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August 2008

2008.08.31

「TOKYO!」

3本の短編を連ねた作品。それぞれ単独の作品としてみることも、相互に繋がりがあるように観ることもできそう。以下ネタバレ。

1本目は、人ひとりひとりに、目に見える「役割」を求め過ぎる東京という都市への批判。2本目は、東京が都会に似合わず閉鎖的であることに対する過激な異議申し立て。3本目は、引き篭もりが少数派から多数派になった東京で、引き篭もり先駆者が愛(性愛)の力で殻から脱するお話し。ごく普通に観るとそんなところだろうか。

いずれもテーマとしてはやや陳腐だが、それぞれ奇想を織り込んで観る側の興味をうまく引いた。

1本目では、人が徐々にあるモノに変化(へんげ)してしまう。モノが歳月を経て意思を持ち言葉と妖力を操るようになるのは日本の妖怪譚ではよくある話しだが、その反対というのはやや珍しいように思う。アポロンに追いかけられて月桂樹に姿を変えたダフネの話しくらいか。その変化の意外性が面白かった。この作品では、追いかけられてというよりは、捨てられ見放されて、というところが異なるけれど。
結局、表面的にはモノに変化した彼女は、たまたま拾われた男の家で、夢にまで見た勝手放題な生活を楽しむところで映画は終わる。これはあるいは、日本の都市における「妻」というものを象徴しているのかもしれない。最近どうも、そうでもなくなってきたとは思うけど。

2本目では、東京の同質空間に対する嫌悪が昂じて破壊衝動を炸裂させる怪人の話し。彼を捉えて死刑を宣告する人々に対して、彼は断固反対を唱える。爆弾で大勢の人を殺した彼にして、反省の言葉はない。死刑制度には当然反対。菊とかお札を食うのは象徴的な意味があるのだろうけど、ややはずしている感じ。東京人がいまのようであるのは、地味豊かな欧州の人には推し量り難い理由がそれなりにあると思う。

この作品では、怪人はかなり暴力的な手段に訴えてくるのだけど、そういえば今日の日経の「経済論壇」に面白い意見が紹介されていた。「そもそも人を踏みつけにしておいて、今度は逆に踏みつけられた側から反撃をくらうことを考えていないとすれば、あまりに考えが甘い」そりゃそうだ。次作はニューヨークが標的だそうだから期待しておこう。

3本目は、引き篭もり10年選手の彼が、ピザ配達の彼女の白いフトモモにくらりときて雲から落ちる、ではなかった、家から遂に外へ踏み出すというお話し。そういえば引き篭もりって一種の仙人みたいだなどと思ったりする。この作品は、お話しの展開点での「ボタン」の使い方がいかにも現代風で面白い。地震を物事の切っ掛けとして使っている点も、東京に固有の風土をうまく捉えている。

3本通してみると、理解できないものが身近に存在することを許さず何らかの社会的役割を無理にでも割り振ろうとする東京という都市の閉鎖性を糾弾し、かといってそれにへたに反撃すれば死刑の憂き目にさえ合いかねない非人道的な風土を指摘し、その両側の恐怖に板ばさみになった人々が引き篭もりに走るのは、むしろ当然であるけれども、その状況を打破するのはつまるところ愛であーる。
といったような映画なんでしょうか。どうなんでしょう。

特にお勧めはしないけれど、3本目は香川照之と竹中直人という濃ゆいひとたちにはさまれた蒼井優のこれまた濃ゆい存在感がよいです。

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2008.08.29

雑記080829


本人確認義務のナゾ2(本人限定受取郵便)

これはちょとメモ。
本当かどうかは様子見だけど、ネットを補完する、というか、ネットと既存の仕組みの間を埋めるサービスが本格化するのならありがたい。


中国現地法人で起こる経理偽装

合弁ではなく日本の100%出資会社であっても、経理責任者はほとんどが現地スタッフであり、ローカル会計事務所とタックを組めば、日本の親会社に実態を隠すことは容易なことですし、悪意がなくとも親会社に送付される月次試算表はあまり使い物にならないケースが多くあります
たいへんなんだなあ。


若者がモノを買わない理由-「インターネット依存」、「低い上昇志向」

>“素晴らしい自分”イメージを想起させることが有効であると考察している。

催眠商法ですね
わかります

笑。
賢い消費者になってるって事じゃないか。
むしろこれは、ほめるべきだろ。
そういえば、この本が割りと良かった。
凡人として生きるということ (幻冬舎新書


ココログ改悪 9/2から1ファイル1MB縛り 引っ越し先を探します

どうしようかな。
記事を引っ越すのは面倒ではあるんだけど。

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2008.08.28

Office2007を入れてみた

UIのリボンがどうとかいう話しをネットで読んだりしていて、ジュラシックパークの最後のシーンで雄叫びをあげるティラノサウルスの前を横断幕がひらひら落ちていくシーンを思い出していたのは、この私だ。

そんなものが画面をひらひらしていたら、使いにくくてたまらんと思っていた。

いざ開いてみると、なんのことはない。
ツールバーが太くなって、コマンドアイコンが2段で並ぶようになっただけだった。
こんな程度のことにわざわざ「リボン」などと変な名前をつけないでほしい。紛らわしいこと夥しい。


とりあえずEXCELとPowerPointで適当な作業をしてみる。クリック回数は明らかに減って楽になった。コマンドの名前も2003を踏襲しているので、ほとんど迷うことはない。アイコンの場所さえわかってしまえば、これまで通りの使い勝手。拡張子が、".xlsx"のように、最後に"x"が付く。これが問題になるような場合は、2003完全互換のフォーマット".xls"でファイルを書き出せるので、それで対応ということになる。(でもそうすると2007にする理由が・・(笑))

VBAマクロはいまのところ問題なく動くみたい。
ACCESSはまだ試していない。

ともあれ、いろいろ言われているようだけど、私的には、全く問題なさそうな感触。

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2008.08.27

雑記080827


米TIME誌も「世界一クール」と絶賛!アフリカで売れまくる住友化学の“蚊帳”

防虫剤のスローリリースができるオリセットネットは、洗濯しながら5年間の使用に耐えるとあって、マラリア対策向けに需要が一気に拡大。2004年には、米タイム誌の「世界で一番クールな技術」にも選ばれた。
-・-・-
住友化学では、蚊帳事業はもっぱら「社会貢献が目的」(米倉弘昌社長)と考えている。だが、主な購入先となっている国際機関からは、適正な利益は確保するよう要請されている。というのも、事業継続ができなければ、蚊帳の供給も止まってしまうからだ。

 そのため、住友化学では「いったん上がった利益は学校建設などの形で、再度地域に還元することにしている」(米倉社長)という。

おまけに、現地生産で雇用にも貢献。
素晴らしい。


インターネットと英語

彼はアップルのiTunesで、米国TV番組を購入している。米国での放送より1日遅れで、人気ドラマを視聴できるのが嬉しいらしい。しかし、英語なのでストーリーを100%理解することができない。
もう一人のおいらがここに!


NTTが“整理券”発行システム 世界初 来月、搭載機器を発売

短時間にアクセスが集中しやすい災害情報を提供する自治体などに採用を働きかけ、初年度で9億円の売り上げを目指す。
なるほどそういう需要はあるかも。

本当は、スケーラブルな大規模データセンターを安心してシェアできるのが一番いいのだけど。
まだかなり先の話しか。



確かに一理!「報連相なんてムダ!」という外国人ビジネスマンの言い分

ほうれん草は、埋もれている他人の知恵を引き出すという点に意義がある。とはいえ、それをやっていさえすれば仕事をした気分になってしまうという副作用はある。

手段が目的化するとろくなことはない、という、ありがちなお話し。


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2008.08.26

雑記080826

配達記録が廃止だそう。
ちと弱った。簡易書留値下げが抱き合わせだけど、それにしても1通210円→300円の値上げ。
大口ユーザには痛い。


太田誠一氏の「政治団体事務所」は隣の家だった

きょうは朝から新聞・テレビが12社も自宅に来て驚いた。なんとうちの大家さん(中里浩氏)が太田誠一氏の農相秘書官で、その自宅(わが家の隣)が太田氏の政治団体の事務所だったというのだ。
吹いた。
太田氏側は「活動の主たる担当者である秘書官の自宅を事務所とした」と説明しているそうだ。しかし私は隣に7年間住んでいるが、この家で政治活動が行なわれている形跡(ポスターなど)を見たことがない。そもそも家族以外の人がこの家に出入りしたのを一度も見たことがない。
うーむ。これはとんでもない隣人に監視されてますな>農相。
グーグルストリートカーの1000倍は危険。(笑)


あたまのわるさリターンズ

膨大な情報の検索が可能な世界では、自分の狭いスケーリングにしたがって情報をつまみ食いすることが可能であるから、狭いスケーリングの世界に実に複雑なフィクションを構築することができる。
これは気をつけないと。そういえば、サイバーカスケードとか声高に言われていたけど、最近は下火なのかな。適応したのだろうか。

真実を探求するココロというものが、ひとつの回答だけれど、世の中にはポジショントークしかない、などという意見もあるらしかったりして、悩む。


「バブル」崩壊を祈るしかない?

