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2006.09.23

「私を離さないで」

あらすじを言おうとすれば本当に短く終わってしまう話。扱われている題材も、SF慣れした人には聞きなれたものだから、いまさら感はあるだろう。特に前半はかなり退屈に思えて、私は正直途中で投げ出しそうになった。ところが、気を取り直して最後まで読むと、不思議な感覚が残ることに気付くかもしれない。
日本という異国で、春と秋に廻ってくる故人達との対話の時期に手にするにふさわしい一冊。

以下はネタバレですが、ばれてもこの本の真価に影響はしないとはいえ、知らずに読むのに越したことは無いでしょう。


臓器提供のために生み出されたヒトクローンというのは、題材としてはいかにもありそうなことだ。しかし、その扱い方においてこの本には明らかな特徴がある。作者はひたすらクローン側の視点だけから描くことを徹底している。普通の人間はほとんど登場しない。

これが私には効いた。読み終わってみると、このクローン達は人かそれとも人ならざるものかという問いが、じわりと湧いてくる。理知的に考えればこれは人ではないと考えることも十分可能なはずだ。しかし、この描き方に嵌められて最後まで読み進むと、これは人かもしれないという考えに襲われるのは避けられない。

前半が退屈に思えるのは、それがただひたすら普通の学校生活「らしきもの」を描いているからだ。友達との諍いや仲直り、純粋さや残酷さ、グループを形成する政治、自己抑制を学びながら大人になっていく様子、そういうものが半透明の膜を通して見るようなトーンで描かれていく。この子供たちを人ではないと考えることは難しい。
そこに私という読み手は嵌められる。退屈であることすなわち普通の人の話しであるという罠なのだ。

そうして、十分な下地を作ったうえで、後半で作者は、このクローン達のささやかな希望と抵抗、その後に来る抗えない運命を淡々と描く。

最後の数ページに物悲しさをひと刷毛加えて、作者は彼らの運命を終わらせる。だれも彼らを覚えている者はいない。みんな行ってしまった。


だからこそ、この本のタイトルは、"Never Let Me Go"なのだ。

 
 

語り口には抑制が効いており、特定の考え方を押し付けてくることもない。くだくだしい解説もない。それゆえにかえって、読み手にいろいろなイメージを想起させる。読む側に、題材に関する知識や問題点が共有されていることを見越して書かれているので、人はそれぞれ自分の持っている知識や指向をこの本に投影して、望むものを読み取るかもしれない。

しかし、短いタイトルに込められた作者のたったひとつのメッセージは、まぎれもない。

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