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June 2006

2006.06.28

検閲より怖い隠された格差

ネット検閲国家への協力に罰則を--米下院小委員会が規制法案を可決

「情報が政治的な検閲の対象とならなければ、インターネットなどの情報技術の発展は、民主化に向けた改革への力となり得る」
・・・・・
米国企業は、「インターネット規制を実施する国々」で、サーバなどのストレージ設備に、個人の特定が可能な情報を含む電子メールなどの電子通信を保存する行為が禁じられる。また同規則は、米国企業がそれらの国々の政府に対し、加入者に関する個人情報を開示することも禁じている。但し、「合法的な法執行目的」の場合は開示が認められる。
もちろん、法案が成立・執行されるまでには、まだいくつかステップがあるから、明日からすぐにというわけではない。でも米国はこういうこと、かなり真面目に取り組むからなあ。そのうち成立するかも。

それにしても「電子メールの保存が禁じられる」というのは、案とはいえかなり踏み込んでいるような。日本のプロバイダには何ヶ月だかの保存義務が・・なかったかな? 努力義務だったかな。


上の法案は、あからさまな検閲や規制をしている国が対象のようだから、とりあえず日本は対象ではないのだろう。また、形式的に明らかな検閲は日本では行えない。ことになっている。幸いなるかな。

日本での問題はむしろ、形式的な検閲ではなくて、自主規制やマスコミの恣意的な話題選択による世論の誘導だろう。こればかりは法律でどうこうできるものではないから、わしら普通の人は、あちこち目配りして、肝心なところから目を逸らせるような話しは注意深く退けるようにせねば。民主主義という宝物は、形骸化するおそれが常にあるわけだから。

当面、最も重要なのは、「国会議員定数の格差」かな。
格差議論をするなら、これが最重要ポイントのはず。

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2006.06.25

グッドナイト&グッドラック

見逃して残念に思っていたこの映画、上映館を変えて継続していたので、さっそく観にいく。

しぶい。でもちょっと退屈。

エド・マローのかっこよさをよく表現した映画。ということは、裏を返せば、マッカーシーという人の下品さをよく表現した映画。わしら庶民は、こういうプロバガンダ上手の手に乗らないように気をつけないとね。

そのエド・マローも、メディアの大衆化と娯楽指向には勝てず。こちらの方が今風の問題意識ではある。映画の終わりの方では、エド・マローのスピーチの形をとって、娯楽指向の傾向を批判している。マッカーシー風の手法は、娯楽指向と相性がいいことも、作り手の念頭にあるかもしれない。
でも現実には、硬派な人たちは、娯楽指向の中に自分の主張をうまくビルトインする方法を求められるんだろう。好むと好まざるとに関わらず。

そういう、いわば二重性を要求される今のような世の中では、エド・マローのような人は化石となった道標でしかないとも言える。


この映画があくまで、モノクロ懐古趣味風につくられているのは、そういう背景を作り手が知っているから、と思いたい。エド・マローの補佐役という、割とおいしい役どころで出演していたジョージ・クルーニーは、作り手としてそれをよくわきまえているのではないか。

ひとことで言えば、大人が作った大人のための自省的懐古趣味映画。
長たらしいひとことだな(笑)。

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雑記060625


ノートがいよいよやばい感じになってきた。画面が瞬間的にブラックアウトする現象が10分に1回くらい発生。あー困った。早めに新しいの買ってディスクの内容を移さないと。


携帯がいよいよだめになってきた。電池のフタは半年くらいまえから壊れていたのを、テケトーにごまかして来たのだが、どうもごまかし切れなくなってきた。
Willcomの端末はどれもいまいちだからなあ・・・え?Wzero3? 電池の持ちがなあ・・
いっそ、高齢者向けのシンプルなのを繋ぎで買うか、と思って値段を調べると9千円とか。なんでそんなに高いのか。2000円くらいで売ってくれ。


なんだかIT金掛かりすぎだな。ITあー痛い。

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2006.06.24

紫陽花見物

週末は雨の予報だったのに、曇り時々晴れの暑い一日。涼を求めて東京脱出。鎌倉へあじさいを見に行く。

北鎌倉で降りる。suicaのチェッカーがコンビニ用の流用みたいなのでかわいらしい。この駅に似合うぎりぎりの線。降りてまず円覚寺へ。ここはまあ、あじさいがすごいわけではない。北条時宗にあいさつ、という程度。


