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2008.03.15

「ノーカントリー」

"No country for old men"
本来、「まったく近頃の世相ときたらやりきれないよな」と、これを観た米国人は思うべきなのかもしれないが、日本人である私はそういう視点も持てない。ただ、これが評価されている、ということを前提に観るべきなのだろう。抑制の効いた緊張みなぎる映像表現と話しの運びには満足感が残るので、観て損はない。以下ネタバレ

米国といえば、タフでマッチョな人間がサバイバルを繰り広げている新世界、という見方はあるだろう。これを前提に映画を観ると、タフネスを競う彼らの終点に何が現れるかを作り手は描いているように見える。求道者のような殺し屋シガーはその象徴だ。

ベトナム戦役の生き残りでナイスガイ風の彼も、途中から当て馬のように現れてあっけなく屠られていくテキサス風の別の殺し屋も、タフでマッチョな理想像をそれぞれに追求していたに違いない。しかしそのいずれも、結局はシガーには及ばなかった。

このシガーという殺し屋は、人間に対する審判者になろうとしていたのかもしれない。最後の遣り残しを片付ける前に漏らした「コインとして生きる」という台詞にそれが窺える。他の二人は、愛する妻が居たり、金に執着があったり、要するに普通に人間らしい欲望の範疇でタフネス比べをしているに過ぎない。シガーはそこを超越している。敵うわけがない。
事件に巻き込まれた形のモスが、途中まではシガーと互角に渡り合っているように見えて、最後に行き擦りの女に声を掛けられた程度でわずかに緩みを見せた後、何の盛り上がりもなくただ死体となって転がっている描写は、緊張を少しでも解いた時点で容赦ない終わりが訪れるこの世界を雄弁に語っていないか。
まるで、緊張を緩めた瞬間に、もう丁寧に描写する価値もなくなったとでも言いたげだ。

作り手は、その生き生きと殺伐な世界を、老保安官と彼の周囲の常識人の視点で折々に語らせる。そんな際限の無いタフネス競争でいいのか。年寄りや女子供の居場所はどこにある。保安官の困惑する眼差しはそう問いかけているようだ。

"Only the paranoid survive." アンディ・グローブの著書のタイトルどおり、生き残ったのは最強のparanoidだった。そうした過度の競争に疲れた大勢の人たちが、この映画を支持した結果が、映画祭での高い評価となったのかもしれない。


老保安官役のトミー・リー・ジョーンズ、シガー役のハビエル・バルデム、モス役のジョシュ・ブローリン、いずれもたいへんいい味を出していた。

日本では缶コーヒーのTV広告でお馴染みのトミー・リー・ジョーンズのハの字にひそめた眉毛が、無言で世の中に異議申し立てをしているかのような説得力があってよかった。その無言の抗議を、時には低い呟きで撥ね付け、時には尊大に見下すハビエル・バルデムの圧倒的な闇も見応えがあった。

小難しく見ることも出来そうだけど、つまるところ、常識的で穏やかな生を望む大多数と、孤高の道をゆくことで周囲に苦痛と呪詛をふりまく一握りの者、そして前者の中から後者に挑戦して敗れ去る者、その三者の相克を描きだした作品。大筋でそんな風に言えるのではないか。

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