アメリカ経済がどうのこうのとか、中国のオリンピック後の経済の行方を懸念する声がありますが、なにか変ですね。本当に心配しないといけないのは足下の日本経済のほうだというのに。
輸出企業の目で見ると、国内よりも中国と米国が大切、ということかも。
日経がそういう記事で埋め尽くされるのは当然だからいいとして、ほかのメディアはどうなんだろう。


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2008.08.24

「12人の怒れる男」

チェチェン出身の少年が起こしたとされる殺人事件をめぐって、12人の陪審員が喧々諤々の議論をする。その中で、彼らそれぞれの過去や背景がひとつひとつ語られることで、ロシアの今がおぼろげに見えてくる。映画という形式をとってはいるが、小説や舞台にしても十分に味わえそうな、内容のある一本。リメイクの元となった作品を観たことはないが、これは今年の十本の中に入る力作。以下ネタバレ。

男達それぞれの述懐がたいへん興味深い。1人が自分語りをし、他の11人がそれを聞く形が基本だが、聞いている男達の中から、「実にロシア的な話しだ」という反応が出るように、それは、近代的な法治国家のビジョンを一皮剥くと現れる、より古い社会通念の総覧でもあるかのうよう。「ロシア的」というところを「日本的」と置き換えてみれば、こうした構図は我々にもそっくりそのまま当てはまる。聞いていて、私はロシア人というものに深い親近感を覚えた。

その上、ロシアは少数民族を抱える多民族国家でもある。この事件自体、チェチェン紛争で孤児になった少年が、彼を拾って義理の父として育ててくれたロシア軍将校を殺害した嫌疑を掛けられているという設定だ。ほかにも、カフカス(コーカサス)地方出身者、ユダヤ人などが居て、議論に感情的な翳を落とす。

当初は、有罪が圧倒的だった議論が、徐々に逆転し、最後は議長役の一人を除いて無罪の結論に至る。その最後の一人が被告の少年を有罪とする理由は、今のロシアの深い闇を窺わせる。そういえばここまで、議長役の彼だけが、自分語りをしていない。

彼はただ、自分の本当の身分を明かし、深い苦悩の表情を見せるだけだ。そこには、あるいは、武力紛争の当事者として他の11人には窺い知れない経験が刻まれていただろうか。

彼が下した最後の決断と行動は、その経験の重みに支えられているように見える。他の11人に無く、彼一人だけに有るものだ。その彼が、最後の票決を前にして11人に向けた言葉は、ロシア人への痛烈な批判となっている。いや、ロシア人だけでなく、世界中の観客へ向けた問いでもある。

ロシア的なものを観ていながら、その実、もっとずっと普遍的なものを見せられたような、味のある一本でした。

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2008.08.23

「セックス アンド ザ シティ」

TVドラマの方は見ていないので、映画に限って言えば、働く女達が主役の元気が出るお話し。女の本音の感覚が出ていて、男にとっては仰天もの。そこはいくらなんでも厳しすぎというか、はっきり言って君も相当悪いんじゃないのと、男としては思わず意義申し立てしたくなるが、そこは黙って聞いて・・いや、鑑賞してやるのが男の度量というものか(笑)。以下ネタバレ。

不惑とか知天命にもなって、あのパワーというのは何だろうと思う。その不惑の割りに、恋愛初心者みたいな間違いに気付かないのは、まあお話しだからか。
4人の女友達のうち、今回の主役といえるジェシカ・パーカーは、おそらく非常な努力を積んできて、今の仕事や地位を保っている(という設定)なのだろう。けれども、思うに、努力したことと、苦労したこととは別物だ。努力が常に結果で報われているうちは、実は苦労はあまりしていない。努力に見合わない残念な結果が積み重なることを、苦労と言う。

そして、多くの場合、苦労を積まないことには人の考え方に広がりは出にくい。上手くいっているうちは考え直す必要がないのだから、当然だ。

ジェシカは四十而不惑にもなって、それを身をもって知ることになる。よかったよかった。そのまま年寄りになってしまったら、取り返しの付かない嫌な奴になるところだったよ(笑)。5ヶ月考えて、雑誌を触媒にはしたものの、自分を客観化することができた。偉い。

というわけで、出だしは彼女を中心に4人の女の傍若無人にいささか辟易させられ、中盤はその反動で凍りついた女の恐ろしさに震え、終盤はやっぱりそうなるよねと怒涛の安堵に浸る、うまい話しの運びになっている。

どのパートにも、そうはいってもブランド大好き散財大好きおしゃべり大好きな女達の屈託のなさがちりばめられて、よい感じのエンタテインメントに仕上がった。むしろ、そちらの方がこの映画の真価かもしれない。
男の観客は少なかったけど、観方を工夫すれば楽しめる映画になりそう。
私は結構楽しめました。

そうそう、日本語公式サイトの「特番映像」などもよかった。

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2008.08.22

役割と和

仕事場が移転した。

引越し屋を見ていると、考えなくてもFILOが身に付いているのがわかる。手際よくモノを出し入れしていくので、見ていて気持ちがいい。こういった息の合ったプロ集団に、横から素人が力仕事を手伝おうなどと持ちかけるのは、失礼ともいえる。息の合っていない者が混ざって怪我でもされたらたいへんなど、いらぬ気苦労を負わせることになるからだ。別の言い方をするなら「足手まとい」。

むしろ、クライアントとして求められている情報を迅速的確に出すことで、彼らの仕事が速やかに手戻りなく進むように援ける方が、よほど役に立つ働き方といえる。

根強い「なんでも平等」意識とは、どうやっても馴染まないスタイルだけど。


昔も今も、職人はそうした「役割」意識を体得していて、ほどよい「和」の中で仕事を進めたものだけど、抽象的で機械的な「平等」意識は、そういった「和」の感触とは、かなり遠くにある感じがする。
「封建的」と「和」とは異なるものだと思うけど、歴史的経緯からか、ある種の誤解が続いた時期があったのかもしれない。

そろそろ、誤解はお終いにしたい。

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2008.08.21

雑記080821


メモ。

フリーライセンスに大きな法的勝利

組織におけるCCライセンスの採用をこれまでよりもずっと容易なものにすることが期待できる。
だそうです。

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2008.08.18

不戦の理由

終戦記念日に思うこと

日本人がこの半世紀で失ったいちばん大きな社会的能力は「負ける」作法とたしなみである。
より正確に言うと、他人がある一つの評価軸で優れていることを容認する度量を失った、というあたりか。評価軸なんていくらでもあるのだけど、なかなか人の視野というのは広がらないし、嫉妬の感情もなくならない。

上田に立ち寄ったとき、近郊に「無言館」という展示施設があるのは知っていた。知りつつも、見にいくのはやめておいた。その理由は、上の記事と多少関係があるかもしれないので、簡単に書いておきたい。


私達が、戦争はもうこりごりだ、と思う理由は何か。
戦争の被害はこんなにひどいからいやだ、という点が、これまでは第一に挙げられてきたように思う。戦争体験の悲惨さを展示して後世に残そうというものは、そうした意図で不戦の誓いを新たにするために作られている。と思う。

しかしながら、では、戦争でいい目をみられるとしたらどうなのか。そんなことは有り得ないとは言い切れない。前線はともかく、後方で戦争の果実を受け取って目や耳を塞いでいるうちは、戦争は悲惨だとの認識は薄いはずだから。勝った戦後ならなおさらのことだろう。

あるいは、戦争の実体験が風化した後はどうなのか。そうさせないように展示館などを作っているのだとは思うけれど、どうやっても実体験世代とその後の世代とのギャップは埋めようがないだろう。

そうしてみると、悲惨さを不戦の理由に据えることは、必然性や持続性が薄いように思える。


これまでは、それでもよかった。2世代くらい前の人たちから直接体験談を聞いて、戦争を憎む気持ちを持つことができたから。でも、これからは難しいだろう。戦争があったことさえ知らない若者もいるように聞く。

なにより、悲惨な目に会う(会った)からやめておこう、という理由は、例えば坊主が見たことも無い地獄のイメージを振りかざして人を脅すに似て、要するに脅迫であるに過ぎない。そのやりくちは、どうも好きになれないし、何か重要なものを取りこぼすように思う。


不戦については、何かもっと前向きで普遍的な理由が、これからは必要になると思う。それは、表向き正義の名で行われる戦争や、表向き防衛の名で行われる戦争についても、納得のいく結論をもたらさなければならない。

それは、どこか深いところで、評価軸の多様化と繋がっていそうな気がする。

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2008.08.17

雑記080817

昨日だかの新聞を読んでいたら、北海道でだけ、なぜガラナが普及したのかという話しがあった。コカコーラが上陸するのが、本土に比べて一ヶ月遅れたので、ガラナという新製品のマーケティングが間に合った、ということだった。