次に名月院目指して歩き出す。途中、古陶美術館という古民家風の建物あり。「裏庭であじさい100種類見られます」の看板に釣られて入ってみる。500円也。
受付に浴衣美人風のおねえさん。ゆったり椅子にかけて団扇であおいでいる仕草が風流。たいていこういうところの受付はおばちゃんと相場が決まっているものなんだが。

建物は、古民家を移築でもしたのだろうか、古い木材を再利用して建てたもののようだ。小屋裏の一部に構造的にうそっぽい部材があるので、仕口を凝視して、笑う。
陶器などはよくわからないが、建築を見る限り、商魂にいっぱい食わされた感じ。受付のおねえさんも計算ずくか。

さてあじさいはというと、建物のまわりに生垣風に並んでいるだけ。風情のある植え方とはお世辞にもいえない。が、種類は確かに豊富で、あちこちからかき集めてきたのだろうと思うと、一応、商売熱心なのは買える。

花、というか正確にはガクの部分が色とりどりだが、ここが葉と同じ緑色という一株があった。私は初めて見た。

帰りがけに、この緑の株の名前を聞いてみたが、浴衣姿のおやじもおねえさんも知らないとのこと。そこをちょっと勉強してパンフにまとめておけば、商魂も120%生きると思うのだが。


古陶美術館を出て歩くこと1分くらいで、名月院につく。行列ができているが、まだ午前10時ということもあって、スムーズに進む。

ここは青いヒメアジサイで統一されている。たいへん清々しい。
開山堂の入り口横のガクアジサイの濃い青がとりわけ美しい。この株は姿もよい。ガクアジサイは日本古来の種だそうだけど、玉のような西洋アジサイよりも私は好み。

名月院を出る頃には、行列はたいへんなことになっている。中もかなり混んでいたので、入場制限をしているのだろうか。「あじさい寺」の名にしおう混雑ぶり(笑)。

いったん北鎌倉駅へ戻り電車で鎌倉駅へ出て昼飯。この近くに賃貸用不動産を持っているという老婦人となぜか相席に。友人の法事で久方ぶりに来たそうな。30年前の鎌倉の様子や、所有せる不動産の良さなど拝聴する。なんでおいらがこんな目に。まあ、年寄りの話は聞いておくもんだから、黙って飯を食いながら聞く。

名月院で満足したし、腹も一杯になって眠いし、どうしようかと思ったが、長谷寺だけ見ていくことにする。江の電で3つめ。昼の江の電が通勤電車なみの混雑なんですが。こんなの江の電じゃない(泣)。

長谷寺に着くと、あじさい見物は1時間半待ちとのアナウンスが。観光バスの団体さんは、時間的に無理目。私は文庫本を持ってきたので丁度よい。「海辺のカフカ」を読みながら牛歩に耐える。

山肌につけられた散策路に入ると、あいかわらず牛歩だが、結構涼しい。海も見えてGood。あじさいの種類も豊富。おまけに、入り口でもらった扇子にあじさいの種類の解説が写真つきで載っていて勉強になる。さすがにこの寺は観光客慣れしてるな。

一面あじさいの斜面をゆっくりと登って降りて、それでおしまい。
あじさいも、見頃はこの週末までだろう。梅雨ももうすぐ終わる。今年は比較的よく降ったから水不足の心配はないだろう。作物のできもいいのじゃないか。てなことをテケトーに考えながら、暑い東京に帰る。

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2006.06.23

雑記060623


3ヶ月前に交換したノートのバッテリーだが、当初2~3日は1時間くらい使えたのに、あれよあれよと減っていき、いまでは15分程度。買い換える前と変わらなくなった。詐欺でわないですか。
というわけで、やっぱりもおう買い換えないとだめなんだろうか。


VAIOtype-U の実機を触ってみる。一気に興味が無くなった。
やっぱりああいう大きさのものにキーボード付けましたっていうのは、「付けた」ことを誇示しているだけであって、使い物にはならない。それでもW-ZERO3は使い勝手を考えている印象があったけど、ソニーは相変わらずグラフィックデザイン優先の悪い癖が出たな。

