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2006.04.09

旧華頂宮邸

昨日TVで紹介しているのを見て、昨日今日の二日間だけ内部も公開というので、ちとバイクを飛ばして見に行ってみた。さほど凝ったつくりではないけど落ち着いた空間でよかった。

広い玄関ホール、階段室が魅力とパンフレットにはあるが、階段室はさほど広いわけではない。むしろ、北入り玄関から階段室を抜け、南の居間、テラスを経て広い庭にいたる軸線が、この住宅の良さだろう。他の諸室はその軸線の両側に配置される。

和風建築なら離れとでも呼ぶべき部分は、外から見ると曲がり屋の土間を思わせるボリュームだ。年寄りでも住まわせていたのだろうか。

日本の現代の普通の都市住宅と比較すると、大きな違いが3つある。
ひとつは、建物の南、北両面の広い屋外空間。このおかげで、日本人が得意とする一体的な外部・内部空間の構成が自然にできている。南北断面図があれば、よいお手本になるだろう。
ふたつめは、階高。3000以上あるかもしれない。もちろん、階高を恐ろしく感じさせないだけの広さが前提ではあるのだが。
みっつめは、回遊性。玄関ホールを使った内部の回遊性のおかげで、建坪の割にはのびのびした印象になっている。日本の住宅メーカー製のプランで回遊性を持たせているものもあるが、広さや用途の制約から、かたちだけのものになりやすい。

その他にも細かい違いはいろいろある。例えば、軒の出を十分とって、光を直射ではなくテラスやバルコニーの反射で取り入れているのも、現代日本の住宅が失ったものだ。この反射は、2階バルコニーの手摺でも効いている。手摺の天端が広いので、この部分も日光を十分反射して室内を明るくしている。広縁が無くなるとともに、日本の住宅からは消えてしまった。

ファサードは、それほど優れているというわけではない。こういうものは納まり感が重要だが、なんとなくしっくりこない感じが残る。使い勝手の方が勝っているということか。

内装も、印象は薄い。何度も模様替えがあったようで、当初のものとはかなり異なるらしい。


こうした広さの住宅を見ると、日本の住まいは本当に狭いなと思う。狭いならそれなりに、ものを持たない生活を心掛ければよいのにと思うのだが、妙にいろいろ持ち込んで一層狭くしていることが多い。

わしらが本当に豊かな住生活を送るようになるのは、一体いつごろになるだろうかと、春うららの帰り道で考えさせられた。

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