踏み鳴らして歩いていく場面がある。頭の中は怒りで一杯で、周りの景色は彼の目に入っていない。

そんな時でも、場所が高原の森の道なら、その怒りのほとばしりを、尽きるまで受け流してくれる自然がある。物言わぬ時間と空間の十分な広がりがある。

これがもし、街中だったらどうだろうか。そんな寛容な広がりはどこにもない。

いきおい、人は怒りの発露を自制し、心の底に澱のように溜め込むしかなくなる。それがどれほど不健康なことか。

主人公を見ていると、優しすぎ他人に配慮し過ぎるあまり、自分が不健康にならざるを得ない不甲斐なさ、のような気分が伝わってくる。彼自身がそれに気付いていて、しかし相手から切られるまで、自分ではどうしようもない。そういう煮え切らない悲哀のようなものがある。

他人に対する優しさ。自分の妻に対してさえ、そんな姿勢しかとれないところが、この主人公の間違いなのかもしれない。


でも、そういうケースは少なくないのかもしれないな。

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