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May 2006

2006.05.31

愛国心は実利から

NHK衛星2「炎のランナー」……二度目に見たら印象が違った!

国民経済が豊かになっても、一部の既得権層を除けば、国民全体が豊かになると言うことではないのである。それをうまくカモフラージュするのが「愛国教育」。
「国民経済が豊か」という表現は何かの指標に基づいたものだ。GDPとか、最近復権しているらしいGNPとか。

それって、わしら庶民にどの程度関わりがあるのかと思う。確かに、全体が豊かになることで多少のおこぼれはあるのだろうけど、実はあんまり変わらないかもしれない。

衣食住のみてくれが多少良くなっても、それ以上に長時間労働がはびこったりして。

海外投資のリターンが大きくなってきたといっても、そのかなりの部分は、低い金利や高い手数料でどこかに(笑)消えてしまうし。


前世紀なら、国力が弱まると物理的に侵略戦争を仕掛けられて悲惨、というおそれがあったから、国を富ますことには目に見える意味があった。集団安全保障という仕組みがある今は、どうだろうか。

経済的な侵略というものはイメージできる。海外資本が国内の企業の支配権を握って、富を国外に移転させてしまうとか。そうやって出て行った富は、還流してくるのに長い時間がかかりそうだから、わしらにも多少関係はあるかもしれない。


国という単位での富の動きは、なるほど、多少はわしらの関心事でもあるらしい。でもそれは、近頃言われているような盲目的情緒的な愛国心とかではなくて、あくまでも、損得の比較の上でという程度のものだ。

愛国心が無くていいとは言わないが、その由来は醒めた目で見ておくのがいいのじゃないか。

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2006.05.30

雑記060530


産経新聞が本音で語ってる件

くすくす。


多分、胡錦濤の屈辱

ふーん。そういうことが進行中なんだ。

そういえば北米大陸のヒスパニック(カソリック)は増加中なんだった。
そういえばパレスチナ人の基本戦術は産めよ増やせよ選挙権なんだった。

ほよよーん。


ダビンチ・コード(映画)のTV広告

「一度観ただけではわからない真実がある」
観客動員に不満なのかな。
私は二度見る気はしませんが。


革命メディア ブログの正体 (伊藤 穣一 他)

考えてみると、興行中の映画の評判が、生の声であっという間に広まってしまうなんて、なんてシビアな世の中になったんでしょ。

マス広告に金をつぎ込んで大衆を誘導して、という手法では生き残れないようになったわけだ。

でも別のもっと巧妙な誘導の方法があるかもしれないから、それは研究の価値があるかも。誘導を見抜く研究もあわせて(笑)。

「ほーらみんなそう言ってるよ」なんてのはどうかな。

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2006.05.29

雑記060529


Mac用スティックテレビチューナー「TVMicro」

これはWin用にも欲しい。


Podcastingポータル「Yahoo!ポッドキャスト」

・・「iTunes」などプレーヤーソフトへの登録が可能だ。
よく調べてみないとわからないけど、これは使えるかも。
iTunesに登録できる手軽な方法、探してました。

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2006.05.28

ピンク・パンサー

正直、この種のドタバタもので笑えなくなった自分を発見して少し感傷的になった。もう少し心の機微に触れる笑いの方が好きになったのかもしれない。英語の訛りで笑えないせいもあるかも。

いいとこ取りを狙う気取り屋の主任警部を笑うのはパターンだけど、そういうものにあまり反応しなくなった。その気取り屋さんも、クルーゾーと同じように喜怒哀楽のある人間だし。


お笑いそのものよりもむしろ、お笑いと見せた色々な要素が、最後に真犯人を示す手掛かりに化けて次々嵌っていくのが、お話しの構成としてなかなかうまい。ちょうど、囲碁で、利かしで打っておいたいくつかの死石が、重要な局面で全部シチョウアタリになっているのに気付いて、心中思わず快哉を叫ぶような、というか。虚と見せて実、というか。
楽しむとすれば私はそちらの方。

え?なんのことやらわからない? それならそれでドタバタでも十分笑える。

ところで、フランスが舞台なのにほとんど英語ってどういうこと、とか言うのはなし。題名からして英語なんだしね。
英語圏の人がフランスの人を笑いものに、という側面も少しあるのかなあ。尊大さはいつも笑いのネタだから、ネタにされる方にも原因はある、としておこうか。

CASTはいい味を出している。中でもジャン・レノは、愚鈍そうに見せて実は有能で誠実という役がうまい。鈍そうな目付きが一級品(笑)。


こうして振り返ると楽しみどころはいろいろあるから、ドタバタお笑いが目当てでなくてもいいのかもしれない。平均的な暇つぶしのための1本という感じでした。


・・・暇じゃないんだが。orz

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2006.05.27

生き辛さの理由

このところ仕事で忙殺されていて、「世の中生き辛いものよのう」という哲学的感傷(なにそれ)に浸るのをすっかり忘れていた。不健康だなあ。(笑)

「オオヤケ」的階層化のYahooと「Public」でフラットなGoogle


これは腑に落ちる話し。

失われた1○年と呼ばれている期間は、この変な「オオヤケ」の解体が少し進んだと思ったのだけど、また揺り戻しが来そうな気配。デフレより不景気より、こういう、個人を絡め取る十重二十重が復活するのが、どうも私は憂鬱だ。


もしかすると、(もしかしなくても)ニート予備軍だな>自分。(笑)

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もう一つの構造計算問題

構造計算ミスで、市が設計者と施工者に損害賠償を請求

 構造計算ミスが原因で新潟県南魚沼市の総合福祉センターが使用不能になった問題で、市は4月14日、設計者と施工者に対して約4億5000万円の損害賠償を請求した。

 設計者は大臣認定ソフトを使用していなかったため、構造計算書の図書省略ができない。にもかかわらず、計算過程を省略した図書を確認検査機関である新潟県に提出していた。県はミスを見逃し、また大臣認定書の写しなどの確認を怠っていた。 

(中略)

市や県は今回の構造計算ミスを「意図的ではない」と見る。設計者らが全額の支払いに応じない場合、損害賠償額を巡って県の過失割合が争点になりそうだ。もう一つの構造計算問題として動向が注目される。


意図的な構造計算書偽装ではなく、設計ミスによるもの。
こうしたケースの方が偽造事件よりも一般的に起こり得る。

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2006.05.22

凄過ぎる絵(ひきつけ注意)

NHKの歌のお姉さんが草彅画伯を超えた件について

二人で絵を描いてるのに一方ばかり映してる不自然なカメラワークを見れ。


「よかった・・描けて」の天然ボケせりふがけなげ。
おにいさんの最期の瞬間にぽっかりと空いてしまった間に、万感の思いがこもる。


これほどのスリラーは、滅多にない。さすがNHKというべきか(爆)。

ちょっとショックを受けたので、書いてることが支離滅裂。

こちら経由。


[追記]
うそだ嗚呼嗚呼あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ
はいだしょうこ画伯のドラえもん

上手な歌とかわいい顔の裏に、黒いものを、抱えきれない何かを、抱えてない?