見てくれとか大きさもだんだんどうでもよくなってきて、いっそDELLのノートを10万円くらいで買うかという気分になってきた。
性能・機能はとりあえず十分だし。


USB1.1のおかげで地獄の苦しみ。2.7GBほどのデータをiPodからパソコンに転送するだけでなぜ1時間も待たされねばならんの。


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奇跡が起きなくてよかった

カミカゼなんか下手に吹いたら、現実を直視する機会を失うところだった。このレベルで考え直すきっかけができたのは、たいへんいいことだと思う。

なにしろ、私のような素人が見ても、世界のプレーとははっきり差が見えたわけだし。決勝トーナメント進出は、竹槍で飛行機を落とせというのに似て、無理な話し。

そんな中で、川口よくがんばったな。そういえば彼は、「生徒に考えさせる」教育を行っている、清水商業高校の大瀧先生の教え子なのだった。

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2006.06.22

ビル・ゲイツが変えたもの

ビル・ゲイツが将来の転身を仄めかしたとか。

彼の功罪は、一言で言えば、世界を決定的に変えたことだろうと思う。何が決定的に変わったか。その一例が「「個」を見つめるダイアローグ」の中にある。

親が子どもたちがやっていることを見て、「ああ、パパも同じことやったよ。これはこうなんだよ」と、子どもに語りかける。そうやってコミュニケーションを交わしていくことで、文化というのは引き継がれていくものだと思うんだよ。ときには、おじいちゃんやおばあちゃん、親、子どもが一体になってひとつの文化をつくっていくものでしょう。
でも、その共通基盤が今はない。
このことの良し悪しは、本の中でもいろいろ考察されているけど、私は、どちらとも判断がつかない。判断して、対応した行動を起こすべき問題なのかどうかも。

かろうじて言えそうなことは、この現象が過渡期のものであること。もう少し時間が経って、生まれたときには身近にコンピュータがあるという人たちだけの世の中になったとき、文化の継承は再び始まるだろうということ。その継承される文化がどのようなものに変貌しているかは、はっきりとはわからないが。

ヲタク文化が主流になるのかもしれない。
冗談抜きで(笑)。

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2006.06.20

インサイド・マン

見た人の評を読まずに、まず観るのが吉。私はこの映画、嫌いじゃない。以下ネタバレ。

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2006.06.18

知恵と勇気と行動力

放送・通信の在り方に関する、私見その9

さて、この話をいつかはちゃんと記述しておかねばと常々思っていたのですが、それに取り掛かろうと思うと胸の古傷が疼くというか、平常心を保って書こうと思ってもキーボードを叩く手に自然と汗が滲んでくるのです。しっかり深呼吸をして、書きます。
日本の放送業界にはまるで期待できないことがよく伝わってくるエピソード。
読む方も、思わず手に汗握って読んでしまいました(笑)。

いやあ、放送業界の一部ってこうなのね。わしらは、こういう人たちの利益のために、自分たちの日常の便益を大幅に削り取られているんだなあ。

間に「編集」が入らずにこういうことが読めるブログって、やっぱりいいな。広まるわけだ。

 

さて、とはいえ、ビジネスの世界では、そういうevilなやりとりは日常ありがちなこと。古川さんの古巣の企業だって、もしかしたら一部にそういうことをしてきた人たちもいたかもしれない。大きな影響力を持つ企業なら、その影響力の一端を誇示するだけで、周囲にはたいへんな権力に見えてしまうものだ。その権力を振るうこと自体は、必ずしも邪悪とは言い切れない。

だから上の記事は、放送業界の邪悪さを責めるように読むのではなく、ただ、この業界には期待できそうにないという厳そかな事実(笑)を知り、かつ、その妨害工作を、古川さんがとっさの知恵と行動力、あきらめない執念とで、みごとに切り返して、より効果的な成果を得たという、希望あるエピソードとして読みたい。

    - - * - - * - -

てことで、あとは余談。

私のような一般人は、裏側がBML/XMLどちらであろうと、よりよい便益を提供してくれる番組プログラムを視聴すればそれでいいわけだけど、BMLのような日本だけに閉じた規格が、果たしてどれくらいの間、IPネットワーク上で進化し続けるプロトコル群に対抗できるのか、これはこれで興味深い話しになる。

実は私は、日本語の壁や制作プロダクションへの支配力は、結構強力な防壁になりそうだと思っているのだけど。
だから、Gyaoが韓国産のドラマを大量導入したのは、この防壁を迂回する、うまい戦術の一例でもあると思うのだけど。

この戦いの先はまだ読めない。それに放送業界内にも、これではやばいと思っている人たちは居ると思うし。
そういう人たちの受け皿を作って力を発揮させるのが、「ひいては業界のため」戦略のひとつとして、ありだろうか。
Who does it ?

