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2008.08.02

「ダークナイト」

悪役ジョーカーの役作りがもとで体調を崩し他界したヒース・レジャー。ほんとに死んでしまう奴があるかよと思うのだが、本当らしい。いざ観てみれば、噂に違わずジョーカーが凄い。この言いようのない狂気だけでも観る価値あり。

そして、まるでジョーカーの狂気に呼応したかのようにおずおずと現れるあるものを、観客は映画館で見ることになる。それがこの映画のクライマックス。バットマンは確かに良い素材だけれど、それをここまでのお話しに昇華させた作り手に拍手を送りたい。劇画的な部分は確かに残っていて格調高いというものではないが、入魂の遺作であることは間違いない。以下ネタバレ。


悪というものは善と同じ次元にあって、善と同様に目的を持っている。寓話的に言えば、例えば、人の魂を手に入れるのが両者の目的だ。しかしジョーカーにはその「目的」がない。ように見える。強いて言えばゲームをするのが目的か。悪魔的なゲームを。

「最も大切なものをひとつだけ選べ。他の全てと引き換えに」。ジョーカーはそんな問いを、手を変え品を変え繰り返し人々に突きつける。普通、そんなことは極力曖昧にしておきたいものだ。なぜなら、誰でも最後には、自分の見栄、自分の利益、自分の命を優先するだろうと漠然と感じていて、それは善悪いずれかと問われれば、悪の方に入ってしまうだろうと知っているからだ。だからこそ我々は、ルールという檻を外部化し、自ら進んでその檻に入ることで、触れると痛い曖昧な部分を意識せずに済むようにしながら日常を過ごす。

ジョーカーは、その曖昧にしておきたい部分を突いてくる。計画的に、畳み掛けるように、楽しみつつ。ジョーカー自身が悪であるというよりは、ジョーカーによって暴かれる自らの悪を、人々は恐れるのだ。とはいえ、これをゲームとして楽しんでいるジョーカーが悪魔的であることは間違いない。人々がなぜ自分と同じように、この目的のないゲームを楽しまないのか、訝しむフリさえする。
"Why so serious son ? Why so serious son ? Why so serious son ?"

さらにジョーカーは、ルールという檻そのものを嘲笑う。ゴッサム市警当局と街のギャングが実は同じ穴の狢であることを公言し、檻そのものが腐敗しているのにそれに縋り付く愚かしさを嗤う。自らの本源的な悪を暴き立て、縋ろうとする檻さえも破壊するジョーカーの策略に、登場人物たちは翻弄され成す術もない。

ヒーロー達の無力を知って、街から逃げ出そうとする人々を満載した2隻のフェリーに、ジョーカーはここでも同じ選択の罠を仕掛ける。ヒーローでもセレブでもないただの市井の彼らはこのゲームの格好の餌食だ。とジョーカーは気軽に思ったはずだ。
しかし。

ここからは映画館の大きなスクリーンでしっかり観たい。


名もない人々の選択をお話しのクライマックスにもってくることで、この映画はあるいはバットマン映画の枠組みを踏み越えたかもしれない。けれども、その貴重な選択を、全てと引き換えに守る立場にバットマンを置いたことで、再びこの、異形のヒーロー"The Dark Knight"にしっかり焦点を戻した。

最後にジョーカーが言ったとおり、バットマンあってのジョーカーなのだ。善と悪の間でさえ普通なら成立するはずの暗黙のルール。街の裏側のルールを取り仕切ることで利益を得ているギャングたち、あるいは倫理のかけらもなく、計算高さを鼻にかける中国企業、そうした普通の悪人達でも守っている不文律。越えてはいけない一線が、彼、ジョーカーには無い。なぜそれが可能かと言えば、それでも止める絶対者としてのバットマンが居るからなのだ。その点を見れば、この映画は、前作 "Batman Begins" からさらに進化したと言ってよい。

その絶対者たるバットマンさえ、仮面を脱げばただの人。彼を支える老執事の隠れた気遣いが、よい味わいになっている。この二人の掛け合いは、バットマンシリーズに奥行きを与える隠し味だ。


それにしても、ややこしい理屈抜きで、このジョーカーの演技は凄い。いや、ヒース・レジャーの演技か。もうなんだか役者と役が同化してしまっている。この「狂っている」感じは空前にして絶後。冷静に状況を読み相手を罠にはめる頭の冴えは狂人とは思えないのに、なにかごく小さな、しかし大切な部分が狂ってしまっていて、取り返しの付かないものが生み出されてしまったような怖さ。その小さく狂った部分の露出が絶妙。これまでのジョーカーといえば、極厚の化粧で高笑い、時々感情を激発させ粗暴さを見せるだけのこけおどしのキャラクタだったが、これはそんな安手のものとは全く違う。正直なところ、日本語吹き替えでは、このジョーカーを表現するのは無理なのではないか。

そのほか、アーロン・エッカートの目がぎらつく感じは、今回の彼の役回りにぴったり。
そして何といっても、クリスチャン・ベールとマイケル・ケインのコンビは最高。

究極のバットマン映画を観たと、「ビギンズ」のときには思ったけれど、もう一度言わざるを得ない。クリストファー・ノーラン監督は、前作にも勝る究極のバットマン映画を再びつくってみせたと。

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