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2006.05.21

建築業界大変動の予感

「これでいいのか再発防止策」後編
制度がかなり変わりそうな予感。
というか、変えなければこの業界はおしまいかもしれない。


「これでいいのか再発防止策」前編
これは上の記事の前編。

「限界耐力計算」を巡る混乱」は、構造計算の現状について、一般向けにわかりやすく書かれた記事。

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支えるのは施しではなく仕組み

朝日社説 産科の減少 産める場所はどこに

 いろいろ問題はあるが、日本社会の底板は善良なる医師の献身で支えられている。それを社会が守ろうとしていない。この問題でいえば、訴訟はあってしかるべきだが、その訴訟から守るべき医師を守る仕組みがないといけない。

 人の社会の大きな心のなかには教師と医師と真理に命を懸ける人を生み出す力がある。人間力とか言いたくないが、そういう大きな心の力を支える社会が壊れているのが現状なら、そこを補強していかないといけない。

日本社会は、和を尊ぶとかいいながら(もう言う事さえやめたか)、それを個々の努力や周囲の倫理だけに帰そうとして、仕組みとして作ろうとしてこなかった。ように思う。

その代わりに、どこか既得権で潤っているところから、ひも付きの資金の拠出があって、あとは個人の力でなんとかしろ、でも選挙やらなにやらのときはいうとおりにしろ、というような図式が、根強くあったのじゃないか。基本にある心性は「施しと服従」。

それはあんまり公正な感じがしない。

そういう心性を引きずった文章が、メジャーな新聞社の記事などにも多いから、わしらは気をつけてないと、すぐそっちの方向に染まりがちだ。blogが既存メディアに対抗できるのは、そういう点で新しい見方を提供できる書き手が居るからだと思う。

ジャーナリズムうんぬんという議論はよくわからないが、そうした心性の違いは歴然とわかる。

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2006.05.20

ダ・ヴィンチ・コード

久しぶりに満員のスクリーンの雰囲気を味わった。前評判はいまいちだったけど、話題作ということで集客は上々のようだ。

映画そのものは、可も不可もない。基本的に無宗教に近い日本人代表(笑)の私には、まあそういうこともあるだろうねという程度。これがカソリックがメジャーな国では、ひと騒動なんだろうな。

それでも、TVの報道で見る限りでは、信仰に対する侮辱だと言う人が居る一方で、上映禁止は言論の自由の侵害みたいな意見もあるみたいだから、概ね冷静に受け止められていると思っていいのじゃないか。

イエス・キリストは人だったからこそ偉大なのだ。もし神だったら自己犠牲なんてできてあたりまえ。人でありながらあれだけの成し難いことをしたからこそ、1000年続く感銘を我々に与えたのだ。
私はこの話を、高校の社会科の先生から聞いて、なるほどと納得した覚えがある。それ以来、私の中ではイエス様は人、ということで揺るぎない。


映画の最期にトム・ハンクス演じる学者さんが、制度としての宗教と、人の信仰との葛藤と思える言葉を口にしたのが、この映画の白眉だろう。

宗教の復権が言われているが、それは制度としてのそれなのか、それとも心の問題である信仰の復活なのか。そういうタイムリーな話題を提供する、娯楽映画でした。

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島唐辛子で夕涼み

あつい。一足先に夏のような。

暑さにあわせて生蕎麦を煮る。鰹のたたきに青唐辛子の粉。
この青唐は「島唐辛子」という名で、この連休に新島で知った味。刺身によく合う。


“フェミニズム”ってなんですか?」(内田ゼミの名門?女子大生)

もっとも内田先生が教えている○戸△学院というところは、中学部から上がってくる学生が大半で、中学部への入学は灘中よりも難しいが、世間では「○才を入学させて△才にして卒業させる学校」ということになっているから、あまりいいリファランスじゃないかも。
おお。喧嘩売っとる。(笑)


アニメのチャングムと、実写のチャングムを比べて、改めて、アニメでは人の表情の表現で人間の俳優に敵わないと宮崎駿さんが言っていたのがよくわかる。その制約が理由で、お話しの中味もなんだか薄っぺらに見えてしまう。
作ってる人たちはそう思わないのかな。


共謀罪法案、成立は困難 議長仲裁、背後に首相の指示

本来の目的はたぶん、国際的な犯罪組織に対する取り締まりを強化することだったのだろうと思うのだけど、ずいぶんと拡大解釈可能と思える法案を最初に出してしまったのが、疑心暗鬼を呼んで揉める原因になった、という印象。

最初に法案を作った人は、いったい、本来の目的を達成する気があったのかどうか。むしろ、条約に便乗して誰かの願望を満たしたかったのじゃなかろうか。そういう姑息な意図がもしあったとしたら、法案は通って欲しくない。
そういう、わしら普通の庶民の意識に沿った行動をとる人が、支持率を上げるのは当然だ。

という基本的なところを、政治家の人たちはもっと肌でわかっても良さそうなものだけど。
顔の見える支持者とだけ付き合ってると、風が読めなくなるのかも。


匿名性は(いわゆる)弱者だけの特権ではない

このエントリはいいと思うので、メモ。
部分を取り出すだけではもったいないので、あえて引用はしない。全文に意味がある。

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「他人のせい」は過去のもの?

エビちゃん的クライシス

闘う相手が居なくなっては言論で飯を食ってはいけなくなる。(笑)
というのは穿ちすぎとしても、自分にとって当然のことが、次代にとっては存在すらしない、ということは、間々あるらしい。
上の記事のフェミニズムの部分はさておき、次の部分は汎用性があるので、抜き出してメモ。

それは「この世の中がろくでもないのは、みんな『あいつら』のせいだ」という他責的な語法をフェミニストが濫用したせいで、結果的にそのような語法そのものが批評的なインパクトを失ったせいではないかと思う。
だって、今の日本のメディアもエスタブリッシュメントもみんな「そういう語法」でしか語らないからである。
十代の少女たちはそういう言い方にたぶん食傷しているのだ。
そんなこといくら言っても、何も変わりはしないということを彼女たちは実感的には熟知しているのである。
おいら十代の少女じゃないけど、「そういう語法」に無批判に頷く人なんて、今は逆に少ないと思う。一昔前はそういう人が多かったのかなあ。