先月以来の疑問が解けてよかった。


Lightning Strikes(その3)

キャンプへ行くと、1本松みたいな大樹の近くにテントを張る人を見かけるけど、危ないから気をつけませう。伝道体かどうかよりも、尖っていて高い位置にある方が危ないそうです。

雷雨のときに、ポツンと生えている高い木の下に雨宿りとかも、やられそう。


お盆休みもこれで終わり。


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「ハムナプトラ3」

「2」までのパワーはどこへ行ってしまったのかと、少し残念。ゲテモノの敵を火力で押しまくる爽快さが影を潜めて、代わりにホームドラマが前面に出てきてしまっている。このシリーズでそんなものを観たいわけじゃないのだけど。以下ネタバレ。

これはマーケティングの間違いなのか。「とっとこハムナプトラ」にあっては、乾燥したミイラをバリバリ倒すところが重要なのであって、それ以外は添え物のはずなのだけど。ところが、プロローグは別として、映画が始まってかなりの間、家族劇のようなものを長々と見せられる。始まってからだけでなく、途中でも。何か勘違いをしていると思う。

「より幅広い客にアピール」とかなんとかの、えせマーケティング屋さんの話しにのせられてしまったのだとしたら残念。確かに、普通は映画館なんて年に数えるほどしか行かないのが普通だろうから、1本にいろいろ詰め込みたい気分はわからないではないけど、却って作品をつまらなくしてしまう。

ということで、ちと期待はずれの一本になってしまいました。

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「クローン・ウォーズ」

スターウォーズシリーズの外伝風の小品。アナキン/オビ・ワンの迷師弟コンビ(笑)と、アナキンのパドワン(弟子)として派遣されてきた新人アソーカの3人の活躍を描く。ジャッバ・ザ・ハットやアミダラ姫はじめお馴染みの面々も登場。シリーズは一応完結したけど、時々思い出したように外伝を見られるのはうれしい。

全編CGの予告編を見て、なんじゃこりゃと思わないではなかったけれど、実際に観てみると違和感はほとんどない。スターウォーズサーガのファンならば見て損はない一本。以下ネタバレ。


このシリーズ独特の雰囲気を壊さずに、外伝らしく微妙に洒脱な空気を出すのに成功している。アナキンの真面目ぶりは相変わらずだが、アソーカにからかわれて内心むっとしているあたりの感じとか。本編の登場人物の性格などは、確立したそのままで、そこに、本編には無かったキャラクタからの視線を当ててみた、といった処理が巧み。
それにしても"SkyGuy"の訳が「スカ○○○○」(笑)。「スカイ坊や」とかより、なるほどぴったりくる。上手い。

その、新弟子アソーカに手こずる愛弟子の様子を楽しんでいるオビ・ワンもいい味を出している。「アナキン行くところ花火あり」とか何とか、本編では考えにくい台詞だが、この小品の中ではしっくりくる。なんと言っても、このおやじの寄り目が可笑しいです。

アソーカは、優秀だけど若さゆえの未熟さと無鉄砲さが同居している、典型的な「かき回し」キャラ。本編は一応「神話」だから、こうしたキャラクタが出てきてもちょい役にしかならないが、それに主役級の焦点を当てられるところが、本編には無い外伝の良さ。

そして、どのキャラクタも出すぎず引っ込みすぎず、絶妙のバランスでストーリーを盛り上げている。このあたり、ルーカスのチームには、語り手として優れた人がいるように感じさせる。


パチモンと勘違いされそうなCGの絵だけど、これは紛れも無く「スターウォーズ」の大河を彩る上質のエピソード。他の失敗気味のアクションアドベンチャー系シリーズものに比べて、古さを全く感じさせない基本設定の優秀さと作り手の手腕に、今回も脱帽です。

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2008.08.16

雑記080816


オリンピックは全部CGにしろ

今から押井守監督をオリンピックの総合芸術監督に据えて、万が一東京に決まったら、メインスタジアムを東京湾に浮かぶ超巨大な多層建造物にしたらどうかと思うわけです(通称“方舟”)。
このアイデアに3票。景気対策という名で全国に薄く広くばらまきをするくらいなら、東京湾人工島計画に国家予算を集中してつぎ込む方が、きっとよい効果があると思う。
それで開催地の選考に落ちたら落ちたで、オールCGで虚構の東京オリンピックを製作して開催したことにすればいいんですよ。
第二回東京オンリーピックと共催でもよいでつ。

米連邦巡回控訴裁「Artistic Licenseは法的に有効」

レッシグ先生は"This is huge."とコメント.各自由ライセンスが設けている「条件」(conditions)を守らなければ,それはすなわちライセンスが破棄され,著作権侵害となる,というGPLやCCの理論が認められたとしている.
メモ。
普通の著作権ならば、期限が切られている筈だ。(長いとか短い、伸ばすとか縮めるといった話は置いといて)ならば、Artistic Licenseにも、その期限が適用されるのだろうか?

例えばの話「GPL期限切れのソフトウェア」みたいな物が今後出てくるんだろうか?

なるほどなー。


男子柔道で石井が金、異色の21歳が日本最後の砦守る

日本人以外の選手の、足へのタックルなんか見ていると、「それ柔道なのか?」と思う私は、生粋の日本人でつ。それでも勝つには、こちらも変わらざるを得ないのか、それともルールの方を変えるべく政治力を発揮すべきなのか。

私は、スパッと一本鮮やかに決める柔道を楽しめるように、ルールを変えた方がいいと思うけどなあ。タックルしたい人には、レスリングという競技があるのだし。


「仕事中はうつだが、それ以外は元気」という新型うつ

こういう話題だと、ギョーカイの人は盛り上がるなあ。

ディスカッションの基礎資料として、諸外国の状況はどうなっているのか、知りたい気もする。
この職業に特有の症状なら、日本に限らず起きているはずだし、そうでないのならば「日本的○○」を疑ってみる、という思考のルートが見えるはず。


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2008.08.15

「アフタースクール」

ひと月くらい前に観て、感想を書きそびれたまま時間が経ってしまった。覚えている印象だけ書く。
凝ったミステリ。最初に謎を投げかけて、登場人物に謎解きをさせながらお話しを構成。その中のところどころに、作り手の主張も織り交ぜる。

最初は、裏家業の男の言いなりに動く世間知らずの高校教師という構図をじっくり作りこんだ後、最後に、実は最初から警察に協力しつつ動いていた教師と、まんまと泳がされ罠に嵌められた裏家業の男+ヤクザ、という主導権の逆転を見せる。このあたりがうまい。

教師というものは世間知らずで閉鎖的という観客の一般認識にぴったり沿って話しを進めておきながら、最後にそれをひっくり返すことで印象が深まった。その、逆転が露わになったときの教師の台詞がいい。「どこのクラスにもお前みたいなのが居るんだ。授業や学校がつまらないと言っているけど、つまらなくしているのはおまえ自身なんだ」とか何とか。この辺記憶が怪しいけど、なかなかいい台詞だった。

これだけで済めばよかったのだけど、直後に大分県の教育関係者の贈収賄が明るみに出てしまって、せっかく改善した教師に対する印象は、再びもとの木阿弥に。

残念なタイミングでした。


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「スターシップ・トルーパーズ3」

数週間ほど前に見て、感想を書きそびれていた。
このシリーズの枠組みを踏み外さず、きっちり作った3作目。この調子だと10でも20でもつくれてしまいそう。以下多少ネタバレ。

ハインラインの原作がどうだったのか、もう覚えていないけど、こういう皮肉な感じだったろうか。

映画は、「アメリカの時代」の到来に立ちふさがるあれやこれやを、おぞましい敵バグスに見立てて、それを撃破するわれらが海兵隊の戦いを描く、という感じ。登場人物はマッチョな前線指揮官と友人の指令官達。今回は、軍首脳部の陰謀や裏切りなど絡めつつ、新兵器を2種類も投入して、大サービス。

3作目の特徴として、宗教を登場させている。軍を象徴するような役回りのタフな女戦士を、最初は無宗教的な立場において、宗教掛かった他の登場人物をこきおろしておきながら、最後の絶体絶命のピンチで自分の無力を体験させて、信者に衣替えさせる。これは皮肉と受け止めてよいのだろうか。

でも、このシリーズの進み方からすると、この女戦士が、次作でも活躍しそうなんだけど。神とバグ。そして人間。難しすぎる。

バグズ軍の新兵器、というか新人(笑)としては、スコーピオンという戦車級の強力バグと、呼び名は忘れたけど、バレーボールほどの自爆バグがあった。手投げ弾のように塹壕に放り込まれてくる自爆兵なんて、まったく洒落にもならない。ここにも皮肉が感じられる。