    - - * - - * - -

日本の放送業界発と称する規格が、世界でどう見られているか、ひとつ前のエントリに事例がある。

放送・通信の在り方に関する、私見その8

韓国から提案されたワンセグ放送に類似したワイヤレス映像伝送方式とデータ放送がヨーロッパで標準として採用されようとしています。日本の提示する方式が国際競争の中で全く相手にされず、その立場を韓国が獲得している背景を真剣に受け止めるべきではないでしょうか?
私にとっては、世界からよりよい番組を見られるような環境が、日本国内で維持されていればそれでいい。IP放送が普及すれば、その環境は維持されるだろう。

海外でも戦わなければならない機器メーカーの立場にすれば、縮小のおそれの大きい国内市場と、新興市場の成長とを秤にかけて、そこで採用される規格を注意深く見ていることは容易に想像できる。彼らがいつまで国内onlyの集団にお付き合いしてくれるのか、私には予想がつかない。
機器メーカーの軸足が国内から国外に移れば、それは提供できる便益の低下という形で番組の質に反映してくるだろう。


というわけで、日の丸放送業界御一行様は、この先どうしていくつもりなのでしょうか。
ひとごとながら、ちょっと心配。

 

ああ、だからIP放送の普及を妨害しようとしてやっきになってるのか。


[追記]
デジタル時代を拒否するNHK

古川享氏が、この報告書について怒りのコメントをしている。別に私は答える立場にはないが、調達については、I通信機などには多くのOBが天下りしているので、他のメーカーと競争する民生品市場では安く売り、随意契約の「NHK価格」で利益を確保するしくみになっている。同様のからくりは、美術センターなどNHKの子会社にもよくある。タクシー代については、松原聡氏も「NHKのタクシー・ハイヤー代は月4億円で、霞ヶ関の全官庁に匹敵する」と『朝生』で怒っていたが、これでも昔に比べたら激減したんですよ・・・

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死についての話

死には敏感に反応するナイーブなおいら。
今日にもてぽどん兵衛が落ちてくるかもしれないとゆうのに。悠長な。

死をめぐる二つの考察

私たちは「自分の欲望」をつねに「死者からのメッセージ」というかたちで読む。
(中略)
そして、「死者からのメッセージ」として読まれたときに「私の欲望」はその盤石の基礎づけを得ることになる。
(中略)
それが「喪の儀礼」の本質構造である。
(中略)
それは私たちが「自分のことば」をもってしては決して語ることのできない「私の欲望」を言語化する唯一のチャンスなのである。
喪の儀礼とは「死者は私たちに何を伝えたかったのだろう?」という問いを繰り返すことである。
そして、この問いこそが「私の欲望」を解錠し、私が私の限界を越えて生きることを可能にする決定的な鍵なのである。
そのチャンスは誰にでも平等に訪れる。親の死、あるいは親しい人の死によって。
ヒトがチャンスの前に平等であることは、死によって保証されているのである。
チャンスだけはね(笑)。

 

実は結果もだとは思うけど。

考え方の分かれるところか。

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2006.06.12

これ、面白い。


http://pya.cc/pyaimg/pimg.php?imgid=28830


さあ、仕事仕事。

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2006.06.11

放送と通信・融合時代の基本姿勢

放送・通信の在り方に関する、私見

放送・通信の在り方に関する、私見その2

放送・通信の在り方に関する、私見その3

放送・通信の在り方に関する、私見その4

斜に構えていてもしかたがないので、そろそろ真面目に勉強。


おらが むーん と考えたこと。
・政府の知的財産戦略本部が標榜するところの「日本を世界トップクラスのデジタルコンテンツ大国にする」という基本目標に同意する。
・既存のTV等メディアが蓄えてきたコンテンツは彼らの資産であって、それを使う方法は、彼らが主導権を持って取り組んでよい。(ドガッチとかを無闇に批判するのは筋違い)
・既存メディアがこれまで同様コンテンツの流通を独占し、自分達に都合の悪いものを流させない(隠れた)意図で行う活動は支持しない。(著作権にまつわる必要以上の守旧的消極的姿勢など)
・NHKが持つコンテンツは、費用負担者であるわしらの共通財産なので、それを使う方法はわしらの意見を尊重すること。NHKの怠慢によるなしくずし的私物化は認めない。(死蔵させるな)
・著作権の概念は尊重すべきだが、現行の法律には時代にそぐわない点があるので、事後請求権に軸足を移すなど含め、改善する。