日本人は大人の階段を登りつつあるのかも。

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2006.05.18

USBスマートドライブ

エレコムUSBメモリの新規格「U3(TM)プラットフォーム」採用製品発売

USBメモリを、現状のデータを保存するだけのストレージデバイスから、アプリケーションをはじめ各種設定やプロファイルといった、個人のパソコンの作業環境そのものを持ち運んで、どのパソコンからでも同じような環境で操作できるようにする「USBスマートドライブ」へと進化させる新しい規格です。

thin clientでなくても、私はこれでもいいな。というか、この方が落ち着く。ネットのこっち側にコントロール権があるし。

ネットのあちら側に置くこととの違いは、他のユーザと横串を通せないこと。だけど、横串的アウトプットは、ユーザ側よりむしろサービス提供者側のメリットが目的。であれば、単なる一利用者である私に直接的なメリットはさしてない。他人のことがひどく気になるなら別だけど、そういうタイプでもないし(笑)。

ネットワーク全盛の時代に向かいつつあるからこそ、こうした孤立して神出鬼没な感じのモノどもが、なんだか好きだ。


まあ、天邪鬼だから(笑)。

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総務省は仕事をした

今朝、出掛けにNHKのニュースでちらと見たのだけど、NTTグループのISP、ぷららネットワークが行っているwinnyトラフィック遮断に対して、総務省がNGを出したらしい。

ぷららがやっている、「通信内容によるトラフィック遮断」は、「通信の秘密」を軽視し、通信事業者としての自らの首を絞める暴挙だった。他のプロバイダが、「一定以上の通信量による制限」の範囲に踏みとどまり、内容には関知しないという知恵を示してきたのに対して、NTTグループのぷららがやってきたことは、やや常軌を逸した偏向だったといっても、言い過ぎではないだろう。
それだけに、今回の総務省の行動は良識にかなうものであり適切だ。

総務省は良い仕事をし、「公」としての存在意義を示した。

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2006.05.17

雑記060517


web2.0特集をしながらついて行けない雑誌

メモ。
「わが社も社としてブログを」とかいう企画を阻止するときに提出する参考資料として(笑)。


6・2「googleを超える合宿1.0」開催

新聞を殺す話しはさすがにもういいかなと思って、しばらく読んでいなかったこちらのブログは、何か新しいことをはじめるみたい。


団塊世代、「定年後にネットショップ運営してみたい」は61.8% ---Eストアの調査

もちろん調査と言ってもネット上の調査で「有効回答数は412」なんてものだから、サービス事業者の煽りに過ぎないとも言えるのだけど・・
でも、なんとなくこういう方向はありそうにも思う。

こちら経由で知る。

因みにドロップシッピングの説明はこちらなど。日本で十分な厚みを持つにはまだ時間がかかりそうな気が。

これで、セレクトショップというビジネスが大発生したりすると賑やかなことになるかも(笑)。その裏側の仕組みを提供するのが本当のビジネス。

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2006.05.14

ブロークン・フラワーズ

これはわからない。わからない理由は、私がまだそんなに年を食ってないせいだと思う。

この映画はたぶん、人生の終わりが近づいてみるとたいていの男は、「一体俺の人生って何だったんだろ」と思うでしょ? という話しなんじゃないかと思う。それなら私にわからないのは当然だ。


主人公も、はじめはそれが自覚できないので、旅に出て昔の女に会ってみたりする。人生いろいろだということを発見するけど、でもやっぱりわからない。家に帰ってきてみて、なんだ、息子がその答えだ、と気付くのじゃないか。

人の一生なんて、生まれて結婚して子供を生んで死ぬだけだ。成功とか失敗とかほとんど意味はない。そういう達観を得たときに、それじゃ伴侶が居なかったら? 子供がなかったら? 

それに気付いた主人公は焦りを感じて、見ず知らずの若者にストーカーまがいの態度を見せてしまうわけだ。映画はそこで終わり。腑に落ちる答えなどない。

そんなところが、私のこの映画の観方だ。


この映画が無価値というわけではない。しかし、オフィシャルサイトにあるような美辞麗句は、とてもじゃないけど並べられない。観て損したとは思わないが、何かを実感できるのはまだまだ先のことになりそうだ。

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アイスエイジ2

何がなんだかわけわからんうちに盛り上がってハッピーエンド。でもいいのじゃないでしょうか。

動物を擬人化するとすごくキャラクタが明確になる。シド、ディエゴ、マニーのトリオはその存在だけでこの映画を持たせている。こいつが次に何を言うんだろう、どうするんだろう、と思うのが、この映画の楽しみ方。そう思わせるように大げさでクサイ台詞満載。ストーリーはそのための山や谷を提供するためだけに、適当に取って付けられている。全編CGだから、あり得ないようなシーンの構築もお手のもの。すべてがキャラの魅力を引き出すためにつくられる。

当初、どうしても字幕版で見ようと思って1週間延ばしたのだけど、やはり夕飯の時間帯では難しい。諦めて吹き替え版で観たのだけど、悪くなかった。クサイ台詞を日本語で聞かされるのには閉口したが、大勢の人のざわめきなどはかえってよかった。


たまに、近所とは違う映画館で見てみようと思って品川へ行ってみたら、プレミアムシートのスクリーンで観ることができた。ゆったりしていて、始まる前はいいもんだけど、始まってしまえばあんまり変わらないかな。どうせ暗いし(笑)。

上映前の広告で、X-MENの次回作の予告編が! 子連れが多いアイスエイジの観客がX-MENを観るのかどうか、関連がよくわからず悩む。

ていうか、早く見たいんですけど。

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2006.05.13

雑記060513

忙しい上に仕事でブログを書いているせいか、自分のブログ更新が滞りがち。


Google Trends,マーケッター必須のツールに

具体的な使い方とともに書かれていて、わかりやすい。


「失ったものを取り戻したい」---任天堂岩田社長が「Wii」に込めた想い

いいなあ。こういう発想。


米ヤフー、中国でのメディアの自由求め米政府に支援要請へ

効果の有無はともかく、一応ポーズだけでもとっておかないとね。
ポーズすら取る気もないGoogleとはその辺りも違う。

こちら経由で知る。


「ソフトバンク携帯」の侮れぬ隠し玉
この記事の日付は2006/4/24。他にも同日付で同じような記事が複数ある。
で、1ヶ月経った今朝の日経一面にこれが載ると。
「ソフトバンク アップルと携帯で提携 iPod内蔵機を開発」