作り手側のコンセプトは、この材料で実は時事評論をすることらしいと、今回はっきり感じました。

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「スカイ・クロラ」

戦闘機が空を舞う美しさを堪能するための映画。お話しは添え物と思うのが吉。以下ネタバレ。

もちろん、雲の上の世界の映像が柱で、それだけで十分楽しめるのだけど、それ以外にもお楽しみがいくつかある。まず、菊地凛子の声を使ったこれはツンデレ映画である。次に、クローン技術の光と影のサワリをちら見せするSF教養映画である。さらに、七転び八起きで高い峰に挑戦し続ける能天気な青春映画(笑)でもある。そして、いつものように思わせぶりな精緻な静止画で独特の間をつくる、まぎれもない押井映画なのである。

一粒で3.5度くらい美味しい。
でも見る人によっては何の価値もないかもしれないので、誤解のないようにおながいします。

私は「天使と卵」みたいな意味不明で脂汗が出るような方が、どちらかというと好きかな。

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「ジャージの二人」

気取らない。人目を気にしない。けど、ださい。ジャージにはそういう属性がある。この映画は、ジャージに着替えるという象徴的な行為を通して、気取らない、人目を気にしない生き方への軌道修正の転換点を切り取って描いている。

転換点を淡々と見せているけれど、否定も肯定もしていないように見えるので、どう捉えていいものか悩む。きっと、自分の切実な問題として離婚というものに接している人なら、何か感じるところがあるかもしれない。幸か不幸か私向きの映画ではなかったみたい。
なので、以下はこの映画の本筋とはあまり関わりなく、感じたことを書くにとどめておきたい。


主人公が妻の不誠実なふるまいをふとした切っ掛けで思い出して、改めて怒りを蘇らせ、足を踏み鳴らして歩いていく場面がある。頭の中は怒りで一杯で、周りの景色は彼の目に入っていない。

そんな時でも、場所が高原の森の道なら、その怒りのほとばしりを、尽きるまで受け流してくれる自然がある。物言わぬ時間と空間の十分な広がりがある。

これがもし、街中だったらどうだろうか。そんな寛容な広がりはどこにもない。

いきおい、人は怒りの発露を自制し、心の底に澱のように溜め込むしかなくなる。それがどれほど不健康なことか。

主人公を見ていると、優しすぎ他人に配慮し過ぎるあまり、自分が不健康にならざるを得ない不甲斐なさ、のような気分が伝わってくる。彼自身がそれに気付いていて、しかし相手から切られるまで、自分ではどうしようもない。そういう煮え切らない悲哀のようなものがある。

他人に対する優しさ。自分の妻に対してさえ、そんな姿勢しかとれないところが、この主人公の間違いなのかもしれない。


でも、そういうケースは少なくないのかもしれないな。

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2008.08.14

雑記080814

ツーリングから帰って、毎度ながら東京の蒸し暑さにやられて、昨日は終日映画館で涼んでいた。のだけど、ここ数年、毎年ひどく蒸すので、体が慣れてきた感じもする。無駄に抵抗することを諦めて、無視する感じというか。


オーガニックは本当に体にいいのか:The Omnivore's Dilemma続き

(ちなみに、少なくともアメリカでは、農業というのは実は耕地面積を増やしても効率化せず、小規模な農家の農地の方が生産性が高い、という話も載っている。じゃぁどうして企業として運営される大規模農家が多いのかというと、マーケティングと流通コストだそうな。)
耳寄りな話。してみると、小規模高効率農家でネット通販特化というモデルが成立する余地がある?。するとそのモデル対象にアグリゲートサービスができる?。それを中核に、今度はそういうモデルの農家対象に小さい農機具とかあれやこれや売るオンラインショップができる?。

ネットの普及と小口配送サービスの充実に乗って、マーケティングと流通のコストを劇的に下げる、というのが定石。
あやしいけど、できたらいいなあ。ていうか、ショッピングモールは昔からやっているかな。


『学び合い』フォーラム

親や教師が「非言語的シグナル送受信の熟練者」であれば、子どもたちはすみやかにそれに習熟する。
互いにわずかなサインで意思疎通ができるようになれば、大声を出したり、走り回ったりする必要はない。
問題行動を起こす子どもも親たちはかなりの確度で「非言語的コミュニケーション」能力が低いと考えられる。
ボディランゲージがわからないというケースは多そう。言葉が過剰なのか。

わかっていて無視するというスタイルも。「口で言わなきゃわからないでしょ」とか多いなあ。と思ったら、記事の中でそれにも触れている。

この記事は全体にたいへん興味深い。微妙な呼吸について触れているあたりとか。


空気を読む能力を育てることは重要。
その空気に沿うか異を唱えるかは、各自の判断。


「CNN.com Daily Top 10」のメールの先には「トロイの木馬」が

送信者でソートして、まとめて迷惑メールに登録しているのだけど、それでも新手のメールアドレスを使って毎日大量に送ってくる。もしかして、「悪の大キャンペーン期間中」(笑)とか何か、あるのかな?


取材する力と、グーグルの成功譚と・・

広告で事業を支える「メディア」のもつ、根本的な矛盾でもあるように思う。お客さんは、本来コンテンツの中身を求めているのに、商売はコンテンツの中身の価値ではなく、広告という第三の面で稼ぐという矛盾がある。かといって、コンテンツの価値をいくら高めても、お客さんがそれをお金を出して買ってくれるほどまでの単価には至らない。ネット上で有料サイトがことごとく失敗していることからもわかる。
そうなんだよなあ・・

どうしたもんだろうか。

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2008.08.13

信州高原行080813

キャンプ場は、山暮らしの長そうな年寄り夫婦と、その息子さんらしき一家が切り盛りしている。出発間際に、トマトとコーヒーをご馳走になって、少し話しをする。冬はキャンプ場を閉めて下山するが、それ以外はここで過ごしているそうな。羨ましい限り。

毎日森の中で過ごすというのはどういう生活なのだろう。たまにレジャーで来る私のような者には見えない苦労もあるのだろうな。リピーターが少ないのが経営上の課題のようだった。確かに、ツーリング者なら、一度通ったところはなるべく避けて、新しい道を通ってみたくなるものだ。例外的に、昨日の本沢温泉のように、そこがツーリングの目的地になる場合を除いて、特色を出し辛い場合は、リピートは期待できないかもしれない。

この辺りは八ヶ岳中信高原国定公園の中のようだから、たぶん、キャンプサイトや周辺の森も、手を入れるのに制約は多いのだろう。人の手があまり入っていないことに価値があり、同時に思うような整備が難しい二律背反ではあるかもしれない。

いろいろ苦労はあっても、しかし、彼ら一家がそれほど不幸なようにも見えなかった。別荘のオーナーさん達と見比べて、どちらがどうだとも言いづらい。人の一生はそれぞれだと思うだけだ。


さて、荷物を畳んで出発。諏訪ICを経て中央高速でわき目もふらずに東京へ帰る。
帰り道はほとんど下り勾配で、かなりスピード出ていたかも。速度メーターはだいぶ以前に機能を停止しているのでよくは知らない(笑)。行きにくらべて激しくスムーズな走行でありました。


こうして、鍋の底のように茹だる東京へと戻ってきた。

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2008.08.12

信州高原行080812

鶯の声とともに目覚めて出発。今日は一転して上田、小諸を回って八ヶ岳方面へぐるりと戻っていくことにする。

上田ではまず上田城址を見る。合理性を感じさせる縄張り。徳川の大軍を2度に渡って退けたのは、城郭だけでなく市街地や周辺地形の活用に長けた真田の戦術によるものらしいけれど、それ以上におそらく、この城の配置に見るような合理性の勝利だったのかもしれない。

城址の次は北国街道の町並みが残る柳町を見る。庇の先端が180cmほどで揃った町家の並びがある。ところどころ、うだつを上げている家屋もあってリズム感が出ている。残念ながら、見られるのは道の片側だけで、反対側は殺風景な駐車場などに変わってしまっている。そちらの街区は大通りに面した大きな区割りで、必然的に、旧街道側はオフィスビルなどのメンテナンス道路になってしまう点が、この町並みの構造的な課題だろう。もう1本、保守道路を通してしまえば一気に解決するのだが、私有財産に対する保障など難しい。町並みを残すなら徹底してやるのがよいけれど、財政的な問題もあり、というところだろうか。

町並みが保存されている側でも、車との共存は頭の痛い問題だ。町屋の中には、土間に車を入れている家もあるけれど、内部の居住環境はよいとは言えないだろう。かといって、街道と反対側の裏手は川になっており、そちら側を車の出入りに使うことも出来ない。現代の生活と歴史的町並み保存との、難しい葛藤が表れている。

旧街道をぶらついていると、朝の散歩だろうか、土地の年配者が挨拶をしてきたので、返す。よそ者でも、町に入ってきた者には声を掛ける習慣が残っているのは、ひとつの救いか。

