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2007.09.08

「デス・プルーフ in グラインドハウス」

新旧スタント対決! でよろしい? もちろん違うのだけど。
前半と後半でがらりとちがう空気。それを繋ぐのはスタントマン・マックと14ヶ月の空白。以下ネタバレ。

 

私は映画ファンというわけでもないし、ましてや評論家でもおたくでもないから、オマージュと言われてもよくわからない。いかにもわざとらしい場面、例えば前半最後の病院の場面などは、たぶん過去の名作から取ってきているのだろうと思うくらい。
むしろ私としては、この映画の生々しさを楽しんだ。スタントマンという職業の人間に焦点を据えたのはその意味で正解だろう。

それだけで十分だと思うけど、もう少し勝手な解釈で屁理屈を言ってみるなら、これは新旧世代の世界観の交代を暗示しているのかもしれない。今40歳代半ばの監督が、そういう問題意識を持っていてもおかしくなはい。
 

旧世代の象徴たるおやじスタントマンは、一匹狼で少々暗いのが男らしいという世界観に染まっていそう。女達の方も被害者のようでありながら実は同じ世界観に引きずられ染まっている。その枠内でそれぞれが・・最適化しようとしている、とでも言う感じか。ちょっと読み違えて片方は全員死ぬことになりました、という筋書き。
カート・ラッセル演じるスタントマン・マック(漫画の主人公みたいな名前だ)が女を口説く場面とセリフが古臭くてかつ良い。


一方新世代代表は、屈託のない女友達4人組。うち2人はスタントウーマン。
前半で場をそれなりに支配していたおやじスタントマンは、後半ではこの侮れない女達にちょっかいをだして、逆にぼこぼこにされることになる。前半では世界の一角を占めていたこのおやじが、後半では居場所を無くしている。それを印象付ける後半最初のモノクロの場面は、年老いた彼の渋さや怖さをではなく痛々しさを表しているように、私には思えた。

その痛さに比べて、後半の主役、スタントウーマン達の明るさはどうだ。前半のどんより媚びるような女達との違いは。男の背に絡み付かなければ仕事も成功も無いのが女という世界観と、男同様女も自分の才覚でやっていくのが当然というそれとの、眩しいほどの違い。住んでる世界が違うのか。

それほどにも違う2つの世界だけど、女友達のおしゃべりのエンドレスでやおいな感じは驚くほど共通している。スラングなどはさっぱりわからないが、あの時間つぶし以外のなにものでもないたわいのなさは、男ならたいがい経験させられたことがあるだろう。一応、監督タランティーノも男のはずだが、あれを飽きずに撮り続けるのがこの映画の良さだろうか。

 

不満があるとすれば、後半の出来すぎ感。前半は湿っぽい生々しさが横溢していい感じだったが、後半はなんだかハリウッド映画を観ているような(笑)綺麗さが目立った。しかも、スタント遊びをやっている最中の襲撃に対して、車の速度を緩めて止まればそれで平和におしまいなのにどちらもそうしないのは、ふと我に返るとすごく変。そういうところは、走り続けなければならない理屈をあらかじめ用意しておくのが普通の映画の手法のはずだけど。
何によらず、我に返らずに最後までいくのが手っ取り早い幸せの掴み方、という人生勉強もさせてくれるのが、B級映画というものなのだろうか(笑)。

そうそう、タランティーノもバーの店主の役で出演していたけど、役者ぶりは悪くなかった。でも客に背を向けてこっそり売り物の酒を煽ってるのは、商道徳としてどうかと思う(笑)。


勢いで来週公開のプラネット・テラーの前売りも買いました。
 

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