ありそうな話しではあるけど、どうなんでしょうか。
そうなったら私は長年愛用してきたAirH"+PHS携帯を捨てて、ついにボーダフォンに走るかもしれない。

でもなあ・・出先でパソコンもネットに繋ぎたいわけなんだが。ボダフォンでどれくらいの実効速度がでるんだろうか。

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2006.05.12

共謀罪 法案の話し

読売社説 [『共謀罪』法案]「懸念の払拭へ慎重な詰めを」

yomiuri: 国連総会で2000年に採択された「国際組織犯罪防止条約」は、共謀罪の設置を義務づけている。119か国が批准・締結し、発効している。日本は条約に署名し、与党だけでなく、民主、共産各党も賛成し、国会承認されている。
(中略)
 民主党の修正案は「組織的犯罪集団」としたうえで、懲役・禁固5年以上の罪に当たり、かつ「国際的犯罪に限る」と厳しい枠をはめた。

 しかし、条約は、「4年以上の懲役・禁固に当たる罪」を対象とし、「国際的犯罪に限定しない」ことを義務づけている。厳しい制約を課した場合、犯罪摘発が遅れ、条約の目指す「未然防止」が期待できなくなる恐れがあるからだ。

 やはり、条約に沿って、「国際標準」で考えるべきではないか。

finalvent: こうした正論を堂々と述べることができるのは、なんだかんだといっても読売新聞のよいところだと思う。

arrack: 『「国際標準」で考えるのなら、諸外国は条件付批准にして、国内法で要件を付加している国のほうが多数派であることを考えると、こちらのほうが「国際標準」といえそうですね。』

実はこの話し、よく知らないでいる。騒がれているのは知っていたし、争点も分かってはいたけど、そんな危ない話しを、しかも何度も廃案になったものを繰り返しまた俎上にのせる事情がよくわからなかった。

基本的に「条約の批准」だったのか。

「国連」とか「条約」といわれるとつい、「それじゃ仕方がないか」と思いがちなのが、わしらのお人好しなところだけど、どの批准国も国内ではもう少し慎重に考えているらしい。

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2006.05.07

雑記060507

ちとメモ


あなたの家が先物商品に

うーむ。読んでみると過去に導入失敗例もあるらしい。


中国人民銀副総裁、不動産バブル崩壊に言及「警戒を強めるべき」

北京オリンピック前に来るのだろうか。


限界耐力計算を巡る混乱

これはざっと読んでおくとたいへん参考になる。


「偽造を見抜く効果は低い」と建築確認・検査の厳格化に反論

 「3階建て以上の共同住宅について、中間検査を法律で義務付ける」という改正案も、72.7%の人が「偽造を見抜けるようになると思わない」と回答。なかでも構造設計事務所に勤務する人は、回答者全員が法制度の実効性に疑問を呈した。

 「一定の高さ以上などの建築物は構造計算の適合性を判定しなければならない」と規定した改正案に対しては、有効回答355人の53%が「偽造を見抜けるようになると思わない」と答えた。

効果はないみたい。

特定行政庁に申請した場合、現行21日とはいえ、現実には申請書類を提出してから2~3週間目に、建築基準法6条5項の規定による「期限内に確認できない旨の通知書」が送られてくるだけで、21日以内に確認済証が下りたためしがない。だから、35日や70日に改正しても、「期限内に確認できない旨の通知書」の発送がさらに遅れ、確認済証の発行もさらに遅れるだけだ。それに伴って銀行融資の実行日も遅れ、工事着手日も遅れることになり、支障が出ると思う。(42歳、意匠設計事務所)
効果は無いのに手間だけ増やす。

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RENT

最初の15分のうんざり感を切り抜けると、あら不思議、どんどん引き込まれる。ミュージカル映画に慣れるのに少々時間がかかるためか、あるいは最初の方に辛気臭いシーンが集中しているからか。それが、地下鉄のシーンからくるりと変わる。あとは怒涛の歌また歌ときどき台詞。
やっぱり歌とパフォーマンスの力ってすごいね。

テーマやストーリーは恋に薬に同性愛、歌と踊りとHIV、などもろもろ。たまたまドラッグクイーンで検索してでてきたこのページなど、読むと雰囲気はぴったり。場所はイーストビレッジとハーレムという違いはあるけど、年代は原作ミュージカルと同じだし。

私がいいと思ったのは、地下鉄内のパフォーマンス。MIT哲学教授の大男とドラッグクイーンが「サンタフェ行ってレストランやろうよう」的なゆったり明るいノリで、暗い地下鉄車内空間を変えるところ。

面白いと思ったのは、モーリーンのコンサート。こういうのをパフォーマーっていうのか。台詞からわかるようにハイスクールの田舎芝居風の味付けだが、その枠の中に、職業アーチストのパワーを注ぎ込むとこうなる、みたいな面白さ。
日本のアーチストにしろお笑い漫才師にしろ、もうちょっと芸の幅を広げてもいいんじゃないなーと思った。

最期は、最初に戻って「SEASONS OF LOVE」で締めるのかと思ったが、なるほど、この終わり方のほうが成長を感じさせていいかもしれない。

 

原作ミュージカルが、たいへんな話題作かつロングラン作品であり、映画化にあたってもそれにふさわしい力の入れようが、公式サイトでわかる。

映画のキャスティングを模索した末に、初演メンバーを再集合させたクリス。コロンバス監督は語る。「彼らはジョナサン・ラーソンの死を経験した。それによって生まれた複雑な感情と真剣な気持ちがパフォーマンスの燃料源となった。彼らは人生の経験を共にしたことからのみ生まれる豊かさ、深さ、そして理解を『RENT』にもたらしている」
また、別のところにはこうある。
「『RENT』は私たち皆が共有する人生における2つの重大な問いを投げかけている。まず自分の人生をどう生きるか、次にその人生を誰と過ごしていくのか。更に生きられる時間が限られているという複雑さが加わる」
日本人の場合は、さらにいくつか人間以外の要素も加わって、なおさら複雑。

なるほど、アメリカ人の単純さとパワーは、対象を人間に絞り込んでいるところからくるのかもしれない。

コロンバスは言う。「『RENT』は結局、希望について語っている。一日一日が大切であり、その日を精一杯充実させて生きる必要があるのだと」
「NO DAY BUT TODAY」。今日は少なくともこの映画を観ていろいろ考えたおかげで、たいへん充実した一日でした。ありがとう。


私は、自分で観終わったあとで、公式サイトを見るようにしているけど、この映画は、先にプロダクションノートを読んでから行ってもいいかもしれない。


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Google、八分疑惑対策

Google Sitemapsに“Google八分”通知機能

サイトオーナーはGoogleのWebマスターガイドラインに従ってサイトを修正した後で、フォームを使って検索インデックスへの復帰を要求できる。
Google八分現象が起きる技術上の理由を、WebMasterが自分でチェックできる機能が、大幅に使いやすくなったみたい。これで、Googleに対する疑念の多くは解消することになりそう。権力装置としてのGoogleについて、よりクリアな議論が進む環境ができた。

