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2007.10.12

「パンズ・ラビリンス」(その2)

先に書いたとおり、私にはよくわからないところが、観た当初はあった。それだからなのかどうか、様々な想念が呼び起こされて落ち着かないので、もう一度何か書いておこうと思う。以下もろにネタバレです。

 

第一の試練は、冒険物語によくある、始まりの勇気、雌伏、機知といった要素を絡めたお話しで、英雄伝説のちょっとしたエピソードのようなものか。ここには既に、父親を亡くした少女にとってこの世でただひとつの拠り所である母親の言いつけに背いて、小さな冒険行に赴くという、自立の萌芽がある。

わからなかったのは第二の試練だ。
パンといえば、確かギリシャ神話に登場する豊穣の神だ。ニンフを追い掛け回していたりして、どちらかというと放埓なイメージだったと思う。ディオニッソスに近い。その神が、禁欲という試練を与えるばかりか、その禁を破って犠牲まで出し危うく失敗するところだった少女を叱るのだから、なんだか変なのだ。

しかし、ここでパン神は実は、禁を破った少女の行動こそ正解だと受け止めたのではないかと考えると、いろいろなことが符号してくる。
おどろおどろしい洞窟の奥の三つの扉の中から、妖精が示したものではなく、自分で選んだ扉を開けたことは、他人の言ではなく自分の信じるところに従って進めという意味ではないか。パン神の最初の警告も、それに従順に行動して戻ってくるようでは、この試練には不合格だという含みがあったのではないか。

そして、禁を破って思う通りに行動した結果、自ら招いた危機に対しては、最初にパンの力で開けてもらった入り口ではなく、自力で開いた別の出口を通って脱出することで、この試練は完結したのではないか。
パン神は、内心では「大正解」と思いながらも、表向きは怒り、試練に失敗したのです、と告げて去る。それが、第三の試練に向けた下準備となる。パンの言うとおりにしないと罰があるぞと、わざと脅して、自立心が本物かどうかを試すのだ。

こうして、自立の道を歩き始めた少女に降りかかる最後の試練は、たいへんに過酷なものとなる。パン神の言葉に対して、自分は何を大切にするか、既に定まった意識を持ち始めている少女は、反射的に否と返す。第二の試練の後で、言うとおりにしなければ罰があると警告され、その言葉に打ちのめされていたにも関わらず。
ここにおいて、少女の自立は本物となる。そして急転直下の結末。

これは辛い。

自立を目指すものは、大切なものを奪われた上に、命まで差し出すことになるのである。パン神はどこまでも残酷だ。

しかし。

そのすぐ後に、今度は、奪う者であったファシストの軍人も同様に、大切なものを差し出した上に、命まで奪われることになる。まるで鏡に映したように、まったく同じ結末が立て続けに繰り返し描かれる。

つまり、この結末は、自立する者にだけ降りかかるのではなく、全体主義の中に埋没する者にも等しく訪れる、いわば人間の宿命のようなものだと、この映画は言っているのだ。過酷に見えて実は、自然な結末なのだと。

 

ところで、最初にパンは少女に向かってこうも言っている。「あなたが人間の色に染まっていなかどうかを試すのです。地底の王国に戻るために」
自立というのは、言うほど簡単なものではない。経済的な自立などと取り違えてしまうことがしばしばあるが、それとは異なるものだ。全体主義の悪夢を経験した欧州の人間は、それを知っている。集団主義の悪を清算しきれずにいる日本人にはその自覚があるかどうか。

パンは、人間というものが真の自立からはほど遠い存在だと、最初にさりげなく宣告しているのだ。その上で、自立というものへ向けた試練を課し、すべての試練を通過できた者から、最後に人としての命を取り上げる。なぜならその者は、自立を示したことで、人間とは異なるものになったのだから。

なんという皮肉。
まさしく、半獣半神の仕掛けた「ラビリンス」に違いない。
 

パン神の高笑いが聞こえるようではありませんか。
思い返すと、他の登場人物も、あつらえたようにこの構図に沿って動いている。
この映画は、噛めば噛むほど、間違いなく名作だ。

 

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