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2006.12.02

「カジノ・ロワイヤル」

前半2/3はなるほど007、後半1/3は全然違う映画、というのが正しいかも。

ジェームズ・ボンドの運命の女を描くという点では物足りない。ボンドが007になる過程を描くなら、そのキーであるヴェスパーをボンドと同じくらい丁寧に描く必要があったと思うのだけど、ヴェスパーという人物の背景はほとんど描かれず、ボンドの推測とMの説明的なセリフで済ませてしまっている。だから、せっかくエヴァ・グリーンといううってつけの配役をしているのに、それが生きてこない。

普通に007映画としては、前半だけでいい出来だから、不満を言うべきではないけど、従来路線の娯楽アクションをつくるのか、それともジェームズ・ボンドの人間ドラマをつくるのか、どちらかに絞ってもよかったと思う。


TVで「衝撃のラストシーン」と宣伝しているシーンが、たぶん007シリーズの初期の作品に繋がるのかもしれないが、そこはシリーズに詳しくない私にはわからない。

そのラストシーンをあえて無視して言うなら、この「カジノ・ロワイヤル」は、007を再生するための設定の再構築だったのではないかと思う。鍵はテロという不安定要因。背後には軍需産業というか武器商人というか。

この設定はしかし、テロの側を深く描けば社会問題になりかねないところがあって、今後も敵方は軽くおざなりに描くしかないのだろう。むしろ娯楽映画としての路線がこれで再確認できたわけだから、よかったかもしれない。


それにしても、俳優の力というのは大きいと思う。ショーン・コネリーはともかく、そのほかのジェームズ・ボンドはどれも浮ついている上にもっさりした感じがして、私はあまり好きじゃないのだけど、ダニエル・クレイグという俳優には存在感とキレがあった。

この配役でまた007があるなら、観てもいいいかな。

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