こちら経由で知る。

というわけで、 「ギークの暴走」としての「本物のGoogle八分」の懸念は取り除かれつつあると思います。

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2006.05.06

雑記060506

連休中ほったらかしだったブログチェックなど


5/3 Today 憲法施行(1947)、平和憲法と親父の遺言

征服された国は征服者の子分となって征服者のすすめる戦争に加担させられるのが歴史である。
・・(中略)・・
日本は平和憲法のおかげでベトナムにも派兵しなくても済んだし、アメリカのすすめてきたその他多くの戦争にも無関係でおられた。平和憲法はいわば「親父の遺言で……」とか「わが家の家訓でして……」というビルドインエクスキューズとして使われてきたのだ。こんな便利なものはなかった。
これはたいへんよい話で、記憶に残しておきたいのでメモ。


近未来商品2点,ポータブル電子新聞とプロジェクター搭載ケータイ

携帯端末における、表示スクリーンの大きさと携帯性との葛藤は、結局この方向で解決するのじゃないかと思う。


情報学的転回―IT社会のゆくえ

何を信じるか、本当だと思うか、の根本は、オントロジー(実在論)だ。機械情報の記号だけでオントロジーをやろうとすると、生命情報を取りこぼしてしまう。意味作用は生命にしか備わっていないからだ。いくら実在の影を集めてみたところで、実在にはたどりつけない。
難しいことはわからないが、「Web2.0への道」というムックの中のインタビュー記事で、松岡正剛さんが似たようなことを言っている。

機械をよく知って活用しつつも完全には信じない常識人なら、機械的な情報操作が効果を発揮する場面と、まるで役に立たない場面の混在に気付いている。機械的にできることは、ある地点間を結ぶことでしかない。検索はまさにそれ。インターネット高速道路説も同じこと。人工無能で遊んでみるのが、それを知る一番の近道か。

ところで、チェスで機械が人間の名人を負かすのは、もしかするとチェスのルールが機械情報に近いから? 碁はどうなんだろ。


村上文学の世界性について

「善悪」の汎通的基準がない世界で「善」をなすこと。
「正否」の絶対的基準がない世界で「正義」を行うこと。
それが絶望的に困難な仕事であるかは誰にもわかる。
けれども、この絶望的に困難な仕事に今自分は直面している・・・という感覚はおそらく世界の多くの人々に共有されている。
いまちょうどやっているTVドラマ「マチベン」が、そんな感じになってきた。たぶん、この困難は、自分の善性や正しさを「確信」したときに乗り越えられるのじゃないか。他人にもそれを信じ込ませることができれば成功。できなければ「自己満足」と呼ばれて自信喪失して失敗。

なんか前の引用と"信じる"つながりかな。


NHKを見ていたら、連休中は「東京観光」花盛りだったんだと。わざわざ船に乗って東京脱出してたおいらは馬鹿ですかそうですか。

それにしてもNHK。「インターネットを使って中継しています」なんて、そんなことができてしまうことを全国に向かって公認してしまってよいのか。あ、もうみんな知ってるか(笑)。
こんな本とか書評とかでてるし。

と思ったら、こういうことなのかな。
NHK番組のインターネット配信は2007年度にも全面解禁


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2006.05.04

GW記060504

今日は式根島へ移動の日。例によって5時起床。テントを畳んで自転車を返し、連絡船の波止場へ。切符売り場のおやじと少し話す。

港には、個人所有のヨットやクルーザーが並んでいる。おやじの話では、クルーザーなら横浜から4時間くらいで来てしまうそうだ。海が穏かになった昨日、大挙して到着したらしい。波止場の利用料を無料としたので、収容し切れないほどたくさんの船が来るそうだ。おやじ的にはクルーザに憧れているみたい。私は帆の力で走るヨットの方が好きだな。
四方山話しをしている間に一仕事終えた漁船が到着する。漁師の朝は年寄りの朝より早いのだ。

小型のクレーンで、プラスチックのケースに満載の獲物を陸揚げする。さっそく選り分け。ヨットマン達に混じって私も見物の輪に。

ほとんどはごまさば。スーパーでよく見かけるやつだ。小さいのは拾い上げて別の桶に。時々紛れ込んでいるかつおなどは、これも別の桶に。その他、多いのは小型の鮫。これは捨てるのだろうか。カワハギはいらないらしく、見物人が貰っていた。標準サイズのごまさばは、この後いくつものケースに分けて運ばれていく。これで水揚げ作業は一応お仕舞い。
人が居なくなった漁船を見てみると、カラスがたくさんとまっている。デッキに落ちた魚をついばんだ後、休憩しているようだ。面白いのは、魚の内臓だけが食われていること。肉のところは食べないのか。デッキには例の鮫も何匹か放り出されていたが、こちらはカラスも食べないようだ。
それにしてもこういうシーンに付き物のはずのカモメは、漁船に近寄りもしない。カラスに締め出されているのだろうか。

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連絡船が来た。ここから式根島までは10分ほど。到着して自転車を借り、キャンプ場へ直行。砂浜にテントを設営する。ここのサイトは山側の樹間と海側の砂浜に大きく分かれる。砂浜は陽が当たって暑い上に風が強い。のだが今回はあえてそちらを選んでみる。

式根島のキャンプ場の雰囲気は独特だ。妙な連帯感のようなものがそこはかとなくある。キャンプ場のおやじのせいかもしれない。この親父は、キャンプの申込をするとき必ず世間話をあれこれし掛けてくる。どうも相手を推し量っている節があるように思う。まあ、管理者としてはトラブル防止の一環なのかもしれない。新島から来たと言うと、対抗心露に、こちらは今日は130張り入っていると力説。
キャンパーにも個性的なのがいる。たいていは世話役のような中高年だ。そういう人物が湧いて出るのが、ここの面白く不思議なところ。

設営が終わったら、まずは神引展望台へ。途中の道は、以前は工事中だったが立派に完成していた。観光地としてのインフラが徐々につくられている感じ。真新しい道路や遊歩道は、昔ながらの古い町内と好対照だ。

展望台は、岩石だけで植物のない岩山の頂上にある。大浦、中の浦、神引湾の3つがここからは並んで見渡せる。どの入江も白い浜とエメラルドグリーンの水が美しい。新島にくらべても、この島の砂はずっと白い。展望台周辺の砂にしてもそうだ。手に掬うと8割方は透明な石英。白くみえるわけだ。

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展望台を降りて島の東岸、温泉のある方へ移動。足付、松が下雅湯温泉に入る。ここと地鉈温泉の3つは、熱した岩の間に満ち潮が入り込んで湧く温泉。なので残念ながら湯には藻のかけらが浮いていたり、湯が赤く濁っていたりする。温まったあとは水のシャワーで体を洗う。