上田を離れて、一路小諸へ。あっという間に懐古園に着く。ここもまだ朝早いので、入園は本来有料だが、無料で入れてもらう。

こちらも城址なのだが、上田城の合理性に対して、むしろ和風の情緒のようなものを感じる。曲がりくねった深い谷で地形を制約され、千曲川に面する崖に沿って築かれており、防衛能力より、むしろ景観に目がいく。城下町よりも低い位置に築かれた城という点でも珍しいそうな。これは千曲川の谷を自然の防壁として活用しようとしたためか。


時計を見ると、まだ10時前。次の目的地は漠然と本沢温泉なのだが、この分だと今日中に回れてしまうかもしれない。国道を一路南へ走る。

松原湖に到着。歩いて一周してみる。なんとなく人造湖かと思っていたが、もちろん自然にできた湖。釣り人が多い。立て札の解説を読むと、このあたりは冬の降雪が少なく気温は低いので、湖が底まで凍るため、スケートが盛んだったらしい。小規模な御神渡りもあったそうな。本家同様、最近の温暖化でそれも見られなくなっていくのだろうか。


さて、いよいよ本日のメーンエベント、本沢温泉だが、これは標高2150mにある日本最高所の露天風呂。八ヶ岳登山者が宿泊できる山小屋でもあるらしい。そこへ行くには、まず下の稲子湯に車を停めて、1時間ほど山道を登る必要があるという。

標識に従って稲子湯を目指すが、途中で本沢温泉行きに分かれる標識を発見。秘湯という割りには、案内がきちんとしている。稲子湯には寄らずに真っ直ぐ本沢温泉を目指す。

山道の入り口に小さな駐車場があり、車とバイクなど数台停まっている。4WD車用の駐車場がさらに上にあるとの表示があり、ギアを落としつつ荒れた細い道を登っていく。途中辺りにもうひとつ駐車スペースがあり、4WD以外は決してこの先に行ってはならぬとの警告の立て札。オフロードバイク乗りとしてはわくわくしつつさらに進む。

なるほど、ここからはかなりの荒れ具合と急傾斜。こういう道は、雨が降ると急流になるので、川底にあるような荒れた石がごろごろしている。車の通行も少ないので、轍も踏み固められておらず、急流が掘り込んだ不規則な筋が走っていて、走行ラインが一定しない。

ほとんどセカンドギア、つづら折れのターンではローに入れて粘り強く登る。オフロードバイクはシートが高いので、足を着くと却って不安定になる。ステップの上に立って腰を浮かすようにしながら、浮石をかわしつつリズムを保って走る。
面白いんだこれが。オフロードをなかなか止められない理由がこれ。(笑)

ようやく一番上の駐車スペースに到着。他には、地元の軽四駆と50ccの小さなバイクが2台ほど。なるほど、重いオンロードやアメリカンには無理でも、小さくて軽いバイクならここまで登ってこれるわけだ。

さて、エンジンを止めて樹林の合間から空を見上げると、はかばかしくない空模様。重い荷はバイクの荷台の箱に移し、雨具をリュックサックに入れて、歩き始める。


昼なお暗い、という言葉がぴったりの森の中を、黙々と歩く。雨粒が落ちてくる音がするが、森が上の方で受け止めてくれるので、雨具を着る必要はない。最初の20分はきつめの傾斜。汗だくになって登る。それを過ぎると緩い道。渓流を渡ったり、盛大に引っくり返った倒木を眺めたり、一面に苔の絨毯で覆われた広場を通り過ぎたり、ほぼ90度の谷を覗き込んだりしながら行く。道は意外に整備されており、土砂崩れの跡は、鉄骨の骨組みに幅広の板を敷き詰めた小さな橋で補修されたりしている。ここを通る登山者は案外多いのかもしれない。
小雨は降り続いており、この分だと雨の中で露天風呂につかることになりそう。それもまたよし。

1時間ほどで目指す山小屋に到着。玄関で案内を請う。
露天の外風呂と、山小屋内の内風呂があり、泉質が異なるとのこと。まずは露天風呂の券を買う。

このやりとりの間に、あら不思議。雨雲が突然切れて強い日差しが落ちてきた。先ほどまでとは一転して、露天風呂に浸かるには絶好の天気に。大急ぎで外風呂に向かう。山小屋のすぐ近くかと思いきや、ここからさらに数十Mの登り。知らずに早足で行ってバテる。上がっていくと、荒々しい谷川を見下ろす斜面の上に出る。硫黄が露出したいかにもな斜面だ。そこから谷に向けて道とも言えないつづら折れを降りていったところに、湯をたたえた浴槽が見える。一人しかいない山小屋の宿泊客の先ほどの話では、今日は朝から雨で、湯に浸かりにいきそびれていたそうだから、本日一番乗りかも。

斜面を下り、適当に脱ぎ散らかして、白濁した湯にそろりとつかる。最高の瞬間。
見上げれば、上の方は樹林に覆われ雨雲に霞む山頂があり、見下ろせば土砂が露出した谷川が下っていく。中間のここだけ、雲が切れて陽射しが降り注いでいる。一体どういう吹き回しで山の神様に気に入られたのか、ありがたいことだ。

剥き出しの硫黄泉なので、浴槽近辺は緑豊かとは言えないが、開放感は抜群。登り道の疲れもあっさりほぐれていく。

ここの湯は、渓流の水などで薄めていない。斜面の岩肌から湧き出す湯をただ貯めているだけなので、泉質が濃い。それでいて湯温は快適。熱めが好きな私にも丁度よい。北海道にも野趣溢れる露天温泉がたくさんあったけど、熱すぎて川の水で薄めているものが多かった。その点、何も手を加えなくても丁度よい湯加減というのは珍しい。

しばらく、時間が経つのを忘れたが、疲れがあっさりとれたので、小高い場所に上がって持参した握り飯で昼食をとる。こういうときペットボトルの水は便利。手拭いに垂らして手を拭くことも出来、もちろん飲用にもできる。

体が温まって腹も満たされたので、山小屋へ戻る。せっかくなので内湯にも入っていくことに。こちらも何も手を加えずに適温の湯。二酸化炭素泉だが多少硫黄分も入っているようだ。秩父から来たという年配の人とあれこれ話しながら、多少のぼせるまで温まる。


予想以上のよい温泉で、堪能した。
満足にひたりながらゆるゆると下山。下りはさすがに楽だ。あっというまにバイクを置いてきた中間地点まで降り、あとは軽めのギアで逆落としに駆け下っていく。途中、外湯で一緒になったバイク乗りの一行や、内湯で話しがはずんだ年配者夫婦など追い抜く。荒れた道を走ると石を弾くことがあるので、登山者に行き会ったときは最徐行が鉄則。こぶし大の石が歩行者の脛を強打、なんてことになったら洒落にもならない。


舗装路までくだってきたら、あとは今日の宿を探すだけだ。蓼科の方へ走って、別荘地の近くのキャンプ場を目指す。別荘地近くの洒落た店に地理を聞こうと立ち寄ってみると、付近の別荘のオーナー風の客が多い。気のせいだとは思うけど、とげとげしい表情の人が多くて滅入る。彼らはあの顔が表しているような人生を送ってきて、これからもそれで通すのだろう。それもまた人生か。
むしろ、彼らの目から見れば、きたない服で泥だらけの単車を操って旅しているこちらの方がよほど不幸に見えるのかもしれない。街中では確かにそう見えることは否定しない(笑)。でも山の中に来るとね。
また違う見え方もありそうだ。


テントを設営した後は蕎麦屋で食事などして、明日以降のことを考える。本沢温泉でたいへん満足したので、今回はこれでおしまいにしようかという気分。諏訪湖の花火は心残りだけど、来年のお楽しみということでもいいか。

夜も暗くなってキャンプ場に戻り、またまた夢も見ずに眠る。
今回、星空には恵まれなかったが、その代わりよく眠れた。


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2008.08.11

信州高原行080811

朝、すっきり目覚める。やはり涼しいとよく眠れる。
枕はなかなか具合がよかった。狭い一人用テントの中で胡坐をかいて荷物の整理をするときも、尻の下にしくと背筋が伸びてよい。これはいい買い物をした。あとは壊れずに長持ちしてくれれば言うことなし。

このあたりは、ハングライダーなどのサマースポーツも盛んらしい。それで何日か過ごすのもオサレだけど、またいずれ。テントを畳んで次の目的地美ヶ原へ向けて出発。しばらく行くと、八島湿原というところを通り掛かる。朝早いこともあって駐車場はがらがら。人のいない湿原を歩ける機会を逃すことはない。バイクを止めて、一周80分程度のハイキングコースへ出発。

最初に、コンクリート製の短いトンネルを通って、俗界の汚れを落とす儀式。なかなかうまい導入。ちなみに、外来の種子を持ち込まないように、靴の泥をよく落とせとの掲示。ここは国の天然記念物の由。昔からの生態系を保存するにはそれなりの苦労がありそう。

トンネルを抜けると高台の小広場。湿原の全体が見渡せる。この遊歩道を設計した人は演出のセンスがよい。気分はたちまち秘境ムードである。斜面を降りていくと、尾瀬にあるような渡り板の道がつくられている。左回りで出発。

