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2007.12.15

匿名/実名は一律原則論では語れない

匿名ウェブの終焉

実名/匿名議論に対して、私はひところに比べるとだいぶ興味が薄れた。というのは、いまのネットでは、一時期に比べて、裏側では匿名性は無くなっていると思うからだ。有料プロバイダは、一定期間内であれば、必要とあれば発信者を特定できるから、真に匿名であるとは必ずしも言えない。

つまり、いま取り沙汰される「匿名性」とは、プロバイダが掴んでいる発信者情報を、表に出すか出さないかという意味であり、私はそれにはあまり興味はない。なぜなら、それは単に「選択」の問題に過ぎないと思うからだ。

確かに、百科事典のように多くの人が参照するものについては、実名記事を原則とするなどで信頼性が高まることを期待して努力することは必要だろう。
一方で、記者の実名を出さずに信頼性を保っているメディアの存在をどう見るか、あるいは、ネットがないムラ社会の時代にもあった匿名の誹謗中傷や疎外をどう考えるかは、ここでは置く。

実名の性質を活用しようとする百科事典のようなものがある一方で、匿名記事を許すことで別の何かを目指そうという「選択」もあってよいだろう。もし利害の衝突があれば、調整なり迂回なり訴訟なりを試みるのが、人間の昔からの方法であるはずだ。

選択肢を認めず、世界を一律に実名空間のみで統一するような考えがもしあるとすれば、それを過去の数多の過ちになぞらえて何主義と呼ぶのかは知らないが、これほど有害なものはない。

 

と、偉そうなことを書いた後で少しだけ補足すると、上の理屈にはひとつ穴がある。それは「有料」プロバイダなら、という条件が付いていることだ。

料金を徴収するためには、既存の金融機関が持っている個人情報に、サービスを紐付けなければならない。そこで個人を特定することができる。

しかし、収益は広告で得て、利用者は原則無料とするサービスを展開する企業、例えばGoogleが、接続プロバイダを手掛けて、それが普及するとどういうことになるか。ダイアルアップ接続の頃にあったような、真の匿名空間が再び広がる可能性はないか。

匿名を問題視するならば、その可能性にこそ注目すべきではないだろうか。

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