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2008.01.20

「ぜんぶ、フィデルのせい」

世代交代という方法を通して代謝を行い、状況変化に対応したり、平衡を保ったりする人間という生き物の融通無碍が描かれている、というと深読みしすぎだけど。
小難しい理屈抜きで言うと、ニナ・ケルヴェルちゃん演じるおませで活発な女の子アンナが絶妙に憎可愛いので、それだけでも観にいく価値あり(笑)。以下ネタバレ。

つくづく、子供の目はよく大人社会を見ているなと思う。まだ小学生くらいでしかないこの主人公の女の子は、当初は、裕福な家の出である父親が引きずっていた生活様式に慣れ切って快適な暮らしをしていたのだが、身内の不幸をきっかけに社会正義に目覚めた父の方針転換の煽りでつましい生活を強いられる。当然、不満が募り、軋轢をいろいろ経験した後に、田舎の祖父母の実家へ一人で行ってみることになる。そこで、そうした裕福な名家に潜む影を、叔母の様子ひとつで感じ取る。このシーンはとても短く、それ以外は田舎の生活の恵まれた立場の人々の暖かい面しか映らないのだが、その短いシーンだけで、この都会育ちの女の子は、その地の居心地の悪さを感じることになる。

子供は人生の蓄積が少ないから、方針転換も早い。狭くなった我が家に頻繁に出入りする父の友人達にも徐々に慣れ、いわゆる「進歩的な」考え方を吸収していくことになる。ぜんぶ、フィデル・カストロの影響なのだ(笑)。

私は、右とか左とかの教条主義的な考えには興味がない。競争による富の拡大生産と分配による富の配分とのバランスをどの辺りにとるかという程度問題に過ぎないことを、私達は今では知っている。そうした捉え方で見れば、この映画はフランスの大統領が交代して右寄り路線に舵を切ったことに対するカウンターアクションなのかもしれない。

しかし私は、この映画に、もう少し違う視点を感じた。それは、女の子が父母に投げかけた問いの中にちらりと見えたものだ。正確な台詞は忘れたが、こんなやりとりだった。

父「どうもこの子は団結と物まねを勘違いしているようだ」
女の子「でもパパは自分の判断が物まねじゃないって自信があるの?」
父の困惑、推して知るべし。

彼は、名家の裕福な生活を捨てて進歩的な考えに身を投じた。時代は回り今度はその子の時代。もう一度、それは正しい選択なのか、問いは投げかけられる。父は自分の時代の判断が絶対正しいとは言い切れず、黙って妻と目を見交わすしかない。

こうして、人間という生き物は、状況に応じて不断に見直しを繰り返し、その時点での最適解を探して動いていくものなのではないか。そういう視点を感じたので、私はこの作品をそれなりに評価したい。


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