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2006.12.28

幸せはイメージひとつ

このところ新しい調和点を求めて彷徨っており、少し粗削りなのだけど書いてみる。


時代と二人三脚できた中産階級というものが、成長横這いの時代に入って、解体することは避けられないように、最近思うようになった。

日本の中だけを見ていれば、何を言うかということになるのかもしれないが、途上国と呼んで内心密かに優越感を抱いていた国々が、高度成長時代の自分たちと同じように立ち上がり始めているのを見れば、こちらもまた、安易なまどろみを捨てて別のバランスポイントを目指さなければならないのではないか。

世の中でなんとなしに不幸感が増しているのは、頭でイメージする幸福な生き方と現実との乖離が激しくなっているからだ。現実の変化を押しとどめて、従来どおりの幸福イメージに戻すことは、世界を見回せばもはや難しいことはわかると思う。であれば、現実を認めつつ、新しい幸せイメージを作って安心することが、大多数の人間にとっては必要だろう。


金持ちは、金持ちであるということだけで癒されるところが多々ある上に、そもそも数が少ないから、これについては特に考える必要はない。問題は、そうではない層についてだろう。

私が考えているこの層の幸せイメージは、比較的低所得であっても自由な時間が持て、意義を感じられる活動ができることだ。それを特徴づける考え方は、働き手が、金のための労働を一定以上はしない、という矜持を持つことだ。もちろん、その層の中からも、寝る間も惜しんで仕事をして財を成す道は残されていなければならないけれど、すべての人をそうした方向に駆り立てるのは、もはや無理だという気がする。

このイメージを安定的に確立するにあたっては、さしあたり、物理的には、食料や交通手段などのインフラが安価に供給されることが、また思想的には、他人の顕示的消費を妬まず貶めない心理が、必要になる。


言うまでも無いけれど、新しいバランスポイントに移行するまでには苦悩は避けられないだろう。古い幸せイメージを急に捨てられるものではないから、それが残っている間は辛いことになるに違いない。中には暴発するケースもあるかもしれない。しかし、それを嫌がって止まろうとしても、世界の方は容赦なく変わっていく。変化が避けられないならば、むしろ先に踏み出していった方がいいことがあるかもしれない。

これは欧州的な労働感と似ているといわれればそうだと思う。とりあえず、そういう方向で、しかしラベルを貼って忘れるのではなく、現実と突き合わせながら考えていこうと思う。


今年は暮れも正月もなく働かなければならない予感がしているわしは、もしかすると最悪のケース?(笑)

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