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2005.09.23

アサマシさへの対処

P2Pに関わるアサマシ系のジレンマ

WEBとP2Pの違いは、アサマしさの程度ですね。WEB上の各種サービスはタダに見えても、実はユーザを広告や買い物に手練手管で誘導していくアサマしさがあります。P2Pは管理しづらくアサマシ系と相性が悪い。P2Pに移行するには、アサマしさを捨てなければいけない。

それができないから、GoogleやYahooは、P2Pに移行できないという制約があるのですが、eBayにはそれがない。だから、時代の針を進めることが自社の利益につながる。

確かにそうだなとは思うのだけど、その考え1本でいくと、最も効率よく儲けられるビジネスは金融業というありきたりの結論の、その周辺にたどり着いてしまうような気がする。

この線に沿う意味でいいことを、コメントも書いている。

『伽藍とバザール』で引用されていた
「完成」(デザイン上の)とは、付け加えるものが何もなくなったとき
ではなく、むしろなにも取り去るものがなくなったとき。
を思い出しました。

 
 

けれども、うまい立場に立つ企業だけで世の中が回っていくはずがはない。そこがこの種の要領よさを競う話しの難点だ。

私はむしろ「人はパンのみに生くるにあらず」の方を思い出す。
アサマシさを他につけまわしすることで自らのアサマシさをスマートに拭い去るのか、それとも、アサマシさが生き物にとって必要なことを知った上で、それに対処する方法を泥臭く(笑)考えるのか。
 
 
好みの問題かな(笑)。

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