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2006.03.22

集団知のルーツ?

マウスの父、ダグラス・エンゲルバート氏インタビュー

思索や研究が、知識資産を共有するコミュニティの中で加速され、それがさらに知識を増大させていくというエンゲルバート博士のアイディアは、いわば、無数の点を丹念につぎあわせる作業でもある。コンピュータを対話的に使うことによってその作業を支援することができるはずだと考えた研究活動の中で生まれたマウスは、単なる副産物にすぎない。
1945年といえば太平洋戦争が終わった年・・だっけ?
その頃からこういうことを考えていた人がいたと聞けば、謙虚な気持ちになるしかない。

「思索や研究が知識資産を共有するコミュニティの中で加速され」というのは、「集団知」を思わせる。それが育まれるのは、どれくらいの濃さのコミュニティなんだろ?
不特定多数無限大から、家族まで、コミュニティにもいろいろあるけど、そのどの辺りをイメージするのがいいのだろう。

Google社内は約5000人だという。
日本の国会は300人くらい?
大きな企業グループなら10万人?
メンバーがパソコンを手足のように使えることも必要な要件か。


インタビュー記事はこちら経由で知る。

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