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2008.06.22

「イースタン・プロミス」

渋い。滋養のある映画と言うのがいいだろうか。このところ、マーケティングなのかどうかわからないが、どこかしら軽さや笑いを含ませた映画が多くなっている気がするけれど、この作品にはそういう半端なところはない。かといって救いのない暗さというのでもない。これがひとつの風土なのだろうかと思わせる、味のある映画。以下ネタバレ。


ロンドンを舞台に選んだのがいい。裏世界のロシア人達の場面には、霧に沈むくすんだ色彩を描き、表世界の場面には、近代的な The Thames Barrier や安普請のアパートメントを登場させて、その明暗を対比させる。
それを背景に、ヴィゴ・モーテンセン、ヴァンサン・カッセル、ナオミ・ワッツが、いずれも、役にぴったり合わせてきた。

移民として異国へ渡り、頼るべきは同胞。その同胞どうしの中で、搾取があり騙しあいがある。ちょっとやそっとでは覆せない頚木がある。世界とはそういうもの、という感覚が通奏低音として流れている。そうした土壌の上でマフィアというものは育つのだろう。「普通の人」は、そういう世界に関わってはいけない。

その関わってはいけない世界に、やむにやまれず関わる人達と、裏側の世界の人間とを絡ませながら、お話しは進む。普通の人が無事で済むとは思えないが、そこがこの映画の仕掛けだ。後半、意外な種明かしがあって、腑に落ちる。

派手で嘘っぽいガンファイトなどは無い代わりに、目を剥くような迫真の暴力シーンがある。この辺りに手加減はない。それもこの映画の空気によく合っている。

そんな激しい暴力が、マフィアを統べる王の、温和な日常の顔の裏に隠れているところが、この映画の味であり怖さだろう。その王の破滅の糸口はいかにも現代風で、そこだけが少し違う空気だが、最新のテクノロジーと古い人間の在り様とが同居するのが、現代のマフィア映画なのかもしれない。

資源高騰で湧く今風ロシアと、この映画が描くような古いロシアとが、どう折り合っていくのか。あるいは、古きものどもは次第に解体され忘れられていくのか、そんな妙なことが気になった。

そうそう、冷戦時代には悪の代理人だったKGBが、ここでは違う描かれ方をしていたのも興味深かった。

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