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温泉のあとは、今回の目的のひとつ、開発センターを見学にいく。パソコンを3台置いてインターネット利用を無料開放しているそうな。行ってみるとこれが、おそらく島一番の立派な建物。気迫といったものを感じます。パソコンはiMac1台とWin2台。WinはPenⅢだが、ネットを普通に見る分にはとりあえずOK。回線速度は、上りで約1MBPS程度出るようだ。

13日には、何か「ITで町おこし」というイベントがあるそうだ。マイクロソフト協力とのこと。何をするんだろう。まあがんばってください。

夕方、開発センターを出て「ぐんじ山展望台」へ行ってみる。新島の名物白ママ断層が、ここからはよく見える。本当に真っ白な1枚の断崖だ。新島自身からは、この名所は見ることができない。
この展望台の正面には、三宅島も見える。噴煙を上げているのがよくわかる。隣に居た地元のおじいに、あれは毎日噴煙を上げてるのか聞いてみた。「毎日あがっとる」とのお答え。

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前回来たときは、スーパーの食材しか食べなかったので、今回は島で唯一の居酒屋というところで夕飯を食ってみる。味も値段も悪くない。たたき揚げという薩摩揚げのようなものがうまい。ほかに明日葉の天ぷらもアクがなくあっさりしてよかった。カウンターの隣に座り合わせた輪行一人旅の女子大生といろいろ話す。来年就職活動予定とのことで、仕事にはいろいろ希望を持っているようだ。。結構強気の条件を話しているところをみると景気は良いみたい。がんばれ。

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式根島は妙に美しい西洋人女性が多い。前回は何かの撮影隊が来ていたようで、まだ冷たい水と戯れる水着美女達が目の保養だった。今回はそういうことはなかったのだが、なぜか「あなたモデルさんでしょ」としか思えない美女が、村の道をてくてく歩いていたりする。不思議な島だ。

ということで、式根島に寄った目的はすべて果たした。あとは寝るだけ。
明日は帰る日だ。

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明けて5日。ジェットフォイルは最近大きな事故の報道があったりして、切符売り場の張り紙にも、航行中はシートベルト着用のこととなっている。今回は安全な大型船で帰ることにする。例によって、帰りの客で超満員。席はとれずに、ホールの床に置いた床几に座ってこの記事を書いている。

以上で今年のGWはおしまい。

減量? なにそれ。

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2006.05.03

GW記060503

5時起床。年寄りは朝が早い。単に前日10時に寝ているからだが。
フライシートを払って空を見上げる。雲ひとつない快晴。ビスケットとチーズとオレンジと水で朝食を済ませ、ママチャリ号発進。

今日はまず島北側の若郷の集落を目指す。新しく出来たトンネルは、自転車歩行者通行禁止なので、旧トンネルの方へ向かう。ところがこれが通行止め。以前の地震の影響だろうか。これでは若郷へ行くには車かバイクで新トンネルを通るしかない。

で、北行を諦めて、島中央部の宮塚山に上ることにする。

昨日と同様、こいだり押したりしながら上る。途中、カタツムリが車に轢かれたものを多数見かける。そういえば、竹芝桟橋の発着場にあった注意書きにアフリカマイマイのことが書いてあった。島しょ部でこれが大発生し、本土に持ち込まないように注意を促しているらしい。このカタツムリがそれだろうか。

などと気を紛らわせながら上ること40分。富士見峠展望台に着く。これが絶景。眼下に本村全体を見下ろし、遠くに伊豆諸島の島々が見える。今日は快晴なのではるか伊豆半島まで見える。

展望台から島側に目を転じると、もう少し上ったところに、電波塔が見える。あれが宮塚山頂だろう。次はそこを目指す。
途中、「メジロ密猟は犯罪です」という看板が。メジロを密猟する人なんているのか。というかメジロって貴重なのか。知らなかった。

電波塔に着く。NTTやNHKの中継塔のようだ。強風のふきさらし。砂が吹きだまった小高いところに上ると、これが大絶景。式根島、神津島、三宅島、御蔵島、利島、大島、全部見える。伊豆半島はもちろん、さきほどは雲で見えなかった富士山もばっちり。晴れてよかった。ここまで来たかいがあった。

それにしてもさすがに風が強い。海風だから海側の崖に転落する危険は小さいが、それでも中腰にならなければ危ない。地元の人が言うように、展望台までで折り返すのがお勧めかもしれない。

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帰りは楽な下り。スピードが出過ぎないように注意しつつゆっくり行く。すると変なものが目に付く。道の両脇は林だが沿道は竹やぶだ。その竹やぶに横にロープを通して作った柵が多数ある。人が入るのを防いでいるのかと思ったが、ところどころわざとらしい破れ目があったりする。よく見ると破れ目付近に標識が。「有害鳥獣駆除(外来種)」。東京都知事の許可で有害鳥獣を捕るらしい。何だろう。アフリカマイマイかな。

さらに下っていくと、もう少し親切な標識が。「3M以内に鹿罠が設置されています。注意してください。」よく見るとなるほど柵の破れ目の地面に罠が。あぶないあぶない。もうちょっと標識をよく読もうと踏み出していたらあぶないところだった。

足を突っ込むとワイヤーが絞られる仕掛けのようだ。さらに罠に付いているものものしいバネから考えると、絞ったワイヤを吊り上げるのかも。恐ろしいのう。

途中、森の中に入る道があって、ちょっと歩いてみたかったがやめた。中にも罠があったりして、インディジョーンズよろしくハングドマンにされてはかなわん。インディジョーンズならそれでも、吊られてから程なく原住民がわらわら出てきてくれる手筈だろうが、こんなところでは下手をすると2日くらい放置されかねん。

まあ、鹿の害はわかるから、仕方がないとは思う。

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麓に下りてくると、村の広場で観光朝市をやっている。山に登って降りてきてもまだ朝の8時半だったりするわけだ。早起きはよいのう。

8割方は地元の人だが、賑わっているようだ。魚の干物やクッキーなどを売っている。鉄板を薪で熱くして、干物をその場で焼いたりもしている。夕飯用に獲れたてのあおむろ一夜干しを2枚買う。

ベンチに座ってしばらく混雑を眺めていると、この村の人口構成比は悪くないと思った。老若男女がほどよくバランスしている。子供も多い。年寄りは年寄りらしく見える。都会ではシルバーなんとかという名で、年寄りの若作りを奨励するアクションが花盛りだが、やはり不自然な感じはする。慣れの問題なのかどうか。

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朝市の後は、ガラスアートミュージアムへ行く。展示と工房の両方を見る。この島の石は抗火石といって、8~9割りがガラスの原料なのだそうだ。石を溶かすと独特のオリーブグリーンのガラスになるという。世界でもシシリー島と新島だけにしかないものなのだそうだ。展示品のなかにちょっと気に入ったグラスがあったので、買う。水だけで湯は入れられないとのことだが、夏だけ使うのもまたよし。