とりあえず基本姿勢としてはそんなとこでどうでしょ。


追記
まだまだ続く

放送・通信の在り方に関する、私見その5

放送・通信の在り方に関する、私見その6

放送・通信の在り方に関する、私見その7

放送・通信の在り方に関する、私見その8

放送・通信の在り方に関する、私見その9

放送・通信の在り方に関する、私見その10

放送・通信の在り方に関する、私見その11

放送・通信の在り方に関する、私見その12

放送・通信の在り方に関する、私見その13

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トランスポーター2

前作同様、いいアクションをスピーディにつないで、そういう点での出来は悪くない。「それはいくらなんでも無いでしょ」という無理なつなぎ方も、勢いで難なくクリア。なところが3,4箇所はやっぱり多過ぎか。

一昔前だったら、そういうところで主人公が覚悟を決めたり、名セリフを吐いたり、恋人と別れを惜しんだり、ドラムがどろどろ打ち鳴らされて、ギャンブル大成功とともにシンバルがジャーンと鳴るはずの見せ場が、すでに「お約束」と化していて、どんどんすっ飛ばしていく。そのスピード感を楽しむと思えば、まあいいか、というもの。前作はもう少しだけ味があったと思ったのだけど。

主人公は相変わらずストイックでキザでスピードがあってカッコイイ。大見得を切るマッチョな主人公より、こういう方が自分の好みには合う。対称的にとぼけたフランス警察の警部も、休暇旅行で登場、いい味を出してくれる。実際、彼がいなかったらこの映画は、ひどく疲れる映画になっただろうと思える。

で、3があっても観にいくかどうかは、微妙。
なるほど、上映館が少なめなわけではある。

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2006.06.10

しょうこ画伯の絵はみんなの財産

「スプー」削除の舞台裏 「YouTube」にテレビ局苦慮

はいだしょうこ画伯の召喚呪文の件では、ネット者一同大いに盛り上がりNHKを見直したと思うのだが、それをちょさくけんしんがいとか言われてもなあ。
すんごい番組宣伝になったとは思わないんだろうか。

ああ、そうか。受信料はもうすぐ人頭税になるらしいから、世の中が盛り上がろうとどうだろうと関係ないのかな。でもそれなら、NHKのコンテンツは全部税金払ってるわしらのもんなんだけど。何か根本的に矛盾を抱えているような。


いや、そもそも番組そっちのけで、画伯の方に注目が集まってるのが気に入らないのかなあ。(笑)

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2006.06.08

雑記060608


WashingtonPost.com:読者コメント開放

あれまあ。勇敢な。
もっとも、日記優勢の日本とは状況が異なるのだろうけど。


YouTubeに猛抗議していたNBC,こぶしを下ろし握手を

おやおや。
もっとも、他の既存メディアは従来どおりYouTubeは敵!ということらしい。


iTune,テキストベースの雑誌を購読する場にも

iTunesのキモはDRMプラットフォームの普及でappleウマーの構図。だから流通する中味はテキストでもなんでもあり。という話しをさる場所でしていたばかりだったのに・・
現実の方が最近早くなってるかな。

2週間もネットを見ないでいると、もう世の中変わってる。

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2006.06.06

雑記060606

嵐の週末が終わって痺れた頭を休め中。
つかれた。

気がつくと今日はオーメンの日。
なんだけど、映画を見に行く気力も残っていない。
・・・うーむ。21:40からレイトショーか・・・実は1作目を見てないのよ。
むう。明日は特段の予定はないな・・


NHK首都圏:東京都で管理職になりたくない職員が急増!

いま一番求められていることは、組織の見直しだろう。文鎮型組織にするのだ。一般職が自分の仕事のプロになることは大いに結構。管理職でないと大きな仕事が出来ないという今の制度の方が悪い。管理する人間が多すぎるのである。
激同。
ついでに書いておくと、リーダーと管理職は別概念。


きょうの猫村さんに見る目標設定術

営業利益率10%なんて言うから失敗するんだよ。

どこもかしこもそのとおり。(笑)


村上一転「降伏」 守った人の名前

「今回の事件で日本の金融界や企業はどんな影響を受けるのか」という質問に対し、大鹿記者は、こう答えた。

「今でさえファンド後進国の日本なのに、さらに5年前にセットバック(後退)するでしょう。中国、インドとの差も広がり、気が付いてみたら…ということになりかねません」

『物言う株主』が退場し、ぬるま湯経営者がぬるま湯のまま存続していく。そんな危惧を抱いている。

これは引用するだけでノーコメント。
危惧が現実にならないようにすることの方が、危惧を言い募るより大切だと思うので。

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