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2005.09.14

効率主義でないデザイン

さるメルマガからの引用

ブランド創造に欠かせないデザインの現場が、効率主義に毒されて久しい。

柳 宗理氏がアスペン世界デザイン会議にスピーカーとして出席した時、「米国のデザインがコマーシャリズムによってスポイルされている」と指摘したのは1959年とか1960年だから、最早半世紀近くになる。

そもそも米国でコマーシャリズム以外のモチベーションで商業デザインが成立した例なんて、あるのだろうか。

ともあれ、コマーシャリズム、効率主義のデザインが捨象してきたインビジブルなものをぼくたちは復活させなければならないのではないか。

これを、てらい無しに言える世の中が、私は好きだ。
その半面、そんな甘ちょろい話しがあるもんかね、と思う(古い)自分もいる。

よく考えてみると、デザインの現場で効率主義や商業主義とは異なる価値観を持ち続けるのは、とてもではないが、甘ちょろくなんかない。どちらか一方だけなら話しははっきりしているのだけど、両立させるのが難しそう。

ところが、それをやることが、普通のビジネスにおいてさえ必要になり始めている、ように思う。

OnlyOneを確立するためには何が必要か、考えてみるとよい。
技術。の場合もあるだろう。政治? それもあるかもしれない。
デザイン。それもありなんじゃないか。OnlyOneと効率主義という名の合理主義とは、相性が悪そうだ。


ところで、「消費されるデザイン」とこの話しはどうつながるのだろうか。
効率主義一辺倒でないデザインを考えたとき、それは、消費されることを否定するものになるのではないか。
それって、消費社会を乗り越えていくことになるんだろうか。

まとまらないな。

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