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2006.03.12

エミリー・ローズ

多少サスペンスを織り混ぜながら進む法廷劇。のようでいて、実は人の有限性と可能性を見つめる神父と弁護士の対話。でもある。法廷は、その対話を冷静に見つめるための場をしつらえる舞台として機能している。

本来、法廷という場ではFACTが重要であり、共有可能なFACTSに基づいてmortalな人の集まりが判断を下す場だ。しかしこの映画ではその確立したプロセス、その根底にある哲学に一抹の疑問を投げかける。

Is it Possible?
本当に神も悪魔もこの世にいないのですか?
医学的なFACTだけが人の生き死にを左右すると本当に言えますか?
それ以外のものを信じる可能性は全くないのですか?
 
 
映画の製作者には申し訳ないが、日本人である私は、米国人のキリスト教信者がイメージする二項対立的な意味での神も悪魔も存在しないと、胸を張って言い切れる。(そんなところで胸張ってどうする(笑))。

しかし、彼らにとってはこの話しは案外大切なのかもしれない。Yse/Noをはっきりさせるのが生活態度の基本にあるという幻想を共有すべく、いろいろな仕組みを動かしている社会の人たちだ。あいまいな可能性に正面から向き合うのは、どうにも落ち着かないことだろう。

この映画は、そこをうまい判決で切り抜けている。みごとな大岡裁き。
この結末で、観ているわしらは救われた気持ちになる。人間ってなかなか捨てたもんじゃないよね。抽象的な言葉でなく、具体的な事例でそれを示すことができる。
 
 
 
この映画は子供には少々退屈だろう。悪魔祓いを興味本位で見たい人にも向いていない。グロいシーンは少ないうえに、そもそも、罪に問われた牧師とその弁護士、そしてその他の関係者たちの抑えた対話に価値があるからだ。

人に対して悪意を持つ存在を感じたことがある人は、観てみるのもいいだろう。
何か得るところがあるかもしれない。
 
 
ここでふと現実を振り返ってみると、わしら日本人だって、例えばオウムの松本被告を料理できずに四苦八苦しているのだった。
あまり偉そうに西洋人を見下すわけにはいかない。

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Tracked on 2006.03.13 at 02:43 PM

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