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2006.09.16

階層を分けるもの

新しい日付の文が上にきていますが、古い順に読んだほうが面白いです。
それはそれとして、順不同で。

フランスよれよれ日記

たしかにフランスは平等で民主的なシステムを構築している。
けれども、そのシステムの利用法についての知識は非民主的な仕方で配分されている。
(中略)
これが「フランス的」ということだと私は思う。
「システムについての知識」を持たない人間と持っている人間を同一システムに放り込んで、これは「平等な自由競争」であるというのである。
(中略)
ここでは「自分の属しているシステムの構造や機能がわかっている人間」と「わかっていない(けど、そのことに気づいていないあるいは気づきたくない)人間」の間に超えがたい階層差があることがわかる。
そのようにして階層差は「システムについての知」という文化資本差を経由して、拡大再生産されている。
彼らをその階層に縛り付けているのは「システムについての無知」なのであるが、「自分は無知である」という事実を認めることを耐え難い屈辱だと思っている人間はおのれの無知から構造的に逃れることができない。
拡大再生産のところだけは、似ないようにしたいものです。


以下は面白いところをつまみ食い。

ともあれ、「民役」という政策はフランス人には受け容れられやすいだろうから実施される可能性が高い。
日本でもきっとそのうち「ニート対策」の起死回生の秘策として、誰かが言い出すだろう。
えーっと。もう言い出してる人がいます。
電話もかかってこないし、メールも届かないし、宅急便も来ないと、わからないかもしれませんが(笑)。
実際にできなくても、それができればよいということがわかればそれでよろしいのである。
多田先生の使われる譬えで言えば、「新大阪行きの新幹線に乗っていれば、今は小田原でも、そのうち名古屋につき、京都につく」からである。
だから、東京駅で「このホームの列車に乗りなさい」と教えるだけだって、立派な指導になるのである。
新大阪どころか新横浜のレベルにもたどりついてない人間に教える資格があるのかと言う人がいるかもしれないが、どのホームで乗ればいいかを知っていれば「レベル」などという相対的なことは、極端な話どうだっていいのである。
例のボクサーの話しでしょうか。

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