歩いていくと、カメラと三脚を担いだ人に時折出会う。山歩きとカメラは結構縁が深そう。小さな高山植物の花を撮るもよし、遠く霞む山の稜線を撮るもまたよし。鳥や蝶の舞う姿を鮮やかに切り取れれば最高の気分だろう。歩くことが適度な運動にもなって、一定以上の年齢層には人気がありそう。時折、湿原に踏み込み過ぎる人が居るけど、そこは大人らしく自制してほしい。

半周ほど行ったところで道が分かれている。車山へ向かうコースへの分岐の標識。途中の物見岩というところまで往復してみることにする。湿原から離れて、山の道へ。

途中までは鼻歌気分だったのだけど、だんだん登りがきつくなる。おまけに、笹が道をほとんど覆い尽くしていて、道が途切れているように見えるところが何箇所かある。めげずに笹をわしわしと掻き分けていくと、何事もなかったようにまた細い山道が続く。こういう試しは秘境に至る道の常(笑)。おかげで腿から下は葉に溜まった朝露でびっしょり。

30分ほど登ると目立つ岩が見えてくる。そこまで上がり切ると、その先は緩い起伏の草原で、下の湿原とはまるで別世界。アルプスの少女ハイジの世界である。見上げる丘の向こうからいまにもペーターが羊の群れを追いながら現れてきそう。ん? 今、ガランゴロン鈴の音が聞こえなかった?
しばらく、風と雲と陽光と草のそよぎに浸る。

名残惜しいが再び出立。来た道を戻る。先程の分岐点から、湿原巡りを再開。木道の片側は湿原だが、反対側の登り斜面は涼しそうな樺の木立になっているところなどもあって、改めて水辺の賑やかさ、多様性に酔う。さきほど登ってきた丘の上は、これに比べるとシンプル。草木の種類も少なく、代わりに、陽射しと風が際立つ感じがする。どちらも甲乙付けがたい。

出発点まで戻ってみると、駐車場はうって変わってごった返している。入りきれない車が道路に列を作って順番待ち。こうなってしまうと俗界となんら変わりがない。丁度よい時間帯に往復できた。


改めて、美ヶ原を目指す。快適なワインディングロードを走って美ヶ原高原美術館に到着。ここへ来るのは3度目。この前訪れたときからかなり年数が経っている。

屋外彫刻の展示を歩いてみて、以前の印象とがらりと違うのに驚いた。展示そのものにさほどの変化はない。変わったのはこちらの側だ。
感受性が磨耗したのかどうか、個々の作品から受ける印象の薄さに驚く。思えばこの数年、CGが凄まじく発達して安価に使われるようになったことで、それと知らずに物凄いものを日常的に見続けてきているのだった。静止した彫刻が変幻自在のCGに対抗できる点は、もはや作品の質感くらいしか残っていないのではないか。実際、抽象的で観念的な作品は著しく色褪せたような気がする。こうした方向性のものは、例えばゲーム性の取り込みなどへ向かうのだろうか。対して重量感のあるものは、まだ見られる。アートの世界も随分変わっているのかもしれない。

評論家気取りで散策したあとは、別所温泉へ。途中、県道が土砂崩れで通行禁止になっており、林道を使って迂回。オフロードバイクの真価を発揮。適度なダートを楽しむ。標高はかなり下がってきて、もはや高原の清涼感はなく、蒸し暑い空気に迎えられつつ温泉地に到着。適当な場所に設営して早速街巡りへ。

丸窓列車が個性的な上田電鉄別所線の終着駅、別所温泉駅の観光案内所で、街の見所を教えてもらう。「信州の鎌倉」と呼ばれるように、3つあるお寺が定番コースとのこと。暑い日差しの中を歩いて巡る。いずれも由緒ある古刹だが、中でも、安楽時の八角三重塔(国宝)は一見の価値がある。解説によれば、純粋な禅宗様の建築だそうだが、学問的な価値はもちろんのこと、扇垂木で作られた3重の屋根と一番下の裳階(もこし)がつくるリズムがたいへん美しい。その上、四角ではなく八角の平面となっているので、塔としての性格がより強く出て、信仰の対象としての仏舎利塔の純粋な姿を感じることができる。
この地は温泉として知られているそうだけど、この塔を見ることができたのが私にとっては一番の収穫だった。

すっかり満足したので、繁華街に戻って食事。あいにく定休日の店が多くて残念。くるみのつけ汁で食べる蕎麦の店も、今日はお休み。町から離れた場所の少し高そうな蕎麦屋は、今日打った蕎麦がおしまいになったとのことで、ありつけなかった。

途中、道を横切る狸に出会った。スレンダーで毛並みもよく、いい食事をして適度に運動し、健康的な生活をしているらしいことが窺えた。地元のおばさんに話しを聞いた感じでは、狸は結構人にかわいがられているらしい。小さな生き物達に幸ありますように。

夜は上田市街までバイクを飛ばしてコインランドリーで洗濯。
昼とはうってかわって夜は涼しい。戻ってぐっすり眠る。

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2008.08.10

信州高原行080810

とにかく蒸し暑さから逃れることだけを考えて、テントとシュラフと着替えを箱に放り込んでバイクに積みふらり出発。以前、美ヶ原で涼しい思いをしたのを手掛かりに、とりあえず中央高速にのって諏訪湖を目指す。

今回の新機軸は「枕」。飛行機などで使う普通のタイプをこれまで使っていたのだけど、頭の全重量を掛ける設計にはなっていなかったとみえて、数回使っただけでビニールの継ぎ目が裂けてしまった。ガムテープなどでは修復できず、替わりを探したところ、二つ折りにして座布団のように使うこともできると謳った新種を発見。千円あまりで保護したところだ。謳い文句どおりの性能なら、超安い。

ヤワなようだが、キャンプでの枕はかなり重要。だめなものを使うと、翌日に疲れや頭痛肩こりが残る。これまで本を積んだり着替えを積んだりしてみたけど、どうも具合が悪かった。やはりこれは専用のものがよい。


高速はかなり空いている。暦どおり11日まで仕事の人が多いのだろうか。ユーミンの曲など口ずさみながら快適に走るおやじだ。午前中に諏訪IC到着。

まずは土地の神様に挨拶ということで諏訪大社に御参り。上社本宮、前宮、下社秋宮、春宮の順にまわる。Wikipediaによれば、「全国各地にある諏訪神社の本社である。その起源は定かではなく、国内にある最も古い神社の一つとされている。」だそうな。中世以降は軍神としても崇拝されて、各地の武将が分霊を持ち帰ったため全国的に広まったらしい。

本宮のご神体は社の裏の森、というか山らしい。奇祭として有名な御柱祭の御柱が、各拝殿の四方に建っている。山から切り出して引いてきたので背面が擦れて平らになっていると立て札に書かれてあるとおり、裏面が平たくささくれている。コロに載せて楽をしようなどとは露も思わないのが、神事らしいところだ。でもこの巨木を何十キロだか引きずるのは相当大変だろうと思う。7年に一度とはいえご苦労様なことだ。次の御柱祭りは平成22年の由。

お宮が4箇所に分散しているので、お参りだけで結構な時間がかかる。回り終えて汗を流すため、銭湯の片倉館へ。これが、一体何様式と呼ぶのかよくわからない不思議な建築。明治開国以来、製糸業で財を成した地元の財閥の二代目が「欧米諸国での地域住民に対する文化福祉等の施設にいたく感銘を受け」て、こうした保養施設を作ったそうな。

宣伝文句は「千人風呂」などとなっているけどもちろん誇張。むしろいまの基準からすると控えめな規模。ただ、浴槽が深いので、お湯たっぷり感があってよい。底に玉砂利が敷いてあるのも特徴的。内装がアールデコ風?なのは歴史だろうか。最近流行の多くのスーパー銭湯の「とにかく和風」みたいなのとは一線を画している。
ここの休憩広間でついでに食事。こちらは・・図書館の最上階の食堂のような感じ。と書けば近いだろうか(笑)。


この街の産業は、時計やオルゴール製造などが一時盛んだったそうだ。その影響か、オルゴールの博物館があったりする。また、行楽地としての湖につきもののガラス工芸館などもある(以前訪れた記憶では、ここのはかなり規模が大きかった印象)。そのほかにも、湖周辺には私設美術館など多いようだけど、今回はパス。

次の週末に毎年恒例の湖上花火があるということで、あちこちで準備が進んでいる。この花火はかなり大掛かりらしい。周辺で1週間目一杯過ごした後、戻ってきて花火を見るというプランが唐突に浮かぶ。これでとりあえずいってみようか。

ということで早速、涼しそうな高原目指して、上っていくことにする。地図を見ると、あつらえたように霧が峰キャンプ場なるものが載っている。手近な目標設定は成功への第一歩である。何のこっちゃ。

