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2007.05.11

今日の絶望

健康診断というものがある。定期的に病院へ行って、血をとられたり背丈を計ったりバリウム味のヨーグルトを飲んでアトラクションに乗ったり超音波スウォードで肺腑を抉られたりする愉快なエベントだ。私なぞは子供のころの遠足よろしく前夜になると翌朝の天気が気になって夜も眠れない。食事も喉を通らないくらいだ。

この楽しい催しは当日参加だけでなく事前準備という形で体験学習ができるプログラムになっている。便を採取するのだ。そのために参加者にはあらかじめプラスチック製の虫篭様の容器が渡される。蟻など採取して封じ込めるのにお誂え向きの形状をしているこの容器がまた私のお気に入りで、使用機会を逃さないように容器を渡された日から当日まで常に背広のポケットに携帯するのを常としている。

さて、明日は健康診断当日というその日、こじゃれた飲食店で物憂く珈琲など注文していた私に待ちに待ったその機会が訪れた。既に1回目の採取には成功しあとは2回目の体験学習を残すのみとなっていた。

レストルームへ直行し電気でほどよく暖められた椅子に座って体験学習を始めた私。するすると問題を解いてあとは子供の泥んこ遊びよろしく採取をすませるのみとなった。幼少の頃を思い出しまさに心躍る瞬間である。

立ち上がって振り向き泥団子に向き合って容器を取り出そうとしたそのとき、不意の水音が私を襲った。唐突なことでもあり一体如何なる事態が起きているのか暫し私は狐に抓まれたような思考停止状態に陥った。

私は耳を目を疑った。轟という微かな水音とともにあろうことかその輝ける貴重な泥団子が艶やかな白い陶器の奥へと吸い込まれていこうとしているではないか。私は何もしていない。ただ立ち上がって向き直って・・。

そうだ。立ち上がって向き直ってしまったのだった。この種の椅子の中には赤外線で人の動きを自動検知するという大自然の驚異もかくやと思わせる過剰進化を遂げたものがときおり見られる。私が直面したこの椅子がまさにそれであり、私が既に用を済ませたものと勝手に解釈し貴重な体験学習の素材を私の手から奪おうと動き始めたのだ。不埒千万!

嗚呼もし傍らにお玉なりとあったなら引っ掴んで私のものを掬い上げ不届きなその椅子に歪んだ冷笑を浴びせてやったものを。しかしそこにお玉があろうはずもなく。私はただ焦燥に駆られながら泥団子が静々と吸い込まれて行くのを見送るしかなかったのである。

なんという無念!

 

いまや何事も無かったかのように満々と水を湛える湖面をしばし呆然と見つめ、やがて憔悴しきった私はよろよろとその場を離れたのだった。虚しく空の容器をひとつ残して。

翌日病院にて大勢が屯する待合で看護婦にご丁寧に名前入りで呼びつけられ、体験学習を完了していない旨を無粋な大声で詰問された私の身にもなってほしい。自動化なんてものはそんなに過剰にやるものじゃない。

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