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2008.01.02

2008年も「憎まれっ子」で行こう

中国が動画サイトの規制強化を発表、中国版Youtubeは消えてしまうか!?

『インターネットの動画コンテンツ・サービス管理規定』は、これからインターネット上の動画もテレビや映画と同じように取り扱うぞ、
という中国当局の宣言文みたいです。そして、中国では動画サイトはテレビ局と同様の扱いをされようとしているのです....。
お色気系や暴力系など"社会の秩序"を乱すような動画コンテンツの管理などと大義をかざしているかもしれませんが、本音は"報道管制"なんですね....。「ニュースや報道系の動画は、放送番組制作のライセンスが必要」という第9条ではその本音が明らかにされています。
いまや多くの人が無意識にでも感じていることだが、年頭に再確認しておきたい。ネットは相変わらず、ネット以前の社会全てに対するカウンターパワーであり続けるべきだということを。


ネットのおかげで情報交換の形態は、クチコミ(通信)と4大メディア(放送)だけだったネット以前の時代から大きく進化している。「双方向かつ一対多かつ無編集公開」という新しい形態がその進化の主軸になっている。この新しい情報交換の形式は、民衆により大きな力を与えつつある。

それゆえ、従来型の管理者、統治者、その朋友であるメディアの中には、インターネットを仇敵のように考える人もいる。自らの権限や影響力に対するカウンターパワーとしてネットは作用するからだ。

私は、二者の間に適度な緊張が持続するのはよいことだと思う。それは、これまでより力を持つことになった側にとってだけでなく、力を制限される側にとってもよいことだ。批判に対峙し制約を乗り越えることで、より良いものに変わることが期待できるからだ。

注意しなければならないのは、このカウンターパワーに安易に同化したり取り込もうとする動きだろう。例えば、ネットの管理を、事実上の管理者である米国から国連に移そうとする動きなどは要注意だ。日本には国連好きの傾向が強く見られるから、国連によるネットの管理に抵抗は少なそうだが、ことインターネットについては、米国が管理している方がよい。人工国家であり、問題がある政府は打ち倒してよいとする憲法を持つ米国ほど、インターネットの管理者として相応しい者はいない。上記のような中国政府の動きを見ればそれは明らかだろう。国連に管理を移管などすれば、ネットの効能の大半が失われ、ネット以前型のメディアがまたひとつ増えただけ、ということになりかねない。

融合、協調、社会性などの耳障りのよい言葉は、往々にして現状維持の言い訳に使われるから、よく吟味した上で努めて遠ざけたい。妥協点を探すことと、雰囲気だけで馴れ合うことは、似て非なるものだ。


2008年も「憎まれっ子」で行こう。

 

で、NGNはどうなのかって?
あれは通信事業者によるIP網であって「ザ・インターネット」ではない。仕事には便利そうだから使いたいが、それだけのことだ。

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