諏訪の市街は予想外に暑い。湖面の標高750Mというから涼しそうなものだが。この暑さは盆地だからだろうか。

湖を見下ろしながら急な斜面をぐいぐい上っていく。山の天候は変わりやすい。空に暗い雲が見えてしばらくすると、驟雨が来る。早めにバイクを止めてレインウエアを着こんでいたので難を逃れる。暑くなった路面に水蒸気が立ち込め、涼しい風が吹く。
上がり切ると、さすがに快適な気温。少し走ってキャンプ場に到着。

電気も何もない代わりに、広くて涼しくて快適な草地。流行歌を大音響で掛けるような勘違い君もいない、私好みのクールなキャンプ場。
なのだけど、うっかり水と食料を買い込んでおくのを忘れた。聞けば、最寄の店は白樺湖畔で、車で30分弱とのこと。テントを設営してすぐに買出しに出掛ける。

途中、車山の横を通る。通り雨と陽射しが交互に来て、草で覆われた車山に虹が掛かって美しい。風景に見とれているうちに、白樺湖畔に到着。

コンビニの駐車場は客の車で一杯。歩道にまで駐車している。店の棚は、弁当サンドイッチの類は既に空。かろうじて残っていた握り飯を確保。コンビニの仕入れは、店長が予測して仕入れシステムに入力すると聞いたことがあるけど、行楽地の消費予測は難しいのかも。そもそも、製造から消費期限まで1日程度しかない品物を、工場からは遠いだろう辺鄙な店で扱う矛盾というものがありそう。ロジスティクスまで含めたコンビニというシステムは、元来、店舗が一定間隔で配置できる都市向けでは、などと余計なことを考えてみる。

帰り道、暮れていく丘の向こうから、雲を透かした光が放射状に見えて、たいへん神々しかった。バイクを止めてしばし見とれる。

夜に入っても降ったり止んだり。テントを叩く雨音につられてぐっすり眠る。

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2008.08.09

ストリートビューとプライバシー

以前、学校の行き帰りで時々通っていた道に、親子とも有名政治家で子供は総理大臣ていう人の家らしきものがあった。大臣就任中は警官が門の脇の詰所に居るのですぐわかった。

ストリートビューはどうなってるかと思って見てみたら、きっちり「この画像はなくなりました」になっていた。Google側も配慮はしているらしい。

たぶん、それとわかる表札が大きく写りこんでいたことだろう。人の顔と違って、色々なデザインの表札を自動認識してボカシを入れるのは難しそうだから、表札問題というのは、確かに少しある。もっとも、それだけなら不動産屋に置いてある住宅地図と変わりないから、やはり問題は小さいと言ってよい。

総理大臣でもないわしらはというと、画像の削除までしてくれるのかどうかはわからないが、ぼかしの入った姿が出ていたとて、さして問題ではなさそう。パンツ一丁でバルコニで夕涼みなどしているところを、ご近所の年頃の娘に見つかってこき下ろされるくらいのものである。あーでもそれにボカシが変なところに勝手に入ったりすると誤解の元ではある。
・・・それは被害甚大だな。orz


気を取り直して考えると、このサービスにはトレーサビリティがないのが救いだ。年に一回程度巡ってくる不思議な車との遭遇を、話しのネタにするくらいの対処でよいだろう。

逆に、これを見ていて改めて、街中の監視カメラの怖さを思い出した。あれは人の行動をトレースできる。プライバシーを問題にするなら、まずはそちらから、というところか。

Streetviewbl


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2008.08.08

雑記080808

今日の夜はオリンピックの開会式だ。

報道される中国の人たちを見ていて、これからは「中国」という言葉を、現政権/一般人のどちらで使うのか、常に意識しないといけないと思った。

だんだんと普通の貌が見えてくるのは、お互いにとってよいことだし、その中で、なぜ世界中から非難されるようなことが起きるのか、原因が見える化されるのは有意義なことだ。



プリペイド型のデータ通信端末ってどうなんでしょうか

一時間あたり266円
日経で全面広告を見て思ったのは「1時間でコーヒー1杯の値段かあ。」ということだった。

昔のパソ通の23時以降割引の時代から、今の定額ぽっきり時代に移り変わってきたことを考えると、きっちり時間を決めて使うということに、なんとなく抵抗感はある。でも、値段的には妥当かなとは思う。

むしろ、値段を意識することで時間つぶしを予防する効果が、これからは意味があるのかもしれない。
その時間つぶしを至福の時間と感じているおいらには、このサービスは向いてなさそう。(笑)

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2008.08.07

雑記080807


ストリートビューで遊んでいて時間を忘れる。
以前住んでいたところあちこちに行って、歩いてみて、懐かしさに浸った。

東京はほぼ真青になっているけど、ところどころ、白抜き部分があるのは、これから撮影ということだろうか。池上あたりとか。
それともあの辺に何かあったかな。


来週は盆休み。
9日間というと、フェリーで北海道へ行くにはちょっと短くて微妙な日数であることよ。かといって暑いところは避けたいし。するとどうしても山の方か。

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2008.08.06

雑記080806


マイクロソフトが開発する、Windowsベースでない次世代OS「Midori」を読み解く

Microsoftは、ビジネスおよびコンシューマーの両面で、巨大なユーザー層を抱えており、これまで長く、新たな能力やアプローチよりも、互換性を重視する方針を取ってきた。

 問題は、このアプローチが、今後どれほど継続可能であるのかという点にある。筆者(や他の多くの人々)は度々、Windowsのアップグレードが、あまりにも難しすぎるのではないかと問いかけ続けてきた。

できたらいいのだろうけど。


「関係筋が5日明らかにした」ってなんだよ

「天洋食品」が事件後に中国国内で回収したギョーザが流通し、このギョーザを食べた中国人が有機リン系殺虫剤メタミドホスによる中毒症状を起こして、重大な健康被害が出ていたことがわかった。
-・-・-・-
 関係筋によると、中国側は7月初め、北海道洞爺湖サミット(主要国首脳会議)の直前に、外交ルートを通じて、日本側にこの新事実を通告、中国での混入の可能性を示唆したという。
報道がオリンピック一色でほかのことにリソースを割く余裕がないこのときに、というタイミングていうことですかそうですか。


NHKプロフェッショナル仕事の流儀 宮崎駿のすべて 「ポニョ」密着300日、見たよ

これは故意に見なかった。

映画の感想の方に書くとなんだから、こっそり隅っこに書いとくけど、ポニョを見ておいら本当は handicaped のことを思った。


ソフトバンクなあ

うーん。。。そうなの?

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2008.08.05

雑記080805

夏休みは洋画邦画とりまぜて、よさげな映画が集中するのだけど、今年はとりわけ見たいのが多い。おまけに先を争うように先行上映だし。もうちょっと通年で分散してくれると落ち着いてみられるのだけど・・
興行側にすれば書入れ時だから、仕方がないか。


ロシア人「日本人の勤労意識が理解できない。死ぬほど自発的に働くのはおかしい」

スレを読みつつにやにやしていたけど、ちょっと笑えないコメントがあったので。

自発的にやってるように見えるだろ?
そこが日本の社会システムのすごいところなんだ。
丁度、こんな記事も見つけた。

同調圧力、「他者」の好奇のまなざし、そして「『自殺的』他殺」

15歳で「人に気を使って生きる」ことを悩まねばならない社会とはいったいなんなんだろう?
気にするなと言っても、届かないのかもなあ。

ロシアとの比較でいえばこんなところか。

資源が無い国だから人間が資源にならなくちゃいけないんだろうな


東京ビッグサイトのエスカレーター事故、国交省が調査を要請

エスカレーターの構造や積載荷重などについては、建築基準法施行令第129条の12に規定がある。事故機のような約1mの幅のエスカレーターの場合、1ステップ(踏段)の積載荷重は130kg(体重65kgの人が2人分)程度になる。国土交通省の建築指導課の担当者は、「基準を超えた大人数が一度に乗ったことが事故につながったのではないか。東京都の建築企画課やエレベーターメーカー、(財)日本建築設備・昇降機センターなどに調査を要請した」と話している。
この基準値は少し低いような気もする。65kgといえば日本人の平均だそうだから、平均を超えるとアウトということになる。

ああっ これもメタボいじめなんだな? そうなんだな?(笑)


MonsterTV事件の怪

関係者によると、SK社は30日にB-CAS社から呼び出しを受け、即日、出荷を停止したという。
いやだなあ。
B-CASの問題はUSTR(米通商代表部)も注目しているので、非関税障壁として日米協議の議題になる可能性もある。
いまだにガイアツ頼みかあ。
日本ではこのようにPCによる地デジ視聴を妨害して、家電メーカーの独占を守ってきた。それが破綻したのは当然であり、2011年の地デジ完全移行にとっても朗報である。
総務省の担当者思わず身悶え。


毎日新聞社内で何が起きているのか(上)