ここのミュージアムとセンターは、よくある箱物行政とは少し違うようだ。地元出身のガラス工芸家を中心に、世界から著名なガラス工芸作家を招いたり、地元の小学校と高校のカリキュラムにガラス工芸を組み入れたりしているらしい。自分の小学校にもしそんな授業があったら、私はきっと万難を排してガラス工芸家になってたと思う。ここの子供たちがちょっと羨ましくなった。

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ガラス工芸を堪能した後は、もう一度露天風呂に入って、定食屋で遅い昼飯。ここのおやじに鹿罠のことを聞く。なんでも以前、向かいの無人島(地内島)に動物ランドのようなものを作ろうという計画があり、鹿、猿、兎を放ったそうな。しかし餌付けがうまくいかなかったのかどうか、鹿が海を渡って新島本島に上陸してしまったらしい。その後、宮塚山で繁殖し、農作物を食い荒らすようになったので、罠を仕掛けて捉えているとのこと。でも繁殖力に追いついていないそうだ。
人の都合で連れてこられた鹿も哀れというべきか。とは言わずに、次に来るときは新島名物鹿料理を食べさせてもらうことを約して定食屋を出る。

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昼飯から夕飯の間は、定食屋お勧めの羽伏浦展望台へ。ここからは羽伏浦の全景が見渡せる。長く白い砂浜を横から見る景色はなかなか。サーファーの様子も一望の下。展望台で観察中だった若者たちの話を聞くともなく聞いていると「ここうまいっすね」「やばいっす。レベルたかいっす」ということらしい。確かに鎌倉あたりで見かけるよりうまいような気がする。波も違うのだろうな。

展望台を降りて、羽伏浦港をぶらつく。港といっても、岸壁があるだけで建屋もない港だ。ここでちょっと危ない目に合う。

岸壁の突端へと歩いていくと、気のせいか沖の波の高さが目の位置より上にある。あれあれと思っているうちに、その波が、岸壁に斜めに接触してきた。波の頭が岸壁の上端を越えたかと思ったら次の瞬間、海水がどっと岸壁の上に押し寄せる。一人いた釣り人は脛のあたりまで水に浸かりながらあわてて後退。わたしはもう少し後ろに居て事なきを得た。
あれが波の合成具合でもうちょっと高ければ、「釣り人、高波にさらわれる」という見出しが出ることになるのだろう。海を舐めてはいけない。

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夕飯は炭を熾して朝市で買った干物を焼く。やや臭みがある。ここはくさやの産地らしいから、一夜干しでもくさやにしているのだろうか。他はパンと果物と水。
いつの間にかテントの数が増えている。全部で80張りくらいか。定食屋のおやじの話しでは、以前のキャンプ場が地震でつぶれた後、このキャンプ場が新しくできたとのこと。ガイドブックなどには最大30張りなどと書かれているがだいぶ古い情報のようだ。


この日はいいものをたくさん見た。満足して星を見ながら眠る。

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2006.05.02

GW記060502

ほどなく夜が明ける。大島はもうすぐだ。空は相変わらず雲に包まれて、一面薄明るい灰色。多少波が出てきたらしく、船首が海を割って泡を大量に吹き流していく。黒い海の表に白い泡が青い縁取りを従えて模様を描く。
その白いキャンバスの表に、ついと魚影が走って消える。胸鰭の開き方から飛魚と知れる。

いいぞう。船旅らしくなってきた。

大島、利島、その次が目的地の新島だ。どの島でも、釣り人、サーファー、そして地元の人が入り混じってのどかな空気。一応職務上出迎えを怠らない警官も、ごくろうさま、というところ。

新島に着く。私のキャリアは手荷物で持ち込んでもよかったのだが、試しに500円払ってコンテナで運んでもらったのだ。それが下ろされるのを待つ間に、大方の乗客は宿差し回しの車で次々走り去っていく。釣り客などは、私のキャンプ道具の箱よりはるかにでかいクーラーボックスをエイヤッとばかりに担いでいく。気合入りまくりじゃないか。よい釣果があらんことを。

船から降ろされたコンテナの中身で一風変わっていたのは、バイク。大島では、400CCのスクータ2台が現れて、若いカップルが受けとっていた。地元民ではなさそうだから、あれで島内をツーリングするのだろう。便利そうではあるけど、ご苦労なことだ。

さて、やっと自分の荷物をうけとったときには、あたりに人影もなく、広い埠頭に一人残された私だった。相変わらず雲は島の上半分を覆って深く垂れ込め、陰鬱な空気。一体これからどうなってしまうのか。

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気をとりなおしてガラガラを引きずりながら観光協会へ行く。島内の地図をもらって、一番近い貸自転車屋の場所を教わる。キャンプ場は島の反対側で、そちらに同種の店はないそうだから、ここで借りていかねば。

貸自転車屋への1キロほどの道すがら、変わった石彫が並んでいるのに出くわす。人の身長ほどあるそやつらの大半は顔と思しきものだが、異様にデフォルメされているものばかり。それが灰色の空の下、次々眼前に現れる。お前たちはもしやク○ゥ○フの眷属ですか。どうか私を食べないでおくれ。

いかん。鬱な天候のせいでへんなものが見えたらしい。

貸自転車屋の若い息子とその親父と挨拶を交わしてやっと人心地がつく。なーんだ、ちゃんと人が住んでるじゃん。魔界じゃないみたいだよ。

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荷物を荷台にくくりつけてこぎ出す。自転車に乗るのは久しぶりだから、はじめは慎重に。途中、必需品のウレタンマットを買おうと試みる。大急ぎで家を出てきたので、忘れてしまったのだ。これがないと背中が痛くて寒くて寝るどころではない。

しかし、島の商店にそんなものが普通に置いてあるはずはなかった。聞かれたおばちゃんは困り顔。私は内心、応急措置で替えの衣類を敷いて寝ることなど考えはじめる。
そこへ登場したのが店のおやじ。話しを聞くなり言い放つ。「ダンボールでええじゃろ」。・・・・おお! そのとおりですとも。どうしてそんな簡単なことに気付かなかったのか。

かくして、頑丈なダンボール箱を貰い受けた私は、それを解体して荷台の荷の上に括り付け、意気軒昂とキャンプ場を目指したのだった。

ホームレスと変わらないどころではない。ホームレスそのもの。

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キャンプ場に付く。広い。美しい。斜面に茂った木を切り払って芝に替えたらしい。なかなかいいサイト。しかし今日は天気が悪い。強風が吹き荒れている。先客はみな、サイトの縁の樹が茂った場所に設営して難を避けている。そちらはもう満杯。私もようやく、サイト中ほどに生えた1本の木の根方に風の弱そうなところを見つけて這うように設営。

