« RSS広告の矛盾? | Main | 情報の兌換性強化 »

2006.02.08

愚痴の昇華

出張へやってきた夕暮れ、くたびれた頭で同道の中間管理職と夕餉を共にする。そうした場にまことにありがちだが、仕事場についての愚痴がとめどなく流れ、そに付き合う。付き合いでさんざん毒づいて、さて宿への帰り道、ふと、転機が訪れる。その転機は、次のエントリが触媒になって立ち現れた。

私の好きなふたつのこと

合気道について、よく「相手の力を利用して投げるんでしょ?」と訊かれる。
ある種の力を利用するのはまちがいないけれど、「相手の力を私が利用して」という文型はまちがっている。
このとき力を利用しているのは、私でもなく相手でもない。
私と相手が触れ合うことによってその場に成立した「私と相手をともに含む複素的身体」である。

(中略)

敵とか味方とか、そういう要素的なことをがたがた言うのは止めて、一期一会で構成されたその一回限りの複素的身体がどれほどのパフォーマンスを成就しうるのか、それを探求してみてはいかがかというのが合気道的な考え方である。

仮に、愚痴に登場する職場や人物が言葉通りのものであったとしても、それはこの記事が言うところの複素的身体の一要素に過ぎない。

一期一会で構成されたその一回限りの複素的身体がどれほどのパフォーマンスを成就しうるのか、それを探求してみてはいかがか
いいことを仰る。
そのとおりである。

お互い不完全な人間であってみれば、相手にのみ理想像を求めるわけにはいかない。何か結果を出せる方法を考えて実行するほうが、ずっとましというものだ。 

もちろん、より楽しく面白い複素的要素環境を求めて移住していくことを否定はしないが、しばし留まるのであれば、その状況を合気道の考え方で処してみてはどうかと、ふと想ったのである。

時々でどちらを選ぶかは融通無碍というものでありましょう。
 
 
[追記]
てなことを書いていたら、もっと直截なエントリがあがっていた。
原理主義と機能主義

おんなじネタで2つもエントリ書くなんてずるいや(笑)。

|

« RSS広告の矛盾? | Main | 情報の兌換性強化 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/7081/8559820

Listed below are links to weblogs that reference 愚痴の昇華:

« RSS広告の矛盾? | Main | 情報の兌換性強化 »