ひどいみたい。
読んでないから関係ないけど。

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2008.08.03

「百万円と苦虫女」

蒼井優っていいなあ。という映画。

一億総茶髪という状況をいまひとつ受け入れ難く感じている私は、彼女の黒髪がたいへん気に入りました。劇中でもそういう感想を言っている若者達がいたけど、あれが染めた髪だったらお話しと全然合わなくなる。

もちろん、髪だけでなく、よく変わる表情もよい。撮る方も十分それは意識していて、アイドル映画かと思うようなアップも多い。それがお話しの中にしっかり位置づけられていて、アイドル映画のような臭みがない。

お話しの方は、最初から最後まで、ほぼ予想どおりの展開で、安心してみていられる。原作を読んだことはないけど、言いたいことはたぶん、自己中心的な振る舞いと、自己主張をすることとは別もの、という辺りか。

空気読め的な周囲の圧力に対する、姉弟それぞれの痛々しい抵抗を見ていると、自己主張はもっとしていいんだよと思わず声を掛けたくなる。主張すること自体を忌避するのが、ここしばらく続いているこの社会の悪習だが、そろそろ終わりにするのがいいだろう。もちろん、主張は効力を持たせる方がよいから、ツボを押さえた主張を効果的に行う練習は必要だ。

この映画は、旅する姉と踏みとどまる弟が、それを学んでいく過程を描いたととることもできる。私はそのように観ました。

それにしても、いいなあ、蒼井優。

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2008.08.02

「ダークナイト」

悪役ジョーカーの役作りがもとで体調を崩し他界したヒース・レジャー。ほんとに死んでしまう奴があるかよと思うのだが、本当らしい。いざ観てみれば、噂に違わずジョーカーが凄い。この言いようのない狂気だけでも観る価値あり。

そして、まるでジョーカーの狂気に呼応したかのようにおずおずと現れるあるものを、観客は映画館で見ることになる。それがこの映画のクライマックス。バットマンは確かに良い素材だけれど、それをここまでのお話しに昇華させた作り手に拍手を送りたい。劇画的な部分は確かに残っていて格調高いというものではないが、入魂の遺作であることは間違いない。以下ネタバレ。


悪というものは善と同じ次元にあって、善と同様に目的を持っている。寓話的に言えば、例えば、人の魂を手に入れるのが両者の目的だ。しかしジョーカーにはその「目的」がない。ように見える。強いて言えばゲームをするのが目的か。悪魔的なゲームを。

「最も大切なものをひとつだけ選べ。他の全てと引き換えに」。ジョーカーはそんな問いを、手を変え品を変え繰り返し人々に突きつける。普通、そんなことは極力曖昧にしておきたいものだ。なぜなら、誰でも最後には、自分の見栄、自分の利益、自分の命を優先するだろうと漠然と感じていて、それは善悪いずれかと問われれば、悪の方に入ってしまうだろうと知っているからだ。だからこそ我々は、ルールという檻を外部化し、自ら進んでその檻に入ることで、触れると痛い曖昧な部分を意識せずに済むようにしながら日常を過ごす。

ジョーカーは、その曖昧にしておきたい部分を突いてくる。計画的に、畳み掛けるように、楽しみつつ。ジョーカー自身が悪であるというよりは、ジョーカーによって暴かれる自らの悪を、人々は恐れるのだ。とはいえ、これをゲームとして楽しんでいるジョーカーが悪魔的であることは間違いない。人々がなぜ自分と同じように、この目的のないゲームを楽しまないのか、訝しむフリさえする。
"Why so serious son ? Why so serious son ? Why so serious son ?"

さらにジョーカーは、ルールという檻そのものを嘲笑う。ゴッサム市警当局と街のギャングが実は同じ穴の狢であることを公言し、檻そのものが腐敗しているのにそれに縋り付く愚かしさを嗤う。自らの本源的な悪を暴き立て、縋ろうとする檻さえも破壊するジョーカーの策略に、登場人物たちは翻弄され成す術もない。

ヒーロー達の無力を知って、街から逃げ出そうとする人々を満載した2隻のフェリーに、ジョーカーはここでも同じ選択の罠を仕掛ける。ヒーローでもセレブでもないただの市井の彼らはこのゲームの格好の餌食だ。とジョーカーは気軽に思ったはずだ。
しかし。

ここからは映画館の大きなスクリーンでしっかり観たい。


名もない人々の選択をお話しのクライマックスにもってくることで、この映画はあるいはバットマン映画の枠組みを踏み越えたかもしれない。けれども、その貴重な選択を、全てと引き換えに守る立場にバットマンを置いたことで、再びこの、異形のヒーロー"The Dark Knight"にしっかり焦点を戻した。

最後にジョーカーが言ったとおり、バットマンあってのジョーカーなのだ。善と悪の間でさえ普通なら成立するはずの暗黙のルール。街の裏側のルールを取り仕切ることで利益を得ているギャングたち、あるいは倫理のかけらもなく、計算高さを鼻にかける中国企業、そうした普通の悪人達でも守っている不文律。越えてはいけない一線が、彼、ジョーカーには無い。なぜそれが可能かと言えば、それでも止める絶対者としてのバットマンが居るからなのだ。その点を見れば、この映画は、前作 "Batman Begins" からさらに進化したと言ってよい。

その絶対者たるバットマンさえ、仮面を脱げばただの人。彼を支える老執事の隠れた気遣いが、よい味わいになっている。この二人の掛け合いは、バットマンシリーズに奥行きを与える隠し味だ。


それにしても、ややこしい理屈抜きで、このジョーカーの演技は凄い。いや、ヒース・レジャーの演技か。もうなんだか役者と役が同化してしまっている。この「狂っている」感じは空前にして絶後。冷静に状況を読み相手を罠にはめる頭の冴えは狂人とは思えないのに、なにかごく小さな、しかし大切な部分が狂ってしまっていて、取り返しの付かないものが生み出されてしまったような怖さ。その小さく狂った部分の露出が絶妙。これまでのジョーカーといえば、極厚の化粧で高笑い、時々感情を激発させ粗暴さを見せるだけのこけおどしのキャラクタだったが、これはそんな安手のものとは全く違う。正直なところ、日本語吹き替えでは、このジョーカーを表現するのは無理なのではないか。

そのほか、アーロン・エッカートの目がぎらつく感じは、今回の彼の役回りにぴったり。
そして何といっても、クリスチャン・ベールとマイケル・ケインのコンビは最高。

究極のバットマン映画を観たと、「ビギンズ」のときには思ったけれど、もう一度言わざるを得ない。クリストファー・ノーラン監督は、前作にも勝る究極のバットマン映画を再びつくってみせたと。

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2008.08.01

雑記080801

8月だ。
って、暑さはこれから本番ですか。
もうばてばてなんだけど。


MacユーザはIPv6を切るかnet.inet6.ip6.use_tempaddr=1の設定を

Windows Vistaでは、標準設定で、この一時アドレスを使うようになっている。そのため、Windowsでアクセスした場合は上記の問題が生じない。
判官びいきのわしらは、ついWinを悪く言ってMacを持ち上げがちだけど、ビジネスで広く使われているWinを作っている人たちには、それなりの思慮がある。Macは技術音痴なデザイナさん向けの感覚をまだ払拭できていないかもしれない。

もっと嫌な憶測を書くと、世の中は全て実名空間だけにすべき、などと思い違いをしている一部技術屋さんの意見が罷り通っているなんてことが・・・あったら嫌だなあ。

たぶん、実際は、そこまで手が回らなかったという辺りだとは思うけど。でもこれって、見栄えのするUIよりも、重要なことだと思うんだよね。


そういえば昔、これ関係の記事を書いたような気がすると思って、自分のページを検索しちまいました。なんか面はゆいものがあるですな。(笑)

IPv6のアドレス構造と匿名性

インターフェースIDにMACアドレスを流用することはプライバシー上問題である点について、技術者の間では既に数年前から議論があり、ランダムに生成する方法も一応選択可能になっているそうだ(RFC3041)。とはいえ、MACアドレスを使うなどの固定アドレス方式が主流になってしまえば、「選択できる」と言っても意味は薄い。コメントでも触れたように、技術者は選択肢を残してくれたのだから、それを有効に使えるかどうかは社会の側の宿題になる。

  具体的には、IPv6対応を謳う製品が、インターフェースIDをどのように生成しているかをチェックすることだ。

ええええ。これがおいらの書いた文章ですか。

なんていう○○真面目な人なんでしょ。
こわくてお付き合いできないわ。(笑)


竹熊さん、インターネットはヤバイですよ。

インターネットのインパクトは、もの凄いものがあると俺は思うわけですが、あんまり凄すぎて、かえってピンと来ない人が多いのかもしれませんね。
人間は馴れるもの。

物心ついたときからネットがある、という世代には、それ以前の世界の束縛感は理解の外なんだろうなあ。

で、おいらはふとお隣の国のことを思うわけです。折りしも現地入りした報道陣からネット検閲に対する苦情が出ている報道があったり。これが、1年あるいは数年後にどう化けて出るのか、空想してみるのは面白いかも。


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