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2008.06.15

「JUNO」

これは今年のベスト10に入りそうな良作。見栄や嘘が少なく、本音を柔らかく交えながら、人の多面性を意識したお話しに仕上げている。悲しみも抱えつつ明日を向いて歩き出す人間への暖かな共感を感じさせる。
少ない小遣いをやりくりして、流行りの冒険活劇とこの映画とどちらか1つを選ぶとしたら、この作品を選ぶのが間違いなく吉。百倍は吉。以下ネタバレ。


作中にこんな引用が出てくる。「女は身篭って母になり、男は赤ん坊と対面して父になる」。この映画は、恋愛、妊娠、出産における男と女の違い、特に大人度の違いを、魅力的な登場人物とともに描いている。

主人公の16歳の女の子は、大人化するのが早い欧米人の中でさえ相当に大人びた性格。この子の父は、さして豊かではない現場技士だが、ウイットを解する落ち着きのある人物。この父と娘のかけあいが、まず楽しい。そして、主人公にとっては義母となる母がまた良く出来た人物で、癖のある主人公とも折り合って、家庭をしっかり切り盛りしている。
この両親があって初めて、このお話しは成り立つ。その点ではやや現実離れしていると言えなくも無いが、非常に巧く作られていて、そう感じさせない。

さて、そんな家庭の16歳の娘が、「妊娠したので子供を生んで、新聞の公告欄で見つけた、養子を探しているヤッピー夫婦に、譲ることにする」なんてことを切り出して、驚き慌てない親がいるだろうか。狼狽して娘を叱り付け、世間体を気にした解決を第一に考えるのが普通の反応だろう。あるいは、狼狽の裏返しで、場違いな冗句でも飛ばしたりするか。

ところが、この両親の反応は違う。驚きの中にユーモアを含んだやり取りと、地に足の着いた対応。大人びた娘に対する気遣いと信頼、そうはいってもまだ子供なところもある娘を、きちんと叱るときの、テーマの選び方と叱り方。「できた親」の見本のような振る舞いに、そういえば昨今、こうした大人を久しく見ていないことに、観客は気付かされる。

あるいはこれも、一種の幻想かもしれない。しかしそれを「ありそうなこと」と思わせる米国社会の「何か」が、この映画の魅力だとも言える。彼らは、社会的に形成された「親」イメージや制度がもたらす「親権」の力を借りずに、成熟した大人の知恵と度胸を自然に見せる。

この親にしてこの子あり。娘の方もまた、信じ難い大人度で冷静に自己コントロールしながらお話しは進む。

この親子に対比するかのように、他の登場人物達の普通ぶりというか子供ぶりが、映画の中では少し過剰に描かれる。恋人役の男の子の仁丹への無意識の偏愛ぶりなどはかわいい部類だが、養子縁組先のヤッピー夫婦、夫の方は、音楽やビデオ談義を通じて、妊娠娘と次第に意気投合していくのに対して、妻の方は、支配欲が強く、話しのわからない嫌な奴として描かれる。
ここまでなら、それでもまだ普通の展開、普通の映画だ。

ところが、終盤近くになって、意外などんでん返しが待っている。女が母になるのは、男が父になるより、少なくとも10ヶ月は早いのだ。女の子であるJUNOはそれに気付き、同時に、自分がこれまであっけらかんと人に渡そうとしていたお腹の子供のことを、ヤッピー妻への共感と共に自覚し、初めて涙を流すことになる。

このクライマックスで、娘が見せる涙と、それを共有してくれる人の結びつきも、この映画のよさのひとつだ。そこへ至るまでの、父母の短く的確な助言、女友達の暖かな視線、相手の真摯な行動など、ありそうでなさそうで、でもあったらいいな、きっとあるさと感じさせる、作品の作り込み具合が、たいへんよい。


久しぶりに、「いい映画」を観た気分にさせてくれる、得難い一本でした。

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