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2007.03.18

ライブドア判決の雑記070318

メモっておくべき記事を2つだけ。


ライブドア事件とエンロン事件

事情を知らない社長をスケープゴートにするために、実質的な「犯人」と取引して刑を減じるのは、法の公正という観点から問題があるばかりでなく、リスク態度の歪みをもたらす。社長は、複雑な金融スキームのからむプロジェクトをよくわからないまま許可すると訴追されることを恐れて、自分の理解できないプロジェクトは許可しなくなるだろう。
確かに、財務責任者の方がどう見ても責任は重いと思う。
また今回、多くの人が指摘しているように、ライブドアよりはるかに悪質で巨額の日興コーディアルが刑事罰どころか上場廃止もまぬがれたのは、既得権をもつアンシャンレジームが「身内」には甘いことを示している。
これはあちこちで言われている。それに対する弁明で納得できるものはまだ見掛けない。西室泰三っていう人は、そういう感じだったかなあ。

むしろ、ライブドアについてはやり過ぎてしまったが、今更どうすることもできなくて、今後は、日興くらいの対応を標準にしたい、ということなのかも。



ライブドアの判決

裁判長は、判決を言い渡した後で、ハンディキャップのある子どもを持つ母親からの手紙を紹介し始めた。「大きな夢を持ち、会社を起こし、上場企業までにした被告に対し、あこがれに似た感情を抱いて働く力をもらった。ためたお金でライブドア株を購入して今でも持ち続けている」。これが手紙の文面である。
(中略)
株式投資をするということは、それが自己責任であるということを前提としているということに他ならない。ライブドアの株を買った人びとは善意の第三者ではない。このあやしげな会社に賭け金を置いて、それが増えて戻ることを期待したはずである。ハンディキャップを負う子どもの母は、どうして「夢は本当は金では買えない」ということを教えようとしなかったのかと、私なら思う。
このハンディキャップの子の親は、あるいは、純粋に自分の励みとしようと思って株を持っただけで、値上がり益を得ようと思ったのではなかったかもしれない。だから、上の批判はおそらく、テレビのインタビューに出てきて損害賠償を口走っているような輩に対して向けられるべきものだろう。

では、この親子に掛けるべき言葉は何だろうか。

世のハンディとは、そのために合理的な利益を享受できないというような等価交換の価値観がつくる文脈において、ハンディなのであり、それを克服するとは、その文脈自体を変えることではなかったのかと思うのである。

ハンディキャップがあるなら、その不利が大きな比重を持たないフィールドを探して生きるなりの方法をこそ、子に教えるべきだ。

単に、頑張る人を見習え、というつもりで株を持ったのなら、それは誤った頑張り方を子供に教えてしまっているに過ぎない。

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