落ち着いたところでざっと見回すと、外国人が多い。30くらいあるテントの半分ほどだろうか。そういえば新島は世界的に知られたサーフポイントなのだそうだ。(と観光パンフにある)。ガラスアートでも世界的にユニークな原産材を使った試みが行われているらしい。そのためだろうか。

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さて、天気が悪いといっても、減量のために汗をかく目的にいささかの変わりもない。今日は島南側、向山展望台を目指す。ママチャリで。。。大丈夫なのか。

途中、海岸ぺりに露天風呂があるのを発見。さっそく入る。崖の上から海を見渡しながら、湯もほどよく熱く藻で濁っていたりせず、たいそう気持ちの良い風呂だ。ギリシャ神殿の劣悪なコピーもどきが建っていたりするが、ご愛嬌としておこう。むしろ○トゥル○の眷属達を配した方が、らしくていいと私は思うが。

風呂を出て、再びチャリを一心にこぐ。こげない所は押して歩く。高度が上がるにつれて靄は深く、霧雨なども時々降る。シャツは汗と露でびしょ濡れ。多少は体重は減っているのだろうかね。
疲れ果てた頃に、目指す場所の標識を発見。脇道に入ってみる。

驚いたことに、そこは現役の採石場のただ中だった。白い靄の中、静まり返った石たちの間を、音をたてないように歩く。気付かれればあいつらが動き出しそうに思えてしかたがない。てんでに積まれた石たちを見つめていると、そこに何か表情を刻みたくなってくる。

なるほど、海岸沿いの道に並んでいたあれらは、こんな自然な衝動から生まれたのかもしれん。観光資源とか村興こしとか以前に。

表現は稚拙だが侮れない。ここは石の島なんだ。

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採石場の奥にある展望台らしき広場からは、この天気ではもちろん何も見えない。が、採石場の雰囲気に十分満足した私は、さらに上を目指す。ほとんど登りきったかと思われるところで道は二股に分かれ、どちらへ行っても自衛隊の敷地で行き止まり。眼下にはミサイル試射場だろうか、いくつかの施設が見える。ときどきジェット機の轟音が聞こえるのは、この施設関連か。

さて、これ以上は進めないことがわかったので、引き返す。下りは自転車の有り難味を存分に味わう。あっというまに麓近くまで降りてきて、親水公園というところのレストランで遅い昼飯。なにげに鳥辛味揚げ定食など頼んだら、すごいボリューム。せっかく減量したつもりが、これで雲散霧消する。まあ、久しぶりに体を動かしたからよしとしよう。

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キャンプ場の夜。それは私にとっては明日に備える睡眠時間だが、キャンプ場の半数を占める外国人にとっては、パーティタイム。炊事場の狭い空間で押しくら饅頭しながら賑やか。音楽も、ここはクラブかという選曲。ああいうノリは、外人にはなかなか叶わないなと思いながら、寝る。

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2006.05.01

GW記060501

ゴールデンウィークは本来29日から9連休のつもりだったのだが、何と5月1日午前中まで仕事に追われてしまった。普段から前倒しでやっておかないとこういうことになる。

ともあれ、昼飯を食いながらどこへ行くか思案。まず減量が必要だから、あまり食い物のないところで山歩きするのがよい。といって本当に山の方へいくとまだ寒かろ。ということで、あっさり伊豆七島に決定。以前式根島には行ったので、今度は新島を目指すことにする。多少広いから歩きでがあるだろう。

すでに昼を回っているので、高速船の出航時間(朝8時)はとうに過ぎてる。で、夜10時発大型船を即予約。出航までまだかなり時間があるので、ついでに寄り道して映画を見ていくことにする。今日は1日だから1000円だし。

キャンプ用の荷物をみかん箱ほどのプラスチックケースに手早く詰めてキャリアに縛り付ける。今回はバイクでなく歩きなのでこれで引いていくのだ。ナップザックを背負ってキャリアをがらがら引いていくと、ホームレスとあまり変わらんなと思う。が、まあキャンプなんて似たようなもんだ。違いは帰る予定のあるなしだけ。

渋谷で映画を観たあと竹芝桟橋へ行くと、もう丁度いい時間。乗船してさっそく寝る場所づくり。2等リクライニングという座席なのだが、満席の和室に比べて人気がない。おかげで、椅子3つ使って横になることができた。なんだ、和室よりいいじゃん。(笑)

船は夜通し走る。海はあくまで穏か。空ははるか水平線までもやのような雲に覆われている。静寂と閉塞に満ちた心地よい不思議な空間。空気は冷たくなく暖かくなく。

途中、時間調整のために船が止まった。すると改めて、今日の海の穏かさに驚く。ここは一応太平洋のただなかのはずだが、水は鏡のように滑らか。湖と錯覚するほど。


かくして、唐突に短い旅行が始まったのだった。

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隠された記憶

だれでも、子供の頃にアンフェアなことをしてしまって気に病んだことはあるだろうと思う。長い時間のうちに記憶から薄れていて、あまり表面には出てこない。
それが、ふとしたことで表に出てきて、心にさざなみを立てることがある。この映画はそれに焦点を絞って描いたもの。それがどのような形で記憶の表に現れてしまうかは、見てのお楽しみ。

こういうアンフェアネスは、した方にとっては些細なことだが、されたほうにとっては長く記憶に残る。この映画のアルジェリア系の彼のように、「最期のときには出会うだろうと思っていた」ほどにわだかまりが煮詰まってしまうこともあるのだろう。
くわばらくわばら。

ちょうどCPEとかいう法案が大規模デモで葬り去られたこともあって、この映画はタイムリー。フランス人の心の奥底には、この映画のような経験が、もしかすると刻まれているのかもしれない。

いわゆる既得権者は、この主人公と同じように、開き直りつつも滅入った気分になるのは避けられないかもしれない。それはある意味で健全なことではある。開き直りが変に強硬な姿勢に化けたり、自己正当化に走らないところが、この映画が示す価値だと思う。主人公の彼は、自分のしたことに苦しんだ。今後の彼の行いにそれは影響を与えるだろう。

それで当面は矛を収めるべきだろうか。
もちろん、別の立場からの見方もあるに違いない。


お話しはスリラーの体裁をとっているが、特に犯人を追及するわけでもなく話しは終わる。スリラー仕立ては手法として使っているだけでこの映画の本質とは無関係だから気にしない、と思うこともできる。

しかし、犯人探しをしないこの終わり方は、ひとつの暗示だと思うこともできる。「誰かが必ず、あなたのアンフェアネスを見ているよ」という暗示。

案外それがこの映画の真の意味かもしれないな。私はそのように観ました。

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