« 雑記051015 | Main | 雑記051017 »

2005.10.16

経営という独裁と離脱可能な従業員

離脱可能な独裁権力

「離脱可能性」によって自動的に、社会の中で(成員の数に応じた)一定の権力を付与される、という新しい規範が作られるべきだと思います。
「流動性の担保」ということを、権力を支持する立場の側から言ったうまい言葉。
株式市場の参加者において最もよく実現されている。国際社会の参加者である一国の国民において最も実現が遅れている(笑)。明日から、(言葉や宗教や移行コストの問題を除いて)世界の中の好きな国を選んで住んでいい、ということになったら、どんなに楽しいでしょ。

上の記事は、「成員の数に応じた」という断り書きで1人1票の世界に限定しているが、その制約をはずして、もっと普遍性のある言葉としてもよいと思う。

例えば、企業の従業員については、この10年で随分離脱が実現されやすくなった。自分のことは棚に上げて、一例を挙げるとこんな感じ。

先日、ある若い知り合いが勤め先を辞めた。理由は、責任の重い難しい仕事を次々やらされるのに地位も給料もちっとも上がらないから、というのがもっぱらの噂。その会社の人事給与のルールではどうしようもない。なにしろ古い皮袋だから。
ところが、その会社が新たにつくる子会社のルールは異なる可能性がある。件の知り合いがもし、現場の人間関係はそのままで、経営者とルールだけが異なる新しい子会社に転職できれば、これは離脱可能性をうまく実現した例になるだろう。そうして、現場の力を削がないようにしながら、新しい皮袋を用意することができる。

これは、経営という権力に対する、従業員の離脱可能性、というものだろう。

で、唐突に政治方向で話しをクローズするのだけど、労働者の味方を装う弱小政党は、二大政党時代に埋没したくなかったら、「離脱可能な転職環境を保障する制度の確立」あたりをぶち上げてみたらどうなんだろか。少なくとも、「離脱可能な転職環境のリスクを下げる制度の整備」lくらいは主張してみてもいいのではないか。
「離脱せずに思想に基づいてその集団の環境を変えるべく闘争セヨ」的な今の主張とは正反対になってしまうかもしれないが。

案外、地獄の向こうに天国があるかもしれないよ(笑)。

|

« 雑記051015 | Main | 雑記051017 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 経営という独裁と離脱可能な従業員:

« 雑記051015 | Main | 雑記051017 »