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2008.07.21

「崖の上のポニョ」

これだ。まさにこれが宮崎駿の絵。大満足。
おまけに、水底の絵、大波の絵、しまいにはデボン紀?の暖かい海の絵。水族館と水棲の生き物を見るのが好きな私は、二重に満足。水の表現の涼しさとあわせて、この暑い夏に必見と言ってよい。
もっとも、ストーリーに整合性を求めたり、水没した街の復旧が気に掛かったりいらんことを考える大人には、途中から最後までは「見ちゃいられない」居心地の悪さもあるかもしれない。そういう意味では、観る人を選ぶ種類の映画。以下ネタバレ。


プロローグからして、おおお!っと目を瞠る絵の連続。これだけでもう、観客はすっかり映画の世界に飲み込まれる。

これは例えば瀬戸内海のような、海と人と船の距離がとても近い地方の絵。その、近い距離から見た海の様子を、陸上から水面から水底から、これでもかというくらいに視点を移しながら、華やかで生き生きした色彩とともに見せてくれる。竜宮城もかくやというような生き物達の乱舞。それと交錯する人や船の力強い営み。透明感や色の鮮やかさからすると、日本の海よりはむしろ南方の海がモチーフだろうか。

実際にはもちろん、海の中はもっとほの暗いから、これは一種の騙しではあるのだけど、心地よく騙されました。

海をたっぷり見せてもらったら、今度は人の世界の様子。水の世界はいったん背景に退く。主人公の男の子は、大人しいが芯のある、礼儀正しい大人思いのよい子。これは現代っ子の理想として監督とその一味(笑)が思い描く像なのだろうか。これで観客の大人の半分くらいは、やや引くかもしれない。内心、そんな子が今時いるものかと思って興味を失う。けれども、ここに描かれた像を私は笑ったり否定することは難しい。自分の中にそうした善良な要素のかけらでも残っているなら、このお話しの先を見続けるのも悪くない。

人の世界を描きながらも、ばけつの中のポニョを画面に組み込んで、海とのつながりは保つ。この章の冒頭で、男の子がポニョを拾ったあと、海がそれをとりもどそうと、陸に向けて伸び上がる場面がある。実際の海でも、穏やかに凪いでいながら時折波が奇妙に盛り上がってどきどきするときがあるけれど、あの感じをとてもよく表している。こういう感じを的確に取り出して、それにぴったりの意味を持たせて表現に使うあたりが、この監督の非凡なところだ。逐一取り上げないが、こうしたなにげに凄さを感じさせるちょっとしたシーンが随所にあって、この映画を紛れもない宮崎駿作品たらしめている。


さて、ばけつに飼われたポニョは、いったん海に取り返された後、自力で逃げ出しついでにはずみで巨大な魔法力を身につける。その力を使って好きな男の子に会いにくるわけだが、このときの猛り狂う嵐の海。これも凄い。渦巻く様や盛り上がる水塊を巨魚に見立てた絵が大迫力。海が荒れ狂ったときの凄まじさは陸上で見る嵐の比ではないのだけど、その感じがよく出ている。

以前、この映画の製作過程を取材したTV番組では、このとき波頭に仁王立ちするポニョは無表情な半漁人の姿で描かれていて、究極の恐ろしさを醸しだしていたのだが、仕上がりでは可愛らしい人間の女の子の絵に差し替わっていた。あまり恐ろし過ぎるイメージだと清姫伝説になってしまうし、この後のお話しにも支障があるだろうから、これはこれで微妙なバランスか。
そのほかにも、老人ホームの玄関から見た嵐の雨の様子など、その不安感の表現は出色の出来。実写よりもよく表現できていると思うほど。


嵐の後は、海に沈んだかつての町の上を、古代の水棲動物達が泳ぎ回る世界に変貌。ここからはファンタジー一直線なので、むしろ安心して見ていられる。この章で注目すべきは、男の子のひたむきさ。監督はここで、ひとつの理想を描いて見せたのだろう。このあたりは、これまでの作品と共通していてブレがない。繰り返しになるけど、これを笑ってしまうと、この映画は楽しめない。微笑ましく見守るのが、正しい鑑賞態度というもの。


ここまでで、この映画は事実上終わりといってよい。あとはシャンシャンで締めるための段取りだ。やっぱりお姫様は王子様のキスで目覚めないとね。でも目覚めるにはまず死の眠りについてもらわないとね。それじゃ暗いトンネルでそうなることにしようそうしよう。はい決まり。

男の子とポニョが、大団円の場へ連れられてくるまでの間、二人の母親が話し合っているのを見て、老人ホームの住人が「辛いだろうに」と言った意味を、残念ながら私は取りそびれた。あれは、ポニョを人に引き渡す辛さを言ったのだろうか。それとも何か別のものか。

さて、試練の場で、男の子が、魚のポニョも半漁人のポニョも人間のポニョも好きと、ためらいなく淀みなく言い切ってしまうところには、あえて目を瞑ろう。それができないからこそ、安珍は鐘ごと焼き殺される運命にあったわけだし、人間と自然との関わりは、これからもそうならざるを得ないところがあると思う。

だから、これは宮崎駿が描く、有りそうで無い理想像だ。でもまあ、たまに映画館でこうしたものを観て、少しでも何か感じるところがあれば、それは悪いことではないと思う。

絵の凄さに感動して、ついでに21世紀の環境問題をちらりと連想させてくれる、よい作品でした。

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