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October 2006

2006.10.29

「父親たちの星条旗」

この後公開のもう1本とセットで観てみないとわからないが、一言で言うと、疲れる映画。スピルバーグが真面目にやるとこうなってしまう、というか。もっと短く出来るはずだしするべきと思う。途中、スピルバーグに激似のカメラマン(笑)が出るシーンなんか本当はいらないからカットして、もっとコンパクトにしてほしかった。

一応、日本側視点で撮った次の作品と比較するためにメモだけ残しておくと、
・つくられた英雄像
・彼らが戦う本当の理由
あたりがポイントか。

戦う理由として、「国のために戦うのはそれはそれでかまわないが、命まで掛けるのは仲間のためだ」というあたりが肝。きっと日本側の視点ではこのあたりが違ってくるのではないか。二本目の予告編で、戦後のわしらにとっては鬱陶しい感じが既に濃厚に漂っている。

もうひとつ、日本側は最初から玉砕覚悟なのに対して、米国側は5日で制圧のはずが1ヶ月以上もかかって誤算、くらいの気分なのが、決定的に違うはず。

前人気の割りにあんまり面白い映画ではないと思った。二本セットで見せるという興行側の煽りにはまってしまったのかもしれない。

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「形骸」にかかるコストは減らしたい

「世界史」の学びをめぐって。

私は日本の学校制度は崩壊するのではなく、形骸化してゆくと予想しています。なぜなら日本では、形だけを整えて安心しようとする雰囲気が強烈だから。
教育については誰しも一家言あるので、いきおい床屋談義に花が咲くことになりがちだ。だからということでもないが、私は教育問題そのものについて直接言及することは控えようと思う。けれども、上の一文は教育に限らず多くの分野に共通して言えることなので、取り上げておきたい。

私の関心領域であるIT化、効率化、合理化について、上のような形骸化は、ぴったり当てはまる。業務分析と称して、現場は全員知っている業務フローを書くために外部コンサルに結構な金額を払い、システム開発と称して、システム屋の想像でビジネスロジックを硬直的に構築することに億単位の金を使い、高性能と信頼性を謳った無意味に過剰なスペックのハードウエアの購入にまたまた大金を使い、そしてメンテナンスやちょっとしたロジックの変更にも、大層な時間と人材を使い、永遠にITの為のITシステムに貢ぐ仕組みに自分自身を縛り付ける。

ITゼネコンにとっては都合がいいのかもしれないが、使えない箱物美術館と同様に意味の薄いソフトウエアが廃墟のように仕事の前に立ちはだかる愚は、なんとか避けられないものだろうか。

こうした形骸化した「IT化」手法が、疑問を持たれることもなくIT屋主導で行われていることが、少子化や高齢化の進むこの社会の先行きをずいぶん暗くしている、と私は思う。

私の周辺だけでのことなのかもしれないが。

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2006.10.28

「上海の伯爵夫人」

こじんまりしているが、きちんとまとまった感じの小品。登場人物の描き分けが割とよくできている印象。

脚本を書いたカズオ・イシグロは英国の作家。英国という国は近代勃興の境目で活躍しただけあって、近代の前と後を公平に見ることができるのかもしれない。このお話しも、近代前の支配階級であるロシア人貴族と、近代後を代表する若い国家アメリカの元外交官とを、公平な目で見ているように思う。同時に、日本という国家が欧米列強をキャッチアップする立ち位置も醒めた目で見ていて、比較的公平な目で評価しているように見えた。

さらにこのお話しには、没落した元伯爵家の隣人として、ある重要な人物も描かれている。彼は欧米の作品中ではたいてい嫌われ役として描かれてきたと思うのだけど、この映画の中では、古い時代が新しい時代に場を明け渡す過渡期においても根底では変わらない人間の善い本質-たくましさ-を体現している。世界中を放浪する宿命に置かれた彼の民族の別な一面を、初めて見せられる思いがした。

映画の出来としては普通だし、元外交官の趣味の世界には私は興味が持てないけれど、かの隣人の描き方には得るものがあった。時間があるときには試しに観てみるのもいい一本。

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2006.10.27

VOX

老舗というべきsixapartが、新しいブログサービスを始めたみたい。
さっそく登録してみた。まずはあまり使っていなかった名前とアドレスで。

HSKIで登録するかどうかはしばらく考えてみる。
ココログで慣れてるし、カスタマイズがそこそこできるのが気に入ってるし。
何より、個人情報を様々なクラックや圧力から守り通すポリシーを貫けるかどうかを、しばらく見てみないと。


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2006.10.24

雑記061024


テレビ番組のIP配信技術や運用ルールを検討する「IPTVフォーラム」発足

総務省が、テレビ番組などの映像コンテンツをIP配信するための技術・運用ルールなどについて検討する「IPTVフォーラム」を発足させました。
総務省自身、地デジの未来を信じてないんだろか。3割ほど残りそうな難視聴地域対策というのは、もちろん言い訳と受け取っておいて。

やっぱり、地デジチューナーは買わずに、パソコンを core duo にして光回線引くのがいいのかな。


インターネットチェッカーというのが、Winのアクセサリーに入っていたので、ちょっと嵌まった。イタリア人中級という人に1回勝ったがあとの5回くらいは負け。
定石も何も知らずにルールだけ理解した状態から、いろいろ試行錯誤してみると面白い。だんだん理屈が見えてくる。

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2006.10.23

予想外割

ソフトバンクの「予想外割」、通話料0円の新料金プラン発表

ゴールドプランでは、ソフトバンク携帯電話同士の通話料が0円、SMSの利用が0円で提供される。基本使用料が9,600円となるが、2006 年10月26日~2007年1月15日にかけて実施される「ソフトバンク大創業祭キャンぺーン」中にゴールドプランおよび新スーパーボーナスに加入すると月額基本料が月額2,880円となる。このほか、初回最大2カ月間は月額基本料金とパケット定額料金が0円となる。
9,600円がどうして2,880円になるんだ・・・最初の3ヶ月だけとか?

なんかあるのかなあ。
気になるなあ。
完全に釣られてます(笑)。

この料金内でネットつなぎ放題だったら、まじ考えるかも。

また、auの料金プランをコピーした「オレンジプラン」、NTTドコモの料金プランをコピーした「ブループラン」もスタートする。これらのプランは、auとドコモの同等プランより210円(税込)安く設定されている。
「大人のソフトバンク」改め「喧嘩屋ソフトバンク」復活(笑)。

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2006.10.22

中間領域の収益モデルは二本立て

「サブスクリプション・モデル」屋の勝手な憂鬱

放送と通信の融合が難しいのは、そういう面もあると思う。前にも書いたように、私の「放送と通信の融合」の定義は、現在の「恐竜の頭」に位置する放送コンテンツと、「ロングテール」に属する通信・ネットコンテンツの間に、中間領域が新しくできることだと思っているが、この「ミドルテール」部分が「サブスクリプション」になるのか、「広告」になるのか、このバトルがしばらく続くのだろうなぁ~、と思う。
そういえば、雑誌や新聞という媒体はここをどうやっていただろうか。
広告収入と雑誌販売の売り上げのバランスをとるのが肝だと聞いたことがある。あれは融合というよりは二本立てと言ったほうがいいのかもしれない。

実際、広告営業と媒体流通が別部門になっていて、ついでに言うといがみ合っている(笑)ことも少なくないとも聞く。

これも温故知新のひとつかも。

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2006.10.21

「サンキュー・スモーキング」

原題はもちろん"Thank you for smoking." タバコのみは必ず見るべし(笑)。

怒涛の会話が冴える。軽快なテンポでどんどん進む。半分も聞き取れていないのが心残りなくらい。スクリプト付きDVDで勉強するのにいいかも。

笑いを基調とした中に、離婚しても変わらない親子愛や、神聖にして侵すべからざる個人の自由や、その他もろもろアメリカというものが詰まったお菓子の箱みたいな映画。

ディベートというものは、思うに8割のごまかしと2割の真実とで出来ているのではないか。完全なごまかしでは人を煙に巻くことはできないが、こちらに有利な2割の真実に大衆の目を釘付けにすることに成功すれば、後の8割の不都合は表に出ない。

この映画の主役ニックキ・ネイラー・・もとい、ニック・ネイラーは、その道の天才。ありとあらゆる対立意見をTalkで丸め込んでいく。エディ・マーフィが時々演じるような単に煩いだけのしゃべりではなく、洞察を背景にしたディベートが楽しめる。アーロン・エッカートという俳優さんには、はまり役かも。

ていうことで、愛すべき口先三寸男の活躍を存分に楽しめる、あっというまの110分。
愛煙家にも嫌煙家にもお勧めの、互いの敵をたたきつぶすために見ておいて損はない(笑)1本。

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2006.10.20

著作権には固定資産税を掛けよ

現状の著作権制度が抱える課題とその解決策が唐突に頭に浮かんだのでメモ。既出のような気もするが。

著作権というものは現状では、著作者とその周辺関係者が、著作物の利用について対価を求めるための拠り所になっている。資産としての価値があると言ってよい。実際、著作権者が亡くなったときは著作権の一部または全部は相続の対象となる。

その一方で、著作物が有効活用されるインセンティブは何もない。著作権を「有する」コストはゼロだから。

ならば、この著作権(という資産)に対して固定資産税を掛けてはどうか。毎年その権利の価値を鑑定し、適当な税率で著作権者から税をとるのだ。著作隣接権等についても同様にする。

 

そうすれば、著作権でビジネスをしようとする人たちは、その資産としての値打ちに見合う富を、税の形で社会に還元することができ、創造的活動のさらなる発展に寄与する有効な投資とすることができる。悪者扱いされることもなくなるだろう。

一方、著作権を積極的に金銭に変えるつもりのない人たちは、著作物利用の対価を求めない代わりに、税を取られることもない。芸術としての価値に重きを置き、金銭に対して鷹揚な人にも、この方法は受け入れやすいのではないか。

固定資産税方式は、資産を毎年鑑定して課税するので、著作物の価値が時間とともに、あるいはビジネス活動によって変化しても、柔軟に対応できる。この点で、一旦決まったライセンスを変更できない方式に比べても優れているのではないか。

所得税との二重課税だとする指摘があるかもしれないが、仮にそれに当たるとしても所得税との間で調整を図ればよい。不動産の所有と利用に対する諸税をモデルにすれば、現実的な落としどころはありそうに思う。

政府は知的財産権を産業にするつもりならば、この案を真剣に検討してもよいのではないか。

  

著作権に固定資産税を掛けよ。
そうすれば、ビジネスマン、芸術家、いずれに対しても、相応の仕組みになると思うのだが、どうだろう。

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2006.10.19

コンテンツにもTPO(死語)

iPod映画とDVDは競合しない(私的には)

今日の温故知新。

昔、腕時計という商品が頭打ちになったとき、広告屋さんとメーカーが知恵を絞って考え出したのが「TPO」という考え方だった。その後メガネ屋さんもチャレンジしてたと思うけど、どうなったろうか。話題が古いか。

コンテンツというものも、そういうことを考え始めてもいいのかもしれない。


え?そういうのはカドカワの十八番だって?
失礼しました。

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2006.10.17

YouTubeの役回りはGoogleと同じ

先週日曜の日経本紙「そこが知りたい」に、英ロイターCEOのインタビュー記事があった。それを読む限りでは、ロイターはネット社会に比較的うまく適応しているようだ。コンテンツ供給屋さんは、流通屋さんに比べてネット化の恩恵を受けやすいという原則がここでも生きている。

このインタビューの中で、次の一言が示唆に富む。

「(新興ネットサービスは、)グーグルなどが集めてくれる大量の閲覧者を生かせるネット事業を持たないメディアには脅威だろう。・・・(中略)・・・当社は・・グーグル経由で我々のサイトに来る利用者が非常に多く、サイトの広告媒体としての競争力につながっている。」
グーグルは客を集めて流してくれる由。

過去を振り返ればYahoo!は、伝統的に自社サイトの中に全てのコンテンツを抱え込んで、トラフィックを自サイト内で循環させるタイプだった。最近はどうか知らないが。
対してGoogleは、いったん集まったトラフィックを惜しげもなくどこへでも飛ばしていく。飛ばしてあげるから広告費をくれ、というタイプ。トラフィックはどこへ行っても必ずまた帰ってくる(という自信がある)わけだから。

これを参考に考えると、YouTubeの未来はクリアに見えるような気がする。
その前にとりあえず、いま取り沙汰されている訴訟の話しは、動画投稿サイトというものが認知されビジネスの仕組みが確立する前に、取れるものは回収しておこうという、火事場泥的な動きだと考えられるから、話しの本筋からははずして考えてよい。

紛争がひと落ち着きした後には、動画投稿サイトのビジネスモデルが本格的に立ち上がるだろう。
コンテンツ屋さんは、動画のキャッチーな部分をYouTubeに流して、そこから自社サイトに誘導する流れを作り出す。ユーザは、当たり外れのリスクを減らして動画コンテンツをリーズナブルな価格で入手する恩恵にあずかれるだろう。

このとき、YouTubeはまさに、一世代前、新聞社と対立したGoogleと同じ役回りを演じることになる。テキストで起きたことが動画でもう一度繰り返されるわけだ。
こうして舞台は回っていく。

待ち遠しい。

 

TV?
流通機能に対しては、一定のニーズは残るかもしれない。
コンテンツ制作機能は、間違いなくいまよりも発展する。はず。

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2006.10.16

雑記061016


「○○はiPodで再生できない形式の動画です」とかなんとか、iTunes7様に言われてしまいました。勝手サイトのものならともかく、iTSに登録されているPodCastの番組なんだけど。。。
いくつかあるけど、ひとつだけ具体名を言うと「メイキング・オブ・ブレイブストーリー」。わし、これ見たいのよ。何とかしてくだされ>番組制作者。
それとも何かiTunesの設定間違いなのかなあ。


最近、あちこちのブログでYouTubeをネタにしたエントリが増えている。そうなると、AirH"でブログを見ることが多いわしはたいへん困る。
長いことお世話になってきたAirH"だが、さすがに寿命なのかなあ・・・
PHSと複数回線契約で安くあげてきたけど、SOFTBANKのネットつなぎ放題1万円というのが出たみたいで悩み中。


○ア・ディ○ンがはやりだって? 半年ほど前からpya!の常連ネタだったはずだが・・誰かここにきて仕掛けでもやっているのかな。
「人に好かれる方法」を読んでからこっち、流行の裏にはPR会社の陰謀ありという意識に傾きつつあるわし。どうみても不自然でしょ。R18のリア嬢がお堅いTVで取り上げられるなんて。


第2日本テレビが総力をあげて「鉄道」関連のコンテンツを配信!!!

鉄か。
それはいい目の付け所かも。

[追記]
変なトラックバックがときどきこの記事を狙い済まして飛んでくるようになったので、試しに上の固有名詞を伏字にしてみた。

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2006.10.15

「アタゴオルは猫の森」

「ヒデヨシなのよー!」
っていう感じが割りとよく出ていた。

劇場はがらがらだったけど、「アタゴオル玉手箱」その他を全巻買い揃えていた時期もある私にとっては、懐かしくて楽しめました。

CGの技術はたぶん安上がりの古いものだけど、これはそこで勝負する映画ではまったくないわけだし(笑)、全然OK。

お話しは完全なテンプレートだから、これも身構えることなくうんうんと頷いていればよし。「あの変な歌と旗」のところでは笑いを噛み殺しました。月見姫えらい。


私はこのアタゴオルの世界観がとりわけ好きだ。映画には出てこないけど、記憶をたぐると、例えば「鉱物と植物が入り混じった」感じというのは、この漫画で初めて私のなかに言葉としてイメージできるようになったのだった。

ヒデヨシの傍若無人ぶりは、「若者を押しのけて自分のことしか考えない団塊」のような文脈に今では嵌まってしまうし、テンプラや月見姫の能天気さは「半島から核がとんできたらどうする」と今では言われてしまうのだろうけど、それでも私はこの世界が好きだ。
世の中悪いことばっかりじゃないよなと思いたいときに、観てもいい映画。

せちがらさに打ち克つ一本とでも言うか(笑)。

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2006.10.14

16ブロック

コンパクトで上質な映画。

警察の留置所からたった16ブロック先の法廷までの狭い空間に展開を限定したことで、大作アクション映画のようなダイナミックな場面転換を封じている。それゆえ観る側は却って、場面展開に目を奪われること無く、お話しの核心に常に触れていることが出来る。それがコンパクトで密度のある印象をもたらしている。

警官の悪事を法廷で証言する予定の証人を挟んだ、護送する刑事と阻止しようとする悪徳刑事のつばぜりあいというありふれた設定。追跡劇の中で使われる小道具類やトリックはいずれもお馴染みで、快適な展開とさえ言える。
ところが、その流れの深層に妙にいわくのありそうな雰囲気を微かに漂わせて、お話しは進む。その妙な空気の落ち着きどころがいい。そこに私は「上質」という言葉を充てたい。以下ネタバレ。

 

この種の映画は、殺すか殺されるかのやりとりになだれ込むことも多いけど、そうなると観客は、目先を生き延びたり罠を仕掛けたりのテクニック、あるいは、正面きった激突の緊張の方に注目してしまう。そうなると、登場人物は互いの価値観などかなぐり捨てて生存のために獰猛に戦わざるを得なくなる。

でも、この映画はそうなっていない。妙に気脈の通じるやり取りが双方の間に交わされる。そこには、ささやかな悪と、僅かに残った善との葛藤がある。どちらも相手を滅ぼさずには済まないようなものではなく、妥協や共存の余地を感じさせる。そのための共通の敵のイメージにも事欠かない。

それでも、護送役の刑事は、自分の中に残った僅かな小さな善を選ぶことになる。最初は「何かが目覚めた」かのように意識せずに。最後には自分の選択に確信を持って。

その間のプロセスに、この映画の良さがある思う。

善き心というものは、そんなに大袈裟なものではないのだ。小悪人だった証人が、警官に包囲されたバスの中で自分の夢を小さな人質の女の子に語るときに、その良さが凝縮されていると思う。「誕生日専門のケーキ屋は、毎日が誕生日で毎日がハッピーなんだ」と。善とか幸福というのは、そういう小さなところに宿るものなのだ。

 

泣けるとか心温まるとかの決まり文句とは少し違う、いいお話しを聞いたなあ、という感覚が余韻に残る一本。

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2006.10.11

雑記061011



中国赴任!?

ネガティブスパイラルに陥っている組織ってのは苦しい。
目先の売り上げ、固定費削減のためなら、ノウハウ流出の危機とか言ってられない。
そう言いながら、ずるずるとコスト競争に巻き込まれて、競争力を失っていく。
このスパイラルに嵌れば、後戻りは出来ない。

あと5年程度組織が持てば「あがり」、という人々が、組織単位でザックリと決めているのが腑に落ちないが。
まぁそういうものなんだろう。

こういう組織はいまだに多いのかもしれない。見落とし勝ちだけど、リストラを成功させて次の成長軌道に乗った企業はそう多いわけではないのかも。

競争力喪失スパイラルは、その中に残っている人には見えにくい。なぜって、自分が競争力が落ちる原因だとは思いたくないのが人情だから。

では、重苦しい空気かというとそうでもなかったりして。先が見える人は、上のブログの人みたいに他の仕事を探すし(笑)。



「2回目の核実験」情報に政府一時緊張・外相、参院で言及

1回やれば2回も3回も同じ。

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2006.10.10

雑記061010

昔は、今日こそが体育の日だったもんだが(笑)。

仕事場で政治と宗教の話しはしないのがマナーだと思っていたのだが、これが意外に守られないのを見て驚く今日このごろ。北朝鮮核実験の話しは「やれやれたいへんだね」くらいまでのお天気と同列の扱いならいいのだが、「一発ぐらい来るなら来いの覚悟が必要」なんてことを口走る人なども居て困りもの。

ところどころで予想されてたことが起きたというだけで騒ぐほどかと。むしろ中国と課題を共有できるようになったということで、利用価値は大きい。

てな具合に、そういうことは自分のブログにでも書くよろし(笑)。



本当にGoogleがYouTubeを獲得,買収額は16.5億ドル

Googleがすぐ手がけるべきことは,著作権侵害対策である。それを人手ではなくてシステムでさばく必要がある。
Googleの理念が、この問題に対してどのように現実的な展開を見せるか、たいへん興味深いところ。ていうか、GoogleVideoに揃えるのかな。

無断での投稿は、本来、著作権者が労力を割いて探し出し個別に交渉すべきところだ。Napster騒ぎの結論は、確かその辺りだったと思う。
するとGoogleとしては、「そのためのツールを著作権者に提供」くらいの線に落ち着かせて涼しい顔をしているのが妥当な線だけど・・・。
([追記]結局クライアントサーバ型でかつ意図があれば有罪、だったろうか。訂正します。YouTubeは意図していないタテマエだからいまのところグレー。で、訴訟を起こして闘うのと、協力してビジネスに仕立てるのとの間で揺れているのが、権利屋さんたちの心境。)


コンテンツにあらかじめメタタグが付いていれば簡単だが、それはいかにも現実味に乏しいので、コンテンツそのものから判定しなければならない。
画像やビデオの著作権侵害を人手を使わず、UserGeneretedなメタタグにも頼らずにシステム的に割り出せるとしたら、それは、Google発の二度目の革命と言っても過言ではないくらいに凄いことだけど、難しいのではないかと思う。

ともあれ、Googleの出方に注目。


大学ランキングについて

といっても、米国の話し。

プログラムの質について。建設についてはWSUだげが西海岸で唯一つ5年間プログラムを組んでいる。5年目はほとんどがインターンシップだから、卒業後は即戦力となるのがWSUのCM学部卒業生の有名なところだ。会社に入ってからも、机に置いておいた自分が大学で使っていた赤線だらけの建設法規の本を、他の学校から来た卒業生達が見て驚いていた。「そこまでWSUは教えるのか?」と。
いいことを聞いた。メモ。


映像表現の「作品」性と「商品」性を制作コスト低下を前提として調和させるには

もうちょっと具体的に言えば、クリエイターが自分の作っているものが「商品」なのか「作品(表現)」であるのかを明示できるようにする。
そこでやっとクリエイティブコモンズの出番ですよ。何年かかったんだろう。という筋なのかな。
芸術のサービス化に言及した点には賛成。古い人間である私としては、抵抗を感じないわけではないけど。


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2006.10.07

カポーティ

もうひとつ、掴みどころがわからなかった映画。たぶん「冷血」という小説を読んだことがないからなのだろう。

それとは別に、これはひょっとして英語で聞かないとだめかもしれないとも思った。例えば始めの方で、記者会見の場で「メキシコ人の犯行にきまってる」と記者が決め付けるのに答えて、ベテラン刑事が「メキシコ人、メソジスト教徒、エスキモーの集団、なんだろうと必ず捕まえる」てな返事を返して記者の軽い笑いをとる場面がある。でも「エスキモー」の文字は字幕にはない。でもそれは、この厳格ではあるがユーモアを解する刑事の公正な態度を簡潔に表現して、取材のために判決を先送りにさせようとするカポーティとの対比を顕にする支えになっている、とか。

たまたまそんなところが聞こえてしまったものだから、もしかするとこの映画の面白さは、そういう微妙さの積み重ねなのかもしれない気がしてしょうがない。でも字幕を追っている私にはそれが十分には分からない。

 

そういうわけで、あとは分からないなりに当てずっぽうで書いてしまうけど、この犯人は作家とのやりとりで見られるように、「普通で多少なりとも礼儀正しい」ことが重要だ。それが、犯行現場でふと冷静になった直後に発砲して4人を殺害する。狂乱状態ではなく、ふと我に返った「後で」ためらいなく人を殺す、その点も重要。

カポーティという人は、この「冷血」という小説を書いた後、1本も小説を書き上げていないそうだ。米国の輝ける60年代の初頭に、世に先がけてこういう闇を作品にしてしまったことが、ずいぶん負担になったのかもしれない。


自分はといえば、2000年代も後半の日本に生きていて、この犯人が特別なものに思えないのだから、なんとも言うべき言葉を失うというか。


[追記]
上の評はまったくの的外れ。反省。
カポーティの、取材中の犯人に対する親密な態度と、それを裏切る小説の内容との二重性に、「冷血」な作家の魂を見て取るべきだったらしい。
でもなあ。
思い返せばそういうセリフは十分はっきりと埋め込まれていたけど。
言葉だけでなく、表情やふるまいから感じ取りたかった。

それにもまして、「作家なんだからそういう二重性はあたりまえ」と思い込んでいて、目を向けもしなかった自分のほうが、問題ありかも。

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2006.10.04

芸術の価値は権利にではなく豊かさへの感謝にある

「検索の次「推薦」エンジン」 日経本紙「新風シリコンバレー」
リコメンデーションのことがタイトルになっているけど、私が気になったのは、パンドラ・メディアという楽曲リコメンデーションをビジネスにする会社の創業者のことば。

「有名でなくても実力があれば曲が売れ生計が立つ。そんな中流階級をミュージシャンの世界につくりたかった。」
こういうアーティスト観はありだと思う。以前聞いた話だけど、例えばイタリアの絵画の市では、普通のおじさんおばさんが気に入った絵を部屋に飾るために、3万円くらいの小遣いを握り締めてやってくるのだそうだ。ああでもないこうでもないと、絵を前にして議論する。自分の芸術観を人とたたかわせて楽しむ。等身大の芸術との関わり方。そういう場に出品する方もまた、その道の大家でも業界の顔でもなんでもない、普通の絵描きなのだろう。
普通の絵描き・・・そういうのに私は憧れます(笑)。


これまで、著作権のことを考えるときは常に、上の記事が書くように「一握りの著名アーティストに「富」が偏在する」現実を前提に考えていた。だからこそ、音楽のネット配信がインディーズ系の音楽家にとっては利点が大きいという考え方が発生したのだった。それは同時に、大手レコードレーベルによる音楽の寡占と産業化に対する批判でもあった。

著作権というものには、元来、人間の創造活動を対価の形で支援するという大切な目的があったはずなのだが、不思議なことに今は、大手事業会社の著作権ビジネスモデルが障害となって、中流の芸術家を育て裾野を広げて芸術の価値を守ることが難しくなっているように見える。

「最初は善意で始まったはずがいつの間にかマイナスの作用を引き起す」ひとつの事例に、著作権というものもなり始めているのかもしれない。


この課題を克服するには、たぶん新しい考え方が必要だ。
私が芸術家や創作物に金を払うのは、それが私の生活を豊かにしてくれる「サービス」だからだ。「著作物」というモノに価値を見出しているわけではないし、ましてや「著作権」などという権利に金を払っているわけでは全くないのだ。

 

おお!それってもしかしてIBMの戦略と同じか。
意外な相似。時代の空気。

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2006.10.01

たまには遊んでほしい

いま、NHKの大河ドラマを見ていてふと頭をよぎったギャグ。

今日は秀吉が往生した回だったのだけど、終わった後その余韻さめやらない8時45分のニュースで、突然アナウンサーが誠実かつ真面目な声で、

「今日夜8時45分頃、豊臣秀吉さんが大阪の自宅で亡くなりました。62歳でした。」
と言ってくれたら、不謹慎ながら大爆笑なんだが。

おいらが死ぬまでに一度でいいから、そういうのをやって欲しい>NHK

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もしも昨日が選べたら

限りなくB級だと思うのだけど、よくできたB級。そもそも私はケイト・べッキンセールがわりと好きなので、それが奥様役というだけでもう満足(笑)。

人生早送りが可能になった男のお話しということで、楽で楽しい部分の描写ばかりなのは当然として、これが案外中味がなくて、観ているのがつらいことに気付いて驚く。楽しいことばかりという映像は、実は味気なくてつまらないものなのだ。少なくとも私にとっては。
巻き戻しは再生ONLYなので、通常のタイムトラベルものと少し違ってトリッキーな展開もなく話しは真っ直ぐ進む。それで余計に退屈な感じになる。

そんな中で救いはケイト・ベッキンセール演じる美人奥様の健気さ。こんなよくできた奥様はたぶん現実にはいない。クールな役だけでなくこういうクサイB級の役も一応こなせるんだ。

もうひとつの救いは、子役のかわいらしさ。女の子役のテイタム・マッキャンという子がかわいい。お父さん思いな台詞がまたひとしお。

そんなこんなで割とお気楽に進んでいくお話が、最後の長い早送りのあたりから急にシリアスになっていく。10年もの長い早送りで、あの健気な奥様とかわいい子供たち、それに人のいい老親夫婦は一体どんなに傷つくんだろう、ということを、その前までのウォームアップ的な展開で予感させておくところがうまい。この辺りからB級色が急速に後退していって、まともな悲喜劇に。


最後はとうとう悲劇で幕を閉じ・・と思うとちょっと違う展開が待っている。観客に、あーやっぱり家族は大切にしなきゃと思わせるくらい、十分シリアスな感じを出しておいて、最後にちょっと救いを入れる、この辺のさじ加減はB級ではない。
ズルといえばそうかもしれないけど、ほっとさせられるには違いない。

安心して自分の日常を反省できる一本。仕事中毒な人に特にお勧め。

 

そうそう、オフィシャルサイトで脚本家の青柳祐美子さんがほろりとさせることを書いているので、抜粋して引用。

 日常はつまらないことやめんどくさいこと、苦しいことが大半だ。だからこそ、一瞬訪れる楽しく幸せな時間、小さいけれど成果や成功を得た時に心から温かい涙を流し、笑顔になれる。何が大事な時間でそうでないかなんてその時には分からない。毎日過ぎていく時間は流れてただ消えていくのではなく、次々に小さな箱に入れられる。中に何が入っていたか分からなくなってしまうほど経った時にふと開けてみて、それこそが「神様に贈られた時間」だったことに気づくのかもしれない。
 まだまだ人生の夏を生きてる。そしていつか冬が訪れた時、子供の頃のクリスマスツリーに負けないくらい大きなリボンがかかった箱が、足下にたくさん